第14話 国境の町と、新しい始まり。
老人に教えられた獣道を進んで、三日が経った。
レオとミレイは、ようやく国境の町に辿り着いた。
「見えた……!」
ミレイが、指差した。
森を抜けた先に——小さな町が広がっている。
セントラル王国とアルディア王国の国境にある、交易の町。
「やっと……着いた……」
レオは、安堵のため息をついた。
三日間の逃避行は、過酷だった。
野宿を重ね、わずかな食料で凌ぎ——。
でも、二人は諦めなかった。
手を繋いで、前へ進んだ。
「レオさん、行きましょう」
「うん」
二人は、町へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
国境の町、クロスベル。
様々な国の人々が行き交う、活気のある場所。
商人たち。旅人たち。冒険者たち。
「すごい……」
ミレイは、目を輝かせた。
「こんなに、いろんな人が……」
「ここなら、紛れられるかもしれない」
レオは、周囲を見渡した。
「まずは、宿を探そう」
「はい」
二人は、町の中を歩いた。
すると——。
「宿をお探しかね?」
声をかけてきたのは、ふくよかな中年女性だった。
「あ、はい……」
「ならば、うちに来なさい。『銀の月亭』って宿をやってるんだよ」
女性は、にこやかに笑った。
「清潔だし、料金も安いよ」
「ありがとうございます……!」
二人は、女性についていった。
◇ ◇ ◇
『銀の月亭』は、町の中心にある小さな宿だった。
「ここだよ」
女性——宿の女将が、扉を開けた。
「どうぞ、入って」
中は、こぢんまりとしているが温かみがある。
「部屋は、二階にあるよ。二人部屋でいいかね?」
「はい、お願いします」
レオは、頷いた。
「料金は、一泊銀貨三枚。食事込みだよ」
「分かりました」
レオは、荷物から銀貨を取り出した。
王宮を出る時に、少しだけ持ち出していたもの。
「ありがとうね」
女将は、銀貨を受け取った。
「ああ、そうだ。名前は?」
「え……?」
「宿帳に記入が必要なんだよ」
レオとミレイは、顔を見合わせた。
本名は、使えない。
「……リオと、ミラです」
レオは、咄嗟に偽名を口にした。
「夫婦で、旅をしています」
「夫婦?」
女将は、二人を見た。
「ああ、なるほど。若い夫婦だねえ」
女将は、にこにこと笑った。
「仲がよろしいこと。さあ、部屋に案内するよ」
◇ ◇ ◇
二階の部屋は、小さいが清潔だった。
ベッドが一つ。
窓からは、町の景色が見える。
「ありがとうございます」
「ゆっくり休みな。夕食は、一階の食堂でね」
女将は、そう言って去って行った。
二人きりになった。
沈黙。
「ふ、夫婦……」
ミレイが、真っ赤な顔で呟いた。
「あ、ごめん! 咄嗟に、そう言っちゃって……」
レオも、顔を赤くした。
「でも、本名は使えないし……」
「いえ……大丈夫です……」
ミレイは、俯いた。
「その……嫌じゃ、ないです……」
「え?」
「レオさんの……夫婦って言われるの……嬉しい、です……」
その言葉に、レオの胸が温かくなった。
「ミレイ……」
レオは、ミレイを抱き寄せた。
「僕も、嬉しいよ」
「レオさん……」
「いつか、本当に——君と、夫婦になりたい」
レオは、ミレイの目を見た。
「ちゃんと、式を挙げて。みんなに祝福されて」
「はい……!」
ミレイの目から、涙が溢れた。
「私も……レオさんと……」
二人は、抱き合った。
いつか、本当に——。
その約束が、二人の心を繋いだ。
◇ ◇ ◇
夕方。
二人は、一階の食堂に降りた。
他の宿泊客たちも、食事をしている。
商人。冒険者。旅人。
様々な人々が、テーブルを囲んでいた。
「おや、新しい顔だね」
陽気そうな商人が、声をかけてきた。
「あんたたち、旅の途中かい?」
「はい」
レオは、当たり障りなく答えた。
「アルディア王国に、行こうと思っています」
「アルディアか! いい国だよ、あそこは」
商人は、にかっと笑った。
「俺も、明日アルディアに向かうんだ。商売でね」
「そうなんですか」
「ああ。もしよかったら、一緒に行くかい? 国境越えは、人数が多い方が安全だからね」
レオとミレイは、顔を見合わせた。
「……お願いできますか?」
「もちろん! 若い夫婦を、ほっとけないからね」
商人は、豪快に笑った。
◇ ◇ ◇
食事の後。
二人は、部屋に戻った。
扉を閉めて、二人きりになった途端——。
「よかったですね、レオさん。アルディアに行く人と、知り合えて」
ミレイが、ほっとした顔で言った。
「うん」
レオは、窓の外を見た。
「これで、国境を越えられる」
「はい……」
ミレイは、レオの隣に立った。
「レオさん」
「うん?」
「私たち——本当に、自由になれるんでしょうか」
「……なれるよ」
レオは、ミレイの手を握った。
「アルディアに行けば、王宮の手も届かない」
「でも……」
「大丈夫」
レオは、ミレイを抱きしめた。
「僕が、君を守る。絶対に」
「レオさん……」
「君と一緒なら——どんな未来でも、作れる」
ミレイは、レオの胸に顔を埋めた。
「はい……信じてます……」
二人は、しばらく抱き合っていた。
明日、国境を越える。
新しい国へ。
新しい人生へ——。
◇ ◇ ◇
その夜。
一つのベッドで、二人は寄り添って眠った。
レオの腕の中で、ミレイは安心して眠る。
レオは、ミレイの寝顔を見つめた。
こんなにも、愛おしい。
この人を、絶対に幸せにする。
何があっても、守り抜く。
レオは、ミレイの額にキスをした。
「おやすみ、ミレイ」
小さく呟いて——レオも、目を閉じた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
二人は、商人と共に町を出た。
馬車に乗せてもらい、国境へ向かう。
「この先が、国境だよ」
商人が、指差した。
大きな門。
セントラル王国の紋章が、掲げられている。
「検問があるけど、まあ大丈夫だろう」
商人は、気楽に言った。
「俺、顔馴染みだからね」
馬車が、門の前で止まった。
兵士が、近づいてくる。
「通行証を」
「はいはい」
商人は、書類を渡した。
兵士は、それを確認する。
それから——馬車の中を、覗き込んだ。
レオとミレイの顔を、見る。
「……この二人は?」
「俺の知り合いだよ。アルディアに行くってんで、同行させてるんだ」
「そうか」
兵士は、じっとレオを見た。
レオは、平静を装った。
バレないでくれ。
頼む——。
「……よし。通れ」
兵士は、手を振った。
ホッとした。
馬車が、門をくぐる。
セントラル王国から——。
アルディア王国へ。
国境を、越えた。
「やった……!」
ミレイが、小さく呟いた。
レオは、ミレイの手を握った。
やっと——。
自由になれる。
◇ ◇ ◇
アルディア王国の国境の町、フェルトハイム。
セントラル王国よりも、少し華やかな雰囲気。
「ここが、アルディアだよ」
商人が、説明してくれた。
「いい国だからね。きっと、気に入るよ」
「ありがとうございました」
レオとミレイは、深々と頭を下げた。
「いやいや」
商人は、手を振った。
「若い二人が、幸せになることを祈ってるよ」
そう言って、商人は去って行った。
二人きりになった。
「レオさん……」
「うん」
「私たち——本当に、国境を越えましたね……」
「ああ」
レオは、深く息をついた。
「もう、王宮の手は届かない」
「はい……」
ミレイの目から、涙が溢れた。
「よかった……本当に……」
「ミレイ」
レオは、ミレイを抱きしめた。
「これから、一緒に——新しい人生を始めよう」
「はい……!」
二人は、抱き合った。
長い逃避行が、終わった。
そして——。
新しい人生が、始まる。
◇ ◇ ◇
その頃、セントラル王国では。
「国境を越えただと!?」
グレゴリーが、激怒していた。
「申し訳ございません……」
兵士が、頭を下げる。
「くそっ……!」
グレゴリーは、机を叩いた。
「もう、手が出せない……」
隣国に逃げられてしまった。
もう、強制的に連れ戻すことはできない。
「……チッ」
グレゴリーは、舌打ちをした。
「仕方がない。諦めるしかないか……」
でも、その目は——まだ、諦めていなかった。
いつか、必ず——。
◇ ◇ ◇
一方、ユリウスは。
報告を聞いて——密かに、安堵していた。
(殿下……おめでとうございます)
(どうか、お幸せに)
心の中で、そう願った。
◇ ◇ ◇
フェルトハイムの町。
レオとミレイは、宿を見つけた。
「ここに、しばらく滞在しよう」
「はい」
「それから——仕事を探して、生活を立て直す」
レオは、前向きに言った。
「二人で、頑張ろう」
「はい!」
ミレイは、力強く頷いた。
二人は、手を繋いだ。
これから、どんな困難が待っていても——。
一緒なら、乗り越えられる。
新しい国で。
新しい名前で。
二人だけの人生を——。
「ねえ、ミレイ」
「はい?」
「愛してるよ」
レオは、ミレイの目を見た。
「ずっと、一緒にいようね」
「はい……!」
ミレイは、涙を浮かべて微笑んだ。
「私も、愛してます。ずっと、ずっと——」
二人は、キスをした。
町の人々が行き交う中で。
誰も、二人のことを知らない。
『レオン王子』も、『影武者』も——。
ここにいるのは、ただの『リオ』と『ミラ』。
愛し合う、二人だけ。
◇ ◇ ◇
こうして、レオとミレイの新しい人生が始まった。
逃避行は終わり、自由を手に入れた。
でも、これは——まだ、始まりに過ぎない。
新しい国での生活。
新しい困難。
そして、二人の絆は——さらに深まっていく。
物語は、新たな章へ——。




