第12話 襲撃と、村の絆。
ユリウスが去ってから、三日が経った。
村は、いつも通り平和だった。
レオは畑で働き、ミレイは工房で薬草の仕事をする。
夜には二人で食事を取り、他愛のない話をする。
でも——。
いつ来るか分からない追っ手の影が、常に二人の心を掠めていた。
「レオさん、大丈夫ですか?」
畑から帰ってきたレオに、ミレイが声をかけた。
「うん? どうして?」
「なんだか……上の空みたいで」
「ああ……」
レオは、苦笑した。
「ごめん。ちょっと、考え事してて」
「追っ手のこと……ですか?」
「……うん」
レオは、ミレイの手を取った。
「でも、心配しないで。何があっても、君を守るから」
「私も、レオさんを守ります」
ミレイは、強く握り返した。
二人は、微笑み合った。
でも、その平和は——すぐに、破られることになる。
◇ ◇ ◇
その夜。
村は、静かに眠りについていた。
レオとミレイも、家で休んでいた。
その時——。
ドンドンドン!
激しく扉を叩く音がした。
「!」
レオは、飛び起きた。
ミレイも、目を覚ます。
「レオさん……!」
「大丈夫。僕が見てくる」
レオは、慎重に扉に近づいた。
「どなたですか?」
「開けろ! 王宮の命令だ!」
冷たい、威圧的な声。
レオの顔が、青ざめた。
来た。
追っ手が——。
「開けないと、力ずくで入るぞ!」
「……分かった」
レオは、深く息を吸って——扉を開けた。
そこには、五人の男たちが立っていた。
黒い服。鋭い目。
明らかに、ただの使者ではない。
「レオン殿下だな」
リーダー格らしき男が、冷たく言った。
「いや——影武者の、レオか」
「……何の用だ」
「決まってる」
男は、一歩踏み込んだ。
「お前を、連れ戻す。グレゴリー様の命令でな」
「断ると言ったら?」
「選択肢はない」
男は、腰の剣に手をかけた。
「抵抗すれば——力ずくだ」
レオは、身構えた。
「僕は、もう王宮には戻らない」
「そうか」
男は、剣を抜いた。
「ならば——」
その瞬間。
「待ちなさい!」
村長の声が響いた。
振り返ると——村長を先頭に、村人たちが集まっていた。
農夫たちも、若者たちも。
みんな、手に棒や鍬を持って。
「村長……!」
レオは、驚いた。
「何をしている! 関係ない村人を巻き込むつもりか!?」
「関係なくなんかないわ!」
マリアおばあさんが、前に出た。
「レオは、もうこの村の一員よ! 仲間を見捨てるわけにはいかない!」
「そうだそうだ!」
村人たちが、口々に叫ぶ。
「レオを連れて行くなら、俺たちを倒してからだ!」
「ミレイちゃんを泣かせるな!」
レオは、目頭が熱くなった。
「みんな……」
黒服の男は、舌打ちをした。
「邪魔をするな、村人ども! これは王国の——」
「王国がどうした!」
村長が、一歩前に出た。
「この村にも、守るべきものがある! 仲間を、家族を!」
「……ふん」
男は、周囲を見回した。
村人たちが、レオを囲むように立っている。
数では、村人の方が圧倒的に多い。
「……今日のところは、引く」
男は、剣を鞘に収めた。
「だが、また来る。次はもっと——大勢で」
そう言い残して、男たちは去って行った。
◇ ◇ ◇
沈黙。
緊張が解けて、村人たちがどっと息をついた。
「みんな……!」
レオは、村人たちに駆け寄った。
「ありがとうございます……! 本当に……!」
「礼はいいさ」
村長が、レオの肩を叩いた。
「お前は、仲間だからな」
「でも……危険に巻き込んでしまって……」
「気にするな」
農夫が、笑った。
「お前、いい働きしてくれてるからな。恩返しだよ」
「それに——」
マリアおばあさんが、ミレイを見た。
「ミレイが、あんなに幸せそうな顔してるの——初めて見たもの」
ミレイは、涙を流していた。
「みんな……ありがとうございます……」
「泣くな、ミレイ」
村長が、優しく言った。
「これからが、本番だ」
「本番……?」
「ああ」
村長の顔が、真剣になった。
「あいつら、また来る。それも、もっと大勢で」
「どうするんですか……?」
「備えるしかない」
村長は、村人たちを見渡した。
「この村を、守る。レオとミレイを、守る」
村人たちが、頷いた。
「村に、柵を作ろう」
「見張りも、立てないとな」
「武器も、準備しよう」
村人たちが、次々と意見を出す。
レオは、胸が熱くなった。
こんなにも——。
こんなにも、温かい人たちに囲まれて。
僕は——幸せだ。
「みんな、本当にありがとうございます」
レオは、深々と頭を下げた。
「僕、絶対に——この村を、みんなを、裏切りません」
「分かってるさ」
村長が、笑った。
「さあ、今日はもう休め。明日から、準備を始めよう」
◇ ◇ ◇
家に戻ると、ミレイは震えていた。
「ミレイ……」
レオは、ミレイを抱きしめた。
「怖かったね」
「はい……」
ミレイは、レオの胸に顔を埋めた。
「レオさんが、連れて行かれるんじゃないかって……」
「大丈夫。僕は、どこにも行かない」
レオは、ミレイの髪を撫でた。
「君のそばにいる。ずっと」
「レオさん……」
「でも、ごめんね」
レオは、苦しそうに言った。
「僕のせいで、村のみんなを危険に——」
「レオさんのせいじゃないです」
ミレイは、顔を上げた。
「これは——王宮が悪いんです」
「ミレイ……」
「それに」
ミレイは、レオの頬に手を添えた。
「みんな、レオさんのこと——本当に大切に思ってくれてます」
「うん……」
「だから、大丈夫」
ミレイは、微笑んだ。
「みんなで、乗り越えられます」
レオは、ミレイの唇にキスをした。
優しく。
愛おしく。
「ありがとう、ミレイ」
「こちらこそ……」
二人は、抱き合った。
嵐が、来る。
でも、怖くない。
だって——。
守るべきものが、ここにあるから。
愛する人が、そばにいるから。
◇ ◇ ◇
翌日から、村は総出で準備を始めた。
村の入り口に、木の柵を作る。
見張り台も、設置する。
若い男たちは、棒術の練習。
女性たちは、食料の備蓄。
「レオ、ここを支えてくれ!」
「はい!」
レオも、必死に働いた。
柵を作り、見張り台を組み立て——。
この村を、守るために。
ミレイを、守るために。
「レオさん、お水です」
ミレイが、水を持ってきた。
「ありがとう」
レオは、水を飲んだ。
「ふう……助かる」
「無理しないでくださいね」
「大丈夫」
レオは、微笑んだ。
「みんなのために、頑張るから」
ミレイは、レオの手に自分の手を重ねた。
「私も、頑張ります」
「うん」
二人は、手を繋いで——村を見渡した。
みんなが、一生懸命働いている。
この村を守るために。
二人を守るために。
ああ、ここが——。
僕たちの、居場所なんだ。
レオは、強くそう思った。
◇ ◇ ◇
一週間後。
村の準備は、整った。
柵も完成し、見張り台も機能している。
村人たちも、戦う覚悟ができていた。
「よし」
村長が、満足そうに頷いた。
「これで、いつ来ても——」
その時。
見張り台から、声が上がった。
「来たぞー! 王宮の軍隊だー!」
村人たちが、ざわめいた。
レオは、見張り台に駆け上がった。
そして——。
息を呑んだ。
森の向こうから、黒い軍団が近づいてくる。
前回の五人ではない。
数十人——いや、百人近い兵士たち。
「くそっ……!」
レオは、唇を噛んだ。
「こんなに……!」
「レオ!」
村長が、下から呼んだ。
「どうする!?」
レオは——迷った。
このまま戦えば、村人たちが傷つく。
でも、投降すれば——ミレイと離れ離れになる。
どうすればいい。
どうすれば——。
その時、ミレイが駆け寄ってきた。
「レオさん!」
「ミレイ……」
「逃げましょう!」
「え……?」
「二人で、逃げましょう! この村を出て——」
「でも……!」
「村のみんなは、大丈夫です! 王宮が欲しいのは、レオさんだけ!」
ミレイは、必死に言った。
「だから、私たち——逃げましょう!」
レオは、ミレイを見た。
その目は、真剣だった。
君と一緒なら——。
どこへでも行ける。
「……分かった」
レオは、頷いた。
「逃げよう。二人で」
「はい!」
レオは、村長に叫んだ。
「村長! 僕たち、逃げます!」
「そうか!」
村長は、すぐに理解した。
「いいぞ! 俺たちが、時間を稼ぐ!」
「ありがとうございます!」
レオとミレイは、家に駆け戻った。
最小限の荷物を詰める。
そして——。
裏口から、村を出た。
森へ。
深い、深い森へ。
二人は、手を繋いで——走った。
◇ ◇ ◇
村では、兵士たちが到着していた。
「レオン殿下を引き渡せ!」
指揮官が、叫んだ。
「断る!」
村長が、前に出た。
「レオは、もうここにいない!」
「何……!?」
「逃げたよ。お前らから」
村長は、にやりと笑った。
「残念だったな」
指揮官は、激怒した。
「捜索しろ! 必ず見つけ出せ!」
兵士たちが、村中を捜索し始める。
でも——レオとミレイは、もういなかった。
二人は、すでに——森の奥深くへ。
新しい逃避行が、始まっていた。
◇ ◇ ◇
森の中。
レオとミレイは、息を切らしながら走っていた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫、ミレイ?」
「はい……まだ、走れます……」
二人は、必死に前に進んだ。
どこへ行くのか、分からない。
でも——。
一緒なら、大丈夫。
レオは、ミレイの手を強く握った。
「ミレイ」
「はい……?」
「ごめんね。こんなことに、巻き込んで」
「謝らないでください」
ミレイは、レオを見た。
「私、自分で選んだんです。レオさんと一緒にいるって」
「ミレイ……」
「だから、後悔なんて——してません」
その言葉に、レオは涙が出そうになった。
「ありがとう……」
「こちらこそ」
ミレイは、微笑んだ。
「レオさんと一緒なら——どこへでも、行けます」
二人は、また走り出した。
追っ手を振り切って。
新しい未来へ——。
◇ ◇ ◇
こうして、レオとミレイの逃避行が始まった。
村を出て、森へ。
どこへ向かうのか、まだ分からない。
でも、二人は——。
手を繋いで、前へ進む。
何があっても、一緒に。
それだけを、信じて——。




