第11話 追っ手の影と、守りたいもの。
レオが村に来て、一ヶ月が経った。
生活は、少しずつ安定してきた。
レオの仕事も板についてきて、村人たちからの信頼も得られるようになった。
「レオ、この麦を納屋に運んでくれ」
「はい!」
レオは、軽快に麦の束を運んでいく。
農夫は、満足そうに頷いた。
「いい働きっぷりだ。最初は頼りなかったが——」
「ありがとうございます」
レオは、嬉しそうに笑った。
認められている。
自分の力で、働けている。
それが——何よりも、誇らしかった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
レオが家に帰ると、ミレイが困った顔をしていた。
「どうしたの?」
「あ、レオさん……その……」
ミレイは、戸口の方を指差した。
「お客様が……」
レオの顔が、強張った。
戸口に立っていたのは——。
ユリウスだった。
「お久しぶりです、殿下」
ユリウスは、深々と頭を下げた。
「いや……もう、殿下ではありませんね。レオさん」
「ユリウス……」
レオは、警戒した顔で前に出た。
「何の用だ」
「お話があります」
ユリウスの表情は、複雑だった。
「少し、お時間をいただけますか?」
◇ ◇ ◇
三人は、家の中に入った。
ミレイがお茶を淹れる。
気まずい沈黙が、流れる。
「それで?」
レオが、口を開いた。
「王宮から、何か?」
「……はい」
ユリウスは、重々しく頷いた。
「グレゴリー様が——あなたを、連れ戻せと」
レオの顔が、青ざめた。
「連れ戻す……? 何のために?」
「それは……」
ユリウスは、言葉を選んだ。
「王国が、混乱しているのです。真実が公表されてから」
「それは……予想していたことだろう」
「ええ。ですが、想像以上でした」
ユリウスは、深くため息をついた。
「貴族たちは分裂し、民衆は不安に陥っている。このままでは——内乱が起きかねません」
「それは……」
レオは、唇を噛んだ。
「だから、あなたに戻ってきてほしいと。再び『レオン王子』として——」
「断る」
レオは、即答した。
「僕は、もうあの役は降りた」
「ですが……!」
「僕には、ここでの生活がある。ミレイとの、生活が」
レオは、ミレイの手を握った。
「それを、捨てるつもりはない」
ユリウスは、苦しそうな顔をした。
「……分かっていました。そうおっしゃると」
「なら、なぜ来た?」
「私の義務です」
ユリウスは、立ち上がった。
「グレゴリー様の命令で来ました。ですが——」
彼は、レオを真っ直ぐ見た。
「私個人としては、あなたの決断を——尊重したいと思っています」
「ユリウス……」
「あなたは、五年間——誰よりも苦しんでこられた」
ユリウスの声が、少し震えた。
「だから、幸せになる権利があると——私は、思います」
レオは、目を見開いた。
「でも」
ユリウスは、表情を引き締めた。
「グレゴリー様は、諦めないでしょう。必ず、また追っ手を送ってきます」
「それは……脅し?」
「警告です」
ユリウスは、真剣な顔で言った。
「次に来るのは、私ではありません。もっと——容赦のない者たちです」
ミレイの顔が、青ざめた。
「そんな……」
「ミレイさん」
ユリウスは、ミレイを見た。
「あなたも、巻き込まれることになります。それでも——」
「はい」
ミレイは、迷わず答えた。
「それでも、レオさんと一緒にいます」
その言葉に、ユリウスは少し驚いた顔をした。
「……そうですか」
それから、彼は小さく笑った。
「あなたは、本当に——強い方ですね」
「え……?」
「殿下が、あなたを選んだ理由が分かります」
ユリウスは、二人を見た。
「どうか——お幸せに」
そう言って、彼は立ち去ろうとした。
「待って、ユリウス」
レオが、呼び止めた。
「君は……大丈夫なのか? グレゴリーに、何か言われないか?」
「大丈夫です」
ユリウスは、振り返って微笑んだ。
「私は、ただ『説得に失敗した』と報告するだけですから」
「ユリウス……」
「では、失礼します」
ユリウスは、深々と頭を下げて——去って行った。
◇ ◇ ◇
沈黙。
重い沈黙が、二人を包んだ。
「レオさん……」
ミレイが、不安そうに呼びかける。
「大丈夫」
レオは、ミレイを抱き寄せた。
「僕は、君を守る。絶対に」
「でも……追っ手が……」
「来るなら、来ればいい」
レオの声が、強かった。
「僕は、もう王宮には戻らない。君と一緒にいる」
「レオさん……」
「怖い?」
「……はい」
ミレイは、正直に答えた。
「怖いです。レオさんが、連れて行かれちゃうんじゃないかって」
「大丈夫」
レオは、ミレイの顔を両手で包んだ。
「僕は、どこにも行かない。君のそばにいる」
「本当に……?」
「本当だよ」
レオは、ミレイの唇にキスをした。
優しく。
確かに。
「君は、僕の全てなんだ。君を失うくらいなら——」
レオは、真剣な目でミレイを見た。
「王国全てを敵に回してもいい」
その言葉に、ミレイの胸が熱くなった。
「レオさん……」
「だから、信じて。僕を」
「……はい」
ミレイは、レオを抱きしめた。
この人は、本当に——。
私のために、全てを捨ててくれた。
だから、私も——。
「私も、レオさんを守ります」
ミレイは、決意を込めて言った。
「何があっても、一緒にいます」
レオは、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ミレイ」
二人は、強く抱き合った。
来るべき嵐に備えて——。
◇ ◇ ◇
翌日。
レオは、村長に相談に行った。
「実は……」
レオは、全てを話した。
自分が元「レオン王子」の影武者だったこと。
王宮から追っ手が来る可能性があること。
村長は、驚いた顔をしながらも——静かに聞いていた。
「……そうだったのか」
村長は、深くため息をついた。
「道理で、お前——育ちが良さそうだと思ったんだ」
「すみません……黙っていて……」
「いや、いい」
村長は、手を振った。
「お前が何者だろうと、今のお前は——この村の一員だ」
「村長……」
「それに」
村長は、レオの肩を叩いた。
「ミレイを幸せにしてくれるなら——それでいい」
レオは、胸が熱くなった。
「ありがとうございます……!」
「ただし」
村長の顔が、真剣になった。
「追っ手が来たら——村も、巻き込まれる可能性がある」
「それは……」
「分かっている。だが——」
村長は、窓の外を見た。
「この村の者たちは、仲間を見捨てたりしない」
「村長……!」
「お前とミレイを、守る。村のみんなで」
その言葉に、レオは涙が溢れそうになった。
「ありがとうございます……本当に……」
「礼はいい。それより——」
村長は、にやりと笑った。
「お前、ちゃんとミレイと結婚するつもりはあるんだろうな?」
「え……!?」
レオの顔が、真っ赤になった。
「も、もちろんです! いずれは……!」
「いずれ、じゃなくて早くしろ」
村長は、笑いながら言った。
「あの娘、お前のこと本当に大切に思ってるんだぞ」
「……はい」
レオは、頷いた。
「僕も——ミレイのこと、愛しています」
「なら、決まりだな」
村長は、満足そうに頷いた。
「この騒動が落ち着いたら——ちゃんと、けじめをつけろよ」
「はい……!」
レオは、心から頷いた。
結婚。
ミレイと——正式に、家族になる。
それを想像すると——胸が、温かくなった。
◇ ◇ ◇
その夜。
レオとミレイは、二人で夕食を取っていた。
「ねえ、ミレイ」
「はい?」
「村長に、相談してきたんだ」
レオは、今日のことを話した。
村のみんなが、守ってくれると言ってくれたこと。
ミレイは、涙を浮かべて聞いていた。
「みんな……優しいんですね……」
「うん」
レオは、ミレイの手を握った。
「僕たち、一人じゃないんだ」
「はい……」
「だから、大丈夫」
レオは、微笑んだ。
「どんな追っ手が来ても——みんなで、乗り越えられる」
ミレイは、強く頷いた。
「はい……!」
それから、レオは少し照れくさそうに言った。
「あのね、ミレイ」
「はい?」
「村長に、言われたんだ」
「何を……ですか?」
「結婚、しろって」
ミレイの顔が、真っ赤になった。
「け、結婚……!?」
「うん」
レオも、顔を赤くしながら続けた。
「僕も——そう思ってるんだ。いつか、ちゃんと——」
「レオさん……」
「君と、結婚したい」
その言葉に、ミレイの目から涙が溢れた。
「私も……です……!」
「本当?」
「本当です……! 私、レオさんと——ずっと一緒にいたいです……!」
レオは、ミレイを抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう……」
「こちらこそ……」
二人は、涙を流しながら——抱き合った。
この先、どんな困難が待っていても——。
二人で、乗り越える。
そして、いつか——。
正式に、家族になる。
その約束が——二人の絆を、さらに強くした。
◇ ◇ ◇
その頃、王都では。
「ユリウス、報告は?」
グレゴリーが、冷たい声で聞いた。
「……説得は、失敗しました」
「そうか」
グレゴリーは、予想していたという顔をした。
「ならば、次の手を打つ」
「次の手……?」
「ああ」
グレゴリーは、書類を取り出した。
「『特殊部隊』を送る」
ユリウスの顔が、青ざめた。
「特殊部隊……まさか……!」
「そうだ。強制的に、連れ戻す」
グレゴリーの目が、冷たく光った。
「レオン殿下には——王国のために、戻ってもらわねばならん」
「し、しかし……!」
「文句は聞かん」
グレゴリーは、ユリウスを睨んだ。
「お前も、次は——本気で説得しろ」
「……はい」
ユリウスは、力なく頭を下げた。
でも、心の中では——。
殿下……どうか、逃げてください……。
そう、祈っていた。
◇ ◇ ◇
こうして、新たな試練が——二人に迫っていた。
王宮からの特殊部隊。
強制的に連れ戻そうとする追っ手。
でも、レオとミレイは——。
もう、決めていた。
何があっても、一緒にいると。
守り合うと。
そして、いつか——正式に家族になると。
来るべき嵐に——二人は、手を取り合って立ち向かう。




