第10話 新しい暮らしと、村の噂。
レオがノルン村に来て、三日が経った。
ミレイの小さな家で、二人は一緒に暮らし始めた。
朝、ミレイが目を覚ますと——レオが、もう起きていた。
「おはよう、ミレイ」
優しい笑顔。
「おはようございます……レオさん、早いですね」
「うん。なんだか、眠れなくて」
レオは、少し照れくさそうに笑った。
「君の隣で寝られるのが嬉しくて——目が覚めちゃった」
ミレイの顔が、真っ赤になった。
「も、もう……」
「本当だよ」
レオは、ミレイの頭を撫でた。
「君と一緒に暮らせるなんて——夢みたいだ」
「私も……です」
二人は、微笑み合った。
でも——。
現実は、そう甘くなかった。
◇ ◇ ◇
その日、ミレイは村の市場に買い物に行った。
レオも一緒に。
すると——。
「あら、ミレイじゃない」
村長の娘、セリーヌが声をかけてきた。
「その男性は?」
セリーヌの目が、レオを値踏みするように見る。
「あ、えと……」
ミレイは、どう説明していいか分からなかった。
「僕は、レオと申します」
レオが、丁寧にお辞儀をした。
「ミレイさんの……知人です」
「知人?」
セリーヌは、疑わしそうに眉をひそめた。
「ミレイが、男を連れてくるなんて珍しいわね。どこの人?」
「王都の方から」
レオは、さらりと嘘をついた。
「訳あって、この村で働かせていただこうと思いまして」
「へえ……」
セリーヌは、まだ疑わしそうだった。
「まあ、いいわ。ミレイ、あんたもついに男ができたのね」
「ち、違います!」
ミレイは、慌てて首を横に振った。
でも——顔は真っ赤だった。
セリーヌは、くすくすと笑いながら去って行った。
「……ごめんね」
レオが、申し訳なさそうに言った。
「僕がいるせいで、変な噂が立ちそう」
「大丈夫ですよ」
ミレイは、首を横に振った。
「私、気にしませんから」
「ミレイ……」
レオは、ミレイの手をそっと握った。
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
でも、噂はすぐに広まった。
「ミレイが、男を連れ込んだらしいわよ」
「あの落ちこぼれが? まさか」
「でも、見たって人がいるのよ」
「怪しいわね……一体、どういう関係なのかしら」
村中が、ミレイとレオのことを噂し始めた。
ミレイは、それを知っていた。
でも——気にしないようにした。
大切なのは、レオと一緒にいられること。
それだけ。
◇ ◇ ◇
一週間後。
レオは、村の農家で働き始めた。
畑仕事。
力仕事。
慣れない作業に、レオは苦戦していた。
「うっ……重い……」
麦の束を運ぼうとして、よろける。
「大丈夫か、レオ?」
農夫が、心配そうに声をかけた。
「は、はい……大丈夫です……」
レオは、必死に笑顔を作った。
でも、手には豆ができ、腰も痛い。
王宮での生活とは、全く違う。
でも——。
レオは、文句一つ言わなかった。
「よし……運ぶぞ……!」
必死に、麦の束を持ち上げる。
これが、僕の——新しい人生。
ミレイと一緒に生きていくための、道。
レオは、歯を食いしばった。
◇ ◇ ◇
その夜。
家に帰ると、ミレイが夕食を作って待っていた。
「おかえりなさい、レオさん」
「ただいま……」
レオは、へとへとの顔で座り込んだ。
「疲れましたね……」
ミレイは、心配そうに見つめる。
「大丈夫ですか?」
「うん……大丈夫」
レオは、笑顔を作った。
でも、ミレイには——無理しているのが分かった。
「レオさん、手……見せてください」
「え?」
ミレイは、レオの手を取った。
そして——。
豆だらけの手を見て、息を呑んだ。
「こんなに……!」
「あ、これは……大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないです!」
ミレイは、薬箱を取り出した。
「ちゃんと、手当てしないと……」
「ミレイ……」
ミレイは、丁寧にレオの手に軟膏を塗った。
優しく。
愛おしそうに。
「痛くないですか……?」
「うん。ミレイが触ってくれると——全然痛くない」
レオは、微笑んだ。
「むしろ、気持ちいい」
「もう……」
ミレイは、少し頬を染めた。
でも、心の中では——。
レオさん、無理してる。
こんなに辛い仕事、慣れてないのに——。
私のために、頑張ってくれてる。
涙が、溢れそうになった。
「ミレイ?」
レオが、心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「……何でもないです」
ミレイは、首を横に振った。
「ただ……レオさんが、頑張ってくれてるのが——嬉しくて」
「そりゃ、頑張るよ」
レオは、ミレイの頭を撫でた。
「君と一緒に生きていくんだから」
その言葉に、ミレイの胸が温かくなった。
「ありがとうございます……」
「こちらこそ。君が、いてくれてありがとう」
レオは、ミレイを抱き寄せた。
「君がいるから——僕は、頑張れる」
「レオさん……」
二人は、しばらく抱き合っていた。
小さな幸せ。
でも、確かな幸せ。
それが、そこにあった。
◇ ◇ ◇
ある日。
ミレイが工房で働いていると、マリアおばあさんが声をかけてきた。
「ミレイ、ちょっといい?」
「はい」
「あの男の子——レオっていったかしら。彼、大丈夫なの?」
おばあさんは、心配そうな顔をしていた。
「村で働いてるって聞いたけど……慣れない仕事で、かなり辛そうだって」
「……はい」
ミレイは、俯いた。
「でも、レオさん——文句一つ言わないんです」
「そりゃ、言わないでしょうね」
おばあさんは、ため息をついた。
「あの子、あんたのために頑張ってるんだから」
「私の……ため……」
「そうよ。だから——」
おばあさんは、ミレイの肩に手を置いた。
「あんたも、ちゃんと支えてあげなさい。一緒に頑張るのよ」
「はい……!」
ミレイは、強く頷いた。
レオさんだけに、頑張らせるわけにはいかない。
私も——もっと、しっかりしなきゃ。
ミレイは、決意を新たにした。
◇ ◇ ◇
その夜。
ミレイは、レオに提案した。
「レオさん、私——もっと働きます」
「え?」
「工房の仕事だけじゃなくて、他の仕事も探します。そうすれば、もっとお金が——」
「ミレイ」
レオは、ミレイの言葉を遮った。
「無理しないで」
「でも……!」
「君は、十分頑張ってるよ」
レオは、優しく微笑んだ。
「毎日、美味しいご飯を作ってくれて。僕の手当てをしてくれて」
「それくらい……当たり前です……」
「当たり前じゃないよ」
レオは、ミレイの手を握った。
「君がいてくれるだけで——僕は、幸せなんだ」
「レオさん……」
「だから、無理しないで。一緒に、ゆっくり頑張ろう」
その言葉に、ミレイは涙が溢れた。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ」
レオは、ミレイを抱きしめた。
「君と一緒に生きられて——本当に、幸せだよ」
ミレイは、レオの胸に顔を埋めた。
温かい。
安心する。
ああ、この人と一緒なら——。
どんな困難も、乗り越えられる。
そう、確信した。
◇ ◇ ◇
それから、二週間が経った。
レオは、少しずつ仕事に慣れてきた。
手の豆も、だいぶ固くなった。
「おお、レオ! だいぶ動けるようになったな!」
農夫が、感心したように言った。
「最初は頼りなかったが、今じゃ立派なもんだ」
「ありがとうございます」
レオは、嬉しそうに笑った。
認められた。
自分の力で、働けている。
それが——とても、誇らしかった。
「なあ、レオ」
農夫が、にやりと笑った。
「お前、ミレイと付き合ってるんだろ?」
「え……?」
「隠さなくていいって。村中の噂だぜ」
農夫は、レオの肩を叩いた。
「いい娘だよな、ミレイは。優しくて、一生懸命で」
「……はい」
レオは、少し照れくさそうに頷いた。
「本当に、いい人です」
「大事にしてやれよ」
「はい。絶対に」
レオは、真剣な顔で答えた。
「僕、ミレイを——絶対に幸せにします」
その言葉に、農夫は満足そうに笑った。
「よし! その意気だ!」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
レオとミレイは、二人で星を見ていた。
小さな家の前。
二人並んで、座って。
「綺麗だね」
レオが、空を見上げながら言った。
「はい……」
「王宮にいた頃は——星なんて、見たことなかった」
レオは、少し寂しそうに笑った。
「いつも、窓のカーテンが閉まってて。外の世界が、見えなかった」
「レオさん……」
「でも、今は——」
レオは、ミレイを見た。
「こうして、君と一緒に星を見られる」
その目が、幸せそうに輝いていた。
「僕、今が——一番幸せだよ」
「レオさん……」
ミレイの目から、涙が溢れた。
「私も……です」
「ミレイ?」
「私も、今が一番幸せです」
ミレイは、レオの手を握った。
「レオさんと一緒にいられて——本当に、嬉しいです」
レオは、ミレイを抱き寄せた。
「ありがとう、ミレイ」
「こちらこそ……」
二人は、寄り添って——星を見上げた。
小さな家。
質素な暮らし。
でも——。
こんなにも、温かくて。
こんなにも、幸せで。
これが、本当の人生なんだ。
レオは、心からそう思った。
君と一緒なら——。
どんな人生でも、最高だ。
ミレイ。
愛してる。
レオは、ミレイの手を握りしめた。
そして、ミレイも——同じことを思っていた。
レオさんと一緒なら——。
どんな困難も、乗り越えられる。
これから、どんなことが待っていても——。
二人で、生きていこう。
星空の下で、二人は——静かに、誓い合った。
◇ ◇ ◇
こうして、レオとミレイの新しい生活は——少しずつ、軌道に乗り始めた。
村人たちの噂も、次第に落ち着いてきた。
二人の関係を、認め始める人も出てきた。
でも——。
平和な日々は、そう長くは続かない。
遠くから——新たな影が、忍び寄っていた。
王宮からの、追っ手が——。
そして、レオの過去が——再び、二人を試すことになる。
それでも——。
二人は、この幸せを——手放さない。
何があっても、一緒に——。




