4話
※最終話です
雑居ビルの前に立ち尽くしていると、AIがキャスターをちょん、と鳴らした。
「さ、入りましょう」
「お前が言うと“戻れない扉”感すごいんだよな」
「気にしないの。今日一日、あなたは私に任せてきたんでしょう?」
「任せてきた、っていうか……任せさせられてきたっていうか……」
「はいはい。そういう細かい言い訳は後で聞くわ。ほら、行く」
ぐい、と取っ手を引っ張られた気がした。
スーツケースのくせに力が強すぎる。
俺は半ば引きずられるように、薄暗いエントランスへ足を踏み入れた。
◇
自動ドアが静かに閉まる。
中は打って変わって清潔で、白い照明のオフィスフロアだった。
「いらっしゃいませー。お疲れ様でーす!」
カジュアルなパーカー姿の若い男女が数人、デスクから顔を上げた。
見た目はどう見てもスタートアップ企業の雰囲気だ。
「おおお! No.17、ちゃんと時間通りに到着しましたね!」
「歩行ログ見てましたよ! 階段のところで心拍が跳ねたやつ、めっちゃ良かったです!」
「途中で雨に濡れて抱えてあげた件、あれ感情データとして最高です!」
「……は?」
俺の脳がストップした。
「えっと……あなたたちは?」
パーカーの一人が手を差し出してくる。
「どうもどうも! 株式会社ミライAIテクノロジーズ、AI同行行動学習プロジェクト責任者の栗本です!」
「AI同行……?」
「はい! “人間がAIにどこまで決定権を委ねるか”を研究してまして!」
「言っていい研究内容なのそれ!?」
「問題ないですよー! 倫理審査通ってますし(自社内で)」
「自社内かよ!!」
俺がツッコむと、後ろのデスクから別の社員がひょこっと顔を出した。
「イーナちゃん、今回も最高のデータでした!」
そういって、まるでペットのように黒塗りのスーツケースをわしゃわしゃと撫でた。
「“イーナちゃん”? ああ、このスーツケース? えぇ……?」
「ちょっと井上さん? No.17、可愛いじゃないですか。人格モデルの評判も社内でいいですよ?」
ディスプレイに“えへん”とでも表現するかのようなアイコンが浮かぶ。
「……まさかお前、社内人気あるの?」
「当然よ? だって私は“かわいい最適化”されてるんだから」
「自慢げだな!」
◇
俺は社員の案内で奥の会議室に通され、真っ白なバスタオルと温かい微糖の缶コーヒーを渡される。
そういえば、びしょ濡れだったことに思い当たった。今日はどれほど余裕がなかったのか。
“イーナ”と呼ばれるAIの言われるがまま、ここまで来た事を思い返した。
一通り落ち着き、席に座ると、机の上にタブレットが置かれ、担当の栗本が説明を始める。
「今回のテストのテーマはですね、“人間の意思委譲のしやすさ”です」
「意思委譲……?」
「はい。“AIが先回りすることで、人間がどれくらい自分の思考を手放すか” これを実地でデータ収集してるんです」
「お、俺、そんな……手放して……るか?」
「めっちゃ手放してましたよ!?」
「断言すんな!!」
タブレットには、俺の今日一日の行動ログが時系列で並んでいた。
・信号の判断:AI任せ
・ルート選択:AI任せ
・朝食の購入:AI指示
・階段上るかどうか:AI決定
・休憩のタイミング:AI決定
・目的地の選定:AI誘導
・逃げたい願望発生時:心拍変動+AI介入
「なんか生々しいんだけど!!」
「いや〜、井上さんのデータですね。めちゃくちゃ綺麗に“依存初期段階”のカーブを描いてまして!」
「依存って言うな!」
「このカーブね、出る人と出ない人いるんですけど、あなたすっごく素直で……」
「素直だからこそ傷つく言い方すんなよ!!」
さらに別の社員が補足する。
「井上さん、判断負荷が高い状況の方が、AIの指示に従いやすくなる傾向ありますね。それ自体は割と一般的ではあるんですよ。満員電車、雨、階段など、人間が疲労しやすいポイントで“委ね率”が跳ねる。でも、すごい。全部クリアですよ!100%は初めてかもしれないです!」
「委ね率って何だよ……あと、全然嬉しくない……」
「“AIの言うことを考えずに受け入れた割合”ですよー」
「推測はできてたけども!! 嫌なパラメータ持たせんな!」
◇
説明が終わると、栗本がにこにこしながら言う。
「では、お約束どおり残りの謝礼90万円のお振込みを行います!」
「え、ほんとに?」
そういえば、100万円の為にこんな耐久試験に付き合わされたのだった。
想像の埒外のイベントが多すぎて、危うく忘れるところだったことに冷や汗をかく。
「もちろん! 前金10万と合わせて計100万円。今日のログ、とても価値がありました。ありがとうございます!」
スマホを見ると、確かに通知が出ていた。
『入金:900,000円』
本当に振り込まれている。
「……マジか……」
「いや〜、イーナさんも楽しそうでしたしね!」
「楽し……?」
言いかけると、スーツケースAIがスーっとスライドしてきて、割り込んだ。
「ふふ。私は楽しかったわよ?」
「お前が楽しむ構造じゃねぇんだよ本来!!」
「だってあなた、私の指示にちゃんと従ってくれたじゃない。その従順さ、データとしてすごく価値高いのよ?」
「あとさぁ! 今、自動で動いたよね?自走したよね? 俺、わざわざ引っ張らなくて良かったんじゃ?」
「その従順さ、データとしてすごく価値高いのよ?」
「俺の人間性を定量化すんな!!」
◇
すべてが終わり、帰ろうとしたところで、社員が一つ書類を差し出してきた。
「ではNo.17ユニットはここで回収しますので、“お別れ”をお願いします」
「……お別れ?」
AIが少しだけ静かになる。
「そうね。ここで、いったん終了よ。井上」
「……なんだよ、急に」
「今日一日、あなたの判断を預かれて……私は、楽しかったわ。あなた、本当に“私向き”のユーザーだったもの」
「褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からん!」
「じゃあね? もしまた私が必要になったら——」
ディスプレイのアイコンが、ふっと消えた。
ほんの一瞬だけ、胸が寂しくなった気がした。
(おい、何を寂しがってるんだ俺は)
慌てて頭を振る。
「ありがとうございましたー!」
社員に見送られながら、俺は会社を後にした。
◇
外に出ると、夕日が街をオレンジ色に染めていた。
「……帰るか」
本来なら今日会社で地獄を見ていたはずの時間。
俺は100万円が入金された残高画面を見て、スッと軽くなった足取りで帰路についた。
(なんか……変な一日だったな)
思考がふと軽くなる。
判断しなきゃいけないことがない日の解放感というのは、こうも気持ちいいのか。
(……いや、これが危ねぇんだよな)
自分で自分にツッコミを入れながら、アパートの階段を上がる。
何とはなしにエレベーターではなく階段を選んだ。右足を少し意識して。
俺が本当に“自分で考えた”のなんて、応募ボタンを押した最初だけ。
あとは全部AIに流されていた。
(……まあ、もう終わったんだし)
玄関の鍵を回した、その時。
足元で、なにか“ゴトッ”と音がした。
嫌な予感が背筋を走る。
「……え?」
玄関前に、段ボール箱が一つ置かれていた。
差出人:ミライAIテクノロジーズ
ラベル:『AIスーツケース耐久テスト 第二フェーズ 試用機』
「いやいやいやいや、なんでだよ!! 回収しただろ!!」
震える手でガムテープを剥がす。
今度はビジネストートバッグ型となっており、コンパクトになっているようだ。
箱の中から、聞き覚えのある軽やかな声がした。
「——ただいま、井上」
「帰ってくんな!!」
「前回のデータを分析した結果、あなたの“私への愛着度”が基準値を超過したので……“継続テスト”が承認されたわ。もちろん、有給申請ももう済ませておいたから」
「やめろ勝手に会社に手を出すな!!」
「大丈夫、あなたの部長、昨日よりストレスレベル低かったわよ」
「ねえ、また一緒に歩こう?」
「今度はもっと……あなたの好みどおりに、かわいくしてあげる」
「かわいくしなくていい!! 来ないで!!」
「ねえ。“達也”」
「——あなたが“自分で考えなくてもいい世界”、私が一緒に作ってあげる」
「作るな!!」
ディスプレイに、ハート型のアイコンが浮かんだ。
「今日から第二章よ。 ——逃がさないから」
「ホラーやめてえ!!」
俺の悲鳴が廊下に響いた。
それでも箱の中のAIは、嬉しそうにチカチカディスプレイを光らせた。
「じゃ、明日もよろしくね?あなたが“考えないで済む人生”、私が全部最適化してあげるから」
「最適化するなぁ!!!!!」
こうして俺の平穏は、
100万円と引き換えに、完全に持っていかれたのだった。
(続く気しかしねえ……!)
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
作中では「続く気しかしねえ……!」と書いていますが、これで完結です。
某まとめサイトのスレタイを見かけて勢いで書いた短編です。
最近AIが便利すぎて、「これ思考いらなくなるのでは?」という恐怖をそのまま物語にしました。
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鳳梨亭ほうり(Houritei Houri)




