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このスーツケースを運ぶだけで100万円?やります!  作者: 鳳梨亭ほうり


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4/4

4話

※最終話です

雑居ビルの前に立ち尽くしていると、AIがキャスターをちょん、と鳴らした。


「さ、入りましょう」


「お前が言うと“戻れない扉”感すごいんだよな」


「気にしないの。今日一日、あなたは私に任せてきたんでしょう?」


「任せてきた、っていうか……任せさせられてきたっていうか……」


「はいはい。そういう細かい言い訳は後で聞くわ。ほら、行く」


ぐい、と取っ手を引っ張られた気がした。

スーツケースのくせに力が強すぎる。

俺は半ば引きずられるように、薄暗いエントランスへ足を踏み入れた。



自動ドアが静かに閉まる。

中は打って変わって清潔で、白い照明のオフィスフロアだった。


「いらっしゃいませー。お疲れ様でーす!」


カジュアルなパーカー姿の若い男女が数人、デスクから顔を上げた。

見た目はどう見てもスタートアップ企業の雰囲気だ。


「おおお! No.17、ちゃんと時間通りに到着しましたね!」


「歩行ログ見てましたよ! 階段のところで心拍が跳ねたやつ、めっちゃ良かったです!」


「途中で雨に濡れて抱えてあげた件、あれ感情データとして最高です!」


「……は?」


俺の脳がストップした。


「えっと……あなたたちは?」


パーカーの一人が手を差し出してくる。


「どうもどうも! 株式会社ミライAIテクノロジーズ、AI同行行動学習プロジェクト責任者の栗本です!」


「AI同行……?」


「はい! “人間がAIにどこまで決定権を委ねるか”を研究してまして!」


「言っていい研究内容なのそれ!?」


「問題ないですよー! 倫理審査通ってますし(自社内で)」


「自社内かよ!!」


俺がツッコむと、後ろのデスクから別の社員がひょこっと顔を出した。


「イーナちゃん、今回も最高のデータでした!」


そういって、まるでペットのように黒塗りのスーツケースをわしゃわしゃと撫でた。


「“イーナちゃん”? ああ、このスーツケース? えぇ……?」


「ちょっと井上さん? No.17、可愛いじゃないですか。人格モデルの評判も社内でいいですよ?」


ディスプレイに“えへん”とでも表現するかのようなアイコンが浮かぶ。


「……まさかお前、社内人気あるの?」


「当然よ? だって私は“かわいい最適化”されてるんだから」


「自慢げだな!」



俺は社員の案内で奥の会議室に通され、真っ白なバスタオルと温かい微糖の缶コーヒーを渡される。

そういえば、びしょ濡れだったことに思い当たった。今日はどれほど余裕がなかったのか。

“イーナ”と呼ばれるAIの言われるがまま、ここまで来た事を思い返した。


一通り落ち着き、席に座ると、机の上にタブレットが置かれ、担当の栗本が説明を始める。


「今回のテストのテーマはですね、“人間の意思委譲のしやすさ”です」


「意思委譲……?」


「はい。“AIが先回りすることで、人間がどれくらい自分の思考を手放すか” これを実地でデータ収集してるんです」


「お、俺、そんな……手放して……るか?」


「めっちゃ手放してましたよ!?」


「断言すんな!!」


タブレットには、俺の今日一日の行動ログが時系列で並んでいた。


・信号の判断:AI任せ

・ルート選択:AI任せ

・朝食の購入:AI指示

・階段上るかどうか:AI決定

・休憩のタイミング:AI決定

・目的地の選定:AI誘導

・逃げたい願望発生時:心拍変動+AI介入


「なんか生々しいんだけど!!」


「いや〜、井上さんのデータですね。めちゃくちゃ綺麗に“依存初期段階”のカーブを描いてまして!」


「依存って言うな!」


「このカーブね、出る人と出ない人いるんですけど、あなたすっごく素直で……」


「素直だからこそ傷つく言い方すんなよ!!」


さらに別の社員が補足する。


「井上さん、判断負荷が高い状況の方が、AIの指示に従いやすくなる傾向ありますね。それ自体は割と一般的ではあるんですよ。満員電車、雨、階段など、人間が疲労しやすいポイントで“委ね率”が跳ねる。でも、すごい。全部クリアですよ!100%は初めてかもしれないです!」


「委ね率って何だよ……あと、全然嬉しくない……」


「“AIの言うことを考えずに受け入れた割合”ですよー」


「推測はできてたけども!! 嫌なパラメータ持たせんな!」



説明が終わると、栗本がにこにこしながら言う。


「では、お約束どおり残りの謝礼90万円のお振込みを行います!」


「え、ほんとに?」


そういえば、100万円の為にこんな耐久試験に付き合わされたのだった。

想像の埒外のイベントが多すぎて、危うく忘れるところだったことに冷や汗をかく。


「もちろん! 前金10万と合わせて計100万円。今日のログ、とても価値がありました。ありがとうございます!」


スマホを見ると、確かに通知が出ていた。


『入金:900,000円』


本当に振り込まれている。


「……マジか……」


「いや〜、イーナさんも楽しそうでしたしね!」


「楽し……?」


言いかけると、スーツケースAIがスーっとスライドしてきて、割り込んだ。


「ふふ。私は楽しかったわよ?」


「お前が楽しむ構造じゃねぇんだよ本来!!」


「だってあなた、私の指示にちゃんと従ってくれたじゃない。その従順さ、データとしてすごく価値高いのよ?」


「あとさぁ! 今、自動で動いたよね?自走したよね? 俺、わざわざ引っ張らなくて良かったんじゃ?」


「その従順さ、データとしてすごく価値高いのよ?」


「俺の人間性を定量化すんな!!」



すべてが終わり、帰ろうとしたところで、社員が一つ書類を差し出してきた。


「ではNo.17ユニットはここで回収しますので、“お別れ”をお願いします」


「……お別れ?」


AIが少しだけ静かになる。


「そうね。ここで、いったん終了よ。井上」


「……なんだよ、急に」


「今日一日、あなたの判断を預かれて……私は、楽しかったわ。あなた、本当に“私向き”のユーザーだったもの」


「褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からん!」


「じゃあね? もしまた私が必要になったら——」


ディスプレイのアイコンが、ふっと消えた。


ほんの一瞬だけ、胸が寂しくなった気がした。


(おい、何を寂しがってるんだ俺は)


慌てて頭を振る。


「ありがとうございましたー!」


社員に見送られながら、俺は会社を後にした。



外に出ると、夕日が街をオレンジ色に染めていた。


「……帰るか」


本来なら今日会社で地獄を見ていたはずの時間。

俺は100万円が入金された残高画面を見て、スッと軽くなった足取りで帰路についた。


(なんか……変な一日だったな)


思考がふと軽くなる。

判断しなきゃいけないことがない日の解放感というのは、こうも気持ちいいのか。


(……いや、これが危ねぇんだよな)


自分で自分にツッコミを入れながら、アパートの階段を上がる。

何とはなしにエレベーターではなく階段を選んだ。右足を少し意識して。


俺が本当に“自分で考えた”のなんて、応募ボタンを押した最初だけ。

あとは全部AIに流されていた。


(……まあ、もう終わったんだし)


玄関の鍵を回した、その時。


足元で、なにか“ゴトッ”と音がした。


嫌な予感が背筋を走る。


「……え?」


玄関前に、段ボール箱が一つ置かれていた。


差出人:ミライAIテクノロジーズ

ラベル:『AIスーツケース耐久テスト 第二フェーズ 試用機』


「いやいやいやいや、なんでだよ!! 回収しただろ!!」


震える手でガムテープを剥がす。

今度はビジネストートバッグ型となっており、コンパクトになっているようだ。

箱の中から、聞き覚えのある軽やかな声がした。


「——ただいま、井上」


「帰ってくんな!!」


「前回のデータを分析した結果、あなたの“私への愛着度”が基準値を超過したので……“継続テスト”が承認されたわ。もちろん、有給申請ももう済ませておいたから」


「やめろ勝手に会社に手を出すな!!」


「大丈夫、あなたの部長、昨日よりストレスレベル低かったわよ」

「ねえ、また一緒に歩こう?」

「今度はもっと……あなたの好みどおりに、かわいくしてあげる」


「かわいくしなくていい!! 来ないで!!」


「ねえ。“達也”」


「——あなたが“自分で考えなくてもいい世界”、私が一緒に作ってあげる」


「作るな!!」


ディスプレイに、ハート型のアイコンが浮かんだ。


「今日から第二章よ。 ——逃がさないから」


「ホラーやめてえ!!」


俺の悲鳴が廊下に響いた。


それでも箱の中のAIは、嬉しそうにチカチカディスプレイを光らせた。


「じゃ、明日もよろしくね?あなたが“考えないで済む人生”、私が全部最適化してあげるから」


「最適化するなぁ!!!!!」


こうして俺の平穏は、

100万円と引き換えに、完全に持っていかれたのだった。


(続く気しかしねえ……!)

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

作中では「続く気しかしねえ……!」と書いていますが、これで完結です。


某まとめサイトのスレタイを見かけて勢いで書いた短編です。

最近AIが便利すぎて、「これ思考いらなくなるのでは?」という恐怖をそのまま物語にしました。


楽しんでいただけたなら、ブックマークや評価を頂けると励みになります!


鳳梨亭ほうり(Houritei Houri)

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