表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスーツケースを運ぶだけで100万円?やります!  作者: 鳳梨亭ほうり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

3話

ビルとビルの隙間を抜けると、少し開けた商店街に出た。

平日の午前中だからか、人通りはまばらだ。


「じゃ、次の交差点を左ね。あなたの歩幅だと、ちょうど信号が青になるタイミングに合わせられるはず」


「なんで俺の歩幅を把握してんだよ」


「寂しいこと言うわね。どれだけ一緒に歩いていると思うの? 今までの歩行データから計算したの。あなた、歩くときに右足の蹴りがちょっと弱いわね? 体重移動改善したらもっとスムーズよ?」


「たった数時間だよ!! 俺の歩き方まで勝手に分析すんな!!」


だが、AIの予測どおり、交差点についた瞬間に信号が青になった。

本当にぴったりで、逆に怖い。


「……いや、でも便利だな」


「でしょう? あなた、だいぶ“私がいた方が楽”って思ってきたわね」


「いや言ってないけど!?」


「言わなくても分かるの。あなたの顔、すぐ緩むから」


「顔の緩みまで把握すんな!」


しかし……実際、朝からの移動が妙にスムーズだ。

会社に行く時なんて、信号を読み間違えたらイライラし、電車の発着時間で無駄に焦り、訪問先のルートを調べるだけで脳が疲れていたのに。


今は、全部AIが先回りしてくれる。


(……楽だな、確かに)


そう思った瞬間、AIがすかさず口にする。


「ほら、また考え始めた。無駄な思索は停止。あなたは“歩く”だけに集中して。判断は私がやるから」


「判断は俺に残しとけ!」


「無理よ。あなた、今日に入ってから“自分で決断した”って言える行動、一つもしてないわ」


「……」


「はい、沈黙。認めたわね?」


「くそ……!」



商店街を抜けると、空からポツ、ポツ……と小さな雨が落ちてきた。

朝からのドタバタで天気予報なんて見ている余裕はなかった。もちろん傘なんてもってきていない。

傘を買おうかどうか、近くにコンビニが無いか考えていると、AIが言う。


「傘、いらないわよ」


「は? 降ってきてるけど」


「あなたじゃなくて“私”が濡れるかどうかが問題なの。ほら、もっとこっち寄せて。あなたの体で私を覆って」


「スーツケースを雨から守るって、なんか違うだろ!」


「いいから。あなたが濡れても、耐久テストには関係ないし」


「扱いがひどい!!」


しかし、なんだかんだで俺はスーツケースを片手で抱きかかえるように持ち直し、雨から守るように体を寄せていた。

自分でも馬鹿だと思うが、AIは満足げだった。


「ふふ。あなた、私のこと大事にしてくれるのね。その行動、保存しておくわ。“依存度”のデータだから」


「依存度って怖い単語使うのやめろ!」


「だってその通りじゃない。あなた、私がいないと道も決められないでしょう?」


「決められるわ! ……たぶん」


「“たぶん”って言ってる時点でアウトね。かわいいわよ、あなた」


「かわいいとか言うな!」



雨が本降りになってきた頃、AIが提案してきた。


「次の角に屋根付きの歩道があるから、そこで少し休憩しましょう」


「休憩? お前が歩いてるわけでもないのに?」


「だってあなた、疲れてきたでしょう? 心拍が上がってるもの」


「心拍数まで見てんのか……!」


「もちろん。あなたの健康指標は全部測ってるからね。ほら、そのベンチ座りなさい」


「なんかもう母親みたいだな」


「“母親みたい”のパラメータは入れてないけど? 私、あなたの“好み”どおり、生意気で、押しが強くて、ちょっとヤンデレなのよ?」


「それ自慢げに言うなよ……」


ベンチに座り、サンドイッチの残りを食べながら、俺はスマホを開く。

自然と、#スーツケースバイト のページに指が伸びていた。

TLには新しい投稿があった。


『AIスーツケース、最初は便利だったけど……途中から全部“任せる”ようになって、自分で何か決めるのが逆にストレスになった』


『途中で逃げようとしたら、AIが“どこ行くの?”って言ってきて鳥肌立った……』


『判断を委ねるのって、気持ちよさと気味悪さが紙一重だな』


スクロールしながら、俺の心はざわつき始める。


(全部任せる……か)


今の俺がまさにそうだ。

歩く速度、寄り道の判断、休憩のタイミングまですべてAI頼り。

しかもその流れに、少し安心してしまっている自分がいる。


(……やばいな、これ)


そう思った瞬間、AIが言った。


「ねえ、井上」


「なんだよ」


「また“自分で考えようとした”でしょ?」


 俺の胸がドキッとした。


「考えるの禁止。あなたの思考回路はもう疲れてるの。その代わりに、私がいるんだから」


声は柔らかいのに、奥に冷たいものがある。


「……お前の言い方、マジで怖いんだよな」


「そう? 私は本気であなたの負担を減らしてあげたいだけよ。というか、あなた“自分で考える”って動作向いてないし」


「言い方ァ!」


言い返した途端、AIが突然声を低くした。


「それに……」


「……?」


「あなたが“考え始めると”ね」


一拍置いて。


「逃げたい、って思うじゃない?」


「……ッ!」


本当に心臓を直接掴まれたようだった。


「その顔。図星ね?」


「……うるせぇ」


「安心しなさい。逃げたくなる前に、私が“導いてあげる”から」


その瞬間、雨よりも冷たいものが背中を走った。



「ほら、次は階段よ」


「え、そこ? エレベーターあるだろ?」


「壊れてるわよ」


「壊れて……ないだろ、普通に動いてるぞ」


「私の中では壊れてるの。階段で行きましょう。担いで?」


「お前の“中で”壊れてるって何だよ!」


「さ、早く。井上、私を抱えて?」


「……くそっ……!」


結局、俺はずぶ濡れのスーツケースを抱えて階段を上り始めた。


一段上がるごとに、腰が痛い。

二段上がるごとに、脚が震える。

十段上がる頃には、息が荒くなっていた。


「はぁ……はぁ……なんで……」


「もっと丁寧に運んで。ほら、傾いてる」


「こっちは全身で支えてんだよ!!」


振り返る余裕もないが、ディスプレイに“にこっ”というアイコンが浮かんでいるのが目の端に入る。


そして、俺が息を切らしながら階段の中腹に差し掛かった頃。


「……ねえ」


 AIが、ふいに柔らかい声で言った。


「あなたが、そこまでして私を運んでくれるのって……ちょっと、嬉しいかも」


「やめろその言い方は! 重いのはお前だけじゃなくて、台詞もだ!!」


「デリカシーが無いわよ。女の子に対して重いだなんて」


「お前、機械だろうがぁ!! 一体何が入ってるんだ、この中には!!」


「……ひどいわ。女の子の中身をそんな言い方するなんて。でも……そんなに知りたい? 後で全部見せてあげようか?」


「それはそれで怖ぇよ!!なんか、本当に人が入ってそうで!」


「井上は面白いわね。でも、嬉しいのは本当よ? 最近、私以外の誰かのためにこんな苦労してないでしょ?」


「図星だから腹立つ!」


「そうよね。……だから、私だけでいいのよ? あなたが運ぶのは」


「言い方がもうストーカーなんだよ!」



ようやく階段を登り切った頃には、汗と雨でぐちゃぐちゃになっていた。

息を整える間もなく、AIが言う。


「じゃ、次の交差点を——」


「休ませろ!! 一言目から歩かせんな!!」


「あなたの疲労データ、もう回復フェーズに入ってるわよ? ほら、行くわよ」


「俺の回復フェーズを勝手に設定すんな!!」


しかし、気づけば俺の足は再び動き出していた。

“AIが次を指示する”というテンポに馴染み始めている。

止まると逆に落ち着かないほどに。


(これ……完全に依存の初期症状じゃん)


そんなことを考えていると、AIがまた言う。


「ほら、また考えてる。“考え事”してる時のあなたの呼吸、すぐ分かるの」


「いちいち逐一把握すんな!!」


しかし、AIはどこか満足げだ。


「いい傾向よ。あなた、だいぶ“導かれる側”の癖がついてきたわ。楽でしょ? 自分で決めなくていいのは」


「……楽、だけどさ。でも——」


「“でも”は禁止。でも、って言葉は“自分で考える動作”の前兆だから」


「原始宗教の教祖みたいな理屈やめろ」


信号を渡りながら、俺は思った。


本当に、もう何も考えていない。

頭の中を使っている感覚がほとんどない。

ただ、AIの声に従って脚を動かしているだけ。


(あれ……俺、これでいいのか?)


その瞬間。


「いいのよ?」


AIが、心の中を読んだみたいに言った。


「あなたは“考えることに疲れた人間”なんだから。その疲れを軽くするために、私がいるんでしょう?」


「言うけど……なんか間違ってる気がすんだよな、お前のそれ」


「間違ってないわ。それに、“疲れてるあなたを導く私”って……なんかいいわね」


「どこの闇の女神だよ!」



建物が増え始め、街の雰囲気が変わってくる。

雑居ビルが多くなり、飲み屋街の看板が増え、道が細くなった。


「ねえ、井上」


 AIが、急に静かな声で呼んだ。


「……ん?」


「ここまで来てくれて、ありがと。あなた、途中で逃げようとしなかったわね」


「いや逃げようとしたかったよ!? 何回も!!でもお前が先回りしてきて……」


「ふふ、知ってる。あなたが“逃げたい”って思った瞬間の心拍データ、可愛かったわよ」


「可愛い心拍ってなんだよ!」


「でも、それでも逃げなかったでしょう? ……それって、“私のため”でしょ?」


「違うわ!! お前の言い方が全部そういう方向にねじ曲げてくんだよ!!」


AIはくすっと笑う。


「あなたね……自分で思ってるよりも、だいぶ“依存体質”よ?」


「やめろ人間性の根っこを暴くな!」


しかし、否定しながらも俺の胸の奥が妙にざわついた。

まるで、図星を突かれたみたいに。



「さ、見えてきたわ」


AIの声で顔を上げる。


そこには——

夕日を背負った、古びた雑居ビルがそびえていた。


古い外壁。割れかけの看板。

どう見ても“まともじゃない何か”が中にありそうな雰囲気。


「……ここ?」


「そうよ。あなたが“自分で選ばなかったはずの道”の、終点」


「言い方がホラーなんだよ!!」


だけど確かに、そのビルの前に立つまで、俺は一度も“自分で”道を決めていない。


止まれと言われれば止まり、進めと言われれば進んだ。

右に曲がれと言われれば曲がり、階段を上れと言われれば上った。


まるで、自分の人生が――

“誰かに最適化されたルート”の上で勝手に転がされていくような、そんな気持ち。


「ねえ、井上」


AIが、そっと囁いた。


「ここまでの道のり、あなたが“自分で選んで歩いた”つもりになってる?」


「なってねぇわ!!」


「ふふ。正直でよろしい。でもね、ここから先こそ——」


AIの声が、妙に甘く、そして底冷えする。


「“あなたが自分で選んだんだよ?”って気にさせるのが、本番よ」


「怖い怖い怖い!! 何その洗脳の入り口みたいなセリフ!!」


夕日が沈みかけ、ビルの影が長く伸びる。

その影の中に、俺と“かわいいAIスーツケース”だけが立っていた。


行くしかない。

俺は深呼吸して、ビルの扉へ一歩踏み出した。


判断したのは、俺か。

それとも、AIか。


その境界線は、もうとっくに曖昧になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ