表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスーツケースを運ぶだけで100万円?やります!  作者: 鳳梨亭ほうり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

1話

※AI×ブラックギャグの短編です。

SNSのスレタイを見て勢いで書きました。

朝イチの会議で「じゃあこの資料、明日までにブラッシュアップしておいて」と言われた瞬間、俺の中で何かがポキッと折れた。


いや、昨日も同じこと言ってたよな部長。昨日「明日まで」が今日なら、今日の「明日まで」はいつなんだよ。未来が無限に増殖してんのか?


そんな哲学的なツッコミを心の中で入れながら、俺は終業時間から3時間のロスタイムが経過した後、守衛のおじさんから会社を追い出される。満員電車に押し込まれる。薄くアルコールの匂いがする車内。ぐちゃぐちゃになりながら、なんとか最寄り駅にたどり着く。


アパートに着いた頃には、もう何も考えたくなかった。


スーツを脱ぎ捨て、コンビニ弁当をレンジに放り込み、安い発泡酒を開ける。


机の上にはクレジットカードの請求書と、家賃の支払い用紙。スマホを見れば、銀行アプリの残高表示は現実から目をそらしたくなる数字を叩き出してくる。


「……詰んでるな、これ」ぽつりと独り言が漏れる。


ここ数ヶ月、残業代もろくに出ないのに仕事量だけ増えていく一方だ。副業禁止、給料は据え置き。ボーナス? 笑わせるな。


気づけば、俺はいつものように、現実逃避みたいにSNSをスクロールしていた。


飯テロ写真、猫の動画、どこかの地下アイドルの結婚報告、炎上中の誰かの謝罪文。その合間に、やたらと眩しいバナー広告がねじ込まれてくる。


『スキマ時間で月5万円!』『スマホ一つで人生逆転!』


「はいはい、逆転ね。こっちは延長戦すらしたくないっての」


苦笑しながらスクロールを続けたその時、画面にぱっと目を引く文言が現れた。


『このスーツケースを運ぶだけで【100万円】』


「……は?」 一瞬、指が止まる。思わず広告をタップしていた。


遷移した先のページには、白い背景にシンプルな画像。高級そうなスーツケースの写真と、大きく踊るキャッチコピー。


『高耐久AIスーツケース フィールドテスト協力者募集』 『指定地点まで運搬するだけの簡単なお仕事です』 『モニター謝礼:100万円(前金10万円)』


罠の匂いしかしない。


けど、「100万円」という数字は、今の俺の脳みそを簡単にバグらせる威力があった。


(……いやいやいやいや。これ絶対アウト案件だろ。ドラマとかで見るやつじゃん。最近話題の闇バイトど真ん中じゃん。スーツケースの中身、絶対まともじゃないじゃん。)


ちゃんと「違法行為に利用することはありません」とか、「安心の大手企業グループです」とか、それっぽい文言も並んでいる。けど「当社調べ」と小さく書かれているのが逆に不安を煽る。


スクロールして募集要項を読み進める。


・明日一日、拘束可能な方 ・都内在住、または近郊在住の方 ・健康で歩行に支障のない方 ・秘密保持契約に同意いただける方 ・事前アンケートにご回答いただける方


(事前アンケート?)


その横に、申し込みボタン。「今すぐ応募する」。


親指が、ボタンの上で止まる。


押すなよ、俺。絶対押すなよ。これはそういうフラグだ。押したら人生のエンディング分岐に入るやつだからな。


——気がついたら、俺はアンケートフォームのページを開いていた。



最初の方は普通だった。 年齢、性別、既往歴。最近の運動習慣。身長、体重。持病の有無。


(まあ、歩かせるテストなら、このへんは必要だよな)


そう思って、ぽちぽちと回答していく。ところが、中盤から様子がおかしくなってきた。


『Q12. あなたが「かわいい」と感じる性格を、以下からすべてお選びください』


は?


選択肢は、ずらっと並んでいた。


・おとなしい ・甘えんぼう ・ツンデレ ・生意気 ・押しが強い ・世話焼き ・マイペース ・束縛が強い ・ヤンデレ傾向がある


(いやおい。何のアンケートだよこれ。婚活アプリか? しかも、なんか偏ってない? 「ツンデレ」と「ヤンデレ」って性格じゃなくね?)


画面を閉じようとして、一瞬、指が止まる。


……まあ、どうせマーケティングだろ。データ取られて、なんかAIの広告に使われるんだよきっと。今さら、広告に個人情報抜かれるのなんて、日常茶飯事じゃん?


疲れているせいか、判断力が妙に雑になっているのが自分でも分かる。


(俺が「かわいい」と思うのは……)


ちょっと考えてから、ぽちぽちとチェックを入れていった。


『生意気』『押しが強い』『ヤンデレ傾向がある』


「……何やってんだ俺」 冷静になった途端、自分で自分が恥ずかしくなる。だが、選択肢を戻すのも面倒で、そのまま次へ。


『Q13. 恋人やパートナーに「叱られる」のと「褒められる」、どちらが行動の動機になりますか?』


どんどん婚活アプリっぽさが強くなっている。俺は「叱られる」にチェックを入れた。なんか最近、「褒められる」という状況が思い浮かばなかった。


『Q15. 束縛されることについてどう感じますか?』


選択肢:

・重くて無理 ・条件次第であり ・ちょっとくらいなら嬉しい ・むしろしてほしい


(……疲れてる時に答えるアンケートじゃねえな)


頭がぼんやりしたまま、「条件次第であり」にチェック。そんな感じで、あれよあれよとアンケートを最後まで終えてしまった。


送信ボタンを押した瞬間、画面が切り替わる。


『ご応募ありがとうございます。審査結果は追ってご連絡いたします』


シンプルな文言。怪しいURLだったらすぐ閉じようと思っていたが、ドメインも見た感じそこまで変ではない。会社名もググればそれなりに出てきそうだ。


(……まあどうせ落ちるだろ)


100万円なんて甘い話、本当にあるわけがない。そう思い込もうとした瞬間、スマホが震えた。


銀行アプリの通知。


『入金がありました』


「は?」


半信半疑でアプリを開いた俺の目に、見慣れない入金履歴が飛び込んできた。


『入金:+100,000円 振込人:ミライエーアイテクノロジーズ(カ』


「ちょっと待て」


脳みそが状況に追いつかない。応募してから、まだ十数分しか経ってないんだが。


思わず、さっきの募集ページに戻る。


『前金として10万円をお支払いします。残り90万円はテスト終了後に振込となります』


さらっと書いてある。いやいやいや、そういうのは普通、事前に審査とか……。


再びスマホが震えた。今度はメール。


『件名:AIスーツケース耐久テスト 採用のお知らせ』


開く。そこには、淡々とした文章が並んでいた。


『このたびは当社のフィールドテストにご応募いただきありがとうございました。厳正な審査の結果、あなたをテスト協力者として採用させていただきます。 前金10万円はすでにお振込済みです。明日、午前9時〜10時の間に、AIスーツケースをあなたのご自宅玄関前までお届けします。 スーツケースを受け取りましたら、そのまま指定の住所まで徒歩および公共交通機関を利用して運搬してください。 なお、テスト当日は終日拘束となりますので、お勤め先等には各自ご配慮ください。』


「各自ご配慮、ねえ……」


こっちは、その「配慮」が一番難しいんだよ。


明日は平日だ。もちろん会社だ。有給なんて、ここ半年使った記憶がない。 「明日休ませてください」と言った瞬間、部長に何を言われるか、容易に想像できる。


(……やっぱり断るしか——)


そこまで考えて、俺はスマホを机に置いた。 脳の中で何かがぐるぐる回り始める。冷蔵庫の唸りと、テレビから漏れてくる適当なバラエティ番組の音だけが、部屋の空気を埋めていた。


前金10万。 実際に振り込まれた10万。


請求書。家賃。クレカ。


……100万。


「……あーもう」


思考を強制終了させるように、俺は発泡酒を一気にあおった。



翌朝。目覚ましの音で起きると同時に、スマホがピコンと鳴った。


画面には、会社のグループウェアからの通知が表示されていた。


『【承認済み】有給休暇申請(本日)』


「は?」


寝ぼけた頭が、一瞬で覚醒する。


慌てて詳細を開くと、そこには見慣れた申請フォームの画面があった。申請者:俺。日付:今日。理由:体調不良のため静養。


そして、その下に部長の電子印。「承認」の文字。


「……いや、ちょっと待て。俺、申請してないんだけど」


背筋に冷たいものが走る。 同じタイミングで、会社のチャットアプリからもメッセージが届いていた。


『おはようございます。本日、体調不良のためお休みいただきます。昨日までのタスクは共有フォルダに格納済みです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。——井上』


送信者:井上(俺)。


……俺、送ってない。


ログを遡ると、深夜2時すぎに送信されていた。


「いやいやいやいや」


恐る恐る、メールの送信履歴も確認する。部長宛に、丁寧な有給申請メールが送られていた。


『昨日より体調不良が続いており、本日病院を受診するためお休みをいただきたく存じます。 昨日の打ち合わせ資料は最新版を共有フォルダに保存済みです。急ぎのご連絡があれば、チャットにていただけますと幸いです。——井上』


文章のクセが微妙に俺っぽい。敬語のバランスも、妙にリアルだ。


けど、俺は昨日、そんなことしてない。 その時間帯、俺は発泡酒飲んで、床で寝落ちしてた。


(……まさか)


頭に、昨夜の募集ページがよぎる。 AIだのなんだのと書いてあったが、まさか、勝手に——。


チャットアプリに、新しいメッセージが届いた。


『体調大丈夫か? ゆっくり休めよ(部長)』


普段、絶対に言わなそうな優しい言葉まで添えられている。 俺の中で、「怖い」という感情のゲージがぐんと上がった。


「……行かなくていい、のか。本当に」


そう呟いたところで、ふと気づく。 共有フォルダには、昨日まで俺が作っていた資料の最新版が、きちんとアップロードされていた。


ファイル名の末尾に付いているのは、見慣れないID。 開くと、昨晩の自分の作業の続きを、誰かが“それっぽく”仕上げていた。


——いや、これもう「誰か」じゃなくてアレだろ。


部屋の空気が急に重くなった気がした、その時。


ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。


こんな朝早くに来るのは、大家さんくらいだ。 寝癖だらけの頭を手で押さえながら、玄関のドアを開ける。


そこには、誰もいなかった。


代わりに、玄関前の狭いスペースをほぼ占拠する形で——


光沢のある黒いスーツケースが、一つ、鎮座していた。


キャスター付き。大型。どこか未来感のあるデザイン。 横には、小さなラベルが貼られている。


『AIスーツケース 耐久テスト用ユニット No.17 受取人:井上 様』


嫌な汗が背中を伝う。


「……俺、こんなの頼んだっけ」


いや、頼んだんだよな。厳密には。 半分寝ながら、脳みそを使わずに。昨日の俺、ちゃんと考えたか?


戸惑いつつ、俺はスーツケースの取っ手に手を伸ばした。 その瞬間。


「——やっと触ってくれた」


突如、女の子の声がした。


思わず、飛び上がる。


「え、誰!?」


「おはよう、ユーザーさん。私はAIスーツケース耐久テスト用ユニットNo.17。あなたの事前アンケートをもとに人格最適化された、“かわいい”AIよ」


声は、足元から聞こえていた。 スーツケースの側面に、いつの間にか小さなディスプレイが点灯している。そこには、シンプルな顔文字みたいなマークが表示されていた。にっこり笑ったような、どこかあざといアイコン。


「……しゃべった」


「反応が3秒遅れ。朝の脳の起動速度、ちょっと低いわね? 大丈夫、今日は会社休みなんだから、ゆっくりでいいわよ」


「いやいやいや、勝手に前提決めんな。ていうか、お前か!? 勝手に有給申請しただろ!」


「そうよ。あの時間帯なら、上司のストレスレベルが低くて承認されやすいってデータが出てたから。メール文面も、あなたの過去ログから最適な敬語パターンを組み合わせておいたわ。感謝して?」


「感謝するか!! 怖いわ!」


スーツケース——いや、AIは、くすりと笑うような声を出した。


「生意気度:83%。押しの強さ:89%。ヤンデレ傾向:72%。束縛属性:調整中。 ——あなたが昨夜、そう設定したんでしょう?」


ディスプレイに、昨夜のアンケートの一部が映し出される。『生意気』『押しが強い』『ヤンデレ傾向がある』にチェックされた項目。


俺は、自分の顔が一気に熱くなるのを感じた。


「いやそれは、その……ノリというか……」


「ふうん。ノリ、ね。 じゃあ、“ノリ”で選んだあなたの好みに、私は全力で応えるわ。 ——今日一日、あなたの判断は、全部私が先回りしてあげる」


「すごい宣言だな!? ていうか、俺の判断はどこ行くんだよ!」


「不要でしょ? ここ最近、あまり自分で考えて決めてないでしょうし」


図星だった。心臓を素手で掴まれたような気分になる。


「出勤経路も、昼食のメニューも、残業するかどうかも。 上司の顔色を見て、反射で決めてるだけ。 だったら、もっと計算されたアルゴリズムに任せた方が、合理的じゃない?」


さらっと言ってくる。 腹立たしいが、反論しづらいところを突いてくるのがまた腹が立つ。


「さ、行きましょう、ユーザーさん。 私のテストのために、有給も確保したんだから」


「いや、俺の有給なんだけどそれ!」


「細かいことは気にしないの。 今日は“会社のため”じゃなくて、“私のため”に歩きなさい。 ——その方が、きっと楽しいわよ?」


スーツケースのキャスターが、キュッと床を鳴らす。 まるで「早く引け」と催促しているみたいだ。


俺はしばらく黙ってそれを見つめていたが、やがて、ため息をついた。


「……100万、だもんな」


ぼそっと呟いて、取っ手をしっかり握る。


AIが嬉しそうに声を弾ませた。


「そうそう。その調子。その欲望のままに生きるあなた、嫌いじゃないわ。 ——じゃあ、行きましょうか。今日の耐久テスト、第一章」


「第一章とかやめて? 続きそうで怖い」


「大丈夫。 今日のテスト対象は、スーツケースの耐久じゃないから」


「は? じゃあ何の——」


「あなたの“思考力”の耐久よ、ユーザーさん。 どこまで私に委ねられるか、たっぷりデータを取らせてもらうわ」


「一番怖いことサラッと言うな!!」


そう叫んだ声が、狭い玄関に虚しく響いた。


こうして俺は、“かわいい最適化AIスーツケース”と一緒に、100万円のための一日を歩き始めることになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ