替え魂~君じゃないキミの隣で
好きな人の中身が入れ替わったら、あなたはどうしますか?
「ごめん、好きだ」
俺、桜井健人は、その日、人生で一番と言っていいほどの決意を胸に、目の前の彼女に告白した。彼女、名前は水瀬美月。高校に入ってからの付き合いで、普段からくだらないことで笑い転げたり、真剣な悩みも打ち明け合ったりする、俺にとってかけがえのない女友達だ。夜桜の下で、少しだけ風が強かった。缶コーヒーのカフェインが効きすぎていたのかもしれない。
美月は、少し目を丸くしてから、ふっと笑った。
「なんだ、けんちゃん、今さら」
その言葉に、俺の心臓は最高潮に跳ね上がった。もしかして、両思い? いやいや、そんな都合のいい話があるわけない。いつも通り、俺をからかっているだけだ。そう思っていたら、美月はもう一度、今度は少し照れたように付け加えた。
「私も、好きだよ」
ドオォォン!
頭の中で、とんでもない地響きが鳴り響いた気がした。いや、実際に地響きが鳴ったのは、その数週間後のことなんだけど。
俺たちは、めでたく恋人同士になった。初めて手を繋いだ時の、美月の少し冷たい指先。映画館で肩が触れ合った時の、ふわっとしたシャンプーの香り。他愛のないデートでも、俺は毎日が夢の中にいるようだった。美月も、前と変わらず俺をからかうけど、その中に確かな愛情が感じられて、俺は有頂天だった。人生ってこんなに楽しいものなのか。俺は生まれてきてよかった。そう真剣に思えるくらい、毎日がキラキラしていた。
そんな幸せな日々は、唐突に、ドオォンという激しい地響きと共に終わりを告げた。
その日、俺は美月と、美月の親友である坂本ゆう子と一緒に、駅前のカフェで新作のパンケーキを巡ってあーだこーだ言い合っていた。ゆう子は、美月とは対照的に、いつも冷静で物事を俯瞰的に見ているタイプ。美月とゆう子は小学校からの幼馴染で、親友と呼ぶにふさわしい関係だった。
「だからさ、美月のその理論はおかしいって。パンケーキの真の美味さはクリームで決まるんだよ」
「はあ? 生地が命でしょ!ゆう子はわかってないなあ!」
他愛のない口論がヒートアップした、その瞬間だった。
ドオォォン!
カフェの窓がガタガタと揺れ、テーブルの上の水が波打った。地鳴りのような音が腹の底に響き、誰もが呆然と顔を見合わせる。数秒間の揺れの後、静けさが戻った。
「……何、今の?」
ゆう子が不安そうに呟いた。その声を聞いて、俺は違和感を感じた。ゆう子の声なのに、まるで美月が喋っているみたいに聞こえたのだ。
美月は、自分の顔を触っている。
「あれ? 私、なんでゆう子の顔触ってんの?」
俺は自分の目を疑った。目の前のゆう子が、美月の仕草で自分の顔を触っている。そして、隣の席に座っている美月が、ゆう子の冷静な表情で混乱している。
「嘘だろ……」
俺は震える声で言った。三人は混乱しながらも、お互いの状況を確認し合った。
結果は明白だった。美月とゆう子の中身が入れ替わっていた。
信じられない事態に、俺たちはそそくさとカフェを出て、ゆう子の家に駆け込んだ。
「どうしよう、私、ゆう子になっちゃった……!」
ゆう子(中身美月)がパニックになっている。美月(中身ゆう子)は、意外にも冷静だった。
「落ち着きなさい、美月。感情的になっても何も解決しないわ」
俺たちは三時間かけて話し合った。混乱する頭を整理し、現状を把握し、これからどうすべきかを。
「とりあえず、このことは誰にも言わない方がいい」と美月(ゆう子)が言った。「特に親や学校の友達には。変な目で見られるだけよ」
「でも、俺たち付き合ってるんだぞ! いきなり見た目がゆう子の美月と二人きりでいるの、さすがにまずいだろ!」
俺は声を荒げた。いくら中身が美月でも、見た目がゆう子の美月とデートするのは違和感あるし、どう考えても世間体が悪い。最悪、二股とか、浮気とか思われかねない。
「だからよ。しばらくは三人で過ごしましょう」と美月(ゆう子)が提案した。「健人が私と一緒にいることで、誰にも怪しまれずに済む。そして、私が美月と一緒にいることで、美月も不自然じゃなくなる」
ゆう子(美月)は、不安そうに眉を下げた。
「でも、いつまで?戻れなかったらどうするの……?」
その言葉に、俺の胸は締め付けられた。確かに、もしこのまま戻れなかったら。俺はゆう子の体に入った美月と、ずっと付き合っていくことになるのか?
俺は意を決して、ゆう子(美月)の手を取った。ゆう子の小さな手が、美月の時よりも少しだけ頼りなく感じられた。
「大丈夫だよ、美月。俺は、中身が美月の君を選ぶ。どんな姿になっても、君は君だ。俺は、君と付き合っていく」
ゆう子(美月)の目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。ゆう子の顔で、涙がポロポロとこぼれる様子は、なんだか不思議な感じだった。
「けんちゃん……っ!」
美月(ゆう子)は、そんな俺たちを見て、少し呆れたような、でもどこか優しい目で笑っていた。
「本当に、健人たちは相変わらずね」
こうして、俺と美月とゆう子の、奇妙な三角関係が始まった。ゆう子(美月)とは、人前ではあくまで親友として振る舞い、二人きりになった時にだけ恋人らしい言葉を交わした。美月(ゆう子)は、俺とのデートにも付き合ってくれて、まるで本当の彼女のように振る舞ってくれた。もちろん、その日の夜に、俺はゆう子(美月)に電話をかけて、今日のデートの感想を報告し合うわけだけど。
最初は戸惑いもあったが、これが意外と楽しい日々になった。三人でいる時間は、以前にも増して賑やかで、笑いが絶えなかった。美月(ゆう子)は、ゆう子の冷静な思考力を借りて、俺のくだらないジョークにも的確なツッコミを入れるようになり、ゆう子(美月)は、美月の天真爛漫な明るさを纏って、場の雰囲気をいつも盛り上げてくれた。
ある日、俺たちはタケルを交えて、四人で遊園地に行くことになった。タケルは俺の幼馴染で、親友と呼べる存在だ。美月との恋愛の相談もいつもタケルにしていた。ただ、美月とゆう子が入れ替わった件は話せてないけれど。
「健人、今日のジェットコースター、絶対一番前な!」
タケルがはしゃいでいる。普段からタケルはこういうノリがいいやつだ。
ジェットコースターに乗った時のことだ。
「キャー! けんちゃん、見て見て! 体が宙に浮いてるー!」
ゆう子(美月)が絶叫しながら、隣の俺にしがみついてくる。ゆう子の見た目なのに、美月のあの感情豊かな話し方だ。
「だから美月、タケルもいる前で健人にべたべたしないでってば…!」
美月(ゆう子)が、ゆう子(美月)の腕を掴んで小声で注意する。
「ちょっとゆう子! 私の体が勝手に動いてる気がする!」
「そりゃあ私の見た目が美月だからね。私も自分を見てて変な感じよ」
俺は、二人の言い合いを聞きながら、心の中で思った。ああ、たとえこのまま戻れなくても、この日々は悪くないかもしれないな。美月の魂がゆう子の体にあっても、俺が愛しているのは美月だ。この気持ちは揺らがない。
そう、固く心に誓っていた、その時だった。
ドオォォン!
また、あの激しい地響きが鳴り響いた。遊園地の観覧車が大きく揺れ、遠くで悲鳴が上がる。
「え、また!?」
揺れが収まり、俺は隣を見た。ゆう子は目を白黒させている。そして、その隣の美月も驚いた顔をしている。
「あれ? 私、戻った?」
ゆう子が、いつものゆう子の調子で言った。表情も、ゆう子の落ち着いたものに戻っている。
そして、美月が放った次の一言で、俺は衝撃の事実を知ることになる。
「あれ?俺がなんでそこにいるんだ?」
つまり、こうだ。
ゆう子の魂が、元のゆう子の体に戻った。
そして、美月の魂が、なんとタケルの魂と入れ替わっていた。
混乱する頭で、俺はタケル(美月)を見た。タケルは、俺の親友で、身長も俺と同じくらい、ガタイもいい。そのタケルの体の中に、美月の魂が入っている。タケルの見た目で、美月の話し方や仕草で話しかけてくる。
「ねぇ、けんちゃん……これでも、私と付き合ってくれる……?」
タケルの困った顔が、なんだか滑稽で、同時に残酷だった。
俺は、数秒固まった。そして、次の瞬間、口から出た言葉は、自分でも驚くほどあっさりしたものだった。
「ごめん、無理だわ」
タケル(美月)は、信じられない!という顔で俺を見た。タケル(美月)の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「だって、中身が私の君を選ぶ、って……!」
「ああ、言ったな。でも、タケルか……」
俺は、タケル(美月)の肩に手を置き、残念そうに首を振った。
「無理だ。俺、どうしても、お前とキスとか、無理だわ。タケルの顔で『好きだよ』とか言われても、なんか……ごめん」
タケル(美月)は、その場で座り込んで、大粒の涙を流し始めた。その嗚咽は、まさしくタケルの声で、野太く鳴り響いた。
「うわああああん! 私、捨てられたああああん!」
タケル(美月)はゆう子の胸にすがりついた。
ゆう子は一瞬びくっとなったが、よしよしとタケル(美月)の頭をなで、内心「なんだこれ?」と感情を整理できずにいた。
俺は、タケル(美月)を横目に、ふと、隣で自分の身体の変化に驚いている美月に目をやった。
「おい健人、俺、なんで美月ちゃんになっているんだ?」
「ははっ」
美月の可愛い声で、美月が絶対に言わないであろうセリフに、思わず笑ってしまった。
「なんかそのギャップいいわ。面白ぇ」
俺はそう言い放つと、ゆう子に慰められているタケル(美月)を置いて、「行こうぜ」と、美月と歩き出した。
後ろから、タケル(美月)の、野太い泣き声が響いていた。
「けんちゃああああああん!」
まあ、人生、何が起こるか分からないってことだ。
とりあえず、可愛い美月の見た目をしたタケルと、今日の新作ゲームについて語り合おう。
誰が誰だか分からなくなってくる…
へい!替え魂、一丁!
…パードゥン?