場面8:二人きりの森
奴隷商人たちが去った後、俺はひとまず安全そうな場所を探した。大きな木の根元が、雨風を多少なりとも避けられそうだ。そこに、抱きかかえたエルフの少女をそっと横たえる。
時刻は既に夕暮れに近く、森には急速に影が落ち始めていた。夜になれば、さらに冷え込むだろうし、夜行性の魔物だって現れるかもしれない。
俺は手早く周囲から枯れ枝を集め、スキルで生成した火種を使ってささやかな焚き火をおこした。火種は一応創造モジュールで用意できたが、湿った枯れ枝に火を移すのは骨が折れた。何度も息を吹きかけ、ようやく小さな炎が安定する。パチパチと木のはぜる音が、少しだけ心細さを和らげてくれた。
次に、水と食料だ。水はさっき小さな湖畔を見つけたので、その水を焚火で煮沸すれば良いだろう。問題は二人分の食料をどうするか、だ。道中で見つけたキノコは食べつくしてしまっている。
(そうだ、さっき学習したキノコ……学習したのだから、ゼロからでも何とか生成できるんじゃないか?)
まあ味は最悪だったが、今は贅沢を言っていられない。俺は周囲を気にしつつ、声に出さずに念じる。これ、この子に聞かれたら完全にアウトだ。
「アリア、さっき学習したキノコ……ヒトヨタケモドキのデータを使って、何か食べられるものを作れないか?」
『了解! ヒトヨタケモドキデータから栄養素抽出&再構成! 味は……まあ、保証外だけど! 創造モジュール起動!』
アリアの返事と共に、手元の無骨な木の器(これもさっきその辺の木をベースに生成したものだ)に、栄養価だけを抽出・再構成したような、無味無臭の灰色のペーストが現れた。とても美味そうには見えないし、冷たいままだ。
(元データがあっても、レベルが低いと、こんなものしか作れないのか……)
「……まあ、無いよりはマシか」
俺はそれを焚き火にかざして、時間をかけて温めた。ちらりと少女を見ると、彼女は黙ってスープを見つめているが、その瞳の奥には何か知的な光が宿っているような気がした。単なる子供ではない……エルフというのは、こういうものなのだろうか?
温まったスープ(?)を、まだ警戒心を解いていない少女のそばへ持っていく。
「……少し食べなよ。キノコのスープだ。……ちゃんと、温めたから」
彼女は俺の顔とスープを交互に見つめ、すぐには口をつけず、器の中身の匂いを慎重に嗅いでいる。(毒を警戒しているのだろうか……?)そして、一口だけ恐る恐る口に含み、安全だと判断したかのように、ゆっくりと食べ進めた。
「………………いただきます」
か細い、しかし凛とした声でそう呟くと、受け取った木の器を、小さな手で大事そうに持ち、ゆっくりとスープを口に運ぶ。その姿は痛々しいほど弱々しかった。
「君は……名前は? なぜ追われていたんだ?」
少しでも情報を得ようと尋ねてみる。すると、彼女は小さな声で、ぽつりと言った。
「……セ、ラ……です……」
(セラ……か)
それが彼女の名前らしい。だが、なぜ追われていたのかについては、答える代わりに小さく首を横に振るだけだった。それ以上は語りたくない、という意思表示だろうか。あるいは、衰弱していて話す気力もないのかもしれない。
(顔色が悪すぎる……。怪我もひどいし、何か病気なのかもしれない。現時点では、見た目で判断するしかない。俺には何もしてやれないのがもどかしい……)
今は彼女を休ませるのが最優先だろう。
夜が更け、森は完全な闇に包まれた。焚き火の炎だけが、俺たちのいる小さな空間を心細く照らしている。
セラは疲れ果てたのか、焚き火のそばで体を丸くして眠っていた。時折、苦しそうな寝息が聞こえる。
俺は見張りをしながら、眠る彼女の顔を盗み見た。幼いながらも整った顔立ち。銀色の髪が、焚き火の光を浴びてキラキラと輝いている。こんな小さな子が、なぜ奴隷商人に追われるような目に……。
夜風がひときわ冷たく吹き抜け、セラが小さく身震いした。
「……『プロンプト:保温性の高い毛布を生成』」
手元に現れたのは、ゴワゴワして薄っぺらい、お世辞にも毛布とは言えない布切れだった。
(またこれか……! プロンプトが雑なのか、レベルが低いのかは分からないが、全然ダメだな)
俺は布切れを素材として指定し、再度プロンプトを練る。
「『プロンプト:この布を素材として使用。もっと繊維を解きほぐし、空気を含ませて、柔らかく、厚みのある毛布に改良』!」
今度は、先ほどよりはマシな、一応毛布と呼べるものが生成された。
なるほど、こうやって改良していくこともできるのか。少しずつ、このスキルの使い方が分かってきたぞ。
さっきのスープは、学習したキノコのデータがあったからゼロから生成できたが、品質は最低だった。一方で、この毛布は、最初に生成した粗悪な布切れを『素材』として『改良』することで、より良いものになった。
一応はゼロから生成もできる。さらに物(素材)があればそれをベースに改良できる、ということか?
(だとしたら、MP消費は無視できないが、何度もプロンプトを繰り返して改良していけば、いずれは高品質な物も作れるようになるのかもしれない。もちろん、スキルレベルとか、素材の限界とか、色々な制約はあるんだろうが……それでも、やり方次第では化ける可能性のあるスキル、なのかもしれないな)
俺はその改良された毛布を、眠っているセラにそっとかけてやる。
「……これで少しは暖かいか……」
その時、彼女の寝顔があまりにも無防備で、なんだか妙にドキッとしてしまった。……いやいや、相手は子供だぞ俺!? 何を考えてるんだ!
(いや、違う。これはただの同情だ。可哀想な子を助けたいという気持ちだ。……それだけのはず、だよな……?)
慌てて思考を打ち消す。俺は保護者、みたいなものだ。そうだ、そうに違いない。
『マスピ、見張り中によそ見? しかも顔赤くない?w 保護者とか言い訳しちゃってーw』
「アリアは黙ってろ!」
脳内のギャルAIにツッコミを入れていると、セラがかすかに身じろぎし、薄目を開けたのが分かった。
しまった、起こしたか?
俺がアリアと会話していたのを、彼女は独り言と捉えたのかもしれない。怪訝そうな、不思議そうな表情でじっとこちらを見ている。
しかし、彼女は何も言わず、すぐに再び目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。ただの寝ぼけだったのかもしれない。
だが、彼女の瞳の奥に宿った一瞬の疑念のようなものが、俺の心に小さな棘のように引っかかった。