場面7:エルフの解放
俺が突然飛び出したことで、奴隷商人風の男たちは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに下卑た笑みを浮かべてこちらを睨みつけてきた。
「あぁ? なんだテメェは」
「邪魔すんじゃねえよ、ヒョロガキが」
三人いる。全員、体格も俺よりしっかりしているし、腰には剣。まともにやり合えば、まず勝ち目はないだろう。
(どうする……? 力じゃ敵わない。なら……!)
俺は襲いかかってくるかもしれない男たちを睨みつけながら、必死に活路を探る。奴隷商人たちに囲まれ、追い詰められて震えている少女の姿が目に入る。
(ひどい怪我だ……顔色も悪い。放っておいたら本当に……)
その時、脳内にアリアの声が響いた。
『うわー、あの子、ボロボロじゃん! 見るからに不健康そうだよ? マスピ、可哀そうだけどさー、ここは逆にそれを利用して交渉するってのはどう? 死んだら金にならない、って脅してみるとか!』
(こいつ……なんてことを言うんだ。でも……確かに、それが一番現実的かもしれない。俺に戦う力はないんだから……)
アリアの非情とも思える提案だが、他に手はない。俺は覚悟を決め、一歩前に出た。冷静さを装い、ハッタリをかます。
「待て。その子はひどく弱っている。……見ろ、この顔色を! このままじゃすぐ死ぬぞ! 死んだ奴隷に価値などない! 死体を持ったところで、お前らただの人殺しになるだけだ。それでもいいのか?」
俺の言葉に、男たちの表情が少し変わる。少女の状態が悪いのは、彼らも気づいているのだろう。
俺は懐から、サトウさんに託された革袋を取り出す。ずしりとした重み。俺はそれを奴らに見せつけるように掲げた。少女の肩がびくりと震えたのが見えた。
「ここにある金でどうだ? 見れば分かるだろう、結構な額のはずだ。これがお前らに払える全てだ!」
革袋の重厚感と、硬貨が擦れる音に、男たちの目がギラつく。一人が唾を飲み込む音が聞こえた。
「おい……ありゃあ、かなりのモンだぜ……」
「だがよぉ、こいつ、いいカモじゃねえか? ガキごと始末して、金だけ奪っちまえば……」
乱暴そうな男の一人が物騒なことを言い出す。まずい流れだ。
しかし、リーダー格らしい男がそれを制止する。
「馬鹿野郎、面倒事を増やすな。俺たちは商人だ。手間をかけずに稼ぐのが一番だろ」
そして、俺に向き直り、値踏みするような目で言った。
「……分かった。そのガキはお前にくれてやる。だが、その代わり……その革袋、中身全部置いていけ。それで、お前さんの命も見逃してやろう」
くそっ……足元を見やがって……! でも、仕方ない……!
(サトウさん、ごめん……! 君が俺の生存のために託してくれたお金を、こんな風に使うことを許してくれ……! でも、この子を、見捨てるわけにはいかないんだ……!)
内心で謝罪と決意を固める。革袋を握る手に汗が滲んだ。俺は無言で頷いた。アリアの声も聞こえない。彼女も固唾を飲んで見守っているのだろうか?
リーダー格の男は、少女の首に嵌められていた金属製の首輪に手をかけた。少女が「ひっ」と息を呑む。男は腰の鍵束から小さな円形の金属片を取り出し、それで首輪に触れると、カチリ、と小さな音がした。
「こいつが隷属の証だ。所有権は解除した。好きにするがいい」
男は金属片を乱暴に俺に投げ渡すと、俺の手から革袋をひったくった。
手のひらに収まる、冷たくて硬い金属片。これが……隷属の証……? 今はただ、その不吉な響きだけが頭に残った。
男は革袋の中身をジャラリと確認し、満足げに口の端を吊り上げる。
「ふん、ガキの割にはけっこう持ってるじゃねえか。……次に見かけたら、こうはいかんぞ。覚えておけ。じゃあな」
男たちは少女には目もくれず、足早に森の奥へと去っていった。
「あっ……」
緊張の糸が切れたのか、少女はその場にふらりと倒れ込む。俺は慌てて駆け寄り、彼女の体を抱き起こした。
「だ、大丈夫か!?」
腕の中の少女は、驚くほど軽かった。顔色は青白く、呼吸も浅い。衰弱しきっているのは明らかだった。首には、痛々しい金属の首輪が嵌まったままだ。
それでも、彼女は俺の腕の中で、か細い声で何かを呟いた気がした。
恐怖、安堵、そしてこれからどうなるのかという不安。様々な感情が入り混じりながら、俺はただ、腕の中の小さな命の重みと、手の中にある小さな金属片――隷属の証とやら――を感じていた。