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場面31:王都の閉塞と辺境の光明

リンドブルム王国の王城。その荘厳な見た目とは裏腹に、最近の城内の空気は澱んで、息が詰まりそうだ。


原因は、私たち召喚された「勇者」一行の、あまりにも情けないダンジョン攻略の失敗続きにある。


今日も、王の御前での報告会という名の吊し上げが終わり、控え室に戻ってきたダイキ君、ケンジ君、ショウタ君、そしてレイカさんの四人は、それはもう酷い有様だった。


「だーかーらー! 今回の失敗は、俺のせいじゃねえって言ってんだろ! あのクソトロールの動きが変則的すぎたんだよ! あと、ショウタ! お前、なんであの時、的確に援護魔法を撃ち込まなかったんだよ!」


ダイキ君が、顔を真っ赤にして喚き散らしている。彼の額には青筋が浮かび、自慢のはずの「勇者」のオーラも、今はただの苛立ちのオーラにしか見えない。


「いや、ダイキこそ、いつもみたいに一人で突っ込みすぎなんだよ。作戦もクソもねえじゃん。俺だって、あんな密集地帯で範囲魔法なんか撃てるかよ」


ショウタ君は、壁に寄りかかったまま、面倒臭そうに爪をいじりながら、ぼそりと反論する。普段は事なかれ主義の彼も、さすがに我慢の限界らしい。


「そうよ! ダイキ様の足を引っ張るなんて、ショウタ君こそ何様のつもり!?」


レイカさんが、甲高い声でショウタ君に噛みつく。彼女のダイキ君への盲信ぶりは、正直見ていて痛々しい。そして、その矛先がいつ私に向かってくるかと思うと、気が気ではなかった。


「なんだと、ショウタ! レイカの言う通りだ! てめえ、この勇者ダイキ様に逆らう気か!?」


「はっ、勇者ねえ……。おだてられて調子に乗ってるだけじゃねえの?」


「なんだとゴラァ!」


「お、おい、落ち着けよ! 二人とも!」


取っ組み合いが始まりそうな二人を、ケンジ君がオロオロしながら止めに入っているけれど、火に油を注いでいるようにしか見えない。


これが、世界を救うと期待された勇者たちの姿だなんて、誰が信じるだろう。


召喚者としての恩恵で、私たち一人一人の能力は確かに高い。でも、それだけ。ダイキ君の独断専行、ケンジ君のイエスマンっぷり、ショウタ君の無気力。そして、レイカさんのダイキ君への盲信と、私への当てつけのようなヒステリックな言動。これじゃあ、どんな簡単なダンジョンだって攻略できるはずがない。何度、全滅しかけたことか。


(アイカワさんがもしここにいたら……ううん、彼がいても、この状況じゃきっと何も変わらなかったかもしれないけど……)


ふと、追放された彼のことを思い出す。彼がどんなスキルを持っていたのか、私は詳しく知らない。ただ、「役立たず」と一方的に決めつけられていた。でも、本当にそうだったのかな。


最近、そんなダイキ君のイライラは、別の方向にも向かっている。


彼は、【魅了】スキル――本人は【王者のカリスマ】とか言ってるけど、どう見ても胡散臭い誘惑系のスキル――を使って、城の侍女や、果ては若い貴族の令嬢たちにまで手を出しているという、聞くに堪えない噂が絶えないのだ。


攻略失敗のストレスを、そんな形で発散しているのだろうか。本当に軽蔑すべき男。幸い、同じ召喚者の私にはあのスキルは効果がないけれど、彼からの粘着質な視線や、時折かけられる甘ったるい言葉には、うんざりを通り越して吐き気がする。


そして、そんなダイキ君の隣でレイカさんは勝ち誇ったような顔で私を見ている。まるで、ダイキ君の関心が自分にだけ向いているとでも言いたげに。


正直、早くこの状況から抜け出したい。


そんな鬱々とした日々の中、先日、侍女たちの間で囁かれていた噂話が、ふと私の耳に入った。


「ねえ、聞いた? フロンティアっていう辺境の街が、最近すごいことになってるんですって」


「ああ、あの交易路の端っこの? 何でも、新しい保存食や、どんな道具も持ちやすくなる不思議な取っ手、それに……なんと、『天候を読む魔道具』まで開発されたとか! 天気予報って言われるらしいわよ?」


「へえ、天気予報ですって。まるで神託じゃない。そんなもの、この国でも聞いたことがないわ!」


(天気予報……?)


その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が小さく跳ねた。


天気予報。それは、私たちのいた日本じゃ、当たり前のように毎日テレビやスマホで見ていたものだ。でも、この世界では、そんな概念すらないと思っていた。


(まさか……アイカワさん……?)


彼がどんなスキルを持っていたのかは知らない。でも、もし彼が、私たちの世界の知識や技術を、この異世界で再現できるとしたら……?


「生成AI」とかいう、よく分からないスキルだって言っていた気がするけど、もしかしたら、それは私たちが想像もできないような、とんでもない可能性を秘めていたのかもしれない。


フロンティア。彼が追放された先は、確かその近くだったはず。


(もし、本当にアイカワさんがフロンティアで……)


想像しただけで、胸が少しだけ軽くなる気がした。


私たち無能な勇者たちや、策略を巡らす貴族たちに囲まれた、この息の詰まる王城とは違う場所で、彼が自分の力で道を切り開き、成功を掴んでいるのかもしれない。そう思うと、ほんの少しだけ、希望が持てる。


もちろん、確証なんて何もない。ただの私の、都合の良い妄想かもしれない。けれど、それでも。


窓の外に広がる夜空には、相変わらず二つの月が静かに浮かんでいる。


私は、遠い辺境の街、フロンティアの方向に顔を向け、そっと手を合わせた。


(アイカワさん……もしあなたが、本当にフロンティアで頑張っているのなら……どうか、お元気で。そして、どうか、あなたのその力が、誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを幸せにするために使われていますように。あなたの成功を、私は人知れず祈っています……)


そして、願わくば。


いつか、この息苦しい場所から抜け出して、あなたに……。


そこまで考えて、私は慌てて首を振った。


今はまだ、そんなことを考えている場合じゃない。


この王国の淀んだ空気の中で、私にできることはまだ少ないけれど、それでも、諦めずにいよう。


静かな夜空の下、私の小さな祈りが、遠くにいるかもしれない彼に届くことを願いながら。


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