場面29:外部からの視線
フロンティアの街は、俺たちの開発した新商品と新サービスによって、目覚ましい発展を遂げていた。
市場は常に活気に満ち、工房からは力強い槌音が響き、畑には豊かな実りが約束されている。人々の顔には笑顔が増え、街全体が明るい希望に包まれているように見えた。
俺自身も、自分の力がこうして多くの人々の役に立っていることを実感し、これまでにないほどの充実感を覚えていた。
だが、そんな輝かしい成功の裏で、新たな、そして不穏な影がフロンティアに忍び寄りつつあることに、俺はまだ明確には気づいていなかった。
いや、正確に言えば、何となくの違和感は、ここ数日感じ始めていたのだ。
街を歩いていると、時折、見慣れない服装や、どこか周囲から浮いた雰囲気の者たちを見かけるようになった。
彼らは、観光客を装っているのか、あるいは行商人のふりをしているのか。しかし、その視線は、単なる好奇心だけではない、何かを探るような、値踏みするような……そんな鋭さを含んでいる気がした。
工房の周辺でも、時折、不審な人影を見かけることが増えた。直接的な侵入の試みこそないものの、明らかに俺たちの活動を探ろうとしている気配があった。
『ねえマスピ、気のせいかもしれないけど、最近なんか妙な視線感じない? ストーカー? それともスパイ? ま、アタシの圧倒的な美貌と才能に気づいた熱狂的なファンかもだけどね! サインの練習しとこっかなー!w』
アリアはいつものように軽口を叩いているが、彼女も何か異常なものを感知しているのかもしれない。
ミミも、獣人ならではの鋭い感覚で、何かを感じ取っているようだった。
「ユウ、なんだか最近、街に変な匂いがする奴らがウロウロしてるにゃ……。ミミ、あんまり好きじゃない匂いなのだ。なんかこう、鉄と……嘘の匂いがする」
彼女の言う「変な匂い」が具体的に何を指すのかは分からない。だが、彼女の言葉は、俺の胸の内の漠然とした不安を、少しだけ確かなものに変えた。
そんな折、オリヴィアさんから急な呼び出しがあった。
代官屋敷の彼女の執務室を訪れると、そこにはいつになく真剣な、そして険しい表情のオリヴィアさんが待っていた。
部屋の空気も、心なしかいつもより張り詰めている。
「ユウ様、お忙しいところ申し訳ありません。ですが、少々……いえ、かなり厄介な事態が進行しつつあるようですの」
彼女はそう切り出すと、一枚の羊皮紙を俺の前に差し出した。
そこには、いくつかの紋章――見覚えのある王国宰相派のもの、そしてライオネル皇国やソラリス同盟といった、フロンティアとは比較にならないほどの大国のもの――が描かれ、それぞれの下に、何やら不穏な単語が書き連ねてあった。
「密偵派遣」「情報収集活動活発化」「技術奪取の可能性」「重要人物の動向監視」……。
「これは……!?」
「わたくしの情報網からもたらされた、ここ数週間のフロンティア周辺における外部勢力の動向ですわ。ユウ様、お気をつけください。貴方のスキルと、我々が生み出した技術……特に、あの『フロンティア・ウェザーリポート』は、外部の勢力にとって、喉から手が出るほど欲しいものなのです」
オリヴィアさんの声には、いつになく強い危機感が滲んでいた。
「彼らは、その価値を正確に理解し始めています。そして、それを手に入れるためなら、おそらく……手段を選びませんわ。既に、複数の国家や組織が、フロンティアに密偵を送り込み、情報収集を活発化させている模様です。中には、ユウ様ご自身や、プロンプターズの皆様に直接接触を試みようとする者も現れるかもしれません。いえ、もう現れていると考えるべきでしょう」
俺はゴクリと喉を鳴らす。
成功は、新たな脅威を呼び寄せるということか。フロンティアの変貌は、喜ばしいことばかりではなかったのだ。
さらに、オリヴィアさんは苦々しげに続けた。
「そして……エリアス支部長も、どうやら抜け目なく動いているようですわ。外部の商人――おそらくはソラリス同盟の手の者でしょう――と密かに接触し、フロンティアの新技術に関する情報を、高値で売ろうとしている可能性があります。先日、彼があなた方の工房を訪れた後、すぐにソラリスから来たと思しき商人と会っているのを目撃した者がおりますの」
「あのタヌキ親父……!」
俺は思わず歯噛みする。あの男ならやりかねない。いや、絶対にやるだろう。金のためなら。
「今のところ、具体的な被害は出ておりません。ですが、これは時間の問題かもしれませんわ。ユウ様、そしてプロンプターズの皆様には、これまで以上の警戒と、そして……来るべき交渉、あるいは対立への備えが必要となります。このフロンティアは、もはやただの辺境都市ではなくなった、と言えるかもしれません」
オリヴィアさんの言葉は、重く俺の心にのしかかった。
フロンティアは確かに豊かになり、活気づいた。だがそれは、同時に俺たちが、そして俺のスキルが、より大きな世界の注目と、そして欲望の対象になったということでもあるのだ。
(これまでは、フロンティアという小さな街の中での話だった。だが、これからは……違うのかもしれない。王国、皇国、同盟……もっと大きな、国家レベルの思惑が絡んでくるのか…?)
俺は、窓の外に広がる、活気に満ちたフロンティアの街並みを見つめた。
この平和な日常を守るためには、俺たちは新たな脅威に立ち向かわなければならない。
【生成AI】の力は、希望だけでなく、争いの火種をも生み出すのかもしれない。
そんな予感が、俺の胸を重く締め付けていた。




