場面5:初期サバイバル
隙間だらけのシェルターの中、俺は降り続く雨音を聞きながら途方に暮れていた。
寒さは多少マシになったものの、雨に濡れた服が容赦なく体温を奪っていく。空腹も、もう限界に近い。
(とにかく、何か行動しないと……火を起こし、最低限の食料を確保する。それが最優先だ)
頼れるのは、あの【生成AI】とかいうスキルだけ。使い方次第では、この窮地を脱する鍵になるかもしれない。さっきのアリアと名乗ったAIは、プロンプトと材料が重要だと言っていた。
俺は再びスキルウィンドウを開き、声に出して呼びかけてみる。どうせ周囲には誰もいない。
「なあアリア、聞こえるか? まずは火を起こしたいんだが」
『お、マスピ、やる気になった? 火起こしねー、OK! でもさー、アタシには今マスピが見てるものしか分かんないんだからね! マスピがちゃんと火口とか、燃えやすい木とか認識してくれないと、こっちもどうしようもないわけ』
(なるほど……このAI、俺の視覚情報に依存してるのか。それに、そもそもこの世界の知識もなさそうだ。スキル【生成AI】のインターフェースがこのアリアで、彼女を通じて『創造モジュール』ってやつを使う、と……そういう理解でいいのか?)
『なんか失礼なこと考えてない? まあいいや、とりあえず、なんか燃えそうな木の棒とか作ってみる? プロンプト、カモン!』
言われるがままに、プロンプトを口にする。
「よし……『プロンプト:火起こしに使える、硬くて乾いた木の棒を生成』!」
『はいよ! 創造モジュール、起動!』
ウィンドウが光り、目の前に木の棒が出現した。……のだが。
「なんだこれは! ただの濡れ木じゃないか!」
生成されたのは、雨でぐっしょり濡れた、そこらの枝と何ら変わらない代物だった。これでは火など起こせるはずもない。
『はぁ? だからプロンプトだって! 具体的に指示してくれないと! だいたい「乾いた」って言われても、この雨の中でどこから乾いた木を持ってくるのさ! マスピが「この枝を使って」みたいにちゃんと指定しなきゃ!』
(くそっ……使えねぇ……! プロンプトと……材料(触媒)? ゼロからじゃなくて、何かを元に『生成』するスキルなのか? つまりMPだけじゃなく、現実の『物』までコストとして要求されるってこと? 思った以上に、色々と制約があるスキルだな……)
文句ばかりのアリアに内心で舌打ちしつつも、現状はこのふざけたAIと、未知のスキルに頼る他ない。……こうなれば、理解して使いこなすしかないだろう。俺は腹を括った。
火を諦め、次は食料を探すことにした。シェルターの外に出て、雨の中を歩き回る。
色鮮やかなキノコを見つけた。
「これ、食えるかな? アリア、鑑定とかできないのか?」
『むーりー! アタシに味覚センサーとか搭載されてないし! マスピの説明だけじゃ、未知のキノコは無理! 図鑑データとか学習してないと、食レポはできませーん! もしかしたら毒かもよ? ヤバいって!』
結局、鑑定のような便利な機能はないらしい。AIと言っても全然万能ではない。俺自身の知識と判断力が試されるわけか。まあ、異世界のキノコの安全性なんて判断できるはずもないが。
安全な食料は見つけられず、焦燥感だけが募る。このままでは本当にまずい、そう思い始めた矢先だった。
茂みの中から、ガサガサと音がした。
咄嗟に身構える。現れたのは、一羽のウサギ……いや、牙の生えた凶暴そうな、見慣れないウサギもどきだった。サイズは普通のウサギと同じくらい。
(これが魔物…! ファンタジーの世界が現実に…しかも、明らかに敵意を持っている! 元の世界なら動物園か博物館行きだろうが…ここでは命懸けだ)
アリアも特に情報をくれる様子はない。未知の生物なのだろう。
ウサギもどきは赤い目でこちらを睨むと、猛烈な勢いで飛びかかってきた!
「うわっ!?」
慌てて転がるように避ける。速い!
(武器……! 何か武器を作らないと!)
「くそっ!『プロンプト:近くの蔓を使って、あのウサギもどきを捕らえる罠を生成!』」
咄嗟に指示を叫ぶ! アリアの声と共に、近くに生えていた太い蔓がひとりでに動き出し、ウサギもどきの足元に絡みつく!
「ギャッ!」
ウサギもどきが体勢を崩した! チャンスだ!
「今だ!『プロンプト:一番硬そうな枝で、先端の尖った簡易的な槍を生成!』」
手元に、やや頼りないが槍のようなものが生成される。生成された槍は思ったより重く、バランスも悪い。俺はそれを握りしめ、もがくウサギもどきに向かって、渾身の力を込めて突き出した!
狙いが定まらず、最初の一突きは奴の毛皮を掠めただけだった! くそっ!
もう一度だ!
グサリ、という鈍い感触。
ウサギもどきは数回痙攣し、やがて動かなくなった。
「はぁ……はぁ……やった、のか……?」
初めて自分の手で魔物を仕留めた。安堵よりも先に、恐怖と、妙な興奮で心臓が激しく高鳴る。まだ槍を握る手が震えていた。
『やったじゃんマスピ! ね、そいつ学習しない? 新しいデータ、ゲットだぜ!』
アリアの能天気な声が脳内に響く。学習? データ?
『そうそう! 学習モジュールを使えば、対象をデータ化して、アタシの知識ベースをアップデートできるんだよ! スキル全体のレベルアップにも繋がるし!』
(学習モジュール…? データ化して知識ベースをアップデート? まるで、元の世界のAIが大量のデータを『学習』して賢くなるのと同じじゃないか。画像認識AIだって、猫の画像を山ほど学習するから猫を認識できるようになる。このスキルも、異世界の『物』を学習させることで、AIの知識や能力が向上するってことか?)
そうか、と俺は膝を打った。それなら、この機能はかなり重要だ。
「でも、学習するって…このウサギもどき、どうなるんだ? そのままデータだけ取るのか?」
俺が尋ねると、アリアは少し得意げに答えた。
『んーん、そこがミソ! 学習モジュールはね、対象を完全に消滅させてデータに変換しちゃうの! だから、何を学習させるかは超重要! しかも、MPも結構使うし、ゲットしたデータも後でプロンプトで聞かないと教えてあげないんだからね! 面倒でしょ?w』
(対象消滅!? しかもMPも食うし、情報引き出すのにもプロンプトが…! かなり扱いにくい機能だ。だが…)
「……やるしかないな。生き残るためには情報が必要だ」
今後も魔物と戦うなら、情報は不可欠だ。
「よし、『プロンプト:このウサギもどきの死骸を学習』」
『アイよ! 学習モジュール、起動! 対象をスキャンしてデータ化するよ!』
ウサギもどきの死骸が淡い光に包まれ、やがて光の粒子となって消滅した。ウィンドウには「学習完了」の文字。
(ぐっ……! 結構MPを持っていかれたな……。これが学習のコストか。創造より燃費が悪いのかも……?)
「で、アリア。さっき学習したウサギもどき……どんな特徴があったんだ?」
俺が普通に話しかけると、アリアは呆れたような声を出した。
『ちょい待ち! 情報アクセスはタダじゃないんだよ? ちゃんと正式なプロンプトで命令してくれないと! MPも消費するんだからね!』
「……ちぇっ、そうだったな。いちいち面倒なスキルだ」
俺はため息をつき、改めてプロンプトを口にした。
「それじゃあ、『プロンプト:さっき学習した魔物の情報を表示』」
ウィンドウに情報が表示される。
『えーと、「ファングラビット」って言うんだね! で、弱点は【火】と【耳がいい】、っと。こんなかんじだねー』
(なるほどな。学習すれば、ある程度対象の情報を知ることができる、と)
どうやらこの【生成AI】スキル、使い方をマスターするには、相当な試行錯誤と「学習」が必要らしい。
(待てよ……学習でデータ化できるなら、さっき見つけたあのキノコだって……!)
俺はさっきキノコを見つけた場所へ急いで戻った。幸い、まだいくつか生えている。
「あった、これだ!『プロンプト:このキノコを学習』!」
『アイよ! 学習モジュール起動! …………完了! ちょっとMP持ってかれたね!』
(ぐっ……これも結構MPを使うな。さっきのファングラビットと同じくらいか、それ以上か……? 学習対象によってコストが変わるのかもしれない)
MPの残量が気になるが、今は空腹を満たす方が先だ。
「アリア、このキノコは?」
『だから、プロンプト!』
「……分かってるよ!『プロンプト:さっき学習したキノコの情報を表示』」
『表示するよー。「名称:ヒトヨタケモドキ」。食用可能。ただし、味は極めて悪い。多少栄養補給にはなるかも? だってさ』
「……食えるだけマシか」
俺は覚悟を決めて、生えている『ヒトヨタケモドキ』とかいうキノコをいくつかもぎ取り、泥を軽く払って口に放り込んだ。
(うげぇ……! なんだこれ、土か? いや、それ以下かもしれん……)
舌の上に広がる土のような、なんとも言えない味に顔をしかめながらも、空腹を満たすために無理やり飲み込む。
それでも、腹に固形物が入ったことで、少しだけ気分が落ち着いた。飢えをしのげるだけでも、今は大きな進歩だ。
俺は空を見上げた。雨はまだ止む気配がない。
(まずは、生き延びないと始まらないしな)
サバイバルは、まだ始まったばかりだ。