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場面16:試作品完成・システム起動

あれから一ヶ月近く経っただろうか。


俺たちプロンプターズは、文字通り工房として使わせてもらっているオリヴィアさんの屋敷の一室に泊まり込むような勢いで、三つの開発プロジェクトに没頭していた。


失敗と試行錯誤の連続。時には仲間同士で意見をぶつけ合い、時にはアリアの無茶な提案に頭を抱え、そして時には、ほんの僅かな進捗に皆で顔を見合わせて笑い合った。


元気ブロックの開発は、特に過酷を極めた。初期の試作品Ver.1、通称「食える石ころ」から始まり、味、食感、栄養バランス、保存性、携帯性……それら全てを実用レベルに引き上げるため、俺とアリアは文字通り寝る間も惜しんでレシピ改良を重ねた。


ミミには「これは拷問にゃ!」と泣かれるほどの回数の味見(という名の人体実験)に付き合ってもらい、セラからは古代の保存食に関する貴重な知識を、フェリシアさんからは戦場でのリアルな携帯食の運用方法を叩き込まれた。アリアの計算によると、最終的に完成したVer.3.5に至るまでに、破棄された試作品は実に348種類にものぼるという。


タクミ・グリップも同様だ。フェリシアさんの的確なフィードバックに加え、先日出会ったドワーフの鍛冶師、バルガス・アイアンフィストさんの工房にも、俺は足繁く通っていた。


最初は「また来たのか、小僧。ワシは暇ではないぞ」と、露骨に迷惑そうな顔をされたものだ。だが、俺が【生成AI】の分析力と設計力を駆使して、彼の工房が抱える細かな問題点(例えば、特定の道具の微妙な歪みや、素材の保管方法の改善点など)を的確に指摘し、具体的な改善案を提示し続けるうちに、彼の態度は徐々に軟化していった。

特に、俺がアリアと一緒に試作した「タクミ・グリップ改良案第一弾」を持ち込んだ時のことは忘れられない。


「ふん、どれ見せてみろ。……ほう、なるほどな。この部分の素材の選定は悪くない。だが、この湾曲の角度が甘いわ!これでは力の分散効率が三割は落ちるぞ!それに、この接合部分の処理!素人仕事も甚だしいわ!」

バルガスさんは、俺の試作品を手に取るなり、ズバズバと容赦ないダメ出しの嵐だ。しかし、その指摘はどれも的確で、長年の経験に裏打ちされた職人の勘としか言いようのない鋭さがあった。

そして何より、口ではあれこれ言いながらも、彼の目は真剣そのもので、まるで自分の仕事のように俺の試作品と向き合ってくれているのが分かった。


「……まあ、これなら多少はマシになったと言えんこともない。だが、まだまだ改良の余地はあるぞ。例えば、この部分の接合強度だが……もっとこう、くさび構造とリベット打ちを組み合わせるような……いや、待て、お前のそのAIとやらで、この構造の最適解をシミュレートできんのか?」

ぶっきらぼうながらも具体的なアドバイスをし始め、しまいには自らAIの活用法を提案してくる始末だ。このドワーフのおっちゃん、やっぱり相当なツンデレである。


そんなバルガスさんや、他の様々な職人さんたちにも協力を仰ぎ、多種多様な手の形、力の入れ方、使用する道具の特性といった膨大なデータを収集。


アリアがそれらをAI分析し、人間工学(この世界にあるかは知らないが)に基づいた最適解をシミュレートするものの、実際に異世界の素材――硬すぎる黒曜木、妙に弾力のある魔獣の腱、すぐに劣化する謎の樹液など――で形にすると、理論通りにはいかないことの連続だった。


時にはバルガスさんから「これじゃ手が痺れる!」「臭いがきつすぎる!」「一日でボロボロだ!理論だけでは物は作れんのだ、小僧!」と工房中に響き渡るような怒声と共に、試作品を投げ返されることも一度や二度ではなかった。(もちろん、その後で「……だが、この部分のアイデアは悪くない。もう少し粘ってみろ」と小声でフォローが入るのがお約束だ)


そして、気象予測システム「フロンティア・ウェザーリポート」。これが最大の難物だった。マナノイズという、この世界特有の壁はあまりにも高く、厚かった。


セラの古代エルフの天候盤に関する知識と、アリアの持つ現代の統計学やフィルタリングアルゴリズムを無理やり融合させるような、無茶苦茶な予測モデルを何十通りも構築しては破棄。風詠みの水晶の設置場所も、最適な観測ポイントを求めて、危険な魔獣がうろつく森の奥深くまで何度も足を運んだ。


アリアのCPUがオーバーヒート寸前になるほどの膨大な計算を繰り返し、俺自身もMP枯渇でぶっ倒れそうになりながら、それでも諦めずにパラメータ調整を続けたのだ。


そんな、濃密で、そして何よりも充実した日々を経て……ついに、その瞬間が訪れた。


「……できた……! ついに、完成だ……!」


作業台の上に並べられた三つの成果物を前に、俺は万感の思いを込めて呟いた。

声が、少し震えているのが自分でも分かった。


隣ではセラが安堵の息をつき、フェリシアさんは満足げに腕を組み、ミミは期待に目をキラキラさせている。


そして俺の肩の上では、アリアが小さなアバターの胸を、これでもかと反らせてドヤ顔を決め込んでいた。


『どや! アリア様とマスピの最強タッグ、そしてプロンプターズのみんなの血と汗と涙と、あとちょっとの無茶と根性の結晶! これぞまさしく、フロンティア爆アゲ確変アイテム三点セットって感じっしょ! 特に元気ブロックVer.3.5は自信作だよ!』


アリアの言葉は大袈裟だが、俺も同じような高揚感に包まれていた。


(いや、三種の神器は言い過ぎだと思うけど。でも少なくとも、俺たちの努力の結晶であることは間違いない)


まず、目の前にあるのは『元気モリモリブロック最終改良版Ver.3.5』だ。


見た目は……うん、相変わらずレンガの欠片みたいで、お世辞にも美味そうとは言えない。


「ミミ、味見、頼む!」


「任せるにゃ!」


俺が差し出すと、ミミは真っ先に元気ブロックに齧りついた。


その表情は……最初は警戒していた猫が、とびきりのご馳走にありついた時のような、そんな恍惚とした表情に変わった!


「ん! んん~~~っ! これ、美味しいにゃ! 前の石ころみたいだったのが嘘みたいに、ほんのり甘くて、噛むほどに穀物の香ばしさが口の中にじゅわ~って広がるにゃ! しかも、なんか力がみなぎってきた気がするのだ! ミミのお墨付きなのだ!」


ミミが満面の笑みで太鼓判を押してくれた。よし! これなら大丈夫そうだ!


次に、『タクミ・グリップ最終調整版』。これはバージョンこそ付いていないが、改良回数はブロックに負けず劣らずだ。これは、フェリシアさんの的確なフィードバックと、アリアの素材配合シミュレーション、そして何よりもバルガスさんの妥協なき職人魂の賜物と言えるだろう。


職人さんたちの手の形や力の入れ方を考慮し、握りやすさと衝撃吸収性、そして汗による滑り止め効果を極限まで追求した。バルガスさんの工房で何度も試作とテストを繰り返し、時には彼の工房の特殊な金属加工技術も応用させてもらった結果、その完成度は飛躍的に向上した。


見た目も、安っぽいゴムではなく、黒曜石のような深みのある光沢を持つ特殊合成樹脂(もちろんAI生成)を使用し、高級感すら漂っている。バルガスさん曰く、「まあ、これならワシの弟子にしてやってもいいレベルだ。……あくまで、見習いの、そのまた下っ端だがな!」とのことだ。十分すぎるほどの賛辞である。


「フェリシアさん、試してみてください」


「うむ」


フェリシアさんが、自身の愛剣に装着されたグリップを握り、軽く素振りをする。その表情が、驚きに見開かれた。


「うむ! 軽いのに、力がしっかりと剣先に伝わる! まるで、自分の手の一部になったかのようだ。すごいな、ユウ!」

 

フェリシアさんからの手放しの称賛。これ以上の喜びはない。


そして最後が、俺たちの技術の粋を結集したと言っても過言ではない、『フロンティア・ウェザーリポートVer.1.5』だ。


工房の隅に設置された、アリアが設計した大型の魔力水晶ディスプレイ。その表面には、フロンティア周辺の地図と、色分けされた様々な情報が、まるで生きている地図のように、リアルタイムで更新され続けている。


データの処理自体はアリアが行う関係上、一定時間ごとの更新(でないと俺のMPがすぐ尽きる)ではあるが、現代の天気予報にも迫っているのではないだろうか。


そして、このデータに基づき、AIアリアが短期的な天候を高精度で予測する。


「セラ、お願い」


俺が促すと、セラは静かに頷き、ディスプレイに表示された最新の予測結果を読み上げた。

その声は、どこか誇らしげだ。


「気象システム、安定稼働しています。これより24時間後までのフロンティア周辺の天気はは『晴れ、所により西からの強い北風。最高気温は今日よりやや低く、過ごしやすいでしょう。ただし、夕刻よりマナ濃度の上昇が予測されるため、魔物の活性化に注意が必要』と予測されています」


これまでは、ベテランの猟師や農夫でさえ、せいぜい数時間後の天気を経験と勘で読むのが限界だった。それが、これほど具体的に、しかもマナの影響まで考慮して予測できるなんて……これは、本当に革命だ。


俺は内心で驚嘆する。


『そして! アリア様のありがたーいお告げは……「きっと良いことあるっしょ! てか、今日のラッキーアイテムは『輝くきのこ』! 食べると運気爆上がり間違いなし!(※効果には個人差があり、お腹を壊してもアリア様は一切責任を取りません)」だよん!』


「輝くきのこ!? ミミ、探してくるにゃ!」


「最後のは完全に余計だ! それに、そのキノコは絶対に食べるなよ、ミミ!」


俺はアリアに鋭いツッコミを入れつつ、改めて仲間たちの顔を見回した。


だが、このふざけた、しかし最高の相棒がいなければ、俺のスキルは宝の持ち腐れだっただろう。


みんな、達成感と安堵感、そして喜びがないまぜになった、最高の笑顔を浮かべている。


「みんな、本当にありがとう! 君たちがいなかったら、絶対に完成しなかった!」


俺が心からの感謝を伝えると、仲間たちは力強く頷き返し、そして――誰からともなく、自然と手が重なり合っていた。


パチン!


工房に響いた、乾いた音。それは、これまでの苦労を知る者たちだけが分かち合える、確かな達成感の音だった。高揚感と、安堵と、そして仲間への感謝がないまぜになった熱い何かが、俺の胸を満たしていく。


俺たちプロンプターズが、初めて一つの大きな目標を達成した証であり、高らかなファンファーレのように聞こえた。


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