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場面15:フェリシアの自覚

エリアス支部長との緊張感あふれる交渉を終え、俺たちは商人ギルド支部を後にした。


夕暮れの空が、フロンティアの街並みを茜色に染め始めている。その光は、まるで長く続いた戦いの後の、静かな終幕を告げているかのようだった。


オリヴィアさんは代官屋敷へ戻るとのことで途中で別れ、俺とフェリシアさんは二人並んで宿への道を歩いていた。


今日の交渉は、ほとんどオリヴィアさんの独壇場だったと言っていい。彼女の知略と交渉術がなければ、今頃俺たちはエリアスの不当な契約に縛られていただろう。


そして、フェリシアさんの存在感も大きかった。彼女の鋭い眼光と、時折エリアスに向けられた剣呑な雰囲気は、間違いなく彼への強力な牽制になっていたはずだ。


(本当に、頼りになる仲間たちだ……)


俺がそんなことを考えていると、ふと、隣を歩くフェリシアさんの様子がいつもと違うことに気づいた。


口数が少ないのはいつものことだが、今日は特に、何か深く考え込んでいるような、そんな雰囲気を纏っている。


夕暮れの赤い光が、彼女の真剣な横顔を、まるで古い英雄譚の一場面のようにドラマチックに照らし出していた。


「フェリシアさん? どうかしましたか? 今日の交渉、やっぱり少しお疲れになりました?」


俺が声をかけると、彼女は一瞬だけ驚いたように肩を揺らし、それから少しだけバツが悪そうな顔で俺を見た。


「……いや。……すまなかったな、ユウ。今日の交渉の席で、少し、頭に血が上ってしまった。あの男のやり口が、どうにも我慢ならなくてな」


珍しく、彼女の方からそんな言葉が出てきた。確かに、エリアスが脅しのような態度を見せた時、彼女は今にも剣を抜きそうな勢いだった。


「いえ、俺の方こそ、何もできなくて……。フェリシアさんがいてくれて心強かったです。あの時、フェリシアさんが本気で怒っているのが伝わってきて、エリアス支部長も相当焦ったと思いますよ」


「ふん……。ああいう手合いは、昔から好かん。力や立場を笠に着て、弱者を不当に扱おうとする輩は、騎士の名に値せん」


フェリシアさんは、吐き捨てるように言った。その言葉には、強い侮蔑と、確固たる信念が込められている。


「騎士の名、ですか……」


俺が相槌を打つと、フェリシアさんは少し遠い目をして、ぽつりぽつりと語り始めた。

それは、俺が今まで聞いたことのない、彼女の過去の一端。声には、普段の厳しさとは違う、どこか震えるような響きと、深い痛みが宿っていた。


「王国騎士団は……かつては、私の全てだった。民を守り、正義を貫く。それが私の信じる騎士道であり、生きる意味そのものだった。だが……」


彼女は一度言葉を切り、夕焼けに染まる空を仰いだ。その横顔には、悔しさと、しかしそれを押し殺すような強い意志が見て取れた。


「いつしか組織は変わり、保身と利権が全てを優先するようになった。上官の命令は、時に民を切り捨てることをも正当化し、見過ごされる不正や腐敗も……少なくなかった。私の信じる騎士道は、そこにはなかったのだ。自分の剣が、民ではなく、ただ組織の都合の良いように汚されていくことに……どうしても、耐えられなかった」


彼女は、剣を握る自分の手――そこには、長年の鍛錬を物語る剣ダコや、いくつもの古傷が刻まれている――に、そっと視線を落とした。その表情には、悔しさや悲しみだけでなく、どこか吹っ切れたような、あるいは自分自身への誇りのようなものも浮かんでいるように見えた。


(俺が追放された時と似ている…いや、彼女はもっと…自ら信じるもののために、大きなものを捨ててきたのかもしれない)


俺は、彼女の痛みを少しでも共有したいと思ったが、かけるべき言葉が見つからなかった。ただ、彼女の言葉を静かに受け止める。


「結局、私は……騎士としての矜持を最後まで守るために、騎士団を離れるしかなかったのだ。騎士であることを、自ら捨てた」


その言葉は、驚くほど静かだったが、彼女がどれほどの葛藤と苦悩の末にその道を選んだのか、痛いほど伝わってくる。


彼女の瞳には、深い悲しみと、しかしそれを上回るほどの、何か清冽な誇りのような光が宿っていた。騎士としての誇りを失ったのではなく、それを守るために、全てを捨てたのだ。


「だが」と、フェリシアさんは顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「お前たちといると……力だけが全てではないと、改めて思う」


その緑色の瞳には、いつもの厳しさとは違う、温かい光が宿っている。


「騎士とは違うやり方かもしれん。だが、このフロンティアで、お前たちと共に、本当に守るべきものを守り、正しいと信じることを成し遂げられるなら……お前のその奇妙な力は、使い方次第で多くの者を救えるのかもしれん。それを正しく導き、この手で弱き者を守り抜く。それが、今の私の剣であり、そして……このフロンティアで掴み取るべき、新たな『騎士』の道だと信じている。……それは、私にとって新たな誇りとなるだろう」


その声には、確かな自信と、そして未来への期待が込められていた。

彼女は、過去の騎士団での挫折体験から、少しずつ解放され始めているのかもしれない。そして、今の仲間たちとのこの「居場所」を、より大切に思うようになっているのだろう。


やがて彼女は、ふっと顔を上げ、いつもの勝気な笑みを浮かべた。


「よし! 感傷に浸っている暇はないな! 明日からの開発も、中途半端は許さんぞ! しっかり働け、ユウ!」


その声は力強く、未来への前向きな気持ちに満ち溢れていた。


まるで、長年の重荷を下ろし、再び空を仰ぐ鷹のように、彼女の瞳には一点の曇りもない、未来を見据える強い光が宿っていた。


俺は、そんな彼女を、そしてこのかけがえのない仲間たちを、心から誇りに思った。

この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えられる。そう、確信できた。


「はい! もちろんです、フェリシアさん!」


俺も力強く頷き返した。


夕焼け空の下、俺たちの間には、これまでにないほど強い信頼感が生まれているのを感じていた。フェリシアさんのこの変化は、きっと、今後の俺たちの冒険にとって、大きな力となるだろう。


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