場面13:タクミ・グリップの課題とドワーフの頑固親父
俺たちはオリヴィアさんの用意してくれた工房を間借りしながら、日々の糧を得るための活動と、【生成AI】アリアの能力向上のための試行錯誤を続けていた。
俺が開発した「タクミ・グリップ」――どんな道具にも取り付け可能で、使用者の手の負担を軽減し、作業効率を上げるという触れ込みのアイテム――は、一定の改善を見せ、セラやフェリシアさんには「これは便利だ」と好評だったものの、実際にフロンティアの職人たちに使ってもらうには、まだ改良の余地が多く残されているように感じていた。
「うーん、やっぱり素材の耐久性がもう少し欲しいな。それに、もっとこう、職人さんが使う専門的な道具の形状にもフィットするように、バリエーションも増やしたいところだ」
工房として使わせてもらっている部屋で、俺はグリップの試作品を手に唸る。
アリアが俺の肩の上で、ポンと手を叩いた。
『マスピ、そういう時は専門家のアドバイスだよ!フロンティアには、すごい腕の鍛冶屋さんがいるって、前にオリヴィアさんが言ってたじゃん?』
「ああ、確か……ドワーフの鍛冶師さんだったか。でも、かなり気難しい人だって話じゃなかったか?」
『百聞は一見に如かず、だよ!ダメ元で相談してみる価値はあるって! きっと、マスピの力と、その人の技術が合わされば、とんでもないものが生まれちゃうかもよ!』
アリアの楽観的な言葉に後押しされ、俺はオリヴィアさんに相談してみることにした。
オリヴィアさんは俺の話を聞くと、にこやかに頷き、すぐにその鍛冶師――バルガス・アイアンフィストさんを紹介してくれることになった。
「バルガス殿は、確かに少々気難しい方ですが、その腕はフロンティア随一、いえ、王都にも引けを取らないと評判です。ユウ様の真摯な想いが伝われば、きっとお力添えくださるでしょう。それに……一度認めた相手には、その、意外と親身になってくださることもあるとか」
最後の言葉に、オリヴィアさんはどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。やはり、ツンデレ疑惑は濃厚らしい。
俺はアリアを肩に乗せ、オリヴィアさんに案内されて、フロンティア市街の少し外れ、職人たちが集まる一角にあるというバルガスさんの工房へと向かった。
工房は、年季の入った、しかし頑強な石造りの建物だった。中からは、カン、カン、という小気味よい金属を打つ音と、ゴォーッという、ふいごの力強い風切り音が断続的に聞こえてくる。工房の重厚な木の扉を開けると、むわりとした熱気と共に、鉄の焼ける独特の匂いと、汗の匂いが混じり合った、濃密な空気が俺たちを包み込んだ。
工房の中は、外観の無骨さとは裏腹に、驚くほど整理整頓されていた。壁には様々な種類の金槌やヤスリ、鏨といった道具が、まるで古参の兵士のように整然と並べられ、使い込まれた作業台の上には、設計図らしき羊皮紙が丁寧に広げられている。炉には真っ赤な炎が生き物のように燃え盛り、その力強い熱気が肌を刺す。
その炉の前で、屈強な体つきのドワーフが、額に汗を滲ませながら、巨大な金槌をリズミカルに振り下ろしていた。分厚い胸板、丸太のように太い腕、そして編み込まれた豊かな髭。彼が、バルガス・アイアンフィストさんだろう。
俺たちの存在に気づいたのか、バルガスさんは金槌を置くと、こちらをギロリと睨みつけた。その眼光は鋭く、まるで獲物を品定めする猛禽のようだ。いかにも頑固一徹といった風貌だが、その瞳の奥には、長年炎と向き合ってきた者だけが持つ、深い知性と探求心の色が宿っているようにも見えた。
「ふん、ひょろっとした小僧が何の用だ。オリヴィア殿の紹介でなければ、門前払いだぞ」
ドワーフ特有の、低く、腹の底に響くような太い声が工房に響く。
その声には、明らかに「面倒事を持ち込むな」という空気が満ちていた。
オリヴィアさんが前に出て、俺を紹介してくれた。
「バルガス殿、こちらがアイカワ・ユウ様です。先日お話しした、新しい道具のことでご相談が……」
「ふん、知っておるわ。その『タクミ・グリップ』とかいう、おもちゃのような代物だろう? そんなもの、子供の粘土細工と変わらんわい」
バルガスさんは、俺が手に持っていた「タクミ・グリップ」の試作品を一瞥するなり、吐き捨てるように言った。その言葉には、微塵の遠慮もなかった。
(うわ……これは、思った以上に手強そうだぞ……。オリヴィアさんの言ってた「気難しい」って、こういうことか。ある意味、清々しいほどの頑固さだ)
俺は少し気圧されながらも、背筋を伸ばし、意を決して口を開いた。
「バルガスさん、確かにこれはまだ試作品で、改良の余地がたくさんあると思っています。あなたの専門的な知識と技術をお借りできれば、もっと多くの人の役に立てるものが作れると思うんです」
俺はグリップの利点と、現在の課題、そして今後の改良の方向性について、できるだけ分かりやすく、そして熱意を込めて説明した。
しかし、バルガスさんは腕を組み、フン、とそっぽを向いたまま、聞いているのかいないのか、曖昧な態度を崩さない。
「小僧の戯言に付き合うほど暇ではないわ。そんな薄っぺらい技術で、ワシの鎚が振るえると思うな。帰った帰った」
まるで埃でも払うかのような、ぞんざいな仕草だ。
(これは、正面から行ってもダメか……。なら、少し違う角度から……彼のプライドをくすぐるか、あるいは、技術者としての興味を引くしかない)
俺はアリアに視線を送る。アリアは心得たとばかりに、俺の肩の上で小さく頷き、キラリと悪戯っぽく目を光らせた。
「バルガスさん、失礼ですが、あなたの工房の炉……もう少し吸気効率を改善すれば、燃料の消費を現状の八割に抑えつつ、炉内温度をさらに五十度ほど安定して上昇させられる可能性があります。例えば、この設計なら……」
俺はアリアに表示させた、AIが簡易設計した新型ふいごの設計図を、おそるおそるバルガスさんに見せた。さらに畳み掛ける。
「それと、今あなたが鍛えているその剣ですが、素晴らしい出来栄えですが、素材の配合にほんの僅かですが、コンマ数パーセント単位での偏りが見られます。このままでは、特定の角度からの衝撃に対して、本来の強度を最大限に発揮できないかもしれません。具体的には、この部分の炭素含有量が、理想値から僅かに……」
俺は分析モジュールで瞬時に割り出した、非常に専門的で、かつ具体的な情報を、できるだけ失礼にならないように、しかし確信を持って指摘した。
バルガスさんの太い眉が、面白いようにピクリと動いた。その鋭い目が、先ほどよりもさらに鋭く、しかしどこか探るように俺を射抜く。
「……何だと?小僧ごときが、ワシの炉と鍛冶にケチをつけるというのか。どこでそんなハッタリを覚えてきた。言ってみろ」
彼の声には、明らかに不快感が滲んでいる。だがその奥に、ほんの少しだけ、隠しきれない動揺のようなものが見えた気がした。アリアの言う通り、図星だったのかもしれない。
やばい、怒らせたか……?
そう思ったが、アリアが俺の耳元で楽しそうに囁いた。
『マスピ、大丈夫! あのオッチャン、口ではああ言ってるけど、内心「なんでバレたんだ!? この小僧、ただ者じゃないぞ!?」って、めちゃくちゃ焦ってるよ! たぶん! プライドと好奇心でグラグラだね!』
俺は続けて、アリアがスキルウィンドウに表示してくれた、古代ドワーフの鍛冶技術に関する断片的な情報――以前、別の遺跡で入手した文献を学習させたものだ――も、付け加えるように、しかしあくまで控えめに説明した。
バルガスさんは最初、俺が差し出した設計図を疑わしげに、まるで汚物でも見るかのような目で見ていたが、その内容に目を通すうちに、徐々にその表情が険しいものから、驚きと、そして抑えきれない興味が入り混じったものへと変わっていくのが分かった。
その大きな、節くれだった手が、無意識に編み込まれた立派な顎髭を、何度も何度も弄っていた。
「……小僧、お前、一体何者だ? そして、その肩に乗っている奇妙な人形(アリアのアバターを指している)は、何なのだ?」
しばらくの重い沈黙の後、バルガスさんは低い、しかし先ほどとは明らかに質の違う声で問いかけてきた。その声には、先ほどまでの刺々しさは薄れ、純粋な技術者としての、燃えるような興味が滲み出ている。
俺はAIスキルについて、誤解を招かない範囲で、そしてできるだけ簡潔に説明した。俺がプロンプトを入力することで、アリアが様々な情報を分析し、新たなものを生成できる能力だと。
バルガスさんは腕を組み、ふたたび唸るように考え込んでいる。工房の中には、炉の音と、彼の荒い息遣いだけが響いていた。
そして、再び俺の顔を真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥の炎が、一段と強く燃え上がったように見えた。
「……ふむ。面白い。実に面白い。その『AI』とやらが、本当にワシの長年の経験と勘を超える知恵を持つというのなら……試してみる価値はあるかもしれんな」
彼の目には、頑固な職人の誇りと、未知の技術への飽くなき好奇心、そして何よりも「より良いものを作りたい」という、ドワーフならではの純粋で熱い探求心が宿っているように見えた。
「だが、勘違いするなよ、小僧。ワシは、お前のその奇妙な力とやらに屈したわけではない。ワシが認めるのは、確かな『結果』だけだ。もし、お前がこのワシを納得させるだけの『もの』を本当に作り出せるというのなら……その時は、力を貸してやらんでもない」
バルガスさんはそう言うと、ニヤリと口の端を吊り上げた。それは、挑戦的な、しかしどこか子供のように楽しそうな、複雑な笑みだった。そして、わざとらしく咳払いを一つすると、ボソリと付け加える。
「……まあ、炉の設計図は、後でじっくり見させてもらう。参考にするだけだ、参考にな!別に、お前の言う通りにするわけじゃないからな!」
明らかに興味津々なのに、素直じゃないな、このドワーフのおっちゃんは。アリアの言う通り、典型的なツンデレかもしれない。
「はい!必ず、ご期待に応えてみせます!」
俺は力強く頷いた。この手応えは、決して悪くない。
「それと、バルガスさん。もしよろしければ、今度、あなたが作った道具や武器を見せていただけませんか? 俺のAIで何かお役に立てることがあるかもしれませんし、俺自身も、本物のドワーフの技術を勉強させていただきたいんです」
ダメ元でそう切り出すと、バルガスさんは一瞬眉をひそめ、大きなため息をついたが、すぐに「ふん」と鼻を鳴らした。
「……どうしてもと言うなら、工房の隅に転がっている失敗作くらいなら、見せてやらんでもない。だが、期待するなよ。お前のようなヒヨッ子に、ワシの仕事の奥深さが分かるとは到底思えんわい。まあ、それでもいいなら、勝手に見るがいい」
その言葉とは裏腹に、彼の口元は緩んでいるように見えた。やっぱり、オリヴィアさんの言った通り、根は親切な人なのかもしれない。この厳つい見た目とぶっきらぼうな態度は、彼の不器用な優しさの裏返しなのかも。
頑固で、口が悪くて、だけど確かな腕と熱い情熱を持つドワーフの鍛冶師、バルガス・アイアンフィスト。
彼との出会いが、俺の【生成AI】スキルに、そしてフロンティアの未来に、新たな、そして大きな可能性をもたらしてくれることを、俺は強く予感していた。
まずは、この頑固で、だけどちょっぴり(いや、アリアに言わせれば、かなり?)ツンデレなドワーフ親父を唸らせるような、「タクミ・グリップ」の改良版を、アリアと一緒に作り上げなければな。その挑戦が、今はただただ楽しみだった。




