場面11:勇者たちの噂
エリアス支部長との素材調達に関する交渉は、オリヴィアさんとフェリシアさん、そしてアリアの隠れた情報支援のおかげで、なんとか俺たちに有利な形でまとまった。
提示された契約書に震える手でサインを終えると、さすがにどっと疲れが込み上げてくる。やはり、ああいう腹の探り合いは性に合わない。
「いやはや、ユウ殿。これからのフロンティアの発展、実に楽しみですな。貴殿のような新しい才能と、オリヴィア様のような慧眼をお持ちの方が手を組めば、この街も大きく変わることでしょう」
契約が成立し、上機嫌になったエリアスは、先ほどまでの抜け目のない商人の顔から一転、どこか人懐っこい笑顔を浮かべて俺に話しかけてきた。その変わり身の早さには、もはや感心するしかない。
「そういえばユウ殿、王都にいらっしゃった頃の『勇者様』たちの評判は、こちらフロンティアにも届いておりますぞ。どうも最近、あまりパッとしないようで……」
エリアスは、淹れられたばかりの高級そうなお茶を一口すすると、意味深な笑みを浮かべてそう切り出した。
(え……? ダイキたちのことか……!?)
俺は思わず息を呑む。まさか、こんな場所で彼らの話を聞くことになるとは。
追放されて以来、彼らのことなど考えないようにしていたが、心のどこかでは気になっていたのも事実だ。特に、俺を唯一庇ってくれたアオイさんのことが……。
エリアスは俺の動揺を見透かしたように、楽しそうに言葉を続ける。
「なんでも、勇者様同士で意見が合わず、うまく連携が取れていないとか。リーダー格のヤマト・ダイキ殿は、いささか……その、自信過剰なご性格のようで、他のメンバーも手を焼いていると聞き及んでおります。おかげで、期待されたほどの成果も上がっておらず、宰相閣下もかなりご立腹だとか」
その内容は、俺の予想を裏切らないものだった。ダイキの傲慢さ、ケンジの単純さ、ショウタの卑劣さ……そして、そんな彼らに囲まれて苦労しているであろうアオイさんの姿が目に浮かぶ。
(あいつら、結局何も変わってないのか……。いや、変われるはずもないか。スキルに驕り、他人を見下し、自分のことしか考えていない連中だったからな……)
俺を「役立たず」と嘲笑い、追放に加担した彼らの顔が脳裏をよぎり、胸の奥に苦いものが込み上げてくる。
だが、同時に、心のどこかで「当然だ」と思っている自分もいた。
実力もないのにプライドだけが高いリーダー、脳筋で指示待ちの取り巻き、そして平気で他人を陥れるような奴。そんな連中が、異世界で簡単に成功できるほど、世の中は甘くないはずだ。
「……まあ、そのおかげで、我々フロンティアに注目が集まるというものですな。世の中、何が幸いするか分かりませんな、カッカッカ!」
エリアスは、商人らしくそろばんを弾くような仕草で、乾いた笑い声を上げた。
彼にしてみれば、王都の勇者がコケてくれれば、辺境のフロンティアが相対的に浮上するチャンスと見ているのだろう。どこまでも計算高い男だ。
俺が複雑な表情で黙り込んでいると、タイミングを見計らったように、オリヴィアさんが会話に割って入った。
「エリアス支部長、そのような噂話はさておき、先ほどの契約の件、履行をよろしくお願いいたしますわ。フロンティアの未来のためにも、素材の安定供給は不可欠です」
彼女の言葉には、商人ギルドへの牽制と、これ以上余計な詮索はさせないという意志が込められているように感じられた。
エリアスもそれを察したのか、「もちろんですとも、オリヴィア様」と愛想よく頷き、話題を変えた。
商人ギルド支部を後にする。外の喧騒が、先ほどまでの支部長室の張り詰めた空気とは対照的だった。
(勇者たちの不調……か。俺にはもう関係のないことだ。そう割り切りたいが……)
俺は空を見上げた。フロンティアの空は、どこまでも青く澄み渡っている。
だが、その突き抜けるような青さが、逆にあの日、冷たい雨の中で味わった絶望と孤独を思い出させ、胸の奥に鈍い痛みが蘇る。
兵士たちの嘲笑、ダイキたちの冷酷な視線、そして無力な自分……。
結局、俺はあの場所では「不要」な存在だったのだ。その事実は、どれだけ時間が経っても、そう簡単には消えてくれない。
そして、そんな理不尽の中で、たった一人、俺を案じてくれたアオイさんのことが、余計に思い出されてならなかった。




