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場面4:最初のプロンプト

森の中は、既に夜の帳が下りたかのように暗かった。

 

激しく降り続く冷たい雨は容赦なく体温を奪い、全身が芯から震え出す。さっき泥の中に突き落とされた時の汚泥が、雨に濡れてさらに重く、不快に肌にまとわりつく。

 

(寒い……! 骨の髄まで凍えるようだ。このままじゃ、本当に凍え死んでしまう……!)

 

死への恐怖が、じわりと背筋を這い上がってくる。異世界に来て早々、こんなみじめな結末など冗談じゃない。

 

雨風をしのげる場所は……どこかに、何かないのか……。

 

必死に周囲を見回すが、頼りになりそうな洞穴はおろか、大きな岩陰すら見当たらない。ただ、どこまでも続くかのような昏い森が広がっているだけだ。

 

(そうだ、スキル…! あの、意味不明なスキルがあったじゃないか!)

 

【生成AI】――。

 

鑑定では「効果不明瞭」とされ、役立たずの烙印を押されたスキル。

 

(生成AI……まさか、元の世界で一時期話題になったアレか? 『プロンプト』っていう指示を出すと、それに合わせて文章や絵を作り出すっていう、あの技術……。仕事で少しだけ使ったことがあるが……そんなものが、異世界でスキルになるなんてこと、あるのか?)

 

疑念は尽きないが、今は藁にもすがる思いだ。可能性があるなら、試してみるしかない。

 

俺は意識を集中させた。

 

(スキル、【生成AI】……! 起動しろ……!)

 

スキル名を強く意識すると、脳内に軽い痺れのような感覚が走り、目の前の空間に音もなく半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がった。まるでPCのディスプレイのようだ。そして、そこには無機質なメッセージが表示されていた。

 

『プロンプトを入力してください』

 

(やっぱり、『プロンプト』なのか! 元の世界のAIと同じように、何か具体的な指示を出せば、このスキルも何かを『生成』してくれるってことか!?)

 

だとしたら、試す価値はある。今の俺に必要なものは……!

 

震える指を動かすイメージで、空中に表示された仮想キーボード(のように感じられるもの)を操作し、頭の中で命令文を組み立てる。これが異世界での、俺の初めてのプロンプト入力だ。

 

「『プロンプト:雨風をしのげる、簡易的なシェルターを生成』」

 

祈るような気持ちで、そう念じ終えた瞬間――

 

『うぇーい! アリアだよん! マスピからの初プロンプト、受付け~! ……とりま創造モジュール起動!』

 

「うわっ!? なんだこの声!? 頭の中に直接……!?」

 

突然、脳内に響いたのは、やけにテンションの高い、若い女の声だった。ギャル、というやつだろうか? この絶望的な状況には、場違いにもほどがある。

 

(マスピ……? なんだその呼び方……マスター? プロデューサーのP? まさかマスターピースの略とか? ……ふざけたAIだ。それに創造モジュールってなんだ!?)

 

俺の混乱など意にも介さず、周囲の空間で何かが起こり始めた。

 

近くに落ちていた枯れ枝や、雨に濡れた落ち葉が、淡い光の粒子を纏いながらひとりでに宙を舞い、まるで不器用なロボットアームが組み立てるかのように、ぎこちなく組み合わさっていく。ガサガサ、バサバサと頼りない音を立てながら、やがてドーム状の……物体? のようなものが形作られた。

 

『ん? あたしはこのスキル【生成AI】に搭載されてる、サポート用人工知能! 名前はアリア! よろしくね、マスピ!』

 

脳内のギャル声――自己紹介によればアリアというらしい――が、状況を無視して能天気に告げる。

 

(これが俺のスキル…やはり魔法とは違う。詠唱も魔法陣もなかった。ただ、指示文プロンプトを入力しただけだ。そして結果はこれ…本当に使えるのか?)

 

脳内AIの声に応える余裕などなく、俺はただ目の前に生成された『それ』――シェルターと呼ぶにはあまりにも粗末な物体を、呆然と見つめていた。

 

「お、おお……できた……のか? いや、できたとは言えないな、これ……」

 

それは、シェルターと呼ぶには貧弱すぎる代物だった。枯れ枝と落ち葉を無造作に寄せ集めただけの、隙間だらけの鳥の巣のようなもの。雨は多少しのげるかもしれないが、冷たい風は遠慮なく吹き抜けてくるだろう。

 

愕然とする俺に、アリアの声が追い打ちをかける。

 

『しょーがないじゃん! マスピの初指示だし、プロンプトも超アバウトだし! もっとイケてるプロンプトと、ちゃんとした材料(触媒)用意してよね!』

 

どうやらこのスキルは、俺の「プロンプト」=指示内容と、「材料」=触媒によって、結果が大きく左右されるらしい。そして、このアリアというAIは、その手助け(?)をしてくれる存在、ということか。

 

(生成AI……ねぇ……元の世界のAIだって、プロンプトの書き方次第でトンデモないものを出してくることもあった。こいつも、やっぱり相当なクセがありそうだ)

 

そのふざけた口調と、目の前の粗末すぎる生成物を見る限り、前途は多難としか思えなかった。

 

(MPを消費した感覚は……あまりないな。まあ、この程度の生成なら、当然か……?)

 

それでも、何もないよりはずっといい。俺は一つ深いため息をつくと、隙間風と雨漏りが約束されたような鳥の巣――いや、シェルターの中に、震える体でなんとか滑り込んだ。


「ふぅ……」

 

シェルターの中は、外よりは幾分マシという程度だったが、それでも直接雨に打たれるよりははるかに良い。

 

少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、懐に入れていた革袋のことを思い出した。サトウさんが、あの時……。

 

俺は泥と雨水で汚れた服の懐から、ずしりと重い革袋を取り出す。

 

(サトウさん……改めて、ありがとう……)

 

彼女の勇気と優しさが、この革袋の重みとなって伝わってくるようだ。

 

俺は革袋の口を開け、中身を慎重に取り出した。

 

まず出てきたのは、やはり大量の金貨だった。この世界の通貨だろうか。かなりの枚数がある。これが彼女のなけなしの支度金の一部だとしたら……。

 

(こんな大金を……俺のために……)

 

胸が熱くなる。この金は、絶対に無駄にはできない。

 

そして、金貨の下から、もう一つ、小さな包みが出てきた。

 

それは丁寧に折りたたまれた羊皮紙のような紙片と、それに包まれた小さな銀色のチャームだった。

 

チャームは、雫のような形をしていて、表面には見たこともない繊細な紋様がびっしりと刻まれている。手に取ると、ひんやりとした金属の感触と共に、微かに温かいような、清浄な魔力が伝わってくる気がした。素材は……銀か、あるいはもっと希少な金属か? ただの装飾品ではなさそうだ。

 

(これは……もしかして、王国から支給されたっていう……)

 

俺は、もう一つの包み、折りたたまれた紙片をゆっくりと開いた。そこには、見慣れた日本語で、少し震えるような、しかし懸命に書かれたであろう文字が並んでいた。

 

『アイカワさんへ

 

 これしかできませんが、どうか、生き抜いてください。

 

 貴方のそのユニークな力が、いつか誰かの役に立つ日が来ると、私は信じています。

 

 このチャームは、王国からいただいた『幸運の護符』です。ほんの少しでも、貴方をお守りできますように。

 

 サトウ・アオイ』

 

「サトウさん……」

 

俺はメモを持つ手が震えるのを抑えられなかった。あの絶望的な状況で、彼女は俺のことを信じてくれていた。そして、自分の大切なものまで……。

 

(こんな……こんなものまで、俺に……)

 

涙が溢れてきそうになるのを、必死で堪える。

 

このチャームとメモは、単なるアイテムじゃない。彼女の優しさ、勇気、そして俺への信頼そのものだ。

 

俺は銀色のチャームを強く握りしめた。微かに感じる温かい魔力が、冷え切った心にじんわりと染み渡るようだ。

 

(絶対に、生き延びてやる。そして、いつか必ず、この恩に報いるんだ……!)

 

アオイさんの想いを胸に刻み、俺は改めてスキル【生成AI】と向き合う。

 

この力で、何とかしてこの先生き延びて、そして……。

 

俺の異世界での本当の戦いが、今、始まった。


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