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場面7:姉御肌の秘密と葛藤

工房での開発作業は、壁にぶつかりながらも少しずつ進んでいた。


そんな試行錯誤の日々の中で、俺はフェリシアさんの意外な一面や、彼女が胸の内に秘めている複雑な想いに触れる機会が増えていった。それは、この異世界で俺が仲間たちと築き始めた、確かな絆の証なのかもしれない。


ある日の昼食時。


俺がアリアの助けを借りて作った、元気ブロックの改良試作品や、あり合わせの材料で作った簡単なスープなどを、みんなで工房の隅で囲んでいた時のことだ。


ミミは相変わらず「このブロック、もうちょい甘いと最高なのだ!」などと元気に感想を述べ、セラは静かに、しかし的確に栄養バランスについてコメントをくれる。和やかな雰囲気だった。


「フェリシアさん、その試作品、美味しいですか? すごい勢いですけど」


俺が何気なく声をかけると、それまで黙々と、しかし明らかに周囲の誰よりも早いペースで試作品のブロックを口に運んでいたフェリシアさんの手がピタリと止まった。


その頬には、スープの湯気のせいか、それとも別の理由か、ほんのりと赤みが差している。普段、訓練場では鬼気迫る表情で剣を振るう彼女だが、食事の時の彼女はどこか……そう、一生懸命なのだ。


「なっ!? こ、これはだな、味の最終確認であってだな……! 別に、その、腹が減っていたとか、もっと食べたいとか、そういうわけでは断じてないぞ!」


彼女は顔を真っ赤にして、慌ててそう取り繕う。その剣幕は、まるで追い詰められた獣のようだ。だが、そんな彼女の必死の弁明を裏切るかのように、静まり返った工房に、小さく、しかしはっきりと可愛らしい音が響いた。


きゅる……。


「うっ……!」


フェリシアさんはさらに顔を赤くし、自分の腹を押さえて俯いてしまう。その姿は、普段の凛々しい彼女からは想像もつかないほど狼狽しており、なんだか……少し、庇護欲をそそられるような、そんな可愛らしさを感じてしまったのは、ここだけの秘密だ。


普段はあれだけ頼りになるのに、こういうところは本当に普通の女の子なんだな、と。


『フェリ姉、胃袋ブラックホール疑惑! しかも、お腹の虫さんまで素直すぎ! これはもう、隠しきれない食いしん坊キャラ確定だね! マスピ、これは絶好のツッコミチャンスだよ!w』


アリアの脳内ツッコミが、今日も今日とて絶好調だ。頼むから、少しは空気を読んでくれ。


「ま、まあ、一生懸命訓練すれば、お腹も空きますよね! たくさん食べてください! 今日の試作品は、特に栄養価は高いはずですから!」


俺は必死にフォローを入れるが、フェリシアさんは「う、うるさい! お前には関係ないだろう!」と、完全に八つ当たりモードだった。その赤い顔は、もはや茹でダコのようだ。


普段は頼れる姉御肌の彼女が見せる、こういう人間臭い一面は、なんだか妙に親近感が湧いてしまう。このギャップが、彼女の魅力の一つなのかもしれない。


◇◆◇


食事が終わり、それぞれが軽く休憩を取っていた時だった。


俺はふと、先ほどの食事の際、フェリシアさんがパンをちぎる手つきや、スープの器を無駄のない動きで扱う様子を思い出していた。


そこには、元騎士としての、染みついたような洗練された所作が見え隠れしていた気がする。


「フェリシアさんって、やっぱりすごいですよね。剣技だけじゃなくて、普段のちょっとした動きも、なんだか無駄がないというか……。やっぱり、騎士団での訓練は厳しかったんですか?」


俺が素直な感想を口にすると、壁に寄りかかって剣の手入れをしていたフェリシアさんは、一瞬だけ意外そうな顔をしてこちらを見た。


そして、すぐにいつものように腕を組み、少しだけ遠い目をする。


「……ふん。まあ、な。生半可な鍛錬で務まるほど、騎士団は甘い場所ではない」


その声には、普段の厳しさとは少し違う、どこか誇らしげな響きと、同時に微かな苦味が混じっているように感じられた。


彼女は剣を握る自分の右手――その手には、長年の鍛錬を物語る剣ダコや、いくつもの古傷が刻まれている――に、そっと視線を落とした。


「その手の傷……やっぱり、騎士だった頃のものですか?」


俺が尋ねると、彼女の表情が微かに曇ったのを、俺は見逃さなかった。


瞳の奥に、深い影がよぎったような気がする。それは、単なる後悔や怒りだけではない、もっと複雑な感情の色をしていた。


「……。ああ、まあな。だが、もう昔の話だ。気にするな」


彼女は短くそう答えると、すぐに視線を逸らし、それ以上は何も語ろうとしなかった。その声には、いつものぶっきらぼうさとは違う、何かを押し殺すような響きがあった。


彼女が王国騎士団やそこいた過去に対して、単なる怒りや失望だけでなく、未練や誇り、そして深い悲しみといった、もっと複雑な感情を抱えていることを俺は察した。


それは、俺が軽々しく踏み込んでいい領域ではないだろう。下手に詮索すれば、彼女の心の傷を抉ってしまうかもしれない。


俺は深追いするのをやめ、代わりに、心からの言葉を伝えることにした。今の彼女の力と経験が、どれほど俺たちの助けになっているかを。


「…そうですね。でも、フェリシアさんのその経験が、今、俺たちをすごく助けてくれています。本当に感謝してるんです。あなたのその手は、俺たちの希望を掴む手でもあるんですよ」


俺がそう言うと、フェリシアさんは驚いたように顔を上げた。その緑色の瞳が、わずかに揺れている。


彼女は何も言わず、少し俯いてしまったが、その肩が微かに震えているように見えたのは、気のせいだろうか。


やがて、彼女は小さな、しかし確かな声で呟いた。


「……そうか。……なら、いいんだ」


その声には、どこか救われたような、温かい響きがあった。


隠している秘密に触れられた動揺と羞恥。そして、俺のストレートな感謝の言葉に、少し心が軽くなったような、そんな複雑な感情が彼女の中で渦巻いているのかもしれない。


彼女の強さの奥にある、脆さのようなものに触れた気がした。


俺は、フェリシアさんの強さだけでなく、彼女が内に秘めた弱さや葛藤にも触れたことで、より一層、彼女という人間を理解できたような気がした。そして、そんな彼女を支えたいと、強く思うのだった。


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