場面20:ダンジョンへの挑戦
俺たちは装備を整え、フロンティアの街を後にして北東の丘陵地帯へと向かった。道中は、特に危険もなく順調に進んだ。
ロックリザードの一件で少しは自信がついたのか、ミミは先頭を切って軽快に岩場を跳び回り、時折「こっちにキラキラ石があるかもにゃ!」と脇道に逸れそうになってはフェリシアさんに叱られている。
セラも以前よりは周囲を警戒する余裕が出てきたように見えるが、目的地が近づくにつれて、その表情には僅かな翳りが増していく。無理もない。彼女の運命を変えるかもしれない場所なのだから。
フェリシアさんは……相変わらず仏頂面で先頭近くを歩いているが、時折俺やセラ、ミミの歩調を気遣うような視線を送っている。口は悪いが、根は本当に優しい人なんだろうな、と思う。
そして俺の肩の上では、アリアが「ねーマスピ、まだ着かないのー? ダンジョン攻略って、歩く時間の方が長くない?」と不満げに宙返りを繰り返している。お前は飛んでるだけだろ、と言いたくなるのをぐっと堪えた。
フロンティアを発つ前に、冒険者ギルドで『月光の祭壇跡』に関する情報を改めて収集した。
受付のミリアさんや古参の冒険者たちの話を総合すると、やはり情報は断片的だったが、いくつかの重要なポイントが浮かび上がってきた。
まず、あの遺跡は相当古い時代のものらしく、古代の「月」信仰に関わる儀式場だった可能性が高いこと。
内部には、月光の魔力を利用したと思われる特殊な罠や仕掛けが存在すること。月の満ち欠けによって、ダンジョン内の魔物の活性度や、特定のエリアへの道が開閉するなどの影響があるかもしれない、とのことだ。
そして、出現する魔物。噂通り、アンデッド系、特に月光の下で力を増すという『月影のスケルトン』や、実体を持たない影の魔物『レイス』などの目撃情報が多いらしい。物理攻撃が効きにくい相手もいるだろう。
他の冒険者からは「深部は未開拓なんだ。どうも先への進み方が分からねえらしい。つまり情報がないってことになるから、どんな罠があるか予想できねえ」と釘を刺された。
楽観できる要素は一つもない。だが、行くしかない。セラのために。
そんなことを考えながら歩き続け、数時間後。俺たちの目の前に、目的地の『月光の祭壇跡』が、その異様な姿を現した。
「ここが……月光の祭壇跡か……」
思わず息を呑む。丘陵地帯の一角、周囲よりわずかに窪んだ場所に、それはあった。
風化した石材で組まれた古い遺跡の入口。人の手によって切り出されたであろう巨大な石が、長い年月の間に崩れ、苔むし、蔦に覆われている。
かつては荘厳な門だったのだろうか、かろうじて形を保つアーチだけが、その名残を留めていた。だが、そのアーチも今にも崩れ落ちそうだ。
アーチの奥は、昼間だというのに陽光を拒むかのように、ぽっかりと口を開けた闇が広がっている。
ひんやりとした、墓場のような空気が、まるで遺跡の溜息のように流れ出してくる。
古い石と土の匂い。それに混じって、湿ったカビ臭さ……そして、明らかに異常な、淀んだ魔力の気配。まるで瘴気のように肌を刺す感覚。息をするだけで、肺が重くなるような錯覚さえ覚える。内部からは、時折、石が擦れるような、あるいは遠い呻き声のような、不気味な反響音が聞こえてくる気がした。
(アリア、内部の様子は?)
俺は内心で、警戒レベルを最大に引き上げてアリアに問いかける。
『んー、やっぱ奥からなんか変なマナの流れ感じる! 不安定で、しかもなんか……冷たい感じ? ギルドで聞いた通り、アンデッドとか影系の魔物の気配がプンプンするよ! 要注意!』
肩の上でアリアが小さな声で答える。彼女もこの淀んだ邪気は明確に捉えているらしい。
ゴクリ、と自分の喉が鳴る音がやけに大きく聞こえた。いよいよ、ダンジョン攻略が始まるのだ。覚悟を決めなければ。失敗は許されない。
俺は隣に立つセラに向き直った。
彼女は、じっと遺跡の入口の闇を見つめている。その小さな横顔には、希望と、それ以上に深い不安と恐怖が複雑に混じり合った表情が浮かんでいた。碧い瞳は、ダンジョンの奥を見据えているようで、どこか遠い過去の悪夢を見ているようでもあった。握りしめられた小さな拳が、微かに震えている。
俺は彼女の肩に、そっと手を置いた。
びくり、と彼女の肩が小さく跳ねる。その反応が痛々しい。
「セラ」
俺が静かに呼びかけると、彼女はハッとしたようにこちらに顔を向けた。その瞳が、不安げに揺らいでいるのが痛いほど分かる。
俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、決意を込めて、力強く、そしてできるだけ優しく告げた。
「必ず君を助ける。『月光の涙』を手に入れるぞ。俺を信じろ」
俺の言葉に、セラの瞳の揺らぎが一瞬止まる。
彼女は俺の目をじっと見つめ返し、そして……迷いを振り払うように、ゆっくりと、しかしはっきりと頷いた。
「……はい。ユウ様を、信じます」
その言葉と、瞳に宿った強い光に、俺は改めて責任の重さを感じるとともに、絶対にやり遂げなければならない、という決意を鋼のように固くする。
この子の未来を、俺たちの手で掴み取るんだ。
「よし、行くぞ!」
不意に、背後から力強い声が響いた。
振り返ると、フェリシアさんが剣の柄を握り締め、その緑色の瞳にプロの冒険者としての鋭い光を宿らせて立っていた。その表情には、先ほどまでの呆れ顔はなく、戦士としての覚悟が満ちている。
「今回はあくまで『一時的な協力』だ。そこは違えん。だが、やるからには全力だ!」
彼女はそう言って、少しだけ口の端を上げる。
(相変わらず、素直じゃないけど……頼りにしてます、フェリシアさん)
俺は心の中で苦笑しながらも、彼女の言葉に背中を押されるのを感じた。
「お宝ゲットだにゃー! あと、セラのためにも頑張るのだ!」
ミミだけは、相変わらず緊張感なく、尻尾を元気よく振りながら宝探しへの期待を叫んでいる。
『よっしゃー! パーティ『プロンプターズ』、記念すべき初ダンジョン攻略、いっくよー! 未知の古代遺跡、ワクワクが止まんないね!』
最後に、アリアのどこまでもポジティブな声が俺の頭の中に響く。
そうだ、俺たちのパーティ名は『プロンプターズ』。
正直、もうちょっと格好いい名前が良かった気もするが……まあ、悪くはないか。俺たちらしい名前かもしれない。
俺は改めて、仲間たちの顔を見回す。
クールぶってるけど面倒見の良い腹ペコ元騎士。
過去を背負いながらも希望を捨てない健気なエルフの少女。
お調子者でトラブルメーカーだけど、憎めない幸運(?)の猫娘。
そして、俺の唯一無二のスキルであり、最高の相棒であるAIアリア。
それぞれが、それぞれの決意を瞳に宿している。
(うん、これなら大丈夫だ。俺たちなら、きっとやれる)
俺は仲間たちの覚悟を確認し、力強く頷き返す。
「行こう!」
俺たちは一列になり、暗く、冷たく、そして不気味な空気が漂う遺跡の中へと、慎重に、しかし確かな足取りで、第一歩を踏み出した。




