場面2:追放宣告
スキル付与の儀式が終わった後、俺たち六人は神官たちに促され、召喚の間を後にした。
案内されたのは、隣接する簡素な控え室だった。石造りの壁に囲まれた、装飾の少ない部屋。そこで待つよう指示され、俺たちは硬い椅子に腰を下ろした。
隣には、先ほどスキル名を叫んでいた金髪イケメンのヤマト・ダイキ、脳筋風のタナカ・ケンジ、不気味な笑みを浮かべていたイトウ・ショウタ、ダイキに熱い視線を送っていたキリシマ・レイカ、そして心配そうにこちらを見ていた黒髪の少女、サトウ・アオイがいる。
(……これから、どうなるんだ?)
全員、現代日本の若者だ。なぜ俺たちがここに? そんな疑問と不安が渦巻く中、一人の若い神官が部屋に入ってきて、説明を始めた。
「皆さま、突然の召喚、さぞ驚かれたことでしょう。ここはアルカディアと呼ばれる世界、テラ・マギカ大陸に存在するリンドブルム王国の王都リンドヘイムです」
「アルカディア…リンドブルム王国…」
俺は呆然とその言葉を繰り返す。魔法やスキルが実在し、魔物が跋扈するファンタジーの世界。信じられないが、先ほどのスキル付与の儀式は現実だった。
「異世界アルカディア…フン、やはり俺ほどの男には、これくらいの舞台がふさわしいということか」
ダイキが自信満々に髪をかき上げる。もうすっかり状況を受け入れているらしい。
「魔法とかスキルとか、マジかよ! スゲー!」
ケンジは子供のように目を輝かせている。単純なやつだ。
そんな中、サトウさんが不安げに尋ねた。
「あの…それで、私たちはなぜここに? 召喚された理由を、詳しく教えていただけますか?」
神官は表情を引き締め、重々しく口を開いた。
「…皆さまには単刀直入にお伝えせねばなりますまい。我がリンドブルム王国は、いえ、このアルカディア世界そのものが危機に瀕しております。頻発する魔物の大発生『スタンピード』に加え、西の大国ライオネル皇国の軍事的脅威も日増しに…。病に伏せっておられる国王陛下をお支えし、この難局を乗り切るため、我々は古の秘術を用い、皆様のような『異界の勇者』の力に頼るしかなかったのです」
「ライオネル皇国……政情不安……なるほど、利用価値はありそうだ」
ショウタが僅かに口角を上げるのを俺は見た。こいつも食えないタイプだな。
(異世界、勇者、王国、戦争の危機…情報量が多すぎる。それに、俺のスキルは……? あの、AIとかいう意味不明なやつだ。本当に役に立つのか……?)
「召喚の際に皆さまに力が宿るよう祈りを捧げました。それが『スキル』です。皆さまには、その力を使い、この国を、この世界を救っていただきたい」
神官はそう言って頭を下げた。ちなみに、こうして俺たちが言葉を理解できているのは、召喚の際に自動翻訳の魔法が付与されたからだそうだ。都合の良いことだ。
「……なるほどな。つまり俺たちがこの世界の救世主ってわけか!」
ダイキが満足げに頷く。
(勇者ねぇ……)
俺にはまだ、他人事のようにしか聞こえなかった。
やがて、「準備が整いました」と別の兵士が現れ、俺たちを促した。
「陛下がお待ちです。こちらへ」
これから俺たちは、この国の王とやらに謁見し、改めてスキルを鑑定されるらしい。
不安と疑問を抱えたまま、俺たちは兵士に従い、重々しい扉の向こうへと足を踏み入れた。
通されたのは、召喚の間よりもさらに広く、そして豪華な部屋。「謁見の間」と呼ばれる場所らしい。部屋の奥にある玉座までの距離がやけに遠く感じられ、磨き上げられた床に映る自分たちの姿が頼りなく揺れる。
高い天井からは巨大なシャンデリアが下がり、壁には勇壮な戦いを描いた色鮮やかなタペストリー。だが、その豪奢さとは裏腹に、空気はひどく冷え切っていて、威圧的な沈黙が支配していた。
玉座には、一人の老人が力なく座っていた。見るからに衰弱しきっており、土気色の顔には生気が感じられない。彼がリンドブルム王国の国王、アルフォンス三世陛下らしいが、とても国を治められる状態には見えなかった。
そして、その玉座のすぐ傍らに控える二人の男。
一人は、召喚の間にもいた、細身で怜悧な顔つきの宰相バルドル。彼は王の隣に立ちながら、その視線はどこか冷たく、まるで自分がこの場の支配者であるかのような雰囲気を纏っている。
もう一人は、こちらも見覚えのある、厳つい鎧姿の騎士団長ゲルハルト。彼は宰相とは対照的に、硬い表情で腕を組み、苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せている。その視線は宰相に向けられているようだ。
(この国の権力構造、やっぱり歪んでるな……)
国王は病に倒れ、実権はこの対照的な二人が握っているのだろう。そんな国の危うさが、ひしひしと伝わってくる。
俺たち六人は、玉座の前に横一列に並ばされた。
やがて、文官らしき男が進み出て、水晶玉のような魔道具を俺たち一人一人にかざし始めた。スキル鑑定だ。
文官は、ダイキ、ケンジ、ショウタ、レイカ、そしてサトウさんのスキルを順番に鑑定していく。そのたびに、周囲の廷臣たちから微かな感嘆や期待の声が漏れる。
「ヤマト様【聖剣召喚】……まことに勇者様にふさわしき力!」
「タナカ様は【絶対筋力】! これほどの膂力、まさに王国をお守りくださる盾となりましょう!」
「イトウ様は【影法師】……なるほど、隠密行動や情報収集に有用ですな」
「キリシマ様は【信奉者の劫火】! 強力な攻撃用のスキルのようですな 」
「サトウ様は【聖援の輝き】! おお、広範囲の支援能力……! まさに聖女様の御力!」
宰相は鑑定結果に満足げに頷き、ダイキは得意満面だ。騎士団長は表情を変えないが、その硬い雰囲気は変わらない。
そして、最後に俺の番が来た。
文官が水晶をかざす。水晶は一瞬だけ淡く光ったが、すぐにその輝きは頼りなく揺らぎ、鈍い色になった。文官は訝しげに眉をひそめ、何度か水晶をかざし直したが、結果は同じだったようだ。彼は困惑した表情で、宰相と国王に報告した。
「……アイカワ様は【生成AI】……効果不明瞭、解析不能、です」
シン、と謁見の間が静まり返る。さっきまでの期待の声は消え、廷臣たちのざわめきと、ダイキたちの嘲るような視線だけが俺に突き刺さった。
(くそっ……! やっぱりハズレかよ……!)
そんな中、サトウさんが恐る恐る、しかし凛とした声で口を開いた。
「あの……宰相閣下。アイカワさんのスキルは不明とのことですが、それでも……すぐに何かご判断をなさる必要が……? 我々には、どのような役割が期待されているのでしょうか……?」
彼女の問いに、宰相バルドルは冷ややかな視線を俺たち全員に向け、わざとらしくため息をついてから答えた。
「……サトウ嬢、いや、勇者候補たちよ、理解してもらわねば困る。先の説明にもあった通り、我が国は未曾有の危機にあるのだ。スタンピードは頻発し、隣国ライオネルの脅威も日増しに強まっている。もはや、一刻の猶予もない」
宰相の声には苛立ちが滲む。
「我々が、危険を冒してまで貴様たち異世界人を召喚したのはなぜか? それは、この窮状を打破するための『力』、それも即戦力となる『本物の力』を切実に必要としているからだ! この世界では、スキルこそが個人の能力、いや価値そのものと言っても過言ではないのだ!」
彼は俺を蔑むように一瞥し、言葉を続ける。
「解析不能なスキル、役に立つかどうかも分からぬ者に、国の貴重な資源や時間を割く余裕など、もはやこのリンドブルムにはないのだ! 分かるかね?」
その言葉は、俺だけでなく、他の勇者候補たちにも、この世界の厳しい現実と、俺の置かれた立場を明確に理解させた。俺への同情的な視線はほとんどなく、むしろ「仕方ない」「足手まといは不要だ」と言わんばかりの空気が漂っている。
宰相は俺を一瞥し、再び玉座に向き直ると、宣告するように冷ややかに言った。
「……陛下。故に、アイカワ・ユウの追放を進言いたします」
追放。
その一言が、最終宣告として俺に突き刺さる。
(嘘だろ……! 召喚しておいて、それはあんまりじゃないか!?)
しかし、玉座の国王は、宰相の言葉に力なく頷くだけだった。
「……う、む……宰相の、言う通りに……」
玉座の老人は生気なく、ただ頷くだけ。完全に宰相の言いなりだ。この国の政治は、もう機能していないのかもしれない。
「お待ちください陛下! アイカワさんを追放するなんて、そんな……!」
声を上げたのは、サトウさんだった。彼女は必死の形相で、国王に、そして宰相に食ってかかろうとした。
(サトウさん……!)
彼女の勇気ある行動に、胸が熱くなる。この状況で、俺を庇おうとしてくれるなんて。
だが、その声は、ダイキの冷たい言葉によって遮られた。
「黙ってろアオイ。俺たち『選ばれた勇者』は忙しいんだ。足手まといの心配までしてられるかよ」
彼は嘲るような笑みを浮かべ、サトウさんを一蹴した。ケンジやショウタも、それに同調するように薄ら笑いを浮かべている。レイカもまた、ダイキの言葉に満足げに頷き、「そうよ、アオイさん。ダイキ様の足を引っ張るような真似はよしなさいな」と、アオイさんを牽制するように言った。
(こいつら……! 同じ日本人だろ!? なんで誰も助けてくれないんだ! こいつらも、俺を見捨てるのか!)
怒りが腹の底から湧き上がってくる。同じように召喚された仲間じゃないのか。スキルが使えないからって、この仕打ちはなんだ!
宰相も追い打ちをかけるように冷ややかに告げる。
「サトウ嬢、その者の処遇は決定事項です。貴女は貴女の役目を果たせばよろしい」
サトウさんは唇を噛み締め、悔しそうに俯いた。彼女も、これ以上逆らえないと悟ったのだろう。
すぐに屈強な兵士が二人、俺の両脇に歩み寄ってきた。
(待て、生成AIってことは……何か作れるんじゃないのか? 武器とか、道具とか……いや、でもどうやって? 使い方は? クソッ、何も分からない!)
抵抗しようにも、頭が働かない。兵士に腕を強く掴まれ、抵抗する間もなく、謁見の間から引きずり出される。
(嘘だろ……こんな終わり方って……いや、始まりか? 最悪の始まり方だ……!)
怒り、無力感、そして見捨てられたことへの強い失望。
頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、俺は為す術もなく、冷たい石の床を引きずられていった。