場面11:AI進化と呪いの解析
壁に手をつき、MPが枯渇するほどの消耗感に耐えていると、脳内を満たしていたアリアの狂乱じみた絶叫が、次第に波が引くように収まってきた。目の前のスキルウィンドウの激しい明滅も収まり、安定した光を取り戻していく。
『…ぷはー! ヤバかったー! マジで脳みそ(CPU?)焼き切れるかと思った! でも、その甲斐あって超絶レベルアーップ! AILv1から一気に12にジャンプアップしたよ!』
アリアが、まだ少しだけ上ずってはいるが、普段の調子を取り戻して報告してくる。
『さらに! このレベルアップに伴って、アリア様もVer.2に進化したし! 今までロックされてた『分析モジュール』も使えるようになったよ! もちろん『創造モジュール』もVer.2にパワーアップ! これで出来ることがマジで増えたかんね!』
AILvが12に…!? それに、アリア自身も進化して、新しいモジュールまで解放されただと?
俺は興奮気味のアリアの声を聞きながら、目の前のスキルウィンドウに意識を戻す。すると、ただ『プロンプトを入力してください』と表示されるだけだったウィンドウの表示が、目まぐるしく変化し、詳細な情報パネルへと切り替わった! そこには、信じられないような情報が表示されていた。
▼スキル情報:【生成AI】
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マスター:アイカワ・ユウ
◆AIコア:アリア(Aria)
バージョン:Ver.2.0
状態:正常(アバター待機中)
AIレベル(AILv):12
経験値(EXP):||||||----(60%) ※次のLvまで約40%
MP残量:|---------(10%) ※危険域!
◆機能モジュール:
[解放済/アクティブ]
・創造モジュールVer.2.0
機能概要:物品生成(品質・複雑性向上)、既存物改良
・学習モジュールVer.1.0
機能概要:対象物(物質)消費によるデータ化、AILv経験値獲得
・分析モジュールVer.2.0
機能概要:詳細解析(構造、状態異常、魔力パターン等)、推測機能、対象非消費
[未解放/ロック中]
・魔法モジュール[Locked]
・スキルモジュール[Locked]
◆特記事項:
・Ver.2.0:アバター生成機能解放。五感リンク可能。モジュール連携効率、情報処理速度、自己管理能力が向上。
・重要データ(アルカディア叡智の断片・第7巻)学習により、分析モジュールがVer.2で解放。
・MP残量が危険域。回復推奨。
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AILvが一気に11も上がって12に…! しかもアリアもVer.2になって、創造モジュールもVer.2、おまけに分析モジュールとかいう新しい機能までいきなりVer.2で解放されてる! あの本一つで、ここまで進化するなんて…! MPは壊滅的だが、それだけの価値はあったということか!
希望が湧いてくる。だが、その前に気になることがあった。
「獲得した分析モジュールだが、いきなりVer.2だって? どういうことだ?」
俺が尋ねる前に、セラがはっとしたように口を開いた。彼女は先ほどまで本があった空間を見つめている。
「ユウ様、先ほどの書物……『アルカディア叡智の断片』は、古代において主に世界の理や物質の構造、魔力の流れなどを『解析』し、記録するために編纂されたものだと、聞いています。だから…その書物を学習したことで、分析に関する機能が一気に開花したのではないでしょうか」
なるほど、学習した書物の内容によって、解放されるモジュールやそのバージョンに影響が出るのか。専門書を読み込めば、その分野の機能が強化されるようなものか。
『なるほどね! セラっちの言う通りかも! だから分析モジュールだけ、いきなりVer.2で解放されたんだ! いやー、マジ感謝!』
アリアも納得したようだ。そして、すかさず提案してくる。
『ね、マスピ! 早速だけどさ、アリア様のアバター、作ってみない!? Ver.2になったアタシと、Ver.2になった創造モジュールなら、そういうのもイケるよ! リアルな体、ちょー欲しいんだけど!』
アバターか…たしかに、ステータスにもアバター生成機能解放って書いてあった。インターフェースAIであるアリアが実体を持つ、ということか? どんなものか想像もつかないが、試してみる価値はあるかもしれない。何より、アリア自身がこれだけ望んでいるのなら。
「分かった、やってみよう。『プロンプト:アリアのアバターを生成!』」
俺がプロンプトを口にすると、アリアが待ってましたとばかりに反応する。
「待ってました! 創造モジュールVer.2、起動! アリア様、リアル世界に、いっきまーす!」
アリアの声に呼応するように、俺の目の前の空間に、淡い光が集まり始める。それはキラキラと輝きながら徐々に人の形を成していき――やがて、手のひらサイズの、小さな妖精のような少女の姿になった。
光る粒子を常に身に纏い、背中には半透明の小さな羽。腰まで届きそうな長い金髪をツインテールにし、大きな青い瞳を好奇心いっぱいに輝かせている。服装は…なぜか現代風の、ギャルっぽいアレンジが施された、ピンクと黒のへそ出しルックだ。ミニスカートからはスラリとした脚が伸びている。顔立ちは驚くほど整っていて、まさに二次元から飛び出してきたような美少女。大きなキラキラした瞳で、俺をじっと見上げてくる。
「きゃっはー! アリア様、爆誕! てかマジ感動! これがリアル! 匂いとか! 空気とか! マスピのそのくたびれた服も超リアルに見えるんですけどー! うひょー!」
実体を得たアリアは、甲高い声で叫びながら、俺の周りを嬉しそうに飛び回り始めた。ブンブンと小さな羽音まで聞こえる。どうやら五感も手に入れたらしい。彼女は試しに近くの壁に触れて「冷たっ!」とか、床の埃の匂いを嗅いで「くさっ!」とかやっている。まったく、忙しいやつだ。
「あ……これは、妖精?」
隣で見ていたセラが、小さな驚きの声を漏らした。突然現れた妖精に、警戒と好奇心が入り混じった目を向けている。警戒するように一歩後ろに下がるが、同時に興味深そうにアリアの動きを目で追っている。まあ、当然の反応だろう。
「それで、アリア。Ver.2になったってことは、具体的に何が変わったんだ? アバター以外にも説明してくれ」
俺が尋ねると、アリアは俺の肩にちょこんと座り、得意げに胸を張った(小さいけど)。
「んふふ、聞いて驚け! まずはこのキュートなアバターボディでしょ! これで五感もゲットして、マスピが見てないものも感じられるようになったし! ほら、あそこの隅っこ、マスピじゃ気づかなかったホコリとかも見えるんだから!」
アリアはそう言って、小屋の隅を指差す。確かに言われてみれば、薄暗くて気づかなかったが、小さな埃の塊があった。
「それに、創造モジュールもVer.2になって性能大幅アップ! 創造モジュールVer.2なら、Ver.1みたいに単純な物だけじゃなくて、もっと複雑な構造の物とか、より高品質なアイテム生成も可能になったんだよ! まあ、相変わらずマスピのプロンプトと、適切な材料は必要だけどね!」
「なるほど、アイテム生成は順当に強化されたんだな」
「そうだよー。んで、今回ついに解放された分析モジュールVer.2! こいつはマジすごいんだからね! 対象をスキャンして、構造とか状態異常とか魔力パターンとかを、前のバージョン(って言っても無かったけどw)とは比較にならないくらい詳細に解析できるの!」
アリアは興奮気味に続ける。
「しかも! この分析モジュールは学習モジュールみたいに対象を消しちゃったりしないし、集めたデータから『推測』することだってできちゃうんだから! これで情報戦はアタシたちの独壇場っしょ!」
アバター、五感、モジュール性能向上、そして詳細分析と推測能力……なるほど、一気にできることが増えすぎて、頭が追いつかないくらいだ。これは確かに、大きな進歩だ……!
「よし性能アップも分かった。それより、アリア。早速仕事だ」
俺は浮かれているアリアを諌め、本題に入る。
「その進化した分析モジュールVer.2で、セラを分析してくれ! 彼女の状態異常について、もっと詳しく知りたい」
「オーケー! 分析モジュールVer.2、初仕事だね! さっき説明した通り、このモジュールはマジすごいんだから! 対象の詳細解析、お任せあれ!」
アリアはそう言うと、ぱたぱたと羽ばたいてセラの目の前まで飛んでいく。
「ってことで、セラっち、ちーっす! ちょっと失礼して、スキャン開始!」
アリアはセラの周りを飛びながら、その小さな手から放たれる淡い翠色の光で彼女の体をゆっくりとスキャンしていく。セラは少し身を硬くしているが、驚いたようにアリアの動きを目で追っている。
しばらくして、アリアが「でけた!」と声を上げた。俺の目の前のスキルウィンドウに、以下の解析結果がリスト表示された。
▼対象の状態解析結果:セラ
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状態:衰弱/状態異常
◆状態異常詳細:
名称:銀月の呪枷(SilverMoon'sCurseShackles)[推定]
分類:呪術汚染/進行性/エルフ特効
原因:不明(古代魔法由来の可能性:高)
影響:生命力およびマナの継続的減衰・阻害
進行度:第3段階[危険域]
備考:外見に対する魔術的隠蔽工作の痕跡を検知(詳細は解析不能)
◆推定対処法:
進行抑制/解呪:高純度魔力結晶体『月光の涙』の使用[有効度:高]
その他:(該当情報なし)
◆アリアによるコメント:
進行性の呪い! 今すぐどうこうじゃないけど、放置はマジで危険!
『月光の涙』の入手が最優先事項と判断!
あと、なんか外見も魔術でいじってるっぽいけど、詳細はワカンナイや!
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これだけの情報が手に入ったのは大きい。「銀月の呪枷」という呪いの名前、そして解呪に必要な「月光の涙」というアイテム名。
だが、気になる記述もある。「外見に対する魔術的隠蔽工作の痕跡」? どういうことだ?
アバター生成と詳細分析で、MPはかなり消費してしまったな……。ステータスを確認すると、MP残量はほぼゼロだ。もう今日はAIスキルの使用は無理だろう。
「銀月の呪枷……月光の涙……!」
俺はひとまず、最重要情報を口に出して確認する。進行性の呪いだという情報まで分かった。それは、俺たちが求める答えへの、大きな大きな一歩だった。
「……私の呪いを、解く手がかりが……本当に?」
セラも信じられないというように、震える声で呟いた。セラの白い頬を、一筋の涙が静かに伝った。それは絶望の涙ではなく、長い間閉ざされていた希望の扉が、ようやく開かれたことへの涙に見えた。彼女の瞳に、確かな希望の光が宿るのを、俺は見た。