場面1:異世界召喚
はじめまして、作者のカツ丼王です。
お読みいただきありがとうございます!
本日【6月1日10時】より、【1時間ごと】に【合計14話】を連続投稿いたします。
一気に物語を楽しんでいただけると嬉しいです。
眩い光。
鼓膜を劈くような金属音と共に、全身が強引にどこかへ引っ張られるような、嫌な浮遊感。
次の瞬間、俺――相川優の意識は、暗闇から光の中へと無理やり引きずり出された。
「…………っ!?」
思わず目を見開く。
(なんだ……? 今、何が……?)
状況が全く理解できない。さっきまで俺は、仕事を終えて、疲れ切った体を引きずるように家路についていたはずだ。
夜道を歩いていた。角を曲がろうとした時、眩しいヘッドライトが視界に飛び込んできて――
(そうだ、トラック……! あれに、撥ねられたのか……!?)
じゃあ、ここは? 病院? いや、違う。
そこは、見慣れない石造りの空間だった。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。天井は高く、壁には精巧な彫刻が施されているようだが、全体的に煤けていて古めかしい。灯りは壁に埋め込まれた灯のようなものだけらしく、部屋全体が薄暗い。
そして、足元。
複雑な幾何学模様が組み合わさった巨大な円――魔法陣、と呼ぶのが正しいのだろうか? ――が床一面に描かれ、淡い、しかし確かな燐光を放っている。足元から微弱な電流のような痺れと、奇妙な温かさが伝わってくる。まるで呼吸するように、明滅を繰り返していた。
(魔法陣……? まさか……)
鼻腔をくすぐるのは、古びた羊皮紙のような埃っぽい匂い。それに混じって、オゾンのような金属的な匂いと、嗅いだことのない甘ったるい香が漂い、異様な空気を醸し出している。
混乱する頭で状況を把握しようと周囲を見回すと、俺のすぐ隣に、同じように呆然とした表情の同年代らしき若者が五人いることに気づいた。
派手な金髪で、やけに高そうな、だが少し着古した感のある服を着た、モデルか何かのように整った顔立ちの男。
見るからに筋肉質で、落ち着きなく拳を握ったり開いたりしている、スポーツマン風の大柄な男。
猫背気味で、視線が合わない。常に誰かの顔色を窺っているような、陰気な雰囲気の男。
茶髪の少女。少し派手な化粧をしている。彼女は、何故か金髪の男のことばかりを気にしている様子で、落ち着きなく彼の横顔を盗み見ていた。
そして、黒髪を長く伸ばした、清楚な印象の少女。小動物のように怯えた目で、自分のスカートの裾を固く握りしめている。
全員、服装は俺と同じように、現代日本で見かけるようなカジュアルなものだ。ただし、くたびれたパーカー姿の俺と比べると、皆それなりに身綺麗に見える。
なぜ俺がここに? 彼らは誰だ?
疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
その時、俺たち六人を取り囲むように立っている集団の存在に改めて気づいた。十数人の、揃いのローブを身に纏った人々。神官か、あるいは魔術師といった風体だ。フードを目深に被っている者もいるが、皆、真剣な、それでいてどこか値踏みするような視線を俺たちに向けている。彼らから放たれる無言の圧力が、肌をピリピリと刺すようだ。
居心地が悪い。非常に。
彼らの中でも一際豪華な、白い法衣に金糸の刺繍が施された服を着た白髭の老人が、俺たちの前に進み出た。長い髭を扱き、威厳のある、だが疲労の色も隠せない顔で、俺たちを見据える。おそらく、この集団の指導者的な立場なのだろう。
老人は重々しく口を開いた。その声は、この石造りの間に朗々と響き渡った。
「異世界より導かれし勇者候補たちよ、よくぞ参られた……」
……いせかい? ゆうしゃこうほ?
その言葉が、俺の混乱した思考に、一つの仮説――いや、確信に近いもの――を与えた。
トラック事故。意識の断絶。見知らぬ場所。魔法陣。ローブの集団。そして、「異世界」「勇者候補」という、あまりにも分かりやすいキーワード。
(これって……いわゆる、アレか……!? 異世界召喚!?)
ラノベや漫画で擦られまくった、テンプレ中のテンプレ展開。まさか、しがないSE崩れの俺が、こんな非現実的な出来事の当事者になるなんて。馬鹿馬鹿しい。だが、目の前の光景、肌で感じるこの場の空気、足元の魔法陣から伝わる微かなエネルギーは、紛れもない現実だ。
大神官、と呼ぶべき老人は、俺たちの動揺など意に介さず、厳かに言葉を続ける。
「……このリンドブルム王国、いや、この世界アルカディアは今、未曾有の脅威……頻発する魔物のスタンピードや、解明されぬ厄災の兆候により、存亡の危機に瀕しております。どうか、その御力で我らをお救いくだされ……」
(スタンピード……厄災か。ファンタジーRPGみたいな単語が普通に出てくるんだな)
どうやらこの世界は今、危機に瀕しているらしい。その危機を救うために、俺たち六人が「勇者候補」として異世界――つまり、俺たちのいた日本から――召喚されたのだ、と。
(……あまりにも都合の良い話じゃないか?)
内心で毒づかずにはいられない。勝手に呼び出しておいて、世界を救え、なんて無茶苦茶だろ。
だが、現状、俺たちに拒否権はないだろう。完全に彼らの支配下に置かれている。
大神官の話が一通り終わると、間髪入れずに「スキル付与の儀」なるものが執り行われることになった。これもまた、お約束というべきか。
一人ずつ魔法陣の中央に立たされ、神官たちが何やら呪文のようなものを唱える。すると、対象者の脳内に直接声が響き、固有のスキルが与えられるのだそうだ。
最初の被験者は、あの金髪イケメン、ヤマト・ダイキ。
彼が自信満々な態度で中央に立つと、魔法陣の輝きが一層増し、温かい光が彼の体を包み込む。しばらくして、ダイキは恍惚とした表情を浮かべ、これ見よがしに叫んだ。
「【聖剣召喚】! やはり俺が主人公か!」
(うわぁ……いかにもなスキルだな……そして、いかにもな反応だ……)
俺は内心で呆れたが、周囲の反応は違った。特に、大神官の隣に立つ、宰相の立場らしい細身の男は、口元に僅かな笑みを浮かべ、指輪をはめた手で満足げに顎を撫でている。対照的に、その隣の騎士団長だという壮年の男は、ギリ、と奥歯を噛み締める音が聞こえた気がした。眉間の皺がさらに深くなっている。
(あの二人……なんか対立でもしてるのか?)
そんな人間関係を観察している間にも、儀式は進む。
二人目は、脳筋風の男、タナカ・ケンジ。
「【絶対筋力】! うおお、力がみなぎるぜ!」
両腕に力こぶを作って、興奮を隠せない様子だ。いかにも彼らしい、単純で強力そうなスキルだ
三番目は、陰気な目つきの男、イトウ・ショウタ。
「【影法師】か……ふふ、これは色々と使えそうだ」
彼はスキル名を口にしつつも、その声には愉悦が滲んでいた。顔に浮かんだ笑みは、どう見ても善良な人間のそれじゃない。ろくな使い方を考えていないのは間違いないだろう。
四番目は、あの茶髪の少女――キリシマ・レイカだ。彼女は少し緊張した面持ちで魔法陣の中央へ進む。光が彼女を包み、やがて彼女は頬を上気させ、ダイキの方を熱っぽく見つめながら声を弾ませた。
「【信奉者の劫火】! ダイキ様、この力で必ず、貴方のお役に立ってみせますわ!」
ダイキはそんな彼女を一瞥したが、特に興味もなさそうに「ああ、頑張れよ」とだけ素っ気なく返し、すぐに自分の爪でも見始めた。レイカは一瞬だけ寂しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直したように胸を張った。
五番目は、黒髪の少女。サトウ……アオイさん。
「【聖援の輝き】……? 私にこんな力が……」
彼女は自分の手のひらを不安げに見つめ、戸惑いを隠せない様子だ。だが、名前からして強力な支援系スキルだろう。【聖剣】ほどではないにしろ、あの宰相がわずかに口角を上げたのを俺は見逃さなかった。使える、と判断したのだろう。
そして、最後に俺の番が来た。
正直、不安しかない。前の五人のスキルは、名前からして強力なものばかりだ。俺に、あんなすごいスキルが与えられるとは思えない。
促されるまま、魔法陣の中央へと足を進める。
足元から流れ込んでくるエネルギーの感覚が強くなる。温かいような、痺れるような、不思議な感覚。
神官たちの厳かな詠唱が、耳元で響く。目を閉じても、瞼の裏が焼けるような強い光を感じた。
(頼む……せめて、まともなスキルであってくれ……!)
祈るような気持ちで目を閉じた、その瞬間。
脳内に、直接、感情の乗らない無機質な声が響いた。
『――スキル【生成AI】を付与しました――』
その無機質な声と共に、俺の意識の中に、あるいは目の前に現れた淡い光のウィンドウに、以下のような情報が流れ込んできた気がした。
▼スキル情報:【生成AI】
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マスター:アイカワ・ユウ
◆AIコア:アリア(Aria)
バージョン:Ver.1.0
状態:未接続(音声応答のみ)
AIレベル(AILv):1
経験値(EXP):[----------](0%)
◆機能モジュール:
[解放済/アクティブ]
・創造モジュールVer.1.0(単純物品生成)
・学習モジュール(基本情報学習)
[未解放/ロック中]
・分析モジュール[Locked]
・魔法モジュール[Locked]
・スキルモジュール[Locked]
◆特記事項:
・初期状態。機能限定的。
・AILv上昇により機能拡張の可能性あり。
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…………は? 生成……AI? なんだそれ?
全く聞き覚えのない単語の組み合わせ。AI……人工知能? それがスキル? ゲームでもそんなスキルは聞いたことがない。表示された情報を見ても、アリアだのモジュールだの、意味不明な単語ばかりだ。
いやいやいや! 剣と魔法の世界だろ!? チャットボットや画像生成ツールみたいなものが、この世界で何の役に立つって言うんだ! 馬鹿げてる!
聖剣召喚のような派手さも、絶対筋力のような分かりやすい強さもない。これは……完全に「ハズレ」じゃないか……?
不安は確信に変わった。周囲の反応がそれを物語っていた。
宰相は俺を一瞥しただけで、あからさまに興味を失った顔で隣の役人と何か話し始めた。騎士団長は相変わらず苦虫を噛み潰したまま。他の神官や役人たちも、ひそひそと何かを囁き合っている。
「やはり、使えないスキルだったか……」
「数は揃ったが、質は……」
そんな声が聞こえてくるようだ。
ただ一人、サトウさんだけが、心配そうな、そして同情するような目で、こちらを見つめていた。
これから、俺はいったいどうなるんだろうか。
【生成AI】――現代知識を持つ俺だからこそ、その異様さを痛感してしまう。このスキルと共に、俺の異世界での人生は、絶望的な状況で幕を開けたのだった。