第四話 お泊り
「今日は私が渡部君の家に泊まるね」
私は病院を出、渡部君の家に向かう際にそう言った。
「え、いやいいよ」
「渡部君。先生が言ってたよ。渡部君、最近あまり食べてないんじゃないかって」
それを聞いて、彼が黙り込む。どうやら図星だったらしい。
そんな彼を一人で過ごさせるわけには行かない。寝不足だって聞いたし、悩みが絶えないのだろう。
「だからね、一緒にご飯食べて、一緒に寝よ。そしたら渡部君もきっとよくなるよ」
体調もよくなるはずだ。そしたら彼の精神も幾分かはマシになるだろう。
「大胆なことを言うんだな。君は」
そう、私の言葉を受けて渡部君が言う。
「君は、自分の言っていることが分かっているのか? 君は僕と一緒に寝るって言ってるのか? 出会って三日、四日しか経っていない男とだ」
「それは分かってるよ。でも、君の体調の方が心配。それに君は私に変なことをする勇気がないでしょ?」
もし彼が私の寝込みを襲うような人だったら、こんな寝不足に苛まれるなんてことは起きないはずだ。
「まあな。って、勇気が無いという問題なのか?」
「そう言う問題だよ。もちろん渡部君がそういうことをしない人間だってわかってるし、渡部君に取って今の私はいなくなっては困る人間だと思うからさ、そんな私に襲い掛かる勇気はないかなっていう推察」
「鋭いな。まあ、想像通りだ。そもそも僕は、君を嫌な気分にさせたくないからな」
そう言って彼はふふ、と笑った。
「負けたよ。今日は一緒に寝よう」
「うん!」
あれ、思ったけど、一緒に寝るって話になってる?
離れて寝るつもりだったのだろう。
そっと、渡部君の顔を見る。その顔はまさに純粋という言葉を絵に著したかのような顔で、ぼんやりと、こちらを見ている。
どうかしたの?とでも言いたそうだ。
きっと勝手に私が泊まる=私が渡部君の横で寝ると早合点したのだろう。
でも、別に構わない。だって、もう渡部君とは他人という感じがしないのだ。
隣に寝ると確定しても、恐怖心とか嫌悪感なんて一切ない。
それに、エッチな行為をする訳でもないのだから。
それからは色々と早かった。幸い私の家と渡部君の家は近い。急いで服などを取りに帰り、彼の家で料理を作る。
彼の家のゴミ箱を見ると、カップラーメンなどのゴミがたくさんだった。お金あるんだから外食したらいいのに……。
「渡部君。最近正しい食生活してないでしょ?」
「ああ、そうだな。何しろ料理を作る体力がない。君が来るまで僕は過ぎゆく日をどう生きるかだけを考えていたからな」
やっぱりか、と頭を抱える。今日は健康によく、心も温まる美味しい料理を作らないと。
こう見えて私は一人暮らし歴も長い。料理の腕はまあまああるんだから。
早速野菜をいため、肉を炒め、そして味付けをする。
そして、次は飲み物。バナナを切って入れてチョコアイスを入れる。
所謂バナナジュースだ。
栄養があるので、飲ませたら良いだろう。
そして色々な野菜を組み合わせた料理を作り上げ、渡部くんの元に運ぶ。
「はいどーぞ!」
「なんて美味しそうなんだ」
渡部くんはそう言って唾をゴクッと呑み込んだ。
「食べて良いのか?」
「もちろんよ!」
その私の言葉で渡部くんは食べ始めた。
渡部くんは無言でガツガツと食べ始める。よほどお腹が減っていたのだろう。まるで漫画の腹ペコキャラだ。多めに作っててよかった。
そして、渡部君の幸せそうに食べている姿を見るだけでなんとなく楽しくなった。
「なんだ……?」
私の視線を感じたからか、こちらをちらっと見る渡部君。
うぐっ、見てたのばれた。
「ふふ、可愛いなって思って」
「そうかよ」
「見られてて恥ずかしい?」
「まあ、それは恥ずかしいな。……というか葵も食べろよ」
「そうだね」
いただきますと、手を合わせて食べ始める。
うん、やっぱり美味しい。私が作っただけのことはある。
私も人のことが癒えないだって、私もバクバクと、食べているんだから。
きっとこれは、渡部君と食べているから美味しいんだと、途中から気付いた。
渡部君と一緒に食べるご飯こそが美味しいのだ。
思えば、私は人と深くかかわろうとしたことがあまりない。
友達はいるけど、必要以上に近づこうとしなかった。私の過去がばれるのを良しとしなかったから。
もちろん渡部君にばれるのも怖い。だけど、そんなことどうでもいいように思えるくらい、渡部君の隣は、行こごちがいい。
私も馬鹿なのだろう。渡部君が言う通り、まだ三日四日しか一緒にいないのに、もうこんなに心を許しているのだ。
勿論そんな可能性はないが、仮に渡部君が悪人だったとしたら、私はいいカモなのだろう。
恋愛としてはまだ分からないのだけど。でも、もうこの世で一番の友人になっていると思う。
美晴には悪いのだけども。
そしてあっという間にご飯を食べ終わった。
「美味しかった」
「うん、美味しかったね!」
そして片づけた後、お風呂に入った。
渡部君の家のお風呂は私の家よりも遥かに大きい。
流石に銭湯や、ホテルのお風呂ほどの大きさはないが、普通の家にあるお風呂としてはかなり広い部類に入ると思う。
四人くらいなら一緒に入れるくらいの大きさだ。
入った瞬間、体が温まった。
座り心地がいいし、壁に申し訳程度に飾ってある絵が心を癒してくれる。
「ねえ、渡部君いる?」
お風呂の外にいるであろう渡部君に話しかける。
お風呂に入る前に渡部君が心配だからお風呂の前に行っていいかと聞いてきたのだ。普通だったら即断るのだが、渡部君の性格上エッチなことを考えての発言ではないと思ったのだ。
それに、渡部君とお話ししながらお風呂入りたいし。
「お風呂気持ちいいよ」
そうとだけ呟いた。それに対して渡部君はただ一言。
「僕の家の自慢のお風呂だ」そう呟いた。
「壁に飾ってある絵は、自分で買ったの?」
「いや、羽田さんが送ってくれた。というよりも、買い物に付き合わされた」
「あははは、何それ。無理やり買い物に付き合わされたの?」
「悪いかよ」
「悪くないよ。可愛いなと思って」
「葵、君僕の事子どもだろ思ってるだろ」
「悪いー?」
「はあ……」
渡部君が諦めたようなそぶりを見せる。私はそれがまた面白おかしくて、笑った、
すると渡部君も、私につられたのか、笑ってくれた。
そして、お風呂から出た後、早速寝室に向かった。
「ねえ、今更だけど、本当に私と一緒に寝るの?」
だって、隣だもん。先ほどまで何も思っていなかったが、少し緊張し始めてきた。
それに、渡部君の意思を再確認しておきたかった。
「それを言うなら君の方だろ。僕なら大丈夫だ」
「分かった」
確かにこの状況、周りから心配されるのは一般論的に私の方だ。
そして、彼の隣に寝転がる。
今更だけど、なんだかドキドキしてきた。
というか、渡部君のあれ、本当に勘違いとかじゃなく、一緒に寝ると思ってたんだね。
でも、なんだか彼の様子を見ていると、本当に隣で寝てほしそうだった。
辛いもんね。
渡部君を癒さないと。
「渡部君。今日はトラブルもあったから楽しかったねというのも違う気がするけど……」
「いや、楽しかったでいいんだ。むしろ倒れたことが申し訳がない」
「それは良いよ。私が気が付かなかったのが悪いんだから」
「いや俺の方が」
これじゃ、また永遠に話が終わらない。
「まあとにかく、ジェットコースター楽しかったね」
「ああ、そうだな」
そして私たちはともにベッドで眠る。
手をつなぎながら。渡部君の手は暖かく、ぬくもりに満ち溢れている。
そう言えば他人と一緒に寝たのはいつ以来なのだろうか。思えば人と寝たことなんてほとんど無かったと、思い出した。
「ふふ」
「どうした?」
「いや、いいなって思って」
渡部君は突如起き上がり、私の方を見る。
「どうしたの?」
「まさか、そう言われるとは思っていなかったから」
「私もそう言うことくらい言うよ。だって、人と寝るのも久しぶりだし――」
「それなら僕も一緒だ」
「ふふ」
「ははは」
私たちは笑った。
それから軽くお話をしてたらいつの間にか眠たくなった。
「そろそろ寝よっか」
「そうだな」
「はあ、お休み」
「ああ、お休み」
私たちは眠りについた。
だが、すぐに異変に気付く。
……眠れない。そっか、男の人と寝るのは初めてだった。
そりゃあ眠れないわけだ。
なんだかドキドキする。邪心なんて捨てなきゃならないのに。目的はそうじゃないのに。
隣の渡部君は私の心知らずで、ぐっすりと眠っている。
よほど寝不足がひどかったのだろう。
それはいいことなんだけど……。なんとなく意識しているのが私だけと思ったらなんとなく嫌だ。
はあ、無理やり眠りに追い込むしかない。
「羊が一匹、羊が二匹」
そう小声で羊の人数を数えながら眠りについた。