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天才棋士との結婚生活  作者: 有原優
結婚編

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第十三話 看病

 そしてその一か月後。

 今日も勇人君は対局をしに行っている。


 今日は前よりも調子が悪いようで、肩を落としながら対局に向かっている。


 私は洗濯物を干し、軽い裁縫をしながら、勇人君の帰りを待つ。


 その間に見るのはもちろん、勇人君の対局だ。


 今日も勇人君は、熱心に指してる。

 恐らく、彼が今嫌々指してるという事を知ってるのは私だけだろう。


 その将棋は、勇人君が押し込まれるような形だ。

 でも、私は知っている。勇人君が勝つことを。


 だけど、対局中に異変に気付いた。

 勇人君が苦い顔をしているのだ。


 もしかして体調でも悪い?

 私はそう思った。とはいえ、連絡手段なんてない。


 プロ棋士は、電子機器を対局中に使うことなど不可能なのだ。

 それは主に、カンニングを防ぐため。

 だから連絡なんて取れない。


「勇人君……」


 心配だ。


 勇人君はまじめにそのまま指してはいってるものの、明らかに苦しそうだ。

 あの遊園地の日を思い出す。

 あの日、勇人君は倒れてしまった。

 今日ももしかしたら倒れてしまうのかもしれない、


 私くらいにしか気づかない、勇人君の変化。だけど、これが今の勇人君の集中力を奪っていることは疑う余地がない。


 勇人君はまじめだ。途中で対局をやめるなんてことはあり得ない。

 だからこそ、心配なのだ。



 結局勇人君の調子は上がらないまま、負けてしまった。

 勇人君は満足に感想戦をすることなく、帰って行った。


 コメント欄は、『渡部八冠、態度悪い』『感想戦もしない棋士』案の定こころのないコメントが書かれている。

 私は、即座に勇人君にメールを送った。


『もしかして体調悪い? 大丈夫?』

『お腹が痛いし、目もいたい。目を開けていられそうにもない』


 勇人君は、目が痛いのか。

 という事はきっと頭もいたいはずだ。


『タクシー使って帰ってきたらいいよ』


 そこまで、将棋会館と、この家は離れていない。

 しかし、今の勇人君には果てしない距離に見えるだろう。


『いや、それはしない』

『え?』

『家をばらされたくない』


 勇人君……

 タクシーで家まで帰ったら、きっと家の場所を知られる。その結果、私の存在も明るみに出る可能性もある。

 それを嫌がってるのだろう。


『でもそれよりも、勇人君だよ』

『僕は心配しないで欲しい』


 そして、その後の私のメールには既読すらつかなかった。


 暫く心配に思いながら、家で待つこと五分。

 やっぱり心配でいてもたってもいられず、家を出た。

 勿論勇人君にその事を伝えて。

 そして最寄り駅まで来た。


 すると、勇人君が、ベンチに座っていた。


「勇人君」


 私は叫んだ。


「ああ、葵」


 そう、力なき声で言う勇人君。


「やっぱり無茶だったんだ。途中から力が抜けてしまって歩けなくなってしまった。最後は電車を降りるだけで義理だ」

「だから言ったのよ。タクシー使いなさいって」

「それは恥ずかしいだろ。それはそうと、迎えに来てくれてありがとう」


 そう、勇人君が優しい声で言った。


 そして私は、タクシーを呼ぼうとしたが、勇人君に止められた。

 やっぱり個室に二人は正体がばれるリスクがあるからって。


 なので私は必死に勇人君と肩を組んで家まで帰った。

 二人共マスクだから感染とか大丈夫だとは思いたいけど。



 家に着いた後、すぐに勇人君を寝かした。


「大丈夫? なわけないよね」

「ああ、目と頭と胃が痛い」


 ほぼ全てじゃんと、言いかけてやめた。


「おなかはすいてる?」

「全然だ」

「じゃあ」


 と、私は勇人君のお腹を優しく撫でる。


「葵?」

「大丈夫だよ、私がついてるから」

「……僕のことはいいから」


 遠慮してるのかな。


「大丈夫だよ。勇人君がしんどかったら、私も心配なんだもん。必死で看病するよ。その代わり、早く治ってね」

「ああ」

「今日の将棋どうだった?」

「考えがまとまらなかった。今日の将棋は準決勝だったし、まあでも別にいいかな」

「いいかなって?」

「負けたから。……葵、僕って最低だな」

「え?」


 どうして急に?


「僕は将棋の勝敗なんてどうでもいいんだからな」


 私はその言葉に対する返答が思いつかない。

 だから私はただ、勇人君をなでた。


 その後すぐに、勇人君は眠りに落ちた。

 私はその寝顔を堪能した。

 勇人君には早く元気になって欲しいというのは、当然の思考だ。


 そう言えば、勇人君の次の対局日を調べる。三日後だ。

 勇人君がこのまま体調がよくならなければ、勇人君は次の対局をキャンセルできるのではないか、そんなことをふと、思い立った。


 でも勇人君はそう言うのは望んでないんだろうなあ。


 私はそんなことを考えながら、京料理を考える。

 確か、勇人君はおかゆが嫌いだと聞いてる、

 なら、勇人君が食べやすい料理を作らなければ。

 そう思って私は外にうどんの麺を買いに行った。




 ★★★★★


「勇人君!?」


 家に帰ると、勇人君の叫びが家中に響いていた。

 勇人君は体中が痛いみたいだった。

 しんどそうだ。


 家を離れない方がよかった。


「勇人君……」


 私は必死に勇人君のお腹をなでる。


「ごめんね。家を離れていて」

「葵は、悪くないよ」

「ごめんね」

「僕の体調管理が杜撰だっただけだよ」

「そう……」


 それはつまり私の責任だ。

 勇人君の隊長をしっかりと管理するのは、妻である私の責任なのに。


「ごめんね」

「謝られたら、逆にやりにくいよ」

「ふふ、そうだよね。最近忙しかったもん。ゆっくり休むといいよ」

「いや、二日で治して見せる」


 やっぱり、対局は死に行くという事。

 その責任感こそ、勇人君を苦しめたる原因なんだけど。

 勇人君は気づきながらも、知らないふりをしている。私はそう感じた。


 勇人君は苦しそうな顔をしていたが、痛み止めを飲ませ、暫くそばで看病していると、いつの間にか勇人君は眠った。

 勇人君は、ぐっすりと眠った。


 望むなら、この安眠が続いてくれることを祈る。

 私は勇人君には幸せでいて欲しいのだ。



「勇人君、私はいつまでも勇人君の味方だからね」


 私は耳元でささやいた。

 きっと、常日頃からの将棋のストレスが風邪の原因なのだろう。

 私はいっそう勇人君の味方になってあげなきゃ。

 勇人君みたいなまじめな人間が苦しむ世界なんて、間違っているのだから。

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