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第一話 天才棋士との出会い

 


 その日、私は買い物帰りだった。


 私がその日出会った男性はブランコを漕いでいた。

 年齢は二十台前半だろうか、見た目は真面目系で眼鏡をかけているインテリ男子という感じだ。

 明らかに周りで遊ぶ子供たちから浮いていた。

 それもそうだろう、青年男性が公園で遊ぶなんて、子供の付き沿い以外で今日(こんにち)ではあまり見ない。


 ただ、そんな彼がなぜここでブランコを漕いでいるのか、気になってしまった。

 しかもその目は闇を見ているように暗く、孤独を感じさせる眼であったのだ。


 その目を見た瞬間、彼は何か悩み事があるのだろうなと、すぐに分かった。そしてその瞬間、彼を放っておくという選択肢は私の頭の中から消え去った。


 私は早速、彼の隣のブランコに座り、漕ぎ始める。


 初対面の意図に話しかける。個人的に、信じられない行為だ。

 もし、余計なお世話だったらどうしよう。


 だけど、私には放っておくことなんてできない。


 そして息を吸い、彼に話しかける。


「ねえ、ここで何をしているの?」


 彼は驚いたようなそぶりを見せ、「ブランコを漕いでいる」そう、冷たい感じで言った。まるで、自分なんてほっといてくれとでも言いたげな感じだ。

 ただ、私はそんなので引き下がるほど素直じゃない。

 引き下がったら大変なことになるという予感があった。

 これは、所詮人の事だしなんて言っていれる状況ではないと確信している。


「辛いことがあるんだったら、私に教えて」


 私はできるだけ優しく言った。警戒心を与えないように。


「ない。あったとしても赤の他人である君に言う必要はない」


 あくまでも会話をする気がないようだ。

 どうせ私のことなど邪魔者だと思っているのだろう。

 でも、それは当たり前か。私は彼の友達でも、家族でもないのだから。


 いや、それは少し違うのかな?

 彼の表情を見ると、なんだか少し、申し訳なさそうにしている。

 という事は、ウザがっているというよりも、他人に迷惑をかけたくない、自分のために時間を使ってほしくないという思いが大きそうだ。


「私に言ったら楽になるかもしれないよ」


 あくまでも寄り添うように優しく言う。


「君には関係ない」

「私は君が話すまで、ずっとここにいるよ。だって心配なんだもん」


 私は自他ともに認める面倒くさい人間だ。そして、頑固でもある。

 一度決めたことを変えるつもりはない。


「はあ、引き下がるつもりがないなら言うよ」


 彼は諦めたようだ。

 その言葉を聞き、私はひとまず安心した。


「僕の名前は渡部勇人。この名前を知ってるかい?」

「……聞いたことがある。というか将棋棋士なの?」


 確か将棋の八冠王の名前だ。現役最強どころか、歴代最強とまで言われている棋士の名前だ。私は諸事情で将棋には興味など持ってないが、そんな私でも知っているようなビッグネームだ。

 まさか、私の隣にいる人はその天才棋士ってこと?

 うぅ、声をかけるの失敗したかも。

 棋士に関しては、嫌な思い出があるから。


「僕は……楽しくないんだ」


 唐突なその言葉にびっくりする。天才なのに楽しくない?

 いや、そもそも何が楽しくないかを彼はまだ話していない。もう少し聞いてみよう。



 ……それから彼は自分のつらい部分を打ち明けてくれた。


 彼は最強であるがゆえに将棋が楽しくなくなっていたそうだ。そして、もう好きだったはずの将棋ですら嫌いになりかけている。確かに、ニュースなどでも彼の話はよく聞く。だが、一部の人たちの、相手をなめているなどという誹謗中傷をSNSで見た。いや、なめているのは事実なのだろう。


 とにかく要約すると、将棋も楽しくないし、将棋以外の趣味もない彼は自分でも空っぽらしい。


 やはり、私の予想通り、大丈夫そうではなかった。

 そして、話しているうちに渡部さんは泣き出してしまった。

 込み上げていた感情が爆発したのだろう。

 私はそれを見て、ただそんな彼の頭を優しく撫でた。


 ★★★★★


「この後、カフェに行きませんか?」


 泣き止んだ彼はそう静かに言った。私は少しだけ迷った。私は将棋棋士が苦手なのだから。

 だが、あの人と渡部さんは違う。結局私は了承した。

 それに、渡部さんともう少し話しておきたかったのだ。


「このカフェ結構いいんですよ」


 そう、先程までとは違う眼鏡――丸眼鏡だ――をかけた彼は言った。変装なのだろうか、マスクまでしている。


「最近ファンとアンチが多いので、こうでもしないとおちおち街も歩けませんよ」


 そりゃ、うんざりだろうなと、思った。私だったら絶対にしんどい。


「それで、渡部さんはもう将棋がやりたくないってこと?」

「平たく言えば……ただ、僕には将棋以外ない。どんなにつらくても、将棋をしない選択肢はないんだ」


 先ほど言っていた『将棋がない自分は空っぽ』……このことを言っているのだろう。


「将棋だけをして生きてきた僕が今更将棋をやめたら僕という存在はちんけなモノになってしまうんだ」


 だから将棋をやめられないと、付け加えた彼は悲しそうな顔をしていた。馬鹿馬鹿しい。


「なんで、そんな思いをしてまで将棋をしないといけないの? いったん辞めればいいじゃないですか」

「辞めればなんて簡単に言わないでくださいよ。僕はみんなの希望を抱えながらささないといけないんですから」

「それが馬鹿馬鹿しいのよ。例えば小説。四六あたりからプロ作家になった人もいるのよ。つまりね、極端に言えば君が今から小説家になっても良いわけ。他には動画編集者とか、ボーカロイドとかいろいろあるじゃない」

「そうかな……」


 彼はそう言って頭を掻き始める。その姿は不思議と可愛い。

 青年男性とは思えないくらいだ。


「じゃ、少し検討してみるよ」


 そう、彼は笑顔で言った。とは言っても、作り笑顔感が残っているのだが。


 そして、ライン交換してその日はお開きとなる予定だったのだが、


「今日、僕の家に来てみませんか?」


 彼は突然言った。その言葉に私は「え?」と、動揺する。

 だって、私と彼は異性だし。


「もっと君と話していたいから。……だめかな?」


 その話とは将棋以外の話もだろうか。

 彼の言葉は純粋なものだった。それもまさに嘘偽りのない本心を話しているかのような。

 とりあえず行って、悪い事なんてないだろう。


「分かったわ」


 私はその彼の言葉にこくりと頷いた。



 ★★★★★


「お邪魔します」


 私はそう言って部屋に入った。とは言っても、やはり来たら来たらで緊張する。私は異性の家なんて行ったことがないのだ。


 その様子に気が付いたのか、渡部さんは戸惑う私に、

「遠慮しないでゆっくりしてくれればいい。自分の家かのようにくつろいで良いのだから」


 と、優しく言ってくれた。


「……そう」



 家の中はお金を持っている、八冠王の男性の家とは思えないほど、質素なものだった。家自体はかなり大きいのだが、とにかく置いてあるものが少なく、スペースを持て余しているかのようだった。


 中央に将棋盤が置いてあり、本棚に将棋の本が沢山ある以外は、ただの大学生の家と言われても信じてしまうほどだ。


 だが、やはり家は一人暮らしとは思えないくらい大きいのだけど。


 一体部屋が何個あるのだろう。

 生活風景を見た感じ、彼はこの部屋しか使っていないのだろう。


「本当にこんな部屋に住んでるんだね」

「ああ、お金なんてあっても何もいらないしな。せいぜいそこのパソコンや定石本くらいだ」


 そう、彼はパソコンを指さしながら言った。おそらく研究のためなのだろう。他はすべて物置のような形になっており、使われている様子はない。


「とはいえ、もうAIにも勝てるようになった。本当に下らないよ」


 そう吐き捨てる彼、確かAIは数年前に羽田七冠王を破ったんじゃなかったっけ。となれば本当に恐ろしい実力だ。


 そして彼は将棋盤を持ってきて「一緒にやらないか」と言った。


「将棋……嫌いじゃなかったの?」

「いや、プロの対局だよ。嫌いなのは」


 そう言って、彼は将棋盤をとんとんと叩いた。

 その後は将棋のルールや駒の動かし方を教わった。その時の彼の顔は楽しそうに見えた。

 少なくとも将棋を嫌っているという感じではない。


「僕は命を懸けたプロの対局が嫌いなんだ。だって、勝ってしまうから。僕よりも将棋に命を懸けている人を、僕が倒していいものか分からないからさ」


 そう言う渡部さんは少したけ虚ろな目をしている。

 そう言えばSNSでこういった批判を見たことがある。将棋の対局を渡部八冠はやる気がなさそうに指している。しかも相手をおちょくっているって。もしかしたらこのことをさしているのかもしれない。


「でも、君との将棋は普通に楽しいんだ。なんでかわからないんだけどね」


 それは、私との対局が遊びの雰囲気をはらんでいるからなのだろうか。相手である私が初心者だからなのか。


 ただ、彼の孤独を晴らすのに役に立っていると考えたら少し嬉しくなる。


 そして、彼との将棋を終えた後、もう六時だという事で家に帰ることにした。


「お願いがあるんだ」玄関で彼は言う。「次に会う時に僕に将棋以外の趣味を与えてくれないか?」

「当たり前よ。次は君に楽しいことを教えてあげますから!」


 そして、私はその場を離れた。

 帰り道、私はなんとなく高揚感に襲われた。有名人に会えたから? ううん、楽しかったからだ。

 彼とは良き友人に慣れるそんな感じがした。

 さて、どういった趣味を渡部君に教えよっかな。そう思うと少し楽しくなってきた。


 家に帰り、荷物を置いた。家には誰もいない。

 一人暮らしなのだから当たり前なのだが、少し寂しく思ってしまう。昨日まではそんなことは無かったのに。

 ……完全に彼のせいだ。彼といた時が楽しすぎたのだ。

 早く彼に会いたいと思い、『明日も会えますか?』とメールをした。だが、残念なことに、その返事は、『明日は対局があるから無理だ』という物だった。そっか、と思い少し寂しくなった。

 明日にでも会いたかったのに。


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