其之玖拾肆話 五珠の御魂 二之話
五珠の御魂……
詳しくは、『纏物語 第壱章 五珠の御魂と月下の刀』をチェック……
狂気のドライブ……
何の位の時間が過ぎただろうか、あまりの恐怖に朦朧とする意識の中、二人が乗った車はある山の奥。それこそ草木が生い茂る舗装もされていない山道の脇に止まった。
「一縷、ここから暫く歩く事になるけど、いい?」
「は、はい……」
一縷がリュックを背負い車から降りると、すぐさま、じめっとした生暖かい空気が身体に纏わりついてきた。しかも陽は上がっているはずなのに、辺りは真っ暗、辺りに生え揃う大木が空を隠し地面に陽が届かなくなっている。そして二人は、恐らく道らしきものであろう所を歩き始め、森の奥へ奥へと入って行った。
ゆく道は細く、その大木と茂る草葉のせいで辺りは暗く、足元が見えず時折、木の根に躓いたりした。
右も左も分からない、真っ暗な森の中を唯々、歩いていると細い道が益々細くなり始めた。そしてついに道が大きな大木の根元で途切れ、行き止まりとなってしまった。
ここで舞が後ろを振り向き、一縷に語った。
「ここから先は、悪しき者は、決して踏み入れる事が出来ない結界の森。そして……清き心を持つ者だけが、足を踏み入れる事を許された……神聖な場所。
そう言って前を向くと、大きく手を開き拍を打った。
『パァァァン!』
(パァァァァン……パァァァン……パァァァァァ…………パァァァ………………)
拍の音が森の中に木霊する……
「……纏……」
舞の身体が冷たい風に包まれ、真っ白い巫女衣装を纏った。そして手に持った金色に輝く神楽鈴を頭上に掲げ数回打った。
『シャンシャシャン……』
すると…目の前の大木が光りの粒となって消え失せ、その先に道が現れた。その光景にあんぐりと口を開け、呆気にとられている一縷に舞が声を掛ける。
「一縷、行きますよ」
「あ、御免なさい!」
と言って走り寄った一縷に舞が歩きながら語り始めた。
「貴方には『纏う』という事を、まだ話してなかったわね……舞から何か聞いた事ある?」
「うううん、何も聞いてない。でも『纏う』って事は、なんとなく分かってるよ。例えばぁ……そう! 五人の御魂の力をお母さんみたいに纏うんでしょ? そして妖者と戦う!」
舞はその話を聞くと、その場でぴたっと立ち止まり、くるっと振り向いて一縷に問いかけた。
「一縷……何で、その事を……五珠の御魂の事を知ってるの?」
「あ、あの、それは……それは、お母さんは、信じないかもしれないけど……」
そう言いながら言い難そうに下を向きながら、右手の人差し指にある指輪を見つめ話始めた。
「この……指輪がね、教えてくれたの! 舞美おばちゃんが五人のおじいちゃんの御魂……その力を纏って悪い鬼と戦ったって。他にも沢山教えてくれたんだよ! 涼介おじいちゃんや人吉って街を助けた青井優さんや神酒美月さんの事、ここでは言いきれない程、沢山の事をこの指輪が教えてくれたんだっ!……そして勿論、お母さん……嫗……めぐみさんの事も……ね」
最後にそう言いって俯き、恥ずかしがりながら顔を赤らめた。
「……舞美……貴方……」
舞、いや……めぐみは、暫く一縷を見つめた後、そっと舞美の名を呟いた。そして肩を小さく震わせながらくるっと前を向き……
「さぁ、先を急ぎましょう!」
そう言って再び歩き始めた。
【五珠の社】
大木からの道、さっきまでのじめじめと湿った空気が消え失せ、代わりに何処からともなく涼しい風が吹き始め心地よさを感じていた。真っ暗だった森中も、次第に辺りが明るくなり始め、しかも辺り一面黄緑色に輝いているように見えてとても幻想的な景色になっていた。
すると真直ぐに伸びる道の先、大木が生え茂る中、そこだけが広く開けていた。そこにポツンと何やら建物らしき物が建っているのが見えてきた。近づくにつれその形がはっきり見えてきた、それは社、古びた社だった。その社に不思議な事に、生い茂る木々の間から木漏れ日がまっすぐにその社を照らしそこだけ光り輝きとても美しかった。
「お母さん……ここは?」
「ここは、五珠の御魂が眠る社よ。五人は、先の戦いで悪者に取り込まれ殆どの力を失ってしまっていたけど、霊地である榊のこの場所に私達三人で強力な結界を張り、神主となった美月に古かったこの社を清めてもらって五珠の御魂に眠って頂いていたの。一縷に五珠の力を授けてもらいます」
「さ、授けてもらうってっ、その五珠の御魂は、まだここで眠っているんでしょ?! 起こしたら怒られちゃうんじゃない?! こういうのは、ちゃんと儀式があって、畏んでお願いするとか!」
「そんな暇はありません……無理やり起こさせて頂きます……」
そう呟く舞を振り返って見ると、いつの間にかに雷神の纏を纏い、神楽鈴がいつの間にか雷神の剱に変わっていた。そして傍らには、これまた、いつの間にか白く煌く雷獣、羅神の姿が。これは雷神の纏、最強の技、極雷神斬。
(お母さん……本気ぃぃ?! なんて罰当たりなっ!!)
『パリッパリパリッ……』
雷電が辺りに飛び散り乾いた音が響く。舞は、ゆっくり息を吸いながら雷神の剱を大きく振りかぶり、唱える。
「極……雷神斬……」
剱を振り下げる、その時! 社の扉が『バァァァァァァンンンッ!!』と開き……
「やめんかぁぁぁぁ!!!馬鹿者ぉぉぉ!!!」
禿げた爺が鬼の形相で叫びながら飛び出てきた。
「こらぁぁぁ!! 儂らを五珠の御魂と知っての狼藉かぁぁぁ!……んっ? お主は……何処かで見た事があるようなぁ……確かぁぁ……」
「そいつは、舞、井桁舞じゃよ。ほれ、儂等を封じた、あの胸糞悪い宮司達から救ってくれた……」
「そうそう! 舞美の孫娘、青井優と一緒にいたよっ! 火焔を纏った、なぁ!」
「あぁぁぁぁぁ!! あの無茶ばかりしていたあの小娘かぁ!!」
「うんんんっ? しかしぃぃ……お主のその気配……なんか違うぞ。そしてその纏った神氣……儂は知っている、知っているぞっ!」
「彦様……お久しゅうございます……」
舞は、彦一郎に向かいそう言いながら頭を垂れた。その言葉を聞いた五人の御魂は……
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ????!!!! おおおお主はぁぁぁぁぁ、千里乃守ぃぃぃぃ?!」
一斉に大声を上げひっくり返って驚いた。
【五珠を受け継ぐ者】
その後舞は、落ち着いた御魂達に事の経緯を説明した。
「そうか……それは難儀な事であった……」
「うむぅ……お主、一縷と言ったかのぉ……年は幾つじゃ?」
「は、はいもうすぐ十四歳になります」
「十四……この世に生を受けまだ十四年……なのに父母を亡くし……悲しいのぉぉ……なんと可哀想な……」
その言葉に反論するように一縷が言い返した。
「確かに初めは悲しくて苦しかったけど……今は、お母さんが一緒にいてくれています! 誰よりも私の事を思ってくれているお母さんがいつも傍にいてくれてます、だから悲しくなんかありません!!」
その言葉を聞いた五人は、顔を見合わせ微笑みながら頷いた。そして彦一郎が舞に語る。
「しかし、その面の者共……非常に気になる。ここにきて再び、月下の刀の事が出てくるとはのおぉ……」
「その面の者が言っていた月姫とは、儂等も詳しくは知らんが、こういう話を聞いたことがある。遥か昔、月の光から生まれた姫がいて、何でもその娘と結ばれた者は、この世を統べる闇の力を得られる……と言う話だ。しかし飽く迄昔から伝わるおとぎ話……定かでは無い」
舞はその話を聞き、心の片隅に追いやっていた悪い予感が現実に成りつつあるのでは、と不安が募り顔が強張った。舞が源三郎に問う。
「月姫……この世を統べる闇の力……。でも、それと月下の刀、どういった関係があるのでしょうか?」
「うぅぅん……」
「そんなの儂等にも分からん! しかし、月下の刀と月姫。月の光で生まれた刀と月の力で生まれた姫……これは絶対に何かあるぞ」
「五珠の皆様! 私は、この日ノ本に再び不穏な氣が迫っていると感じ得ません。しかし私一人の力では、この危機を乗り越える事が出来ぬやも知れません! どうか、どうか! 今一度その力を私の娘、一縷に託して頂けませぬでしょうか?!」
舞のその言葉に五珠の御魂達は、顔を見合わせた後、一斉に頷き彦一郎がこう告げた。
「一縷よ……清き力……東城の血を受け継ぐ者よ……若きそなたに五珠の力を授けよう」
「我等五珠の御魂は、お前の剣となり、盾となり、そして……お前の正義の力となろう」
つづく……




