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纏物語  作者: つばき春花
第参章 月姫と月讀尊
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其之玖拾話 来訪者

ベッドの上で大泣きし、そのまま泣き寝入りをしてしまった一縷。その夜、右手の人差し指にある指輪が赤く煌めく。


【過去と過去】


(あれ? ここは……何処? 背中が痛い……)


一縷が目を開け起き上がるとそこは硬い岩盤の上、そしてそこは、暗い洞窟の中だった。呆然と辺りを見渡す一縷その時…


『ビシビシィビシッドドォォォン!』


後ろから耳を劈く程の爆音が洞窟内に轟いた。その音に驚き後ろを振り向くとそこには片方の角が折れ、全身がどす黒い鱗に覆われた巨漢の鬼が巫女姿の女性と対峙していた。鬼は何かを言いながら歩み寄って行くが何を言っているのかは聞こえない。その女性は近づいて来る鬼を睨み、一歩も引かない。


(この人……この女の人……私…この人の事を知っている?)


一縷は、神楽鈴を打ち鳴らし、勇敢に鬼に立ち向うその女性の横顔を見てそう思った。そしてその横には白銀に輝く剱を持つ者、その傍らに体の大きい狼のような獣が同じく鬼と対峙していた。


(これは夢? いや夢じゃない、何かの記憶?)


そう思っていると白い獣が二人の前に飛び出し、体がまぶしく輝くと凄まじい雷音と共に雷撃が洞窟内に飛び散った。


『ドジャヤァァッァン! バチバチバチバチッドジャヤァァッァン! バチバチバチバチッ!』


余りの眩しさに咄嗟に目を瞑り手で顔を覆う……暫くすると、辺りが静寂に包まれる……一縷はゆっくりと目を開けた。そこは夜の公園……夜空には大きな丸い月が青白く輝いていた。人の気配を感じ、振り返ると一人の女性の姿、しかし後姿だったのでそれが誰なのか…解らなかった。すると、セーラー服姿の女子高生が何処からともなく歩み寄ってきた。その女子高生は、女性の目の前まで来ると大きく手を広げその手を背中に回し、ぎゅっと抱きしめ涙を流し始めた。


(やっぱり! 私…この女の人知ってる!)


女子高生が女性を抱きしめながら、耳元で何かを話しているがその声は聞こえなかった、しかしその後、女性の両手を握り、目を見つめながら呟いた言葉は、はっきりと聞こえた。



《舞美……私の名は……嫗…嫗千里之守…》



(舞美?…………嫗……千里之守?)


一縷は、その言葉を聞いてはっとした。それは、指輪を譲り受ける時に、母が口にした名前だった。


(舞美……おばちゃん? それと嫗……嫗めぐみ? じゃぁこの人達が、東城……舞美おばちゃんと嫗めぐみさん?)


一縷は、その二人を凝視したまま呟いた。


そして辺りが真っ暗になり再び場面が変わった……其処はどこか解らぬ山の中、異様な気配と惡氣がそこら中に漂う山の中だった。誰かの声に振り向くと……



《めぐみ……貴方……死んじゃうの?》



それは真っ赤に燃え盛る纏を纏った母の姿、そしてその傍らには瀕死の重傷を負った嫗めぐみが息も絶え絶え母と話している場面だった。



《フフッ……これ位で私は死なないわ……と言うより私は御魂……すでにこの世には存在しない身。でもこの体が回復するには時間がかかるの……だから舞、私が……消えてしまう前に……私を纏って……。そして優を……優を討つのです。優が……優が鬼になる前に……》



(御魂?……この世に存在しない?……何の事?)



《舞………私を纏うのです……貴方なら……きっと……できる》



《めぐみ、あなたを纏うって?! で、でもっ!》



《大丈夫よ舞……貴方にも……舞美の……東城家の血が流れているんですもの………由緒正しい……正義の血筋……神守の血が……》



《もぉぉぉぉっ!どうなっても知らないんだからっ!行くわよっ嫗めぐみっ!》



《パンッ!!》



《纏っ!!!》



『バパバパァァァァァン!!!』



一縷の前で母が雷撃と氷撃に打たれ凄まじい激音と共に眩しく輝く、しかしその衝撃に耐えきれず悶え苦しむ母。天を仰ぎ白目をむき、聞いた事のない悲鳴を上げる母を目の当たりにした一縷は、口に手を当て涙を流し声にもならない声で母の名を叫ぶ。



(お母さん! お母さん! お母さん! お母さんが……死んじゃうっ!!)


しかし



《私だってぇぇぇ……私だってぇぇぇ……東城の人間よぉぉ!! そおぉしぃぃぃてぇぇぇ……私のぉぉ私のぉぉ舞はぁぁぁ東城舞美のぉぉぉぉぉぉ舞っ!!!》



『ドンッ……バァァァァァァンンンッ!!!』



そう叫び雷球の中から現れたのは、白銀の纏を纏った母の姿だった。


(お母さん?!………よかったぁぁ……)


そう言ってほっと胸をなでおろす一縷、そして何の前触れもなく再び場面が変わる……。


そこは空の上、気付くと自分の体が空に浮いている、というより鳥のように飛んでいるではないか。体を捻り下を見ると母が誰かと一緒に怪我をした人を支え同じように飛んでいた。その三人をじっと見ていると、何故か母とめぐみの話し声がはっきり、頭の中に聞こえてきた。



《舞……》



《ん? どうしたの? めぐみさん》



《私……未熟な貴方に纏われたお陰で…神氣を殆ど使い果たしてしまったの……元の姿に戻れそうもない…なので、このまま貴方の中で暫く眠らせてもらうわ…ごめんな……さい…》



《眠らせてもらうって……ちょ、ちょっと何言ってんのよ! 私はホテルじゃないのよ!めぐみさん! おい!めぐみぃ!》



《どうしたの、舞?》



《めぐみさんが、神氣を使ってしまって元に戻れないから貴方の中で暫く眠らせてって……》



《プッ、ハハハッ! 余程貴方の中が居心地いいんじゃない? ふかふかのベッドみたいで!》



《笑い事じゃない! にしても『未熟な貴方に纏われたから』だって! そんな風に言わなくったっていいじゃない、めぐみさん超酷いっ!》


(これがお母さんが言ってた纏うって事かぁ……じゃぁ今、お母さんの中にいる人は……嫗…めぐみさん?)


そう思ったと同時に目の前に広がる暗闇の向こうから一点の光が一気に広がり、母の記憶であろうか、様々な場面が映画のワンシーンの様に一気に流れてきた。


仲の良い三人が夕暮れの公園で語り合う姿、憧れだった警察官になった姿、父との出会いと結婚、娘の出産を喜ぶ二人、自分を抱き上げる父の姿、そして……悲しすぎる突然の別れ。本当に沢山の喜びと悲しみが、一縷の目の前を次々と走馬灯のように流れて行った。


嫗めぐみは舞の中で、その喜びと悲しみをずっと、ずっと共有していた。


(だからあの時……親友の敵って言ったんだ……親友って……お母さんの事…)


そして場面が変わりそこは病院の一室。母は、ベッドに横たわりその胸には小さな赤ん坊を抱いていた。愛おしくその赤ん坊を見つめる母。一縷もその傍らに歩み寄り、顔を近づける様にして赤ん坊を覗き見た。


(この子……ひょっとして私? 超可愛い!)


二人を眺めていると、母が赤ん坊を見つめながら、あたかもすぐ隣に誰かに言い聞かせるように呟いた。



【この子の名前は……一縷。そう……あの時の私達の様に、最後まで諦めない……強い心を持った子に育って欲しい、そう願いを込めて命名したの。そしてこんな願いも込めてるのよ。私達三人の希望の光……ってね、ふふふっ】


最後に満面の笑みを浮かべ小さく笑った。



(私達三人の……希望の……光)


『私達三人』それは自分と亡くなった父、そして親友……嫗めぐみの事だと一縷は、すぐに理解した。


(お母……さん……お母さん……)


一縷は、母を見つめながら肩を小さく震わせ、涙を流し始めた。



目を覚ますともう既に朝だった。そしていつものように、自分の部屋まで朝食の香りが漂ってきていた。それは、お味噌汁とご飯が炊ける匂い、それに混じってほんの少し焦げ臭い匂いが漂ってきている。一縷は、ベッドから立ち上がると台所へ向かった。そしてすりガラスの戸を開ける。


『ガラガラガラ……』



エプロン姿の母親がゆっくりと後ろを振り返る。


「おはよう……一縷」


少しだけ笑みを浮かべながら朝の挨拶をした母。しかし一縷は返事を返さず、テーブルの上に視線を下ろした。そこには、ご飯、味噌汁、卵焼きが装ってある皿が既に並べられている、やはり卵焼きは、少し焦げていた。


母親は、着ているエプロンの裾を握りしめながら困惑した表情で口を開いた。


「一縷……あのぉ……あのね、私は……」


何かを伝えようとする母、しかしその話を遮るように一縷は『ガタッ!』と椅子に座り、箸を取り手を合わせると、挨拶をし朝食を食べ始めた。


「いただきまぁぁぁす!」


何も言わずガツガツッと食べ進める一縷。最後に『ずずずずずぅぅぅぅ』と味噌汁を飲み干すと


「ご馳走様!」


使った食器を流しに持っていき、盥の中に放り込んだ。母親は、その間何も言わず一縷を見つめていた。


そして慌ただしく自分の部屋へ戻り鞄を持ち再び台所の入り口に佇む母親の前を通り過ぎ、玄関の土間に座わると靴を履き始めた。


母親は、台所から出て来ると、ゆっくり一縷の後ろに歩み寄り寂しそうに名前を呼んだ。


「一縷……」


一縷は、母の声に振り向く事なく立ち上がり、二歩進み玄関の戸を勢いよく開けた。


『ガラッ!ガラガラガラッ!!』


何も言わず、玄関に佇む母。しかし一縷は、戸を開けたままそこで暫く立ち止まっていた。


そして後ろを振り返り、微笑みながら母にこう……伝えた。


「めぐみさん……お母さんの……お母さんの敵を取ってくれて……ありがとう」


その言葉を聞いた母、いや……嫗めぐみは、少し驚いた表情を見せ泣きそうになりながらも笑顔を作り、ゆっくり、小さく頷いた。


そして一縷も同じように小さく頷くと右手を上げ、笑顔で言った。


「それじゃぁ、行ってきます! お母さん!」


「いって……らっしゃい……一縷」


突然、目の前で母を失った一縷、それは、ほんの数日前の出来事。その悲しみに耐えられず心が壊れる寸前だった。そして目の前に現れたのは、母の中で生きる別人だった。


母の振りをするその別人にたとえようもない怒りを感じていた一縷。


でもそれは、大好きだった母が親友と呼び、娘を授かった喜びと夫を亡くした悲しみを共に乗り越えてきた人であり、自分の成長を母と一緒に見守ってくれていた人でもあった。


その事をこの指輪が自分に教えてくれたんだと……右手の人差し指にある指輪を優しく握り、微笑みながらそう思った。




【気配】


実の母を亡くし、今の母が親友、嫗めぐみの御魂の依り代となっている事が分かってから数か月が経った。まだまだぎこちなさはあるが少しずつ母、めぐみに心を開き始めた一縷であった。


その日の放課後の事、正門で蘭子と別れ自宅に向かっている時の事だった。ふと何処からともなく視線を感じ一縷。しかし辺りを見渡すけれど誰も居ない。


その後も歩いては視線を感じて止まる、歩いては止まる、を何度か繰り返しながら自宅の門の前に着いたその時、背後に人の気配を感じた。


その気配に驚いた一縷が素早く振り向くと、そこに見知らぬ女性が一人立っていた。その女性は、笑みを浮かべながら軽く会釈をした後話しかけてきた。


「こんにちは……貴方が神……一縷さん?」


自分の名前を呼んだこの女性。年の頃は母、めぐみと同じくらい。髪は肩までのショートカット、体は小柄、白いシャツに青いデニムのパンツ。どこか遠いところから来たのか左手は大きなスーツケースを引いていた。


「は……はい、そうですけどぉぉ……どちら様でしょうか?」


「あっ、驚かせてごめんなさい! 私は、神酒、神酒美月! よろしくねっ!」



                           つづく……

【仲良き事は……】


給食後のお昼休み。蘭子は、席に座ったまま頬杖をつき、窓の外を眺めていた。


「蘭子……」


後ろから静かに歩み寄り横に並び立ち、呼び掛ける一縷。その声にゆっくりと顔を上げる蘭子。


蘭子を見つめるその顔は強張り、瞳がみるみる潤んで涙が一筋流れ出た。


「蘭……蘭子……私、私……貴方に酷い事を言って……ごめんな……さい……本当にごめんなさい……」


その言葉に蘭子は暫く一縷の顔を見つめた後、顔を横にそむけた。そして制服の袖で目の辺りを拭う仕草を見せた後、『ガタッ』っと席を立ち上がり一縷の手を握り小さく頷いた。そして……


「私さ、昼休み図書館に行こうと思ってたんだ! 付き合ってよっ一縷っ!」


そう言って手を繋いだまま引っ張った。笑い合って走り行く一縷と蘭子。


若い二人にとって、辛い出来事だったかもしれない。だけどその絆は、更に強くなった事だろう。



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