其之捌拾陸話 一縷今昔物語 其之肆
「おっはよぉ、一縷! ん?どうしたの元気ないじゃん」
指輪を勝手に持ち出していた事がバレて、こっぴどく扱かれた一縷。何より自分の剣技が本気(本気ではない)を出した母の体捌きに全く歯が立たない事にショックを受けていた。
(はぁぁぁぁぁ……何?お母さんのあの動き……まったく見えない付いていけない……こんなんじゃ指輪は手に入らないかぁぁぁ……)
「ねぇえぇ一縷、次はどうするの、誰か見つけた?」
ひそひそと問うてきた純に困った表情を浮かべ『バタンッ』と机にひれ伏せた。
「どうしたの!なんかあったの?」
「バレた……そして…半殺し……体中が痛い……」
机に伏せたまま力なく答える一縷。
「えぇぇぇぇっ、じゃあもう『お祓い少女』はおしまいっ?!」
「そうなる……かな」
「そっかぁ……おしまいかぁぁ……一縷のその力を必要としている人達がもっともっと…いるのになぁぁ。そっかぁ…おしまいかぁぁ」
何やら口惜しそうに語り出す純の話を、顔を上げながら聞き入り出す一縷。
「でもさぁ、一縷。この力で沢山の人を助けたいって、困っている人達を助けたいって言ってたよねぇ…」
純は、一縷の両手を握り力説を始めた。
「私達が助けなきゃ死んじゃう子もいるかもしれない、夜も眠れず、ご飯も食べれず、やせ細って『お母さん助けてぇぇぇ!』って言って死んじゃう子がいるかもしれない!」
純は一縷の目を見つめながら手をギュッと握りしめる。
「そんな人達を助けたいって言ってたじゃない?! 今、まさにそれが出来るのはっ!」
勢いよく席を立ち『びしっ!』と一縷を指差し言い放つ!
「一縷っ!貴方だけよっ!!」
「私……だけ?」
「そう、一縷だけだよっ!一回の失敗位であきらめちゃダメっ!貴方の力を必要としている人が沢山いるっ、その人達を救えるのは一縷だけ! あなたのその力を必要としている人がいる限り『お祓い少女』を、辞めちゃダメなのよぉぉ!」
「私が……皆を……救う……」
目の輝きが戻ってきた一縷『ガタンッ!』と席から立ち上がり…
「私が皆を助けるッ!!」
拳を握りしめ叫んだ。すると純が再び一縷の手を両手で握りしめ、見つめ合いながら二人頷いた。なんと単純な…一縷、人一倍正義感が強い性格を知っていた純の言葉に上手く乗せられてしまった。
その後は、知っての通り……持ち出しては祓い…半殺し…持ち出しては祓い…半殺し。全く懲りない一縷だった。
しかし母……舞は、一縷が何度同じ事を繰り返しても、指輪を持ち出す理由を決して聞こうとはしなかった。
『指輪を持ち出してはいけない』
確かに口煩く言っていた、しかし本気で指輪を持ち出させたくないのなら、仕舞うなり隠すなり、何なりと出来たはずだった。
敢えてそれをしなかった。舞は一縷が東城家、古の力を継承している事に気付いていた。その清い力は強力な善の力。しかしその善の力故、災い…妖者を引き寄せてしまう事も重々知っている。
その災を自ら祓える力を身につける為に、故意に指輪を持ち出せる状態にしているのだ。
小学生の一縷に、舞の算段を理解出来る筈もなく、只々同じ事を繰り返すだけであった。
そして…神武館流躾とは、ただ一縷を痛めつけているのでは無い。これは躾という名の修練。目に捉えられない程の速い動きからの打撃、これは、青井優…鬼姫の動きを模したもの(本物はこの数段速い)
この躾のお陰で一縷の神力、清い力は、舞が目を瞠る程向上している。そして…話は、一縷に指輪を譲る日…
『其之漆拾陸話の一半 神一縷』
へ繋がってゆく。
つづく…
次回予告………『其之玖拾漆話 蛇眼』
ご期待下さい…




