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纏物語  作者: つばき春花
第参章 月姫と月読尊
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其之捌拾肆話 一縷今昔物語 其之弐

「一縷! ちょっと買い物に行ってくるから留守番お願いねっ!」


「あっ、お母さん私も行きたいっ!いいでしょっ?」


「いいけどぉ……なあぁにぃぃ……いつもは行きたがらないくせにぃぃ……洋服買ってって言っても買わないからねっ! この間買ってあげたばっかだしっ!」


「はは、違うよぉぉ私が行きたいのは、百均!百均に欲しいものがあるのッ!」


夏休みも残り僅かとなったある日、いつもは面倒くさがって母親の買い物に付いていく事はなかった一縷だったがこの日は珍しく自分から行きたいと言い出した。娘の悪だくみを疑った母だったが目的がある事を知ってか安堵の表情を浮かべた。しかし、母親の思いとは裏腹に一縷は、恐ろしい悪だくみを計画していたのだった。


二人が向かうのは車で二十分程走った所にある中型の複合商業施設。食糧品が主のスーパーは勿論、雑貨、衣料、文具、書籍等々の店舗が軒を並べ、この施設だけで目当ての品物がほぼ買い揃えられると言ってもいいだろう。


地下駐車場に車を止め、一階に上がる。母親はここで食料品と日用品を買い揃える。その間一縷は、三階の百円ショップへ目和えの物を買いに行き終わったら二階のカフェで落ち合う事にした。


お店に着くいて一目散に向かったのは、ジュエリーコーナーだった。勘のいい読者様ならすでにこの時点でいや、百均に行きたいと一縷が言った時点で彼女が何を企んでいるか既にお分かりだろう。


一縷が品定めをしているのは赤い指輪だった。何故赤い指輪を探しているのか、その理由は…こうだ。神棚に飾ってあったあの赤く煌く指輪をどうしても指に嵌めて友達に自慢したい、しかし母親が神棚のお供え物を毎日のように取り換えるので無くなったりすればすぐにばれてしまう。


そこで身代わりになる赤い指輪を手に入れたかったのだ。ジュエリーショップの方が種類も沢山あり似た物があるのだが、小学生のお小遣いではとても買える金額ではなかった。


「これかなぁ…いや、こっちが似てるかも…うぅぅんどっちかなぁ…」


あれこれ悩みながら幾つか候補を選び、その中で似ているであろう指輪を購入した。


「うん、これっ! これが似てる、そっくりだっ、と言うより瓜二つっ!」


本当に似ているだろうか、と言うよりこれでバレないと思っている一縷は、幸せ者の何者でもなかった。


欲しかった物を無事に買う事が出来た一縷、鼻歌交じりで二階のカフェに向かう。まだ夏休み中という事もあり店内は結構買い物客が多かった。その中を歩いていると…自分とすれ違う人の背後に時々白い…いや灰色掛かった煙のようなものが見えた。それが人の顔にも見えるし動物の顔にも見えたりする。それは一縷にとって余り気持ちが良いものではなかった。


(何だろう……目の錯覚かなぁ……)


そう思いながら振り返って見ていると後ろから……


「一縷! お待たせ、ん? どうかしたの?」


「う、うううん、何でもない! 私おなか減っちゃった、早く入ろうよっ」


そう言いながら母親の手を引っ張り、二人はカフェに入って行った。



【偽物】


長かった夏休みも最後の日を迎えた。この日、五、六年生は学校清掃活動日になっていて登校日となっていた。その日の朝早く、母親が一縷の部屋に起こしに来た。


「一縷、今日登校日でしょ?! 起きてる?! 起きなさいよっ!」


「ふうわぁぁぁぁぁぁい……」


寝ぼけた声を出す一縷、しかし母親が扉を閉めた後『ガバッ!』っとベッドから飛び起き扉をそっと開け母親が道場の入り口を開け向こう側へ入って行った事を確認した。


「チャァァァァンス……」


そう呟くと扉をそっと開け部屋を出て抜き足で広間へ向かった。この時間、母親は神棚のお供え物を取り換えた後、道場で朝練(素振り)を行うのが日課となっている、その時間は一時間程。指輪をすり替えるには十分すぎる時間だ。


神棚の前に立つと一礼をしてポケットから白い布を取り出し赤く煌く指輪をその布の上に置き大事そうに包み込んだ、そして代わりに百均指輪をそっと座布団の上に置き再び一例をして部屋へ帰った。部屋へ帰るとそれをカバンのポケットへ入れチャックを閉めた。


「お母さんごめんなさい! 大事にするからね、ちょっとだけ貸してっ!」


そう言いながらバックを『ポンポン』と叩いた。



【乱れる呼吸と聞こえる声】


少し早くに学校に着いた一縷は、すぐにトイレに行き指輪を嵌める事にした。個室に入り鍵を掛けるとバッグをフックに掛け、チャックを開き指輪が包んである白い包み布を取り出した。それを右手に乗せると一礼をして左手で開け始めた。出てきた指輪は、いつものように赤く煌めいている。それを手に取ると右の人差し指に通した。するとこの前と同じように人差し指に合わせて『キュッ』と締まり、同時に一瞬視界が白くぼやけた。


しかし前回と様子が少し違っていた、それは呼吸が苦しいのだ。何もしていないのに呼吸が乱れる、まるでマラソンをしているように息が苦しい。それは指輪を嵌めた事によって起きた纏の兆候だった。母親の舞は、妖者を祓う為の戦い方を教授しているが『纏う』という事はまだ教えていない。指輪が『纏え』と訴えているのだろうか?纏う為には、まず『神氣の息』を習得しなければいけなかった。


「どど、どうしたんだろう? いい、息が苦しい、呼吸を整えないと…すうぅぅぅぅ…はぁぁぁぁ…すぅすぅ…はぁぁぁぁ…すうぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁ……よしっいいぞっ呼吸が落ち着いた!」


恐るべし神一縷、知らず知らずのうちに『神氣の息』を習得してしまった、しかもあっという間に。


そうして意気揚々と教室に入っていく一縷。席に座りカバンを片付けると後ろに座る親友の純の方を向きわざとらしく右手で髪をかき上げる。その仕草を不思議そうに眺める親友。


(おっかしいなぁ……この指輪見えないのかなぁぁ……こうなったら…)


そう思いつつ椅子を跨ぎもっと大胆に、大袈裟に髪をかき上げる。すると親友が……


「あはは! どうしたの一縷そのセクシーポーズ!」


「どどうしたのって……これよこれっ! 見てよっこれっ!」


そう言いながら右手を親友の目の前へ差し出した。すると親友は不思議そうな顔を浮かべながら言った。


「右手がどうかしたの? 何もないけど……」


「何もないって! ほらっ…こ…れ」


と言いながら言葉が詰まる…


(えっ……ひょっとしたら……この指輪見えてない?)


自分の右手を見つめながら急に黙り込む一縷。


「い…一縷…あんた…大丈夫?」


(やっぱり……見えてないんだ、この指輪……)


そう思いながら指輪を見つめていると、何処からか声が聞こえてきた…


(この子を…助けて……たす……け……て)


驚いた一縷は『ハッ!』と顔を上げた、すると純の後ろに、先日複合施設で見た、あの時と同じような煙が『モワモワモワ……』と立ち上ってきた。今のそれは、はっきりと動物……いや、おぞましい四本足で大きな二股の尻尾がある獣の姿となり、大きな口を開け一縷を威嚇した。


『シャァァァァァァァッ!!ヴゥゥガルルルルル……ヴガァァアアアア!!』


「うっわわわわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


『ガッタアァァァンッ!!』


驚きの余り机ごと後ろにひっくり返った。その音に教室中に驚き皆が一縷に視線を向ける。


「一縷! 大丈夫!?」


心配し声を掛ける純の後ろでその獣は、『ブワッ!』っと巨大になり首を擡げ、激しく威嚇を続ける。


『グオワッァァァ!!』


(この化け物、純に取り憑いてる?!)


一縷は、素早く立ち上がり教室の外へ逃げ出した。


「はぁはぁはぁ…なんなのあれ? 皆には見えていないし、追っかけてくる?! どうする?!」


走りながらどうするか考える一縷だったがたどり着いたのは屋上だった。扉を閉め急いで物陰に隠れると即座に『神氣の息』を行い呼吸を整えた(勿論無意識に行っている)。


「どうやらうまく逃げれたみたい…はぁはぁはぁ…落ち着け一縷……まずは呼吸を整えるっ………すうぅぅぅぅ…はぁぁぁぁぁ……すぅすぅ…はぁぁぁぁ……」


そして物陰から周りの様子を伺っているその時!


『ゴワァァァァァ!ヴォォォ!!』


階段から上って来ると思っていた化け物が、柵の向こうから湧き出るように現れた!


「うわっ!空飛んで来るなんて反則よっ!!」


大口開けて襲ってくる化け物


「きゃぁぁぁぁぁ!!」


逃げ場がないこの状況、悲鳴を上げながら反射的に手を挙げて身を守ろうとする一縷。その時だった! 突然、右手の指輪が眩い輝きを発し化け物の目を晦ました!


『ヴォォォォォォォォオオオ?!』


状況が分からずゆっくり目を開ける、すると空中で目を抑え、のたうち回る化け物、そして一縷の目前には、あの白い桜柄の短刀が淡い光を発しながら浮かんでいた。


「こ…これ?」


一縷は、ゆっくりと目前の短刀に手を伸ばし、其れを握り締めた。すると…


「えっ? うん、わかった、まかせてっ!」


まるで誰かに返事を返すように呟くと、目を瞑り呼吸を整え、修練で教わった足さばきを取り短刀を腰に据え構えた。そして気合と共に瞬で化け物に走り寄り抜刀した!


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


『スッ……シュッパッ……』


刃筋が見えない……速く…真直ぐ…正確な剣術。それは鬼姫、青井優を彷彿とさせる見事な抜刀術だった。


化け物は声を出す事なく水蒸気の様に漂いながら空中に消えていった。


「ふぅぅぅぅ……」『カチン……』


一縷は、ゆっくりと息を吐きながら刀を鞘に戻した、すると短刀は、一縷の手からすぅぅっと消えていった。そして化け物が消えていった空を見上げ思う。


(あの声……なんだったんだろう? とても……やさしい声だったなぁ……)


屋上から教室に戻ると、何故か純が机に伏せていた。さっきまで一縷の事を心配してくれていたが今度は、自分の体調がすぐれないのではと一縷は思った。


「純! どうしたの、大丈夫?! 具合悪いの、保健室行こうかっ? 付いて行ってあげるから!」


そう問うと、純は突然『ガバッ!』と起き上がり思いっきり背伸びをすると、晴れ晴れしい声を出して一縷に語った。


「うぅうううぅぅぅん、あぁぁぁぁっすっきりした! ご免ご免、もう大丈夫だよ!」


そしてドカッと椅子に座ると一縷の目を見ながら話し始めた。



「あのさ、一縷が教室から飛び出して行ったでしょ? あの後辺りから急に気分が悪くなっちゃってさ、胸が締め付けられるっていうかとても苦しかったんだ。だけど一縷が帰ってくる前位に『すぅぅ』って気分が悪いのがなくなっちゃって、今は絶好調だよっ!」


その話を聞いた一縷は……


(やっぱり……あの化け物……純に取り憑いていたんだ……)


そう思いつつ、もしかしたら……と自分が考えている事を純に聞いてみた。


「ねぇ…純、何か最近、変った事……ない? 例えば……体調が悪い……とか……」


「えぇぇ! なんでわかるのぉ? 実は最近体の調子が悪くて……なんか眠れないし体がだるいし、疲れてるのかなって思ってたんだけど……なんでぇ?」


その言葉を聞いて一縷は確信しそして決心した。


(この指輪をつけている時に見える者……それは悪い者なんだ、そしてあの短刀は悪い者をやっつける事が出来る刀なんだ……。よぉぉし…私、この刀で化け物を退治して沢山の人を助けてみせるっ!)


お祓い少女、誕生の瞬間だった。






次回予告……


其之玖拾伍話 一縷今昔物語 其之参


ご期待ください……。

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