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纏物語  作者: つばき春花
第参章 月姫と月読尊
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其之捌拾参話 一縷今昔物語 其之壱 

榊市の西に位置する神馬町。その町のほぼ中心にある榊市立鶴城中学校。一縷がこの学校に入学して二ヶ月が経った。この頃になるとざわついていた新入生達も落ち着き始める。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



一縷は結局、ハッタリを噛ませた吹奏楽部には入らず、剣道女子に憧れる級友、田中蘭子と共に母、神舞師範から剣道の指導を週一で受ける事となり、蘭子と共に基礎中の基礎から習い始めた。


「中段の構えで、この白線の上をすり足で歩いていくの。目線は遠くに、肩の力を抜いて、いちっ、にっ!いちっ、にっ!ゆっくりでいいからね!いちっ、にっ!いちっ、にっ!」


どのスポーツでも、武道に限らず基礎をしっかり学ぶ事は重要である。舞の考えも同じであり時間をかけてみっちり基礎を教えていくという指導方法である。


早く防具を着けたいという気持ちは分からないでもないが、一見遠回りに見えてもこのやり方が上達への一番の近道であった。


「よーし休憩! 水分をたくさん取ってね! 蘭子ちゃん、すごっく良い! 貴方剣道の才があるわよ!」


「えっ?私にっ?そうなんですか!やったぁぁぁ!!」


自分に剣道の才能があると舞に言われ、両手を上げて喜ぶ蘭子、その隣で一縷も舞に問う。


「師範!私は?!」


すると舞は、ちょっと困った表情を浮かべ……


「一縷? うぅぅん…………動きが硬いわねぇ…もっと肩の力を抜いてゆっくりと構える…貴方は、体がガチガチで足も根を張った大木みたい硬い。もっと体をしなやかに動かさないと駄目ね」


そう冷たく言い残し、扉の奥に引っ込んでいった舞。


「あははっ、私、全然だめって事ぉ? すっごいショックなんですけどぉ!」


そう叫び、笑いながら大の字になって後ろにひっくり返った一縷。蘭子はそこで疑問に思った事を一縷に聞いた。


「一縷、本当に剣道やった事ないの? あんなにいい先生が近くにいらっしゃるのに?」


正直、蘭子は一縷が剣道が出来ないと言っていた事を半分信じていなかった。


「うん! 小さい頃から妖者の斬り方は習ったけど剣道を一から教えて貰った事は一度もないよっ!」 


「えぇ…それって何? 妖者? 斬り方? 何なのそれっ?」


(し、しまった……)


「い、い、いや、何でもない、おかあさん、けけ剣道となると、よよぉぉ、よう…よう…容赦ないからね、ききぃぃぃ…キリキリ五月蠅いのよ! だから習わなかっただけ!は、はははははっ」


蘭子の鋭い突っ込みを何とか誤魔化した一縷であった。



【伝承】


話は、一縷が小学校低学年の頃に遡る。


この頃、一縷は『剣道』という武道の事を認識し、母親の仕事が剣道を教える先生という事も理解していた。そして、自分もいずれ、この剣道を母から習わなければいけないという事も…。



◇ ◇ ◇ ◇



一縷は、剣道の事が嫌いではなかった。むしろ早くこの剣道を母から習いたいという思いの方が強かった。何より大好きな母が剣道着を着て竹刀を振るっている姿にあこがれを抱き、そんな母を心から尊敬していた。


そしてある冬の寒い日の夜の事…母から武道場へ呼び出された一縷。


凍える両手を摩りながら薄暗い武道場へ入ると正座をした母が神棚の前に座っていた。一縷は母と同じ様に静かに正座をすると、それに気付いた母が後ろを向き座りなおした。そして暫く一縷の目をじっと見つめた。その目を見つめ返す一縷が思う。


(お母さん…………どうしたのかな?…いつもとなんか違う…)


そう思っていると母は一縷に優しく微笑みかけ、語り始めた。


「一縷…貴方が剣道を…習いたい…そう思っている事は分かっています。だけど…………貴方に私が教えるのは剣道ではなく違う剣術。それは、一縷自身を守るだけでなく沢山の人達を守る事が出来る剣術」


「沢山の人を…守る剣術?」


「そう……貴方がこれから身に着ける剣術は、沢山の人達や大切な人を守るかもしれない…………でも…私…私は、そんな未来がない事を………私は願ってる」


そう言いながら母は、短い短刀を模した木剣を差し出した。(思えばこれは秘刀『平野藤四郎』を模した物だった)


一縷はそれを両手で受け取り右手に持ち換え、目の高さに差し出した。それは短刀と言えども小学校二年生の女の子にとっては、長くそして重く、手触りは滑らかだったが氷のように冷たかった。


そして母が一言、発した。


「いい? 一縷、私は…ちょっと厳しいけどしっかりついてこれる…よね?」


そう言う母に、一縷は目を大きく見開き返事を返した。


「はいっ師範!」



【容赦ない母の修練】


母との修練は、壮絶なものだった。剣道なんて関係ない、上下、右左変幻自在に繰り出される母の剣が容赦なく一縷の身体を痛めつける。その速さに一縷がついて行けるはずもない。それに一縷が持つ剣は短刀の木剣、対して母が持つ剣は二尺の木剣、目をつむって振ってもどこかに当たる、しかも剣だけではなく、時には転ばされ、時には拳や蹴りが飛んで来る時さえある。もう対格差云々の問題ではない。一日数十分だけの修練、しかしその時間だけで足腰が立たなくなるまでみっちり鍛えられる。


そして…修練が終わり疲れて横たわり息も絶え絶えの一縷に、母が声を掛ける。


「よし…今日の稽古はここまで……」


「は…はい…正座ぁぁ…………黙想ぉぉ………………………………止めっ、先生にっ…………礼…………ありがとうございましたぁ…………正面にっ…………礼」


しかし、どれだけ打たれようとも、どれだけ殴られようとも、どれだけ転ばされようとも『やめたい』とは決して言わなかったしそうも思わなかった。なぜなら…自分をここまで攻め立てる理由は分からなかったが、こんなにも容赦なく攻め立てなければいけない、母の立場を一縷は、十分、分かっていたから。



基礎らしい修練を終えると、次はより実践的な修練になった。その修練は、かつて対峙した妖者との戦いを模している、と言っていいだろう。そして今日の母の動きは、二本の苦無くないを操る妖者『般若面の女くノ一』勿論その事を一縷が知る由もない。母は苦無に模した木剣を両手に持ち、一縷を責め立てる。二本の剣を一本の短刀で受けなければならない、受け損なえば木剣が容赦なく体に食い込む。


『カッ!…カカカカボグッカカカッ!!…カッカッカッカカカカッ!ボグッカッボグッ…カッボグッ!!」


木剣同士が奏でる乾いた音の中に、肉を叩く鈍い音が聞こえる。


そしてある日の修練では、かつて宮司が呼び出した怪力妖者『山姥』を模す。剣技と力技の連撃、その一撃一撃が重く、しかも速い。舞が繰り出す重い太刀筋を受け流し、素早く攻撃に転ずる。少しでも遅れると…………


『どごっ!ぼごっ!ずごっッ!!」


拳、拳、蹴りの三段技が一縷の体にめり込み腰からくの字に折れる。


(おげぇぇぇ!! い、痛ぁぁい!!)


「一縷……遅い、遅すぎます。そして…貧弱、貧弱です…………」


(お、お、おお母さん怖いっ! まるで別人?!)


一日の修練が終わると体中が軋む様に痛み、おまけに痣だらけになる、しかしどういう事か次の日には、体の痛みも癒え、あちらこちらに有った痣もほとんど消えているのだった。若さのお陰だろうか……。


なんにせよ、一縷はこの修練を小学校低学年から『平野藤四郎』を受け継ぐ最近まで続けていたのである。したがって『剣道を習った事はただの一度もない』と言ったのはあながち、嘘ではなかった。



【指輪】


小学校五年生の夏休みに入ってすぐの頃の話である。この位の年頃になると周りの女の子達が衣服だけではなくピアスやネックレス、リングなど大人達が身に着けている物に興味が湧き始める。一縷も例に漏れず友達同様、着飾って歌い踊るアイドルやスタイル抜群のモデルにあこがれを抱き、テレビに釘付けになったりファッション誌を買い漁ったりする普通の女の子の一人であった。


そんなある日の事、朝から母親が『ちょっと出掛けてくるから…』と出掛けて行った。一縷は、玄関まで母を見送ると夏休みの宿題もせずそのまま広間に直行し昨日録画したドラマを見ようとテレビのリモコンを探し始めた。


「リモコン…リモコンはっと……………んっな…に…?」


と…ふと、何かに呼ばれたような気がした一縷は後ろを振り向いた。その先にあったのは、大広間にある神棚、一縷はゆっくりとその神棚へ歩み寄った。するとそこにあったのは、指輪…赤く煌く指輪が真っ白い座布団の上に大事そうに置いてあった。


一縷は、ここに何故指輪があるのかさえ考えず、目を輝かせながら指輪を左手の人差し指と親指でつまみ取り上げ、上に掲げながら大きな声で呟いた。


「うっわぁぁぁ! 可愛いっ! 綺麗な指輪!」


そして徐に右手の人差し指にはめ込んだ。しかし子どもの指には、大きすぎてぶかぶかだった。


「ははは! やっぱり私にはちょっと…かなり大きいかなぁぁ…でも可愛いぃ!」


そう言いながら再び手を上に掲げた、すると…指輪が一縷の人差し指の太さに合わせて『キュッ』と締まった。そして一瞬視界が真っ白になった。この時指輪をつけた本人には分からないのだが、まなこが真っ白になった瞬間、白銀に変わっていた。


「う、うううわぁわぁわぁわぁぁぁぁぁ?!何この指輪!きき、気持ち悪い…………でも、やっぱり綺麗!可愛いぃぃ!!」


と言いながら広間をくるくると上機嫌で踊り回り始める、と神棚にもう一つ……見慣れぬ物がある事に気が付いた……それは短刀、真っ白い短刀だった。一縷はその刀に引き寄せられるように近づき、両手で握り眼下に取った。


「綺麗……」


白く輝く短刀……それは、一見すると真っ白に見えるがよく見ると桜の模様が立体的に彫ってあった。手触りは木の感触ではなく石…の様に硬く冷たかった。左手で鞘を持ち、右手で抜こうとしたその時…


『ブォオォォォン……ブォン!ブォン!』


母親が乗る86(車)の音が聞こえた!


(やばぁぁいぃ!こんな大事な物、勝手に触ってるの見つかったら半殺しだッ!!)


急いで指輪を抜こうとする、しかし…


「ゆゆゆゆゆ指輪がぬぬぬぬ抜けないッ?! なんでっ?! どうやったら抜けるのッ!!」


指輪が抜けずあたふたする一縷!


『ガラガラガラ……』


「ただぁいまぁぁぁぁ……」


玄関の戸が開き母親が上がって来る。


(きゃぁぁ殺されるぅぅぅ!!)


既に半泣き状態の一縷。


「ただいま……あら? 一縷どうしたのそんな所で?」


「いいいいやぁぁ……テレビ見ようとしたら、リリリリリリモコンがなくてさぁぁ、はは…はっははははは……」


真っ暗なテレビの前で正座をし苦笑いを浮かべる一縷。どうやら指輪は無事に外れ、短刀共元の場所へ戻す事が出来たみたいだ、ふぅぅぅ…危ない危ない……。


つづく……







次回の『纏物語』は…


「一縷! ちょっと買い物に行ってくるから留守番お願いねっ!」


「あっ、お母さん私も行きたいっ!いいでしょっ?」


「いいけどぉ……なあぁにぃぃ……いつもは行きたがらないくせにぃぃ……洋服買ってって言っても買わないからねっ! この間買ってあげたばっかだしっ!」


「はは、違うよぉぉ私が行きたいのは、百均!百均に欲しいものがあるのッ!」



次回 纏物語 『其之玖拾肆話 一縷今昔物語 其之弐』


ご期待ください……

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