其之漆拾漆話 惡速斬
「悪しき者……黒鬼。日ノ本を滅ぼさんと画策した古の亡霊……己の欲望の為だけに宮司達を誑かし、犠牲にする悪しき妖者……其ればかりか実の娘をも利用する非情な心の持ち主。元来、その神力は人々の為に、人々を悪しき者から守る為に使うもの……惡に御魂を渡し、畜生道堕ちた貴方は最低最悪の……妖者……。お前を今、ここで祓います」
そう言いながら静々と歩み地べたに横たわる黒鬼に近づいて行く鬼姫、握りしめた月下の刀がユラユラと蒼い妖しげな光を発する。
「ひっひっ……ひぃぃぃぃ!!」
情けない悲鳴を上げ両腕、片足を失った黒鬼が残った足を使って背中を地べたにこすりつけながら後退りし何とか逃れようとする。
「覚悟……」
鬼姫がゆっくりと刀を振り上げたその時
「待ってッ!」
美月が黒鬼を庇うように二人の間に割って入ってきた。鬼姫の刀が止まる。
「優!待って黒鬼…いいえ…お父さんを……お父さんを助けてあげて!お父さんは何も知らずにおじいちゃんの、ずっとずっと前におじいちゃんの言った事を『誰もやらないから、僕がやってあげないとおじいちゃん達が可愛そうだから』って禁呪と知らずにやっただけなの!日本を滅ぼそうなんて絶対絶対考えていない!本当にっ本当に優しいお父さんなのっ!だから優、止めてっ!!」
「美月……」
そう呟き鬼姫は月下の刀をゆっくりと下ろし始めた、その時!
『ゴゴッ……ボゴォォォォンッ!!」』
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
美月の真下の地面が割れたと同時にどす黒い大蛇が現れ美月を巻き取り黒鬼の頭上へ高々と持ち上げた。その大蛇はどこからきているのだろうか?
よく見ると鬼姫に切られた左足が地中にめり潜り込んでいる。美月に巻き付いているこの大蛇の正体は、黒鬼の左足が大蛇に変化したものだった。
黒鬼は後退りをする振りをしながら鬼姫との間合いを取り、更に鬼姫に気付かれないように左足を地面にめり込ませこの機会を伺っていたのだった。
「ふはぁぁぁはっはっはっはぁぁぁぁぁッ!!切り札は最後に取っておくものだっ鬼姫よっ!!」
そう言い放つと黒鬼の腹が大きく割れ、そこにおどろおどろしい巨大な口が現れた。その口はグチュグチュと汚らしい音を立て獲物を欲している。どこかで見た事のあるそれは、鬼弥呼の掌にあったそれと同じものだった。
「この生娘を喰らえば儂の力は元通り、否!数倍になる!そうなれば鬼姫!お前ごとき屁でもないわぁ!そして今度こそお前をばらばらに切り刻み屠ってやる!!ぐわぁぁぁぁっはっはっはぁぁぁぁぁっ!!」
「黒鬼……なんて卑劣な……」
美月は体をひどく締め付けられ気を失っている、黒鬼は非情にもそのまま腹の口へ美月を落とした。いくら鬼姫の速さでもこの間合いでは間に合わない、とその時!
「羅神牙雷撃ぃぃッ!!」
「ヴガアァァァヴガァァァァァァッ!!ババババァァァァァァンンッ!バリッバリッバババリッ!!」
「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!ななな何ぃぃ!?おおおお前はぁぁぁ!!ぐおぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
真っ白い雷獣の化身、羅神が黒鬼の背後から首筋に嚙みついた!それと同時に凄まじい雷撃が黒鬼の頭のとっぺんから貫いた!そして落ちる美月を井桁舞が空中で捉え無事に地上に降り立った。そして黒鬼に言い放つ。
「私もいるのよっ馬鹿鬼っ!!」
油断した所に強力な電撃を受けた黒鬼は白目をむき、口をあんぐりと開け天を拝みながら力なく地面に膝を付いた。そして舞が叫ぶ。
「優ぅぅぅ!早く止めをっ!!」
「ぐぅ……お…お…お…お…おっ………」
激しい雷撃により意識が朦朧とし、唸りながら頭を起こした黒鬼の体に、容赦ない鬼姫の剣技が炸裂する。
「鬼斬……烕極斬り……」
『 シュッパッ……シュッシュッシュッシュッシュッシュパッ……』
「ぐっ……おあっ……っ……」
低く唸る黒鬼、その太刀筋の速さに切り刻まれた黒鬼の身体は、膝を付いた姿を保ったまま……砂のように崩れ始めた。それと同時に気を失っていた美月が目を覚まし、黒鬼が……父が崩れ行く後ろ姿を目の当たりにする事になった。口に手を当て絶句し頭を左右に振る美月。
「嫌……嫌よ……お父……さん……お……父……さん……」
余りの悲しさに声を出して泣く事もできない、両手で顔を塞ぎ、俯き震える美月。その指の間から涙が零れる。
その時、横で同じ光景を見ていた舞が崩れ行く黒鬼の方を指さし、美月に語り掛けた。
「美月!ほらっあれ見てっ!あれ見てってば!!」
舞のその声に塞いでいた手をゆっくりと下ろし顔を上げ眼に溜まっていた涙を手で拭った。そしてその目に見えたのは……黒鬼の崩れた身体の砂が地面で何かの形を作っている、それは美月の父が横たわる姿だった。
全てが終わると鬼姫は月下の刀を鞘に納め、美月の父を抱え上げ、二人の待つ所へゆっくりと歩み始める。そしてそこにたどり着くと座り込む美月の前に優しく下ろした。
「う……うぅぅん……」
下ろした時、美月の父は魘される様に声を上げた、生きている。美月に鬼姫が少し申し訳なさそうに語り掛ける。
「私の刀……月下の刀は、鬼斬りの刀……悪しき者だけを斬る刀……心配かけて…ごめんね、美月」
そう言いながら鬼姫は優しく微笑んだ。
「優……ありが…とう…ありがとう優……」
黒鬼が祓われすべてが終わった、誰もがそう思っていた。しかしこの後……最悪の事態が待ち受けていた。
つづく……




