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纏物語  作者: つばき春花
水上村の化猫編
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其之漆拾参話 神酒家の亡霊

今は昔……


日の本……伊勢の國に突如現れた残虐非道な鬼。稚児衣装に身を包み、幼気いたいけな少女の姿を模した鬼。その容姿からは想像もできない程の怪力。あらゆる呪術と結界を無効化する怪しげな術を使い、鋼のように固い体は矢も刀も跳ね返す。肩から先が一瞬にして風船のように膨らみ、そこから繰り出される剛拳は軟らしい人の身体など一撃で肉片にしてしまう程強力……そして恐ろしいのは、てのひらにある巨大な口。その掌に捕まれたら最後『ボリボリ』と跡形もなく喰われてしまう。その食欲は留まる事を知らず片っ端から喰らいまくる。怒りもせず、笑いもせずその冷酷な表情から誰が呼んだか……その名を鬼弥呼と呼ばれ、恐れられた。伊勢の國で繰り広げられている妖者退治、その圧倒的な惡力、術も結界もその妖者を抑える事が出来ず次々に宮司、陰陽師達が喰われていく。


そして、術者達の長に就いていたのは神酒剛健、その討伐衆の指揮を任されていたのが嫗千里之守の父、嫗一縷之守であった。


「神酒殿!……いや長!このままでは皆が喰われてしまいますぞっ!ここは一旦後方へ皆を退くようにされたがよろしいかと!」


しかし鬼弥呼のその圧倒的な術と力を封じ込めるまでもう一息と読んでいた長は、退くと言う選択を選ばなかった。それどころかこの混乱の最中、神酒剛健の胸の内にはよこしまな思いが芽生え始めていた。


(す…素晴らしい!自ら結界を張り巡らせ我らの術を跳ね返してしまうとは……しかも防御の陣と攻撃の陣を同時に繰り出せるほどの惡力!それに何だ、あの剛力はっ!人が…人が殴られ砕け散る……まるでのよう肉片が舞い散る桜花びらのようだっ!実に……実に美しいぃぃぃ!!)


「長!!早くご決断を!!」


「あ……そうじゃ……う、うぅぅぅん……いや、ここで奴を逃してしまっては民に犠牲が出てしまう! なんとか此処で此奴を封じるのだっ!」


(あの力、欲しいっ!どうにか我が物に…我が力にできぬものか?!)


どうする事も出来ないその惨劇の中、一縷之守が呟いた。


「ここに…東城…東城が居てくれたならば……きっと我等に知恵を与えてくれたのに……一時のやっかみに流されおって、馬鹿な輩共め……」


(!!!! そうだ!東城の…『御魂の術』…私にはあの術があった!…あの術で鬼弥呼を御魂にし、私が纏う事が出来れば…あの力を我が物にできる!)


当時、神酒家と東城家とは同じ神守を生業とする家系として深い繋がりがあった。それ故、御魂の術を完成させる為に神酒家も全力を挙げて協力していた。しかし当時から私利私欲の為、そして目的達成の為ならば手段を択ばぬ神酒家の事を危惧していた東城右近は、御魂の術を完成させたが神酒家当主には『術の生成に失敗し断念した』と伝えていた。


だが、術が完成した事に気付いていた当時の神酒家当主は侍従を誑かし、秘伝書の隠し場所を聞き出す事に成功し、それをこっそり書きたのだった。しかもその後『御魂の術は我等に害を及ぼす』と言い放ち禁術とし、更に東城家を神守の職から追放する事を先導したのは外ならぬ神酒家だった。


神酒剛健は、もう討伐どころかどうにかして鬼弥呼を見逃そうとだけ考えていた。

 

(そうだ…ではここで鬼弥呼を祓ってはいかん!皆を退かせ、あ奴を逃さないと…)

 

「一縷之守!こ、ここは一旦皆を……」


と言いかけたその時………一筋の光の柱が鬼弥呼の前に突き立った。そしてその柱の中から現れたのは、白い法衣らしき着物を纏った髪の長い若者……鬼弥呼はその若者を見ると何故か驚愕した表情を見せ背を向けて逃げ出そうとした。しかしその若者は、鬼弥呼をいとも簡単に光の珠の中に閉じ込め、山の向こうへ弾き飛ばした。珠は空高く飛び行き、あっという間に暗い闇空へ消えていった。そしてその若者は足元に居た嫗千里乃守に何かを告げ消えていった。


術師達は歓喜した、何人で掛ろうとも全く歯が立たなかった鬼弥呼を一瞬で祓ってしまった。多大の犠牲を払いようやく伊勢に平穏が訪れた。しかしその中で人知れず歯をきしませ悔しがる輩が居た…討伐衆の長、神酒剛健である。


(くぅぅぅっ!何者だったのだぁあの若造はぁぁ!鬼弥呼がっ…私の鬼弥呼がどこかに飛ばされてしまったではないかっ!もう探しようがない!…………待て落ち着け……私には御魂の術がある……私が御魂となりて生き続ければ……いつか必ずあの力を手に入れる日が来るはず……そして…………そうだっ!あの力を手に入れ日の本を、日の本を我が手中にしてやるっ!日の本をこの私が統べるのだ……ふっふっふっ……)


皆が祝いの宴を始めたその裏で不気味な野望を企てた神酒剛健……そして御魂の術が書き示された書は門外不出とされ、その意志は絶える事無く神酒家の男系子孫に脈々と受け継がれてきた。新嘗祭……この日の丑三つ時…秘密裏に行われる神酒家に代々受け継がれるこの神事の時より…………忠之助の身心を悪しき剛健の御魂が支配した。この日から忠之助の命が尽きるまで剛健が忠之助として生きるのである。そしてその命が尽きると再び御魂となり次の新嘗祭迄眠り続ける……そうして剛健は生き続けてきた。


だが……神酒忠之助…いや剛健は焦っていた。それは忠之助と妻の間には男子は生まれなかったからである。妻は早くに死別し剛健の野望は潰えると思われた。しかし五人の宮司の中の一人が鬼弥呼が封印されている場所を突き止め復活させた。そして蛇鬼の力、邪悪で凶悪な鬼の力の片割れを受け継ぐ青井優の存在が身近にある事を知り狂喜乱舞した。


「いいぞ!すべてが私を中心に動き始めている!鬼弥呼……それだけではなくあの蛇鬼の力も手に入れる事が出来るやもしれぬ……ふっふっふっ……いいぞっいいぞっいいぞっ!この日の本は私の物……私がこの國を統べ、あの蛇鬼さえも成し得なかった事を……この國を悪の巣窟にする事を……私が必ず成し遂げてやる…」




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