其之漆拾弐話 絶望
「グルルルルルルルルルル……」
低い声で唸る優、すると舞の周りに再び黒い煙が沸き上がり何かが形作られていった。それは朱雀、青龍、玄武、四神の内の残り三神達の姿だった。三神達は黒い煙に抗っていたが苦しそうに踠きながら次第に黒く染められ凶悪な眼差しに変わってしまった。
「ウガァァァァアァァァアァァァァアアアアア!!!」
そして……一際大きな叫び声をあげた優の身体が赤黒い纏に変わった。その姿……頭には二本の歪な角が生え、背中には黒い大きな翼、口には鋭い牙が生え揃い、眼は真っ黒くその視線は鋭く冷酷だ。
(間に合わなかった……優……。鬼、忌まわしき蛇鬼の血が甦ってしまった……もう……どうする事も出来ない)
「ふっ、ふふっふふふっはははっははははあああああっ!!いいぞっ全て私の思惑通り! 甦ったぞ、蛇鬼の血を受け継ぐ者、この世を惡に染める強力な邪念を持った者! その名は鬼姫!」
「お…鬼姫?……優が……鬼姫……?」
「そう……醜い人間が持つ妬み、苦しみ、欲望、恨み、辛み、それらの象徴。そして最恐最惡の鬼、蛇鬼の怨念を継ぐ者、鬼姫が今ここに甦ったのですよ……そして私は、ようやくこの力を手に入れる事が出来ました………」
そう言いつつ忠之助は手を大きく広げ胸の前で拍を打った。
『パンッ!』
「………纏………」
そう唱えると動かず天を仰いでいた鬼弥呼が光り輝き一筋の煌矢となりて忠之助と交わる。凄まじい爆音と共に真っ黒い炎がその体を包み込み火焔柱が立ち昇る。そしてその黒い火焔の中から黒浄衣に身を包んだ忠之助が現れた。
「お前は……一体何者……なの?」
「ふっふっふっ千里乃守……私もね、かつて伊勢國での鬼弥呼討伐にあなたの父母と初参していたのですよ。そう……幼き千里乃守……貴方もおられましたねぇ。
私はその時、対峙した鬼弥呼の圧倒的な力に……足が竦み動けなくなる程の恐怖を感じました。目の前で繰り広げられる光景……凶悪無慈悲で恐ろしいほどの惡氣…次々に喰われていく仲間達。
と同時に……私は鬼弥呼の姿に見入ってしまったんですよ。
クックックックッ……
其れはぁぁ!!
今でも目に焼き付いて離れない! 飛び散る血飛沫ぃぃ! 宙を舞う生首ぃぃ! そして肉片と臓物ぅぅ!
………クックックッ……それはそれは……なんとも美しい光景でしたよ……
そして考えたのです……この力が……我が物にならないか……と……クックックッ……
…………そしてぇっ! 今この力が我が物になったのです! どうです嫗千里乃守こ私この姿! なんと素晴らしいぃぃ! 湧き出この惡氣ぃ! 何人たりとも私の事を祓う事は出来ない、この圧倒的な惡の力ぁぁぁぁ! そしてぇぇぇ蛇鬼の怨念を受け継ぐ鬼姫を従え、蛇鬼さえも成し得なかったぁ日ノ本を惡の巣窟に変える! 全ての民に恐怖と絶望を与える! この私が蛇鬼に成り代わって成就するのだぁぁぁ!! はぁぁぁはっはっはっはぁぁぁぁぁ!!!!」
(こいつ……狂ってる……こんな奴を野放しにするわけにはいかない……)
「さぁ……では手始めにぃ……そうですねぇ…鬼姫、六郷(人吉市)を焼き払ってしまいなさい」
その命令を聞いた鬼姫は、小さく頷き、腰の刀を抜くと大きく振りかぶった。その途端大きな火焔が爆誕した、それは四神の一つ、暗黒焔を纏う朱雀だった。鬼姫が刀を振り切ると朱雀が大きく羽ばたくと同時に巨大な黒焔弾が放たれた!
「優ぅぅぅっ!!だめぇぇぇぇぇぇ!!」
舞の叫び声が辺りに響く!!
黒焔弾が六郷に向けて放たれた、その時! 凄まじい速さで飛び行く黒焔の正面に突如、巨大な陣が形成され、それが炎を包み込み一瞬で消し去ってしまった。
そしてその結界を張ったのは……美月、呪符を切られ気を失っていた神酒美月だった。神酒美月は目を覚ましたばかりか呪縛から解放され正気を取り戻していた。
美月は、鬼姫と忠之助の周りに広範囲にわたって呪札を使って結界を張りこの近辺から二人を出さないつもりだ。
「お父さん!こんな事止めてっ!優をっ!優を元に戻してっ!」
美月はそう叫びながら実の父であろう忠之助に近づいて行った。
「クックックッ……忠之助の娘……やはり使えぬ娘でした……役立たずの娘、鬼姫が甦った今、お前はもう用済みですよ」
『パンッ!』
そう言い終わると平手で美月の頬を叩いた。その衝撃に美月の身体は真横に吹っ飛ばされ二、三回錐揉みしながら地面に激しく叩きつけられた。
その所業に『ガチンッ!!」と来た舞の怒りが火山のように爆発する!
「美月ぃ!? おおおお前ぇぇぇぇぇ!!絶対許さないぃぃぃぃ!!極雷神刀ぉぉぉぉ!!」
腰の刀を抜き天に掲げ叫ぶ!
『ドドォォォン!ピッシャァァァァ!!ドガガッガガドドォォォン!!!」
竜の形を模した巨大な稲妻が、凄まじい轟音と共に掲げた刀に直撃する。
『パリッパリパリッパリッ……』雷撃を纏った舞の身体は、まるで夜空に青白く輝く恒星のように美しかった。
「雷獣! 羅神剱!」
『ピシャァァァァァドドォォォン!!!ガァウルルルルルルル…………』
頬の横に刀を構えそう叫ぶと天から一筋の雷撃が舞落ち、青白く輝く巨大な雷獣が現れた、それは東城舞美と共に蛇鬼と勇敢に戦い、そして散って逝った雷獣、羅神の姿だった。
「おおおおおりゃぁぁぁぁぁぁ!!! 極ぅ! 雷ぃ! 神ぃん! 斬ぁぁぁぁぁん!!!!」
「ぬぬぬ!!????? おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ?????????」
忠之助は眼前に強力な結界を張り堪えるが、薄い氷の様に粉々に砕け散った。
忠之助は、その予想外の威力に耐え切れず後方へ吹き飛ばされそうになる。舞は羅神の力を宿し、ありったけの力で刀を振り抜いた!』
『ドドォォォォォォォォォンンンッドガガガガガガァァァァァァァァンンンッ!!!
「うぎぎゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
激しい爆音と共に忠之助の断末魔らしきものが辺りに響き渡り黒煙が辺りを包み込んだ。
「はぁはぁはぁはぁ………………はぁはぁぁ…………はぁはぁはぁはぁ……すぅぅ…すぅぅぅ…はぁぁぁ…」
『スゥゥゥ…………カチンッ…』
今の剣技で精も魂も使い果たした舞は、神氣の息を行いながら刀を鞘に納めた。そして横たわる美月の所に駆け寄った。
「美月っ大丈夫?」
美月はゆっくり起き上がり…
「いててて………うん、大丈夫だよ、ありがとう舞。お…お父さん…は?」
美月のその問いに、舞は答えにくそうに俯いた。
「あ……あ、ああのぉぉ……あのね、美月……」
と言葉が出始めた時、後方から異質な……そして異様な、何か背筋がゾッとする邪念を感じゆっくり振り向いた。そこには纏がボロボロになり全身血だらけの神酒忠之助が静かに佇んでいた。
「井桁舞……先ほどの剣技……見事でしたよ。さすがの私も……今のは、祓われるかと思いました。しかし、所詮…ひ弱で貧弱な人間の繰り出す技……人を超越した私を祓う事は出来なかったようですね……フフッ」
舞はその姿を見て絶望した。羅神剱をもってしても、この化け物を倒す事が出来なかった………となると……もう打つ手がなくなってしまったと……。
「ふっ……はっははぁぁぁっ!!いいですねぇ舞さん、その絶望した顔! いいっ実にいいっ! ではその希望も望みも、何もかも無くなった貴方達に……そうですねぇテレビでよく言ってましたねぇ『冥土の土産に見せてやろう』だったですかねぇ…いいものを見せてあげましょう!」
そう言いながら懐から白い布に包まれた何かを取り出した。忠之助がゆっくりその包みを開けると中から出てきた物……それは折れた刀の剣先だった。
(そ、その刀の破片はっ?)
「そうです、これは月下の刀の破片、舞さん…貴方は存じ上げないでしょうが千里乃守はよくご存じのはずですよ…あの時、美月が叩き折った月下の刀です。クックックッ……あの時、美月が偶然、刀を折った様に見えましたか? クックックッ……私はこれが欲しかったのです、月下の刀……鬼の…蛇鬼の破片がね」
「それを……どうするつもりなの?」
舞が恐る恐る問う……すると破片の端に布を巻き握りしめると……
「こうするの……ですよっ!!」
『グサッ』
「なっ何をっ!!!!!」
「お父さんっ!?」
破片を逆手に握りしめ自分の胸に自ら突き刺した!その途端『ぶはっ!』っと口から血反吐を噴水のように吐き出しながら顔が真っ青になって行く忠之助、そして不気味な笑みを浮かべ舞を見つめた後、震える手を大きく広げ拍を打った。
「ごはっ!………ぐぉぉ………て……纏……」
『ゴバワァオォォォ!」
途端に真っ黒い黒焔が燃え上がり忠之助を包み込む、その炎の中で忠之助の身体が変化していくのが見える。頭には雄々しい角が二本生え始め、上半身の着物は裂け筋肉隆々の身体がむき出しになる。口は耳まで裂け牙が生え揃う、眼は燃えるように真っ赤でその目つきは鋭い。
「うううおおおぉぉぉ…ああああああぁぁぁぁぁ…う……峩我牙!!嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!」
気合と共に黒焔を振り払った忠之助、その炎の中から現れたのは……真っ黒い鬼……その身の丈は九尺を超える巨体の黒鬼、鋼の様な体からは不気味に湯気が立ち上り、顔には真っ白い牙と真っ赤な眼が光っているのが見える。
「ふしゅぅぅぅぅぅぅ……………………ふっ…ふふっ…ふははははははっ!!どうよ井桁舞、そして嫗千里乃守! 全て私の計画通り! 更に圧倒的なこの悪氣! これこそ私が望んでいた惡の姿! この世を滅ぼす惡の姿! その名も真黒鬼! 漲る………漲っているぞっ………今にもこの日の本の國を焼き尽くしてしまえそうなこの悪氣! 悲しかろう、恐ろしかろうどうにもできないその絶望感!はははははっ愉快、実に愉快だ!」
恐るべし忠之助。有ろう事か鬼弥呼の惡力ばかりか蛇鬼の惡氣までも自らの身体に取り込んでしまったのだ。
舞は、無駄だと感じながらも刀を握り締め黒鬼に斬りかかった!
「それでもぉぉぉぉ!! 私は諦めなぃぃぃ!!」
「おおっとぉぉ………お痛はいけませんねぇ…」
そう言いつつ刀を振りかざし突っ込んでくる舞に向けて右の拳を突き出した。突き出された拳は鋼のように固くなり、伸び行きながら一気に膨張し舞を軽々と弾き飛ばした。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
金属バットで打たれた柔いボールのように凄まじい衝撃を受けた舞は、後ろの崖めがけて一直線に吹っ飛ばされた。
「舞っ! 羅網陣!」
しかし岩壁に叩きつけられる寸前に美月が張った陣が舞を受け止めその衝撃を和らげた。
「舞っ!大丈夫?」
「うん…何とかね……」
「めぐみ………これからどうすれば…………優………貴方がいてくれれば………」
つづく………




