其之漆拾壱話 狂乱の宴
「いけませんねぇ…井桁舞さん…先程、美月が言ったはずですよ…『私達の邪魔はさせない』と…」
そう言いながら暗闇の奥から歩み寄ってきた者…真っ白い袴を纏った宮司…落ち着き払っているように見えるが……顔に面を着けているせいでその表情は見て取れない。
「(私の名前を知っている?)お前は……?」
そう言いつつ舞は、腰の刀に手を掛けた。宮司はゆっくりと両手を頭の後ろに回し面の紐を解き素顔を晒した…。面の下から現れたその顔は……神主であり美月の実の父…神酒忠之助であった。
「貴方は美月のお父さん?!何で…どうして……あの鬼弥呼に喰われた美月は…?」
「あぁ…ご安心ください、あの美月は木偶ですよ…鬼弥呼に喰わせる為に私が拵えたね…」
「木偶人形?!じ、じゃあ彼処に倒れている美月は?」
「あの子は、本物の美月です……まぁ今は私の操り人形……の様なものですけど……」
(こいつ……実の娘になんて事を…)
(舞、落ち着きなさい……この宮司、何か企んでいるように見える…気を付けて………………しかし……この宮司…私は知っている?……)
「実を言いますとぉ私はね……鬼弥呼の復活など毛頭興味は無かったのですよ……其れも知らずにあの五人の宮司達…馬鹿正直に「鬼弥呼様」などと……醜い邪悪なだけの狂った異形の者を崇め敬うとは……あの化け物に喰われても仕方がない程の馬鹿な連中でしたよ。しかし…そのおかげで私自ら鬼弥呼を蘇らせる手間が省けたので良しとしますがね……」
その台詞を聞いた舞、いや、嫗めぐみが言い放った。
「ふざけた事言わないで!鬼弥呼は確かに邪悪な妖者だった!しかし其れはその御魂を扱う者の邪念が反映されると聞く。ならばあの醜い鬼弥呼は、その五人を唆し、其れを統べていた貴方の悪しき心が反映された姿!すなわち!あの醜い鬼弥呼を生み出した元凶は貴方よ!」
忠之助が微笑みながら
「舞さん…その神氣とその纏……貴方…嫗千里之守を纏っているのですね。フフッ…いやはや…相変わらず甘い…甘い事をおっしゃいますなぁ…嫗千里之守。お父上も母君も同じように甘い事ばかりおっしゃっていましたねぇ。そんな事では、今から始まるこの宴を止める事はできませんよ……私の真の目的…この世の終わりを告げる宴……狂乱の宴をね」
(舞、鬼弥呼が見当たらない今のうちに優……優の元へ!)
優から発せられる神氣が次第に薄れていくのを感じ始めためぐみが呟く。舞はその言葉に軽く頷き忠之助に言葉を返す…。
「申し訳ないけど、今お父さんと言い合っている暇はないんです、友達が大変なので。もう失礼してもよろしいでしょうか?」
その言葉を聞いた忠之助は、鼻で笑いながら目を瞑り、後腰から祓串を手に取りながら言い放った。
「舞さん……何度も言わせないでください……何者にも、私の邪魔はさせませんよ」
忠之助が祓串を一振りし天上に掲げると空中に大きな陣が現れ、その中から鬼弥呼が現れ『ズズゥゥゥン!!』と物凄い地響きをならしながら舞の目の前に降り立った。そして間髪入れず、燃えさかる火炎の剛拳を舞めがけて繰り出した。
『ゴギィィィン!』
咄嗟に刀で受け止める事が出来たが、その威力に『ズザァァァァァ』と地面を滑るように後退りさせられた。
「ゴガァァァァァァァァァ!!」
『ブンッブンッブンッブンッブンッ!!』
狂ったように剛拳を振り回してくる鬼弥呼。しかし舞は『ゴキンッゴキンッゴキンッ』とその剛拳を落ち着きはらって刀で受け流した。そしてその動きを見切った時、舞の繰り出した一閃が鬼弥呼の右腕を『スパッ』っと斬り落とした、矢継ぎ早に刀を逆さにし左腕を斬り落とそうとした、その時!
『カキィィィィィィィン!』
一瞬で鬼弥呼の身体を歪な陣が包み込み、その陣に舞の太刀が阻まれ甲高い音が辺りに響くと同時に刀が腕ごと頭上に跳ねあがった。
「し、しまった!胴が、胴ががら空きになっちゃった!ややややばいぃぃ!」
『ドゴッッ!!ババババァァァァァンンンッ!!』
鬼弥呼の火炎の拳が、舞の胴を捕らえたと同時に爆音を伴った激しい炎が昇った!舞の身体が真っ赤な炎に包まれる、鬼弥呼の吐き出す炎は呪炎、一度取り憑かれれば燃え尽くすまで消える事はない……しかし、刀を振りかざすと炎上する身体を凍える冷気が包み込み、完全に炎を消し去った。
「ふぅぅ…危ない危ない…あと少し身体を捻るのが遅かったら……すぅ…すぅ…すぅぅぅ……」
舞は剛拳が当たる瞬間、腰に挿してある鞘に鬼弥呼の拳が当る様に身体を捻ったのだ、それにより剛拳による衝撃を多少なりとも和らげる事が出来た。だが全くダメージがなかった訳ではない。舞は静かに神氣の息を始め、受けたダメージの回復を図った。
「ほおぉぉ…井桁舞……美月に殺されかけたと聞いていましたが…ちょっと貴方を見縊っていたようですね……しかしお次はいかがでしょうか?ほら、美月いつまで寝ているのです、早く舞さんのお相手をして差し上げなさい」
その言葉に舞が後ろを振り向くと、気を失って横たわっていた美月がむくっと起き上がり、傍に落ちていた苦無を両手にとり構えた。そして舞に向けた殺気を隠そうともせずじりじりと間合いを詰めてくる。その目は鋭く実の父が操っているという事は本当の話のようだ…其れが証拠にいつもの優しい美月とは全く別人の顔つきだった。
「ち、ちょっと美月!止めなさい、優が大変な事になってんのよっ、こんな事してる場合じゃないんだから目を覚ましなさいっ!……って言っても駄目か……」
『ドンッ!』地面を蹴り凄まじい勢いで美月が突っ込んできた、そして苦無の連撃、速い速すぎる!繰り出される苦無をどうにか受け流す舞、美月を傷付けたくない舞は思う様に反撃が出来ない。その状況下にめぐみの声が頭の中に聞こえてくる。
(舞、美月の首の根元に操りの呪符があります、それを断つのです!)
「この状況で美月の後ろを取るなんて出来っこな……!」
そう言い放った舞の脳裏にある事が浮かんだ。
(そうだっ!あれよっあの技!優が一度だけ見せてくれたあの技!今の私にならきっと出来るはずっ!)
舞は、繰り出される苦無を力尽くで薙ぎ払うと、横っ腹に蹴りを入れ美月の体勢を崩し、その隙に後方に下がり一旦間合いを取った。そして刀を鞘に戻すと腰を落とし抜刀の構えを取った。
「すぅぅぅぅぅぅぅ…………ふぅぅぅぅぅぅぅ……すぅぅぅぅぅ……」
神氣の息とは違う呼吸法で息を整え、一気に爆発させる。
「月光閃、十文字斬っ!!」
舞の体が『ゔぅ゙ぅ゙っ』と羽音の様な音を立て五人に分身し美月に向けて突進する、対する美月は、崩れた体勢を直整えつつ、舞の技を迎え撃つ用意をした。
「愚かですよ、井桁舞さん。それは優さんが辨慶と相見えた時に繰り出した技…今の美月には通用しませんよ」
美月は、苦無を構えると舞と同じ様に『ゔぅ゙ぅ゙っ』と音を立て五人に身を分け迎え討つ、更に身軽な美月は、舞を上回る動きで五人の分身に斬りかかる。
『シュッシュッシュッシュッ!』
あっという間に四人の分身が斬られ、消え失せる。そして最後の分身に舞の一閃よりも速い太刀筋が首元に入った!と思われたが
『シュッ………』
斬った筈の舞の体が蜃気楼の様に消え失せた!
「!!!?」
戸惑った美月は、一瞬動きが止まった。その直後背後から舞が現れる!
(首の後ろ!呪符はっ?……あった!!お願い美月!そのまま動かないで!)
呪符を凝視し速く、靭やかに抜刀する!呪符は薄い紙きれ、少しでも身を斬れば間違いなく致命傷になる!
『シュッ……スパッッ……』
舞の刀先が、見事首の後ろに張り付いていた呪符だけを切った!
「よっしゃぁぁ!」
美月は斬られたと同時に瞬時に気を失い、白目を剝き力なく地面に倒れ込んだ。それを確認した舞、次に加速した自身の身体の速度を調整すべく地面に足を下ろし踏ん張りながら飛び上がるタイミングを計った。
『ズザァァァァァァァァァァァァァァァァ』
そして優の真下にまで滑り行くとその反動を利用し体を上空に佇む優の方へ向け、思い切り地面を蹴り、上空へ向けて飛びあがった。
「優ぅぅ!今行くからねっ!」
凄まじい速さで優に近づいて行く舞、優の身体の周りには赤黒い瘴気が纏わり付き人外の者へと変わりつつあった。そして背中に真っ黒い鴉の様な巨大な翼のような物が大きく広がっていた。
「優!優ぅぅぅぅ!!」
半べそをかきながら叫び、近付いて行く舞。しかし優を目前にしたその時、嫗めぐみが制止するように促した。
(舞!駄目、止まって!あれは……四神が出てくる!)
その声に急停止すると優の背後に黒い煙が沸き上がりその煙がになにかを形作った。それは虎、黒い虎の形を成している、おそらくこの虎は白虎、優の神纏の一つ白虎が惡氣によって変わり果ててしまった姿。黒虎は近づく舞に向けて大口を開けると、激しく燃え盛る黒炎の塊を勢いよく吐き出した。
「ブオッワッ!!」
その突然の攻撃に舞は慌てる事なく腰の刀を抜き、向かってくる黒炎の塊を一刀両断した。すると斬った黒炎が瞬で凍りつき粉々に砕け散った。
「凄い……この力……でも……でも、優が私を攻撃するなんて…………貴方は……もう優じゃなくなったの?本当に鬼になっちゃったの……………だったら私は……私は、貴方を討たなければいけない……」
そう言いつつ舞はゆっくりと八相の構えを取った。