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纏物語  作者: つばき春花
水上村の化猫編
70/126

其之漆拾話 詠み人知らず

前回までの『纏物語』は……


「舞美……ごめんなさい……私……優を守ってあげる事が出来なかった……」


そう呟きながら弦から指を放し矢を解き放った。


『ビィンッ……シュッッ………』


そして……その鏃は…正確無慈悲に優の頭を捉える。


その時!


『カッキィィンッ!』


頭を射抜く寸前、矢に何かが当たり鏃が弾かれたと同時に、何者かが嫗めぐみの背後に疾風の如く現れた、そして……


「……世の中は 昔よりやは うかりけむ 我が身ひとつの ためになれるか……」


和歌と共に繰り出された回し蹴りが、めぐみの身体をまともに捉えた。強烈な蹴りをまともに喰らっためぐみの身体は激しく吹っ飛ばされ山肌に激突した。次にその者は呆気にとられる舞の眼前に現れた、そして身構える暇を与えず、強烈な右の拳を舞の鳩尾にぶち込んだ。


『ドゴッ!!』


「ぐはぁっ!!」


その衝撃に舞の身体がくの字に折れ曲がる、そして矢継ぎ早に放った右脚の蹴りが背に入り、舞の身体がサッカーボールのように地上に向けて蹴っ飛ばされた。


「きゃぁぁぁぁ!!」


『バキバキッバキバキッ!ドォォォン!』


舞は何者かの凄まじい脚力で地上へ向けて真っ逆さまにふっ飛ばされ、その身体は木々を折りながら地面に激しく叩きつけられた。


「いたたたたっ………なに?………一体何が起きたの……」


地面にめり込んだ体を起こしながら顔を上げる、そして…そこに居た者を見た舞は絶句した後、驚愕の声をあげる。


「お…お前…はっ?!」


「……かぎりなく 思ふ涙に そほちぬる 袖はかわかじ あはむ日までに……」


再び和歌を詠みながら上空より舞を見下すその者の正体……それは以前、舞を窮地に陥れた……あの般若面を付けた女くノ一だった…。あの時、優が来てくれなかったら舞は間違いなくこの般若面の女くノ一に殺められていただろう……あの時の恐怖に臆してしまう……舞ではなかった、逆に怒りで冷静さを失い我を忘れそうになっていた。


「お…お前……お前はぁぁ…………お前はぁぁぁぁっ!!」


『ギリッギリリッ……』


そう叫び、歯を食いしばりながら剱の柄を『ぎゅっ』と握り締め、脇構えを取った。舞の怒りに呼応して焔の剱が激しい焔氣を纏う。しかし女くノ一は殺気を放つ舞に目も暮れず、視線を鬼弥呼の方へ向け『シュッ』っと風の如く飛び去った。


「ま、待てっ!」


そう叫びながら女くノ一を追いかけようとした時……


「ま……い…………ま……いぃ……」


何処からともなく嫗めぐみのか細い声が聞こえてきた、それは……とても小さい声だった。舞はめぐみが発するその声で彼女がとても深刻な状態に陥っているのではと悟った。そして舞は、そのか細い声を頼りにして森の奥へ入って行った。


「めぐみ?めぐみ!何処なのめぐみ!」


「ここよ……舞……」


ようやく嫗めぐみを見つけることが出来た……しかしその姿は、ボロボロでとても戦える状況ではなかった。しかも折れた木の破片が肩と左足の太ももを貫通し大量の血が流れ出ていた。嫗めぐみ程の宮司ともなれば固い岩に打ち付けられようとも強い神力に守られ大事には至らないのだが、先刻、南の守から受けた呪術を含んだ強力な攻めをまともに受けてしまった為、神力を失ったばかりか神氣の息がまともにできない程のダメージを受けてしまっていた。悲惨な容態の嫗めぐみを目の当たりにした舞は、掛ける言葉を見失い……


「めぐみ……貴方……死んじゃうの……?」


最悪な結末を予感しながら掛けた言葉がこれだった。しかしめぐみはその台詞を鼻で笑い飛ばし言い返した。


「フフッ……これ位で私は死なないわ……と言うより私は御魂……すでにこの世には存在しない身。でもこの体が回復するには時間がかかるの……だから舞、私が……消えてしまう前に……私を纏って……。そして優を……優を討つのです。優が……優が鬼になる前に……」


「優が……鬼?!えぇぇぇっ優が鬼になっちゃうの?!」


「舞………私を纏うのです……貴方なら……きっと……できる」


「めぐみ、あなたを纏うって?!……で、でもっ!」


「大丈夫よ舞……貴方にも……舞美の……東城家の血が流れているんですもの………由緒正しい……正義の血筋……神守の血が……」


そう言いながらゆっくりと目を閉じる嫗めぐみ、御魂の灯が消えようとしている。舞が戸惑うのも無理はなかった。強い力を纏う時、誰でも一度は拒絶反応やその強い力によって気を失うと、優やめぐみに何度も聞かされていた。優は勿論、あの東城舞美でさえそうであった。


ぶっつけ本番…しかもこの状況下でもし……纏う事が出来なかったら……自分が気を失ったら……。しかし、もう迷っている暇はない、既にめぐみの御魂の灯が消えようとしている。舞は意を決して立ち上がり大きく手を広げ自分に気合を入れた。


「もぉぉぉぉっ!どうなっても知らないんだからっ!行くわよっ嫗めぐみっ!」


『パンッ!!』


「纏っ!!!」


舞が唱えるとめぐみの身体が眩しく輝きだした、そしてその輝きが一筋の光となって瞬で空に打ち昇った次の瞬間!


『バパバパァァァァァン!!!』


凄まじい雷鳴と共に天上から撃ち放たれた一本の雷電が舞を貫いた!!


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


舞の身体が電撃と氷撃によって白銀に輝きその雷電は、舞の身体に纏わりつき渦を巻きながら不気味な雷鳴を立てる。


『バチッバチバチバチヴゥゥゥゥンバチバチバチバチバチバチヴゥゥゥゥゥンバチッバチバチッ!!」


五感を襲う激痛に包まれ、聞いた事がない下品な悲鳴を上げる舞、凄まじい痛みが舞の身体を蝕む、それは今にも五体をばらばらに引き裂いてしまおうかとする…想像を絶する痛み……。


「ぐぅぅっ!!がっがっががががぐげっががががっうがががががががぎがががががっああああああ!!」


天を仰ぎ白目をむき、大きく開けた口からは唾を吐き散らし涎が止まらない、もう気を失う寸前だ。


(私…………駄目…………意識が…………飛ぶ…………めぐ…………み…………ゆ…う……ごめ…………んなさ…………)


諦めかけたその時……


『ま…い……舞!』


聞こえてきた声…………それは紛れもない…優の声。


その声に『ハッ』と目を開け、失いそうだった意識を『ぐわっ』っと取り戻した。


(ありがとう……優…)


そして雷電が渦巻く中、体を引き裂かれそうなその流れに逆らって、ゆっくりと手を広げながら呟いた。


「私だってぇぇぇ…私だってぇぇぇ…東城の人間よぉぉ…………そおぉしぃぃぃてぇぇぇ……私の…私の舞はぁぁぁ東城舞美のぉぉぉ…………舞っ!!!」


『バンッ!!』


「纏っ!!」


『ドンッ…………バァァァァァァンンンッ!!!』


不規則に纏わりついていた雷電が一瞬ぎゅっと圧縮された次の瞬間、凄まじい音を立て四方へ飛び散った後、その雷電が再び舞に集まり雷球を作った。そしてその雷球の中から現れたのは、全身に雷電を纏い、白銀の纏に白銀の髪と青い瞳、腰には細身の刀……その刀の柄と柄の隙間からは焔が滲み出ている。そう…まさにこれは『雷氷焔』の纏。


「これが………私?あは……あははははっ!すっごぉぉぉい!私超かっこいい!!」


そう言いながらくるくる回っていると…


(舞!浮かれてる場合ではありません、早く優の元へ!)


頭の中に嫗めぐみの声が聞こえてきた。


「めぐみ!この力があれば優を、優を助ける事が出来る!そうでしょ?!」


「……」


「優ぅ今行くよっ!!」


そう言いつつ飛び立とうとすると、後方から鋭い殺気が……いち早くその殺気を感じ取った舞は振り向く間もなく横っ飛びに避けた。


『ドスドスドスッ』


避けた所に重い音を立てながら三本の苦無が地面に深く突き刺さった。それは完全に舞を狙ったものだった。その苦無が飛んできた方向を見上げた先には……女くノ一が腕を組み舞を見下ろしていた。


「くっそぉぉぉこのくそ忙しい時にっ!」


「貴方に……私達の……邪魔は……させない……」


その声……何処かで聞いた事のある声。女くノ一は両手に苦無を持ち揃えると、舞めがけて一気に放った。その軌道は正確で確実に急所を狙ってくる、しかも鋭く速い。次々に飛んでくる苦無を素早く避ける舞、その切り返しの速さに反撃する暇さえ与えてはくれなかった。


「……命やは……何ぞは露のあだものを……逢ふにしかへば……惜しからなくに……」


「さっきから何言ってんのよっこいつ!もぉぉぉ手加減しないんだからっ!」


そう言いつつ身体を捻りながら抜刀する舞、抜いた刃筋から焔が沸き上がる。


「いっけぇぇぇ!!絶焔抜刀斬っ!」


脇構えから爆発的に火焔が渦を巻きながら沸き立ち、その勢いで女くノ一に突っこむ!


『カキィィィィィィィン!』


一際甲高い音が辺りに響き渡る、女くノ一は舞の太刀を結界を張り受け止めた、しかし……


「おおおおおりゃぁぁぁぁ!!!」


舞はそれに構わず刀を振り抜いた。その予想以上の力に女くノ一は耐えられず後方へ退いた。


『キィィィィィィィン!!』


「まだまだぁぁぁぁ!絶氷抜刀斬っ!!」


焔を纏った刀が瞬時に凍てつく氣を纏い後方へ退く女くノ一を追い詰める。


「逃げるなっ!般若面!おおおおおりゃぁぁぁぁ!!!」


『ガキッ……ピシ…ッ…ガッシャァァァン!』


結界が音を立て硝子のように砕け散りその衝撃で女くノ一は激しく吹っ飛ばされ崖の斜面に叩きつけられ地面に落ち気を失った。そしてその衝撃で般若の面が真っ二つに割れ落ちた。面の下から現れたその素顔、それは舞もよく知った人物だった。


「お、お前は?!美月ぃぃ?!神酒美月ぃぃ?!き、鬼弥呼に喰われたはずじゃぁ……なかったの?」


呆然とする舞、その背後から巨体を揺らしながら鬼弥呼が近づいてくる。凄まじい惡気をまき散らし口からは毒の息が沸き立っている。舞は立ち上がり刀を鞘に納めると優の如く抜刀の構えを取った。


「美月の事は後……それよりも、早く……早くこいつを祓って……優の元へ行かなければ。優…すぐに行くからね」


舞は腰を低く構え神氣の息で精神統一をし、刀に手を掛けた。


「力を貸して……めぐみ………行くよ……」


その時だった、空気の流れが…スン…と止まり、夜空が真っ黒に染まって全ての時が停止した、それだけではない…天も地も、右も左も東西南北すべての感覚が消え去った。


その暗闇の奥……ずっと奥から、白く仄かに光る者が……静かに歩み寄ってきた。



                                つづく……

次回予告……


(舞、止まって!四神が出てくるわ!)


その声に急停止すると優の背後に黒い煙が沸き上がりその煙がになにかを形作った。それは虎、黒い虎が現れた。おそらくこの虎は、白虎のなれの果て……その黒虎が大口を開け激しく真っ黒い炎の塊を勢いよく吐き出した。


「ブオッワッ!!」


その突然の攻撃にも、舞は慌てる事なく腰の刀を抜き向かってくる黒炎の塊を一刀両断した、すると斬った黒炎が瞬で凍りつき粉々に砕け散った。


「凄い……この力……でも……でも、優が私を攻撃するなんて…………あれはもう優じゃないの?本当に鬼になっちゃったの優……………だったら私は……私は、貴方を討たなければいけない……」


そう言いつつゆっくりと八相の構えを取った。



次回……『其之漆拾壱話 狂乱の宴』 

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