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纏物語  作者: つばき春花
水上村の化猫編
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其之陸拾漆話 陣に潜む者

 出刃を持った両腕を高々と掲げ襲い掛かる山姥達、しかしその動きは鈍く交せない事はなかった。後方へ下がりながら脇構えから剱に神力を集中し迎え討つ構えをとった舞、しかしそこで嫗めぐみが舞に大声で忠告する。


「舞っ!その者達を斬っては駄目です!」


「えっ?!」


嫗めぐみの只ならぬその声に反応するも、既に己の身を守るために繰り出した剱の刃筋を止める術はなかった。


舞の剱は、襲い掛かってくる三体を一度に『スパッ』っと一太刀で真っ二つに斬ってしまった、しかしこの三体の山姥達、大きく振りかぶり襲ってきた。まるで『斬ってください』と言わんばかりに……それを一早く感じ取った嫗めぐみが忠告したのだが舞の剣を止める事は出来なかった。


「クックックッ……はぁぁっはははっはははははぁぁぁ!!見事よ舞とやらっ!これで十体!十体そろったぞ!!」


女宮司が高笑いをしながらそう言い放ち、素早く拍を打つと『ブツブツブツ…』と妖しい術を唱え始めた。そして手を広げ二拍、打ち鳴らすと陣全体が『カッ!』っと目を突き刺す様な眩しい光を放った次の瞬間、鋭い爪を生やし、巨大などす黒い二本の腕が陣の中心から矢のように飛び出し、山姥を鷲掴みにすると『ガバッ』っと素早く陣の中に引き込んだ!


そして陣の中から……


『バリッボリバリッボリボリバリボリボリ……』


と何かを噛み砕く様な…不気味な音が聞こえてきた。その異様な状況を察した山姥達は恐れ慄き逃げ出そうとした。しかしそれより早く巨大な手が続けざまに逃げ惑う山姥を次々に捕らえては陣に引き込み…


『バリッボリボリッボリボリボリボリバリッバリッボリ……』


『バリッバリッボリボリバリッボリボリバリッバリバリッ……』


その音を聞いた舞が唖然として呟く……。


「こいつ……自分の妖者を……何かに喰わせてる……」


あっという間に十体の山姥が陣に引き込まれ、そこに潜む何者かに全て喰われてしまった。


「素晴らしい!私の生み出した妖者を!最恐の山姥を一瞬で喰ろうてしまうとはっ!素晴らしすぎますぞっ!愛しい人よっ!」


「妖者と言えども……自分の生み出した妖者…それを餌のように食べさせるなんて……」


「ふっふっ……これで愛しい人が甦るのまでもう一息……私の妖者十体の邪悪な悪しき力があれば…蛇鬼などのひ弱な悪しき力など必要ない……そもそも我が愛しき人には、清い力など元々必要ないもの……惡…真の悪…冷酷無慈悲こそ我が愛しき人に相応しい……」


そう言いながら俯くと何かを閃いたかのように不敵な笑みを浮かべながら顔を上げ……


「そうじゃ…クックッ…山姥を喰わせてもらったお礼と言っては何ですが……まだ完全ではありませんが貧弱で見すぼらしいお前達に私の愛しい人……そのお姿を特別にお見せ致しましょう……」


そう言うと陣の中心から三歩下がって立ち止まると大きく手を広げ『パンッ!』と拍を打った……。


『パァァァァン……パァァァァ……ン……パァァ……ァァァァ……ァァァ………………ン』


その音が遠く木霊し、辺りに響き渡り女宮司がゆっくりと頭を垂れた……すると…。


陣の中心がゆらゆらと波打つ泉となり、水面が神々しく輝き出すと中心が波紋を打ち、泉の中から人らしき者が浮き上がってきた。其れは赤い着物姿の少女……髪はおかっぱの黒毛、切れ長の目は遠くを見つめ無表情であった。


その姿を目の当たりにした嫗めぐみが、唇を噛み神楽鈴を握りしめながら呟いた。


「あの女童は……あの時の……我等宮司を喰らいまくった……あの女童……」


そして徐に神楽鈴を振り上げ唱える!


『シャン!!』


「絶竜雷激爆!」


『バリバリッ…バンッ…バババババァァァァァン!!!』


頭上より一筋の巨大な竜のいかずちが陣を直撃する!激しい爆撃によって辺り一面に土煙が上がった……しかし女宮司の張った強力な結界はめぐみが放った渾身の雷撃を物ともしなかった。


「ほっほっほっほっ……おぉ怖い怖い、いたいけな子どもに、行き成りその様な野蛮な攻撃とは……罰が当たりますよ…」


その時の嫗めぐみは、普段の彼女らしからぬ取り乱しようだった。


「いたいけな子ども? ふざけないで…その女童の成りをした者の正体…それは人を…妖者をも喰らう化け物…鬼弥呼。今ここで祓わなければいけない醜い悪の塊」


そう言いながら神楽鈴を構える嫗めぐみ。


「クックックッ……嫗千里乃守……お相手いたしましょう……と…言いたいところですが鬼弥呼様は、まだ空腹を満たしておりませぬ故…ここは潔く退かせていただきます。そうそう…このお美しいお嬢様は最後の糧として頂いてまいりますよ。それでは、おさらば……」


そう言い放つと女宮司は神酒美月を小脇に抱え、鬼弥呼と陣の中心に沈んでいった。


「美月ぃぃぃっ!待てぇぇぇ!!」


『ガキィィィンッッ!』


結界を斬る事の出来るはずの真・月下の刀と平野藤四郎でさえこの結界には、わずかばかりの裂け目を開ける事が精一杯だった、しかもその穴さえすぐに塞がってしまう。


『ガキッガギッカキッガギッ!!』


「舞美おばあちゃん!どうして!?どうして力を貸してくれないのっ!?美月ぃぃぃぃ!」


裂けては塞ぎ、裂けては塞ぎ……何度やっても同じ事だった、しかし……


「優お退きなさい…」


そう言うと嫗めぐみは右手を振りかぶり、わずかばかりの裂け目をめがけて『シュッ』っと何かを投げ込んだ。そしてすべてが泉の底に沈むと同時に陣が消え失せ、眼下の街明かりが灯り再び時が流れ始めた。


「美月がっ!美月がっ!美月がぁぁぁぁっ!!!」


跪き頭を振りながら我を忘れて叫ぶ優。その時…優の頭の中にはあの時の事……夏木鈴子の……最悪な結末になろうとした…あの時の事が過っていた。


嫗めぐみが取り乱す優の側に歩み寄り、肩に手を乗せそっと呟いた。


「優…落ち着いて……あの宮司の陣、あれ程の力を持った者を抱えていては、そう遠くへは行けないでしょう…」


嫗めぐみは、そう言いながら辺りを見渡す…そして何かを感じ取ったのか東の方角を指差す……その先には九州山脈の山々、その山の向こう側から天空に向かい伸びる一筋の白く細い光が見える。


「彼処です…あの一筋の光の下…あの光は神酒美月の御魂が放つ光……彼女は彼処に居ます」


遥か東の方角、九州山脈の山間から天上に向かい真直ぐに伸びる一筋の細い光。それは優が開けた僅かばかりの隙間から嫗めぐみが神酒美月に向けて投げ込んだ道しるべの札が発する光だった。


「行きましょう、まだ間に合うはずです…」

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