其之陸拾伍話 愛しい人
満月の夜に出てはいけないと言った訳
優はこうなる事を分かっていた。なぜなら初めて般若面の女と遭遇したのが満月の夜だったから。優の持つ月下の刀……その力は満月の夜に、真の力を示す妖刀……。月の光に導かれ、優を……般若面の女は待っていたのだ。舞が持つ火焔の剱の気配に美月が……般若面の女が引き寄せられて来るのではないか……そういう懸念があったからである。
【舞のその後……】
『バァァァンンンッ!!』
今宵も勢いよくドアが開き舞が部屋へ飛び込んで来て言い放つ。
「さぁ!!2人とも! 今宵も行くわよっ! いざっ!!夜中の修練へっ!! 纏!」
般若面の女に殺されかけた舞、懲りずにいつもと同じなのか……いや…そうではない、以前のように力任せの大技を繰り出す事はなく、基本に忠実な修練を行うようになった。優とは違い元々剣の才がある舞、日に日にその剣技が磨かれていった。そして舞の性格か…表立って伝える事は出来なかったが自分の命を助けてくれた優と嫗めぐみには感謝しきれない位……感謝していた。
【優 舞 美月】
「おはよう、優!舞!ていうかぁ『ゆう』『まい』ってなんか『シューマイ』って感じでうけるんですけど!ハハハッ」
そう言いながらケタケタと笑う神酒美月。いつもと変わらない美月の様子に複雑な心境の優…美月が恐らく『般若面の女』だろうと言う事を舞には伝えていない。そんな事、言ってしまったらきっと舞は美月を許さないだろうと分かっていたからだった。
そしてあの時……般若面の女に『美月』と言い放った優だったが……まだ美月と言う確証がないと自分に言い聞かせ、別人であって欲しいと願う気持を…未だ拭えていなかった。舞を本気で殺めようとした美月……優は、そんな事…考えたくもなかった。
日が暮れ始め、街の明かりがつき始めた頃に優と舞は部活動を終え、学校の門を出ようとしていた。そこで後方から二人を呼ぶ声がした。振り返ると……
「おぉぉい! 舞! 優!じゃなくて優! 舞!」
「どっちでもいいんじゃね?」
舞が呟く、こちらも部活動が終わったばかりの美月が満面の笑みで走って追いかけてきた。
「美月? 珍しいね、吹奏楽部がこんなに遅いなんて…」
「うん、定期演奏会が近いんだ! なかなか音が合わなくてね、先生が熱くなっちゃって終わらなかったんだよぉぉ参った参った!」
そう笑いながら話す美月、その様子は何時もとちょっと違う?……と優は一瞬違和感を覚えた。明るいと言うか喋りすぎと言うか……何か違う……ほんの一瞬、そう感じた。
「ねぇ久しぶりにりんご堂、寄っていかない? せっかく珍しく三人揃ったんだからさ!」
「あんたの奢りならいいわよっ!」
本当に美月に対して口が悪い井桁舞、その上から目線の言葉にも美月は優しく微笑んで…
「ふふふっ、いいよっ奢ってあげる!」
笑顔で返した。
【新たな妖者 山姥】
林檎堂に寄り道をし、三人共手には大きなりんご飴。他愛もない話に花が咲く帰り道。辺りはすっかり暗くなったが街灯の明かりが足元を照らしてくれるので夜道も安心だった。そして……今宵は満月……青白い月が村山の方角から昇り出てきていた。
球磨川に架かる大橋に差し掛かった時、欄干に建つ電燈が『パッパッパッパッパッ……』と手前から奥の方へ向かい順番に消えて行く…辺りが暗闇に包まれ時が止まる……そしてその闇の中に、うっすらと宮司の姿が浮かび上がった次の瞬間、美月の体に白い布のような物が巻き付きあっという間に宮司の方へ吸い寄せられる様に連れ去られてしまった。
「いゃぁぁぁ!優!舞ぃぃ!!」
「あんたが噂の宮司?!美月を返せっ!!いやぁぁぁ!」
舞がいち早く宮司の動きに反応し、速攻で懐に潜り込み、木剣で斬りかかった。『ブオォンッ!』鋭い風切り音が響き、宮司の面を擦った。はらり…と面が落ちると同時に長い髪が解けた。
「お…女!?」
その宮司は、色白で切れ長の目、聡明な女性だった。舞は、その面の下の正体を見て一瞬動きが止まった。
「舞!下がって!」
優のその叫び声に『はっ』と我に返ったが…『ドゴガッ!!』
「きゃぁぁぁぁ!!」
美月を脇に抱えたまま、の宮司が放った右足の蹴りは、舞の腹部にまともに入り、凄まじい力で後方へ吹っ飛ばされた。しかしその女宮司は、舞には目もくれず、優を睨みつけ恨めしそうに言い放った。
「己ぇぇ……許すまじ…青井優……お前のせいで、あのお方が…愛しいあのお方が……お前が邪魔をしなければぁぁ…………許さんぞぉぉぉ青井優ぅ!!」
そう言い終わるとグルグル巻の美月を地面に落とし手を広げ、拍を打つと右手の人差し指と中指を立て地面を指し示し、大きく陣を描き始めた。そして姿勢を正し再び拍を打ち、読経のようなものを唱え始めた。
「贇嚙烕紮佽迾・・・・・・」
すると陣から醜悪で邪悪な惡気が立ち上り始め辺りを包み込む。
「はっ!…舞!早く纏って! この惡氣かなりやばい奴かもっ!」
宮司からの蹴りを喰らい横たわっている舞に、優が叫ぶ。
「痛ててて……うわっ! すごい悪氣、これは……」
読経を唱え終えたのか、女宮司が『カッ!」と目を見開き叫ぶ!
「地獄の淵より出でよ!! 山姥ぁぁぁ! そしてすべてを食い尽くせ!お前の思うが儘にぃぃぃぃ!」
陣の中心から嗄れて鷲の様な爪を生やした巨大な両手がにゅぅぅっと生え出でその手が陣を輪ゴムのように押し広げのっそりとその巨体が陣の中から現れた。
山姥、体には血糊が付いた薄汚い着物を纏い、その姿は体の半分を占める頭と巨体、おおよそ3頭身程の身体だがその身の丈は16尺を優に超える大きさだ。顔は鬼、正に鬼の形相、両手には大きな出刃包丁の様な刃物を持ち、口からは醜悪な瘴気を吐き出している。
「うげぇ!気持ち悪い……こいつが妖者なの?!こんなのを何時も相手にしてるのぉ優?!」
「いいからっ早く纏って!!」
『ゴガウァァァァァァァァッ!!』
山姥が叫びながら包丁を振りかざし襲って来る、その動きは体に似合わず速かった!
「はっ速いっ!! 纏!」
『ガギィギィギギギンンンンッ!』
「きゃっ!抑えきれないぃぃぃぃ...うわわっっっ!!」
山姥の速さに驚きたじろぐ優、間一髪で纏い、山姥の一撃を受け止めたがその凄まじい力に押し負け、上空高く吹っ飛ばされた。それを追いかけ上空へ蹴り飛ぶ山姥、あっという間に優の間合いに入り包丁を振りかざす!
「やばい! 速過ぎないっ?! この妖者!受けきれないぃぃ!」
「焔の舞っ! こんのぉぉぉぉ!!!」
『ゴギッッ!キンキンキンキンッキキキキンッキンッキンキンキンンッ!』
舞が山姥と優の間に割って入り、凄まじい連撃斬を繰り出したがすべて受け払われた。
「何こいつ?! こんな醜い癖に動きが速い! 私の剣をすべて受け払うなんてっ!」
舞も山姥の余りの速さと怪力に驚いていた。優は、山姥から視線をそらさず、真っすぐ見据えたまま月下の刀を鞘に納めつつ舞に語り掛けた。
「舞……この妖者、でかい図体して相当手強いよ……。あの両手に持つ包丁もだけど…多分あいつは攻撃を繰り出しながら結界を張る事が出来るみたいだよ…しかもその結界は鬼一方眼のより分厚く堅そうよ…」
「結界って何?!私そんなの知らないよっ!」
「すべての攻撃を防ぐ見えない盾のような物よ……鬼一方眼並みの力と速さ……いやそれ以上か……。でも大丈夫………私が何とか結界を壊すから舞は、私に続いて来て…いいね」
「分かった、続けばいいのねっ、爆焔!」
そう言うと優は身を低くし抜刀の構えを取り、その後ろで舞は焔を纏った剣を脇構えで構えた。
「行くよ………天狗…弁慶…私に……力を貸せ……」
そう呟くと一気に山姥目掛け一直線に突っ込んでいく優と舞!
「おおおおりゃぁぁぁぁぁ!!!円神斬ン剛ぉぉぉぉ!!」
優の身体が縦に分身し、それが代わる代わる斬り付ける。山姥は包丁を交差させ、幾重もの結界を張り優の攻撃を防ごうとした!
『ガキィィィィン!!!ガキガキガキン!!パンパンパンパンパリィィィン!!」
しかし二重三重にも張った山姥の結界は、優の持つ真・月下の刀によって切り壊された!
「舞!!」
「そらきたぁぁぁぁぁぁ!!!爆焔乱舞ぅぅぅ!!」
『キキキキキキン!ズバッ!!ボボボボボォォォォンッ!!』
固い山姥の身体の一ヶ所を寸分狂わず斬り返し、遂には体を真っ二つに斬り捨て、斬られた二つの身体は宙を舞いやがて爆焔に包まれた!
「よっしゃぁぁぁ!!やったね優っ!!」
しかし……喜んだのもつかの間……振り返った舞と優は、愕然とするのであった……。
つづく……




