其之陸拾肆話 死への覚悟
【其々の纏】
舞が纏う火焔の纏は、舞美が纏っていた同じ火焔の属性である虎五郎の火焔とは違い荒々しいものだった。
補足だが東城舞美は、五珠の力を持つ5人の御魂を直接纏いその神力を発揮していたが、優と舞は御魂を纏う事なく、各々が持つ神器の力を引き出しそれを纏う。しかし嫗めぐみの神氣、雷氷の纏を纏う時はめぐみの御魂を纏いその神力を発揮する。神器とは神力が備わった器の事であり、舞は、右耳にあるピアス、優は、左右の人差し指に有る指輪、それと右手に有る五珠に宿った四神の珠である。優は神力に足して、倒した妖者の力も自在に繰り出せる。
因みに当初、氷神の纏のみだった嫗めぐみが何故、より強力な雷氷の纏に変化させる事が出来たのか。それは、蛇鬼との対決の時…雷獣、羅神を幾度となく纏った時、羅神が己の神力を少しずつ嫗めぐみに分け与えていたからである。
「爆焔!!」
『ガボッ!ドドオオォォン!!』
舞の劔から激しい焔が立ち昇る。
「焔舞! たぁぁぁぁ!!!」
『ガギッ!!!ギギギッ……ガキンッ!』
舞の剣技は、剣道で見せる『静』とは全く違い『動』、其れは実に荒々しく危なっかしいものだった。しかも短気で直ぐに自分を見失ってしまう癖があった。
「舞! もう少し落ち着いて! 私の動きをよく見て!」
「五月蝿い!!爆焔竜斬!!」
剱を大きく上段に振り上げ、優目掛けて斬りつけると、火焔の剱から湧き出る炎が竜となって優に襲い掛かる! しかし……
「そんな大技……後ろが隙だらけよ…」
『バギッ!ドゴッ!』
「ぐはっ!」
舞は難なく優に後ろを取られ、鳩尾に右の拳と左膝蹴りを喰らった。
くの字になって苦しむ舞に歩み寄り苦言を呈する。
「そんなんじゃ……ここ(人吉)の妖者は祓えないよ…それどころか舞……貴方自身…取り返しのつかない事になってしまう……かも…」
「くっ……う、五月蝿いっ!」
唇を噛み締め、そう叫びながら舞は何処かへ飛び立った。
「舞っ!!」
名を叫び、呼び止めようとした優…。
「あの…聞き分けが無い所……舞美とは違うけど、貴方達2人は……よく似ているわ……」
飛び去る舞を見つめる優に嫗めぐみが歩み寄り、ぼそっと呟くのだった。
【月夜の苦無】
あの時以来舞は、優と嫗めぐみとの修練に、付いてこなくなった。しかし時間をずらし、舞は何処かに飛び立って行き、ひとり修練をしている様子が伺えた。
舞にアドバイスをしようと声を掛けるも、全く聞き耳を持たなかった。
その日、今日は満月の夜だった。その日の夜は、快晴になる予定だった。家で話そうとしても部屋に閉じこもり聞く耳を持たない舞を部室で捕まえ、話を始めた。
「舞、大事な話だからよく聞いて! 満月の夜に出ては駄目よ!いい?絶対に守って!ねぇ聞いてるの!!」
「うるっさいなあぁ!!聞いてるよっ!出ようが出まいがの私の勝手でしょ!?なんであんたに指図されなきゃならないのよっ!」
「舞……お願い……行かないって約束して……」
優は冷たく言い放つ舞の目を見つめ、哀しい眼差しで哀願した。
「わ、わかった、満月の夜に行かければいいのね…」
「有難う! 舞! わかってくれて!」
優は、満面の笑みを浮かべ舞に応えた。しかし…本当に舞は分かってくれたのか……。この時は分からなかった。
その日の夜、空には青白く輝く大きな月。雲ひとつない夜空だった。満月の夜は、この妖気に誘われて低級な妖者が羽陽よと現れる。一人で修練を行う舞には、絶好の日和だった。そして皆が寝静まったのを見計らい、満月の夜空絵と飛び立っていった。
「ふん、何だか知らないけど私は強くなる、強くなるんだからっ!誰の手も借りづに強くなってやるっ!」
舞は火焔の剱を抜き、低級な妖者が蠢く東の方角へ飛んだ。
【危なき者】
「火焔竜斬!たあぁぁぁ!!」
『バオォァァァンッドォォォンッ!」
「ハァハァハァ……こんな雑魚ばっかじゃ修練にならないわっ!ハァァァッ!」
『ドォォォォンッ!ババッボボッバァァァン!」
湯水のように山肌から湧き襲ってくる低級妖者達。それを難なく次々と切り祓っていた舞だった。そしてしばらくすると急に周りが静かになり……あれだけ沸き立っていた妖者が一匹もいなくなった。
「あれ?……何……この静けさは……妖者がいなくなっちゃった……」
静寂の空に佇み、辺りを見渡す……その時『ヒュゥゥゥゥゥゥゥ…………』一陣の風が吹き舞の頬を撫でる……と…その風に乗り微かに殺気を感じた舞。ふと見上げると月を背にして誰か……いる。
それは黒い忍び装束に般若の面……両手には苦無を持ち腰には短刀を差しただならぬ妖氣を発している。
『この妖者絶対にやばい奴だ』そう思っていても引く事を知らない舞は、火焔の剱を般若に指し示し言い放った。
「こらっお前!妖者かぁ?!わざわざ祓われに来るとは馬鹿な奴!」
そう言いながら神氣を高め、剱の火焔を自ら纏った舞は脇構えで般若に突っこんでいった。
「焔鬼斬っ!!」『カキィィィィン……』
乾いた空に響く甲高い金属音……舞の渾身の一撃を般若の苦無は、難無く受け止める、そして……。
「天の川…雲の水脈にて早ければ…光とどめず月ぞ流る……」
『ドゴガッッッ!!!』
そう呟いた後、右の回し蹴りが舞の左わき腹に決まる!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げ吹っ飛ばされた舞、凄まじい勢いで山の中腹に叩きつけられた。起き上がろうとする体中に激しい痛みが走る。舞は、もうこの時点で戦意を喪失しつつあった。
「かはっかはっがはっ!! 神氣の息を……早く……かはっかはっ!……駄目……息が…息が出来ない……」
地べたに這いつくばり、のた打ち回る舞に静々と歩み寄る般若……そして再び歌を詠む……
「命はや……なにぞは露の……あだものを……あふにしかへば……惜しからなくに……」
そう歌いながら苦無を頭上高く振り上げ、舞が持つ火焔の剱を弾き飛ばした。剱は、空中に高く舞い上がり般若の遥か後方の地面に突き刺さった。丸腰になった舞は、恐れ慄き……寝ころんだまま、あと退りをする。
「いやだ……死にたくない……死にたくない……死に……たく……な……い……」
満月を背にした般若……舞を追い詰め、右の苦無を再び頭上高く振り上げ止めを刺しに行く般若、苦無に月明かりが反射したと同時に振り下ろされた。
「ひっ!」
『カッッキィィィィィィン……』
恐怖のあまり目を閉じた舞、再び目を開けると般若の苦無を受け止めている優がいた。
「ゆ……優……」
「もぉうバカ舞!探したよ!こんな遠くまで一人で来て!でも間に合ってよかった!」
優は、般若を振り払うと平野藤四郎を指し示し言い放った。
「下がりなさいっ美月!これ以上やるというのなら私が相手になる!舞に……舞に手を出すのならいくら美月でも絶対に許さないっ!」
そして短刀を鞘に戻し、大きく手を広げ拍を打った。
「桜……纏!」
優は桜嘩の纏を纏い平野藤四郎を鞘から抜き、般若に指し示した。
桜吹雪が優を包み込む姿を後ろから見ている舞、すると優の背中に重なって見えたのは舞美の姿………その姿が次第に消えゆき、そして……消える間際、後を振り向き舞に微笑みかけた……。
「舞美……おば……ちゃん……」
それは幻だったのか……確かにほほ笑む舞美の姿だった……。
般若と対峙する優、苦無を構え臨戦態勢を取ろうとしたその時!
『パァァァァン!パンッパンッパンッパパパパンッ!!パンッパンッ!!」
天空から凍てつく雷が降り注ぐ!しかし般若はそれを難無くかいくぐり何処かへ飛び去って行った。
「逃がしてしまいましたね……」
嫗めぐみが上空から降り立ち呟いた。
「舞!大丈夫しっかりして!」
横たわる舞を抱き上げ声を掛ける優。舞は目をゆっくりと開けゆっくりと頷き……優を見つめる。
「うん……よかった……あんまり無茶しないでね……舞……」
そしてその目からは、止めどなく涙があふれ出てきた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめ……んな……さい……うっうっううううっ……」




