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纏物語  作者: つばき春花
水上村の化猫編
63/126

其之陸拾参話 挑発

【全国1位と2位】


「キエャァァァァァ!!」


 武道場に響き渡る一際大きな気合いの入った声。


『ドンッ!! パァァァンッ!』


 踏み込む一歩は床を軋ませ、そこから繰り出される一撃は、まさに電光石火の速さ、流石全国4位だけの事はある。それを微笑ましく頷きながら眺める顧問の立道清夏。


「うんうん!いいぞ、全国4位の井桁、県代表の青井!この2人を中心にやれば……フッフッフッ……個人、団体でも全国制覇も夢じゃない……フッフッフッ…」


 腕を組みほくそ笑む顧問を遠くから冷やかな眼差しで見る優…


(顧問のあの時の態度……さては舞が転校してくる事を知ってたなぁ……にやにやしちゃって…すっごい意地悪……)


 そう思いつつ座っているとかかり稽古を終えた舞が優の所へきた。


「ねぇ優、一本…やらない?」


(この言い方!このやろぉ…私を挑発してるなぁ…誰がそんなのに乗るもんか!)


「あ、ああ私は、今休憩中だから!他の人とどうぞ!」

 

 優が笑いながらあしらうと、面を着けたまま、耳元に顔を寄せボソッと呟いた。


「逃げるの……? 意気地なし……」


『カッチィィィン…』


 その言葉を聞き、一瞬で頭に血がのぼった優は、綿タオルを頭に巻き始め、無言無表情で防具をつけ始めた。


「やった!そうこなくっちゃね!」


 舞は、右腕と左腕を交互に回しながら準備をした。優も支度が終わりお互い向かい合って立った。


 礼をして立ち会い線まで進み、蹲踞を行い竹刀を合わせ、立ち上がる。


「始めっ!」 


「キェ゙ャァァァァァァァァァァァ!」


 全国4位と熊本県1位の対決を他の部員が固唾をのんで見守る緊張感の中、立道清夏だけは両手を口に当て、顔を真っ赤にして目をうるうるさせている。


(凄いっ! 凄いわっ! この間まで予選1回戦敗退校だった剣道部に県1位だけじゃなく全国4位も居るなんて!きゃぁぁぁぁ!素敵っ!)


 気合を入れて構える舞、全く隙がない、流石…全国4位は伊達じゃない……しかも舞が4位に甘んじたのは優が呆気なく1回戦で敗退した為、確実に決勝で対戦すると思っていた舞のやる気が失せてしまったからである。もしあの時……優が勝ち続けていたのなら…あの方の酔狂が無かったなら…間違いなくこの2人の何方かが……全国1位だったであろう……という事は……この対戦は、実質全国1位を決める対決……という事になる。


 因みにやる気を無くし手を抜いた事が原因で、舞は顧問との間に確執が生まれ、転校する要因の一つになっていた。


(さすが優…隙がない……全国4位なんてそんなもの、私にはまったく興味がない!でも優……神力は敵わなかったけど剣道ではあなたより私の方が上よ……皆の前で格の違いを見せつけてやるんだから!)


 そう言いつつジリ…ジリ…っと間合いを詰めていく舞……すると優の剣先が少し、ほんの少し下がった。


(いまっ…だっ!)


『ドンッ!!』


「めえっ?!」


『パァァンッ!ガツッ!ガッゴトッ!……』


 勢いよく踏み込んだ瞬間、舞の竹刀が宙を舞、天井に当たって床に転げ落ちた。


(えっ?えぇぇ!)


 戸惑う舞に向かって優は大きく振りかぶり、上段の構えから面を打ち込もうとした。しかし……


「待てっ!」


 『待て』の声がかかり、打ち込む寸前で竹刀を止め蹲踞をし、後に下がった。


 呆然とする舞……。


(きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!いいぞいいぞっ!やれやれ!もっとやれ!!やっちゃえっ!!)


 顧問の立道清夏がまるでアイドルを目の前で見るように両手を口に当て顔を真っ赤にして目をウルウルさせながら頭を左右に振りながら心の中で叫んだ!


 結局、そのまま双方決まり手がなく引き分けで終わった(優は、完全に手加減していた)


 稽古が終わり、さっさと着替えて学校を出た優をいつものように舞いが追いかける。


「優! 優ったら! 待ってよっ、ちょっと待っててくれてもいいんじゃない!?」


 優はピタッと立ち止まりくるりと振り返った。その顔は、明らかに怒った表情だった。


「舞っ! あんたね、ああいう挑発の仕方は、止めてもらえないかな! 人を小馬鹿にしてっ! 私ああいうの大っ嫌いだからねっ! ふんっ!」


 優はそう言い放つと、再び前を向いてスタスタと早足で歩き出した。その後ろ姿を見て、ちょっとは反省したのか舞は焦り、謝りながら追いかけた。


 「ご……御免なさい! 御免なさいってば優! もうしないからぁ許してよっ!優ぅ!」


 悪気はなさそうだが、場の雰囲気を読めないというか、度々優をイラつかせる井桁舞であった。




【舞にバレる】


 舞が纏うのは、火焔の纏。その力は、東城七兵衛の御魂によって授かったものらしいがどういう経緯で授かったのかは、いずれ書かれるであろう【外伝 井桁舞『東城舞美になりたかった少女』(仮)】を参照にしていただきたい。


 優の自宅は古い中古住宅を購入した為、無駄に狭い部屋が多い作りだった。なので2階には、4部屋程あり、舞が居候しても何も問題はなかった。生活費は、恭一郎がしっかり送って来てくれている(しかも余分に)


 因みに兄の恭介は、『行かない』と言ってきっぱり断った(本当は行きたかったけど嫗めぐみが怖いから行きたくなかったらしい)


 そして舞は、毎夜行っている修練にも付き合っている。いや、付き合っていると言うより『付いて来ている』と言ったほうがいいだろう。当初、優と嫗めぐみは、色々と小うるさくて面倒くさい舞に毎夜、修練を行っている事がばれないようにしていた。


 しかしある夜……


『バァン!』


「ちょっと! そこの2人! こんな夜遅くにどこ行くのよっ!」


 それは、舞がここにきて一週間程が経った頃、2人がこっそり優の部屋から外へ飛び立とうとした時、ドアが勢いよく開けられ、舞が怒鳴りながら入ってきた。慌てた優が口に人差し指を立て小声で言う。


「しぃぃぃぃぃ! 大きな声話出さないで!下に聞こえるでしょ!」


「なぁぁんか2人で夜中にこそこそしてるなぁと思ったら……ふふぅぅん……そういう事だったのねっ?」


 舞は腕を組み、含み笑いを浮かべた。そして…


「よしっ私も行く! いいでしょ、二人とも! 『パンッ!』纏!」


 そう言って意気揚々と拍を打つ舞。すると右耳にある赤いピアスが輝き、一瞬にして真っ赤な纏を纏った。腰には、柄の部分からゆらゆらと黄赤の炎が揺らめいている美しい剱があった。


「さぁ! 行くわよ2人とも!」


 そう言って誰よりも先に窓から外へ飛び立った。優と嫗めぐみは、顔を見合わせた後、舞に続き部屋を飛び立った。


 それから舞は毎日、修練に付いて来るようになった。


           つづく……

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