其之陸拾話 大切な友達
「れ、鈴…………そ…そん…な…鈴が妖者……妖者だなんて……」
愕然とする優、そうしている間に夏木鈴子の体は、見る見る膨れ、耳が立ち上がり口が裂け、太い指からは鋭く長い爪が伸び揃った。其の姿は、猫の妖者……そう……化け猫であった。
四つん這いになり唸りながら優を睨む化け猫、今にも飛び掛かってきそうに、低く身構えている。
「鈴っ!! 鈴っ! 私よ、優よ!止めて、もとに戻ってっ!」
無理だと分かっていても必死にそう呼びかける優、するとその後方から不敵な笑い声が聞こえてきた。
「フハァァァァハッハッハッハッァァァ! どうですか?私が生み出した化け猫は?ちょっと貴方のお友達をお借りしましたけど、素晴らしい出来では有りませんかぁ?!ハッハッハッ!」
「お前?!…………なんて事をぉぉ……」
「さぁ優よ、纏いなさい!そしてその化け猫を見事祓って見せよ!しかぁし!気をつけよ、優よ……その娘の御魂と怨霊の御魂は……私の術で共に一体となっている」
(なにぃ? いや…月下の刀は、悪しき魂しか斬らない……そうだ……ならば御魂が一体となっても悪霊だけ祓えるはず……)
「纏……」
そう考えながら、優は静かに纏の言の葉を呟き、化け猫を前にして月下の刀を『シュラッ……』と抜いた。と、そこで宮司がわざとらしく言い放った。
「おおっと……一つ言い忘れていた……其奴には、鬼一法眼の御魂も少ぉぉし、混じっていてな、いやぁすまんな、すっかり忘れていたぞ!」
(鬼一法眼……の御魂!?……この野郎ぉぉ……姑息な手を……)
無表情でいた優だったが内心穏やかではなかった。鬼一法眼、優が祓った妖者の一人……陰陽師であり伝説の剣豪。凄まじい剣術で優を苦しめたが最後は鬼と化し、月下の刀で打ち祓われた。その鬼である鬼一法眼の御魂が、この化け猫に混じっているのであれば……優は、この妖者を斬る事は……出来ない。
何故なら……月下の刀は『鬼斬りの刀』だからである。この刀で化け猫を斬ってしまうと化け猫と鬼の御魂諸共、鈴の身と御魂を斬ってしまう事になる。
そこで宮司が勝ち誇ったかのように再び言い放った!
「気づいたか優よ…………即ち! お前の月下の刀で其奴を斬ればどうなるか……分かっておろうなぁ……フッフッフ……ハァッハハハハハハッ!!」
(くっ…………ならばっその陣を壊すまで!)
優は、刀を脇構えにし、陣のある宮司の方へ飛んだ! しかし!
「ニギヤァァァァアアアアッ!!」
化け猫が宮司を庇うように前に立ちはだかった。そして鋭い爪で斬り掛かってくる!
『ガギヤッッ!!ガギッガギッギッギギギッ……』
「駄目! 鈴っ!駄目よっ静まって鈴!」
化け猫の爪を月下の刀で受け止める、物凄い力で押さえつけようとするが刃筋に触れた化け猫の手が裂け始める。
(いけない! 月下の刀では鈴を傷つけてしまうっ!)
「ごめん、鈴!!」
『ドガッッドゴッ!!』
優は、右脚で化け猫を蹴り飛ばし一旦下がって間合いを取った。そして月下の刀を鞘に収め、考えた。
(どうする……月下の刀では…傷つけてしまう……でもどうやったら鈴を……元の姿に戻せるの? 陣を壊すしか無いのか……)
そう考えていると!
「グギャァァァァゴオォォォォ!!」
雄たけびを上げながら化け猫が飛びかかってきた! 繰り出される右手からの攻撃!そして左からの連撃! 堪らず逃げるように空へ飛び上がる、しかし化け猫も優を嫉様に追い回し、攻撃を仕掛けてくる!
優は、右腰に有る平野藤四郎を抜き、化け猫の爪を受けるが流石に短刀では全てを受けきれない!
徐々に纏が切り裂かれ、優の生身の身体がその爪に晒される! 身の危機を感じた優は、すかさず拍を打った!
『パンッ!』
「武纏!」
真っ白い氣が優を包み、腕に緑色の蛇の入れ墨が巻き付く、優は、この危機に玄武を纏った。そして……
「絶力亀剛拳!!」
優の拳が巨大な玄武の頭突きとなり化け猫を吹っ飛ばし、市房山の山肌に叩きつけた!
「ハァハァハァハァハァ…………」
息も絶え絶え、化け猫がめり込んだ山肌に飛び行くと、其処にはぐったりとなって、横になっている化け猫の姿が……そしてゆっくりと、頭をもたげたかと思うと…………
「痛いよぉ……痛いよぉ……優……。何で…何でこんな…こんな酷い事するのぉ……優」
それは、紛れもなく夏木鈴子の声だった……。
その言葉を聞いた優は、ゆっくりと、首を横に振り…………呟いた。
「いや…………いや…………れ…鈴………」
化け猫は、ゆっくりと起き上がると低く唸り声を上げた、すると周りに沢山の弓矢を手にした落ち武者の亡霊が現れ、優に向かって亡者の鏃を放った。
『ドスッドスッドスッドスッドスッ!』
余りの数の多さに防ぎきれない鏃が優を貫く!
「キャァァァァァァァァァァ…」
亡者の鏃は、優に絡みつきその神氣を吸い取っていく……意識が朦朧とする中で見えたのは、近付いてくる化け猫の姿……。『ごめんね……鈴……ごめんね……』そう心の中で呟いた時!
『カカッッ!!』
月下の刀が神氣を発しながら輝き、亡者共を薙ぎ払った! そして立ち上がる優。
しかし何かおかしい……それは優自身の意思ではなく、目に見えない何かに身体が操られている様だった。
「ど、どうしたの私?!身体が!身体が勝手にっ!」
立ち上がった優は、化け猫の鋭い攻撃をヒラリヒラリと交わし、懐に潜り込み強烈な連撃を放った。
「絶力……亀剛拳……連……」
『ドガガガガッドガッドンッ!!』
それをまともに喰らった化け猫は、ふっ飛ばされ、再び市房山の山肌に叩きつけられた。
「痛い……痛いよぉ……優……助けて……」
涙を流し哀願する化け猫……。
優の身体は、空に浮かび上がり、化け猫が横たわる山肌へ向った。
そして優は悟った……これは…月下の刀……涼介の意思が、妖者から優を守る為に行っているのだと……そして…これから妖者を祓いに行くのだと……。
「駄目……駄目よ……」
静かに呟く……しかし身体の歩みは…止まらない、最後の願いを込めて優が叫ぶ。
「駄目ぇぇぇっ!!鈴は友達なのっ! 私の大事なっ!大切な友達なのっ!涼介おじいちゃん!お願いっ!お願いよぉぉぉっ!」
優の意思に反して月下の刀は、青い神氣を発しながら優を鈴の元に導いた。
そして柄に手を添え抜刀させようとする。必死に抵抗する優、しかし抵抗虚しく、その手に刀が握られた。優が涙流らに叫ぶ!!
「舞美ばあちゃん!!!!」
『キィィィィィン…………』
突然聞こえてきた甲高い金属音、と同時に身体の力がふっと軽くなった。
『優……私の………優……』
舞美の声が聞こえる……何処から?
その声は、右手にある指輪から聞こえてきた……。
「うん……分かった…ありがとう……舞美おばあちゃん……」
そう呟くと優は、ゆっくりと手を広げ拍を打った。
『パンッ!』
「桜……纏……」
つづく……
次回……水上村の化け猫編完結
『其之陸拾壱話 忘却』
ご期待下さい…




