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纏物語  作者: つばき春花
高校総体全国大会編
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其之伍拾陸話 神守を継ぐ者達

 インターハイ初日は、団体戦から始まる。優は個人戦のみの出場なのでこの日は、大会の見学と会場隣にある武道場で清夏先生を相手に軽い稽古を行った。


 一通りの稽古を終え正座をし、面を取る、すると多くの学生が稽古をしている中で一際、気合の入った声で稽古に打ち込む女子に目が行った。


(あの子、凄い…気合が入ってるなぁ……誰だろう? ここに居るという事は、明日の個人戦に出る子だな……)


 そう思いつつ、その女子の垂に記してある名前を見た。


(井…………桁……井桁さん……かぁ……)


 優は、ロッカールームに戻り着替えを済ませた後、持っていたトーナメント表を見ながら井桁と言う名前を探した。


(井…桁……井…桁…………あ、あった、愛知県立……城鶴高校、井桁……舞。Aブロックかぁ……良かった…同じBブロックじゃなくて……)


 そしてロッカールームを出て、先生と嫗めぐみの待つ二階席へ向かっている時の事。


 稽古を終え、廊下を歩いてくる剣道女子の集団とすれ違おうとしていた。その中の女子の一人になんだか見覚えが……と考えていると……思い出した! 


 昨日、総合体育館のアリーナ席の向こう側からこっちを見ていた二人の内の女子だった。 


 そう思いながらすれ違いざまに垂をチラ見すると『井……桁』と書いてあった……その女子は、武道場で一際気合が入っていたあの女子だ。優は思わず立ち止まり、後ろを振り返った。


(あの子……井桁…舞。昨日、私を見ていた?)


「いやいや、気のせい気のせい! 自意識過剰だぞっ私! ハハッ!」


 と言って両手で自分の頬を叩いた。


 その日の夜、三人で夕食を取りながら、明日の試合に向けてのミィーティングを行った。その後は、就寝まで自由時間、だったがどうにも『井桁舞』の事が頭から離れない。


(なんだろう……彼女の事が凄く気になって仕方がない……)


「ああぁぁぁっ!!もおぉぉ、イライラするっ!!」


 そう言いつつベッドから飛び起き、竹刀袋から木剣を取り出した。そして…


「めぐみさん!私、屋上で素振りしてきます!」


 と読書をしている嫗めぐみに言い残し、部屋を出ていった。


 ホテルの屋上は、緑地化されており広い芝生のスペースもあった。そこで優は、無心で木剣を振った。


 『ブンッブンッブンッブンッ』


 誰もいない屋上に、木剣の風切音が響く……。


「ふうぅぅぅ……」


 何の位の時間が過ぎたてあろう、優は、汗を拭きながら夜空を見上げ、一息をついた、すると……


『サクッ…サクッ…サクッ…サクッ…』


 暗がりの中、芝生の上を歩き、優のいる方へ誰かが近づいて来る。その足音……人数は……多分……二人。


 この屋上は共有スペース、誰でも自由に入ってこれる場所なので気にも留めていなかった。


 しかしその二人は、真っ直ぐ優の元へ歩み寄ってきた、そして……後ろから若い男の声が……


「あのぉ…人吉商業高校の青井優……さん…ですよね?」


 突然自分の名前を呼ばれた優。一瞬驚いたが振り向くと同時に返事を返した。


「そう……ですけど……」


「やっぱり! 突然声を掛けてごめんなさい。初めまして……僕は、城鶴高校一年、井桁恭介そして妹の…」


「井桁舞……です…ふふふっ…」


(この二人……やっぱりあの時の……でもなによ、今の『ふふふっ』って!うす気味悪い!)


 照明が二人を後ろから照らしているせいか、その表情は、見て取れない。


「いやぁ嬉しいなぁ…あの青井優さんに…こんな所で会えるなんて…」


 恭介と名乗る男が意味ありげな言い方をしてくるのに対し、優はゆっくりと神氣の息を始めた。


(この二人…何で私の事を知ってるの……妖者か? だったら男の方は分からないけど…女の方は相当な使い手……どうする? 先手必勝で纏うか……)


「君、強いんでしょ? でもねぇ……僕達も強いんだよ……………。東城…舞美の孫娘さん!」


 と言う終わるや否や!


『ガッキィッ!!』


 井桁舞がいきなり優目掛け、木剣で打ち込んできた! 優は咄嗟の事だったが受け止める事が出来た。


 そして連撃を繰り出す!


『カンッカンッカンッカカンッカンッカカンッカンッ!!』


 全て受け流す優しかし……


 (この剣…剣道の太刀筋じゃない!しかも速っ! なんて速い剣!!)


 その太刀筋は、鋭く、そして速かった。防戦一方の優、鍔迫り合いになった優の眼前で、含み笑いを交えながら言い放った。


「あなたの相手は私!! 言っとくけど本気を出さなきゃ怪我するわよっ!!」


 それの言葉を聞いた恭介が叫ぶ。


「こらっ舞!! ずるいぞっ!!」


「纏えない兄貴が悪いんだよっ! この獲物は私がやる!」


(獲物? 私がやる? なになになに! 私の事獲物って言ったぁ⁉ 私は鹿や猪じゃないっちゅうのぉぉ!)


「行くわよぉ! 青井優!!」


 そう言うと井桁舞は、後ろに飛び下がって距離を取り、木剣を投げ捨て、にやけながら手を大きく広げ、拍を打ち叫んだ!


「焔!纏!!」


『ボゴッゴガァァァァン!!』


 舞は、爆音と共に真っ赤な火焔の千早を纏いその手には、燃え盛る剱があった!


「コラッ! お前! 木剣を投げるとは何事だぁ!!」


「何ッ?! 中々面白いこと言うわねっ!! でもその余裕面もそこまでよっ!ハァァァァァァァ! 焔舞!」


『バァァァァァァァァァン!!!!』


「爆烈極焔舞ぅ!」


 体を捻り、燃え盛る火焔を剣に蓄え、更に体を回転させ、まだ纏っていない生身の優に、容赦なく斬りかかってきた!  


 「青井優! とったぁぁぁ!!」


 舞が全力で刀を振り切った! しかしっ!


『カッ……キィィィィィィィィィン…』 


 瞬で青き月の力を纏った優、月下の刀を頭上に掲げ、その斬撃を受け止めた!


「ふんっ!…」


 受けた斬撃を返しで振り払った優……手に持った月下の刀を腰に戻し、井桁舞に向かって警告した。


「貴方が誰かは知らないけど……そっちがそう来るのなら……私もそれに応えてあげないとね……」


 そう言いながら、手を広げ拍を打つ。


『パンッ!』


「朱……纏……」


『ギャォォォォォォォォォォォ!! バゴッガァァァァァァァン!!!』


 気魂けたたましい鳴き声と共に、井桁舞が纏った火焔の数倍の炎を巻き上げながら燃え盛る朱雀が現れ優と交わった!


「月下の刀……朱焔……」


 優の右腕に巻き付く蛇の刺青が朱く染まり、月下の刀が朱い氣を纏う。優は、ゆっくりと脇構えを取り優、前方の頭上、約百五十メートルにいる井桁舞を見上げた。そして『すぅぅぅぅ……』と息を吸い込み腰を屈めたと同時に蹴り飛んだ!


『ドンッッッ!!!!』


 あっという間に…いや、瞬で井桁舞の目の前に現れた優、井桁舞は、その速い動きを捉える事が出来ていなかった!


「?????えっ?!」


「そぉぉぉらっ! 行っっくわよょょっ!!」


『カキィィィィン! ドゴォォッッ!』


 威勢のいい掛け声と共に、井桁舞の剱を月下の刀で跳ね上げ、優の膝蹴りが鳩尾に決まり!


「がぁはっっっ?!」


「そらぁぁぁ! もう一丁ぉぉぉ!!!」


『バガギッッッ!!』


 体がくの字に折れ曲がり嗚咽を上げる井桁舞! 更に追い打ちをかけるように左の回し蹴りで思いっきり蹴り飛ばした!


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 井桁舞の身体は、まるで大空翼にシュートを放たれたサッカーボールのように蹴り飛ばされ、悲鳴と共に伊勢湾の方向へ飛ばされ、坂手島の山中に激しく激突した!


 木々をなぎ倒し土中にめり込んでやっと止まった井桁舞。


「あぁぁ…………痛ったぁぁぁぁい…………そんなぁぁ……何、あの力……話が違うじゃないの……」


 体に激痛が走る中、ボソッと呟くと……


「なんの……話が違うの?」


 土中にめり込んだ井桁舞の後ろには、青井優が目を細め……上から見下しながら佇んでいた。


 「ひ、ひぃぃ!」





 その頃、ホテル屋上では……


「舞の奴、僕が先に戦るっていったのにぃぃぃ……何処いったんだぁ…見えなくなったけど……」


 兄の井桁恭介と名乗る男が、妹の事を羨ましく思いつつも案じていた。其処へ……


「あらあら……何か屋上うえが騒がしいと思ったら……どこかへ行ってしまったようですね……其処の貴方……青井優が何処へ行ったか……ご存じありません?」


 こちらも優の事を案じたジャージ姿の嫗めぐみが屋上へ探しに来た。その姿を見た井桁恭介は、思わず声を上げた。


「げっ!? お、お前は嫗めぐみっ!!」


 井桁恭介は、何故か嫗めぐみの事も知っていた。そして井桁舞が投げ捨てた木剣を手に取り何故か嬉しそうに叫びながら斬りかかってきた。


「ははっ! お前でいいやっ! でやゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


『ブゥゥゥゥン!』


 鋭い風切り音と共に繰り出された一撃を紙一重でかわす嫗めぐみ、しかしほんの少しだけ、木剣に触れた髪が青くチリチリと焼けるのが見えた。


(こ、これは…………)


 井桁恭介が持っている木剣をよく見ると、それが青白い光を発している。


「よくかわしたね……ねぇちゃん……いや、嫗めぐみ!次はお前に一撃喰らわしてやる!」


 その言葉を聞いた嫗めぐみ。すぅぅっと目が据わり顎を引きながら呟いた……。


わたくしを呼び捨て……ねぇちゃん……お前…………貴方には、少々お仕置きが……必要な……ご様子です……ねぇ……」


「なぁぁに言ってんのっ! お前にこの剣の速さが見切れるかぁぁぁ!!」


 確かに剣捌きは、速い! 脇構えからの太刀筋は何処からくるか分からない程だった! しかし……


『ガキッ……』


 嫗めぐみの神楽鈴は、難なくそれを受け止めた。


「えっ???」


 あっけにとられる井桁恭介、そして神楽鈴を木剣に絡ませ、跳ね上げると剣が空高く舞い上がった、と同時に大きく振り上げられた嫗めぐみの右手が井桁恭介の左頬を捉える!


『パンッ!!!』


「ぐはっ!」


 矢継ぎ早に左手が右頬を捉える!


『パン!!!』


「がはっ!」


 そして右膝が鳩尾に入り、体がくの字に折れ曲がる!


『ドゴッ!!!』


「グエェェッ!」


 最後に折れ曲がった体の顔面に強烈な左回し蹴りが見事に決まる!


『バキッッ!!!』


「ギャァァァァァ!!!!」


 吹っ飛ばされた井桁恭介、空中を錐揉みしながら飛び、床に落ちて転げまわって……


『ドンガラガッシャァァァァァァン!!!』


 隅にある自動販売機横のゴミ箱を、すべてなぎ倒し、ようやく止まった。


 力なく横たわる井桁恭介に、静々と近づく嫗めぐみ……。朦朧とする意識の中でめぐみの姿を確認した井桁恭介は、その辺にあった空き缶を手に取り叫んだ!


「ひ、ひぃぃぃ! くく、来るなぁぁ化けものぉぉ!!あっちいけぇぇ!!」


(私の事を……ば…け…もの……と…)


 もう一蹴り喰らわせてやろうかと考えたその時、井桁恭介が手に持っている空き缶に目が行った。


 その空き缶が先程の木剣のように青白い光を発していたのだった。嫗めぐみは、繰り出そうとしていた右足を引き、その男の目を見つめながら語りかけた。


「貴方……お名前は?……」


 怯えて答えない男に向かい、ため息をつき、呟きながらもう一度聞き直した。


「はぁぁ……貧弱。……お前! 名はっ?!」


「ひっ! ははいっ! 井桁恭介ですぅぅ!」


「……恭介……」


手にした物に悪を清める力を備える力……そして聞き覚えのある名。その時、嫗めぐみの脳裏に、ある人物の顔と名が思い浮かんだ。


「お父上の名は?」


ゆっくりとした口調で問い、その高校生は、怯えながら答えた。


「お、お父さんの名前? いい、井桁……恭一郎……です」


「!!!」


「お父上……ひょっとして昔とうじが違うのでは?」


そう聞くと井桁恭介は、考えながらもその名を明かした。


「氏? 苗字の事? お父さんの昔の苗字?……え、えっとぉ……東城……東城恭一郎……です」



           つづく……


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