其之伍拾話 邪惡な陰陽師
四神とは、東西南北を守護する神獣。この街…人吉市は、京の都と同じ様に、四神に護られています。東に球磨川、西に大きな道、南に蓮池、北に村山……。そこを護るのは青龍、白虎、朱雀、玄武の四神」
「四神ってどれもこんなに可愛いの? 神力なんて私達と比べものに成らない位、強そうなのに…」
「四神は、その神力の強さ故、人前どころか私達神職を生業としている者の前にも滅多に姿を現しません……それがあなたの様な未熟で貧弱な方にも見えるなんて……」
(私の事!? 未熟で貧弱なんてまたディスられたっ!めぐみさん酷いぃ!)
顔が引きつる優。
「恐らくこの子は……何者かに神力を喰われてしまった……だからこの様な御姿になった…」
めぐみが続ける……。
わたくしが気になるのは、その中心の地『四神相応』に座する藍井阿蘇神社です。西の白虎様が神力を喰われ、この様になってしまわれたのも藍井神社と何か関係があるのではと……何者かが四神によって護られている東西南北の結界を壊し、其の中心たる社が持つ神力を奪おうとしている…としたら……」
優が問う。
「中心の神社が神力を失ったらどうなるの?」
「私にも分かりません……しかしとてつもなく大きな災いが……この街を覆い尽くす……かもしれません……。藍井阿蘇神社、あれ程大きな社を持つ神社ならばその神力も相当のもの……」
めぐみは、そう言って俯き、暫く何かを考えた。
「私はこの件について調べを始めましょう…貴方は、その子猫……白虎様をお願いします、その子猫…白虎様を狙う者がいるやもしれません」
と言いつつ、優の部屋の天井に身隠しの陣を描き、家の周辺には、悪しき者が入る事が出来ない強力な結界を張った。
部屋の中を無邪気に走り回る子猫の様な神獣、白虎。神力を喰われ、小さくなってしまったその姿は、かなり愛くるしい。
優は、子虎を抱きかかえ、顔を見つめながら問い掛けた。
「お前をそんなふうにしたのは、誰? いったい何が目的なの?」
『ミィャャァァ……』
【陰陽師 鬼一法眼】
驚いた事に子猫の様に小さかった白虎が、少しづつ大きくなり今では大型犬位の大きさにまで成長した。嫗めぐみの見解だと、強力な結界の中に居る為、白虎にかけられた呪術の効果が薄れ、失われた神力を取り戻しているのではないかと言う事らしい。
そして今日は、高校総合体育大会の日である。日頃の修練の成果を発揮する日でもある。白虎の事も心配ではあったが、今は剣道の試合に集中しなければいけない時だった。ベッドの上で眠る白虎の頭を撫でながら一声かけた。
「じゃあ白虎様、行ってきます…」
そう言い残し部屋を出て階段を降りて玄関へ向かう。靴を履きながら…
「お母さぁん! 行ってくるね!」
脱衣場で洗濯をしている母親に向って声をかける。すると母親がいそいそと玄関まで見送りに出てきた。
「いってらっしゃい!頑張ってね!」
「うんっ!頑張ってくるよ、先ずは予選通過だけどね! それでは母上、行って参ります!」
『ガチャッ』
意気揚々と玄関を出る優。肩に掛けた竹刀袋の紐をギュッと握りしめ集合場所の人吉駅へ向かった。
因みに嫗めぐみが所属する弓道部は、水俣市が会場なので既に朝早くからバスで向かっている。
家を出た優だったが少し時間に余裕があったので、人吉城跡の方へ向かい大橋の一つ下流の橋、水の手橋を渡って駅に向かおうと考えていた。
とても気持ちがいい朝だった。人吉城跡の横、相良神社を右手にして、優はトーナメント表を見ながら歩いていた。
しかしここで優は異様な気配に気付き…ピタリ…と足を止めてボソッと呟いた。
「嘘……でしょ……」
その言葉を発して直ぐ……辺りが夜中のように真っ暗になる。そう…あの時と、謎の宮司が現れた時と同じ、そして全ての時が…止まる……。
「こんちくしょぉぉ…こんな時にお出でになるとはぁ…剣道の試合があるのにぃ!」
ブツブツ呟きながら、指輪を擦り大きく拍を打つ!
纏い終わると、すぐに辺りを警戒する。しかし何処にも宮司の姿はない。
すると目の前の芝生に青白く光る大きな陣が現れた。
「く、来る! 妖者がっ!」
優は、直ぐ様月下の刀を抜こうと左の腰に手をやる……が左の腰に刀が…ないっ!
なんという失態! 月下の刀は、修復中と言う事を優はすっかり忘れていた!
「ヤバい! 刀は修復中だったぁ!」
そう思って焦っていると陣の中心から、何者かが飛び出し電信柱のてっぺんに降り立った。
その容姿は、坊主頭でガッシリとした身の丈190センチはある大男、法衣を纏ってはいたが同じ法曹の辨慶とは…何処か感じが違う……其の身から溢れ出る妖気は明らかに邪惡な物だった。
頭上から腕を組み、優をじっと見下ろす大男、この妖者がどの様な攻撃を繰り出して来るのか……腰には、怪しく黒光りする刀……。
(あの体格と落ち着き方からすると、辨慶と同じ力で来る妖者か?……それと腰の刀……見た所普通の刀? いや……もしかしたら辨慶が持っていた刀のような妖刀かもしれない……)
何も分からないまま、優は視線を逸らさず、右の腰に有る短刀『平野藤四郎』に右手を添え、抜刀の構えをとった……気のせいか短刀が妖者の気配に反応し熱くなっている。
(このままでは埒が明かない…私から仕掛ける……かっ!)
『ドンッ』
優お得意の瞬で相手の懐に飛び込む抜刀術、しかし男は腕組みしたまま動かない!
『ガキンッッッ!』
抜刀した瞬間、陣の壁が優の斬撃を止めた!
(こいつ術師っ?!)
ギリッギリッギリッ……と陣に阻まれ刀が軋む、すると男は腕組みしたままブツブツ……と何かを唱え始めた。
(ヤバいっ!)
そう感じた優は、後に飛び避けたと同時に陣が弾け飛んだ!
『バァァァァァァァン!!』
「キャァァ!」
余りの威力に空高くふっ飛ばされた優!あと少し避けるのが遅かったらと思うとぞっとした。大男は手を広げ拍を打ちながら優めがけ突進してきた! 優も負けじと男めがけて突っ込んでいく!
「『平野藤四郎』! 私に力を貸せっ! 月光閃、十文字斬っ!!!!」
『シュパッシュパッシュパッシュパッシュパッパッ!』
『平野藤四郎』は、男を囲んでいる陣を全て斬った! そしてその勢いで嫗めぐみ譲りの回し蹴りを、男の鳩尾に叩き込む!
『ドズゥンン!』と鈍い音が辺りに響く。
「ぐぅむぅぅぅ……」
男の巨体がくの字に折れ曲がり、顔が歪んだ。
「そらぁもう一丁ぉぉ!」
『ドガッッ!ドドォォォン!』
折れ曲がった体の首根っこに、頭上からの強烈な右足蹴りが入った! 男の体はピンポン玉のように弾かれ、球磨川の中州にものすごい速度で叩き付けられた。
パラッ……パラッ……パラッ…………
土煙が上がり巻き上げられ、小石が落ちてくる中、優は短刀を鞘に納めながら中州に降り立った。
視界が開ける、中州に男がめり込んだ大きな穴が開いていた。
暫くすると……その中から大きな手がにゅぅっと出てきたかと思うと男の巨体が這い出てきた。
(やっぱりね……全然効いてない……これぐらいでやられる妖者とは思ってなかったけど……全くの無傷だわトホホ……)
そして男は、背筋を伸ばし、低い声で言い放った。
「我が名は、鬼一法眼…………我は……辨慶のように甘くはないぞ……青井……優…………フッフッ……」
不敵に笑いながら…………腰の刀をスラリと抜いた。
つづく……
つばき春花です。『纏物語』お読みいただきありがとうございます。
おかげさまで『纏物語』も伍拾話を書き終える事が出来ました。ここまで続けていけますのも、これもひとえにお読みいただいている皆様のおかげです。これからも『纏物語』をよろしくお願いします。
次回予告……「其之伍拾壱話 京八流の剣技」
ご期待ください……




