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纏物語  作者: つばき春花
第参章 月姫と月読尊
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其之百拾伍話 自我崩壊 

 鹿(ししを追いかける一縷。知らぬ間に母、舞とずいぶんと離れてしまった。得体のしれない神面衆が張った結界の中で一人になる事を危惧していた一縷だったが、逃げる鹿を常に視界の中に捕らえ、追っていたのでその事を忘れていた。


(くっそおぉ……逃げ足の速い奴! 追いつきそうで追いつけないッ!)


追いついでは離れ、離れては追いつき、それを繰り返していた一縷は何かに気付いたのか『はっ』としてゆっくりと立ち止まった。


(しまったぁ……奴を追いかけるのに夢中で周りを全然見ていなかった……)


周りを見渡す……真っ白い街並みからは物音一つせず、静まり返り、人っ子一人見当たらない。空を見上げると満天の星空が広がっている。重い空気が肌に纏わりつく感覚……かなりの不快感だ。すると……


「クックックッ……」


何処からか、耳障りな含み笑いが聞こえてきた。


その声を探し、辺りを見渡すと一際高い電信柱の天辺に腕を組み見下ろす神面衆、鹿がいた。


すぐさま刀に手を添え、抜刀の構えを取る。しかし鹿は、構える一縷を見据えたまま微動だにしない。見たところ、鹿には、刀という類の物が見当たらない。


(此奴の武器は? 刀じゃない……素手? いや……あの逃げ足の速さ……ひょっとしたら私をおびき寄せるために逃げた? こいつ、どう仕掛けてくる?)


鹿を視界に捉えたまま、そう考えていると背後から自分の名を呼ぶ声が。


「一縷さん……」


その声にゆっくり振り返ると……そこに立っていたのは、制服姿の巫凛(かんなぎりんだった。


「凛……先輩? どうしてここに?」


凜はゆっくり顔を上げ、閉じた目を開いた。開いたその目は、黄色い(まなこで、空いた途端鋭く一縷を睨みつけ、全身からは、隠しようがない程の凄まじい殺気を放ち始めた。そして後ろ腰から狐の半面を取り出しそれを顔に当てると、立耳とふさふさの真っ白い尻尾が生え、白い袈裟を纏った神面衆、野弧やこに化けた。


「凛……いや、野弧……お前……」


野弧は、腰の刀を『しゅらっ……』と抜くと脇構えをし、一縷に向かって呟いた。


「月姫を渡せ……」


呟き終わると凄まじい速さで一縷に斬りきってきた!


『カッキィィィィンッ! キンッキンッキキンッ!』


無表情で斬り掛かる野弧。その太刀筋は、本気で一縷を斬ろうとしている、その証拠に繰り出される一刀一刀が確実に急所を狙っているからだ。


(野弧ッな、なんでっ?! くっオジイぃ、どうなってるのっ?! オジイ達ぃ! なんで答えてくんないのぉ?! 月姫様ぁ!)


防戦一方の一縷。いつもなら五珠の御魂達が我先にと助言を与えて来るのだが、どう言う事か今、一縷の危機に誰一人とて口を出す者がいなかった、そう月姫でさえ、だんまりを決めていた。


『ガギッギリリッギギギギギッギリリッギギギギギッ……』


野弧と一縷の鍔迫り合い、金属同士がすり擦れる不気味な音が辺りに響く。次第に一縷の身体から不穏な氣が立ち上ってくる。それと同じくして五珠の腕輪が黒く変色を始めた。


「ごめんなさい……凛先輩、野弧……。もうこの怒りを抑える事が出来ない……」


ありったけの力で野弧を振り払った一縷は、十分な間合いを取り月下の刀を鞘に納め大きく手を広げ拍を打った。


「『パァァァンッ!』 陰ッ!」


と同時に黒焔が全身を包み込み、焔中から漆黒の纏を纏った一縷が歩み出てきた。一縷は、野弧を見据えると腰の刀『新月の刀』を抜き中段に構えた。しかし一縷の身体から溢れ出る惡氣に躊躇する事無く野弧は大きく刀を振り上げ、凄まじい勢いで斬りかかってきた。その動きを完全に見切った一縷は、難無く野弧の胴から左肩へ斬り上げた。


『バッ……ボォォォォォンン!!』


斬り口から激しい爆音が唸りを上げながら黒焔が立ち上り、それが一瞬にして野弧を包み込んだ。そして野弧は、声をあげる事無く跪き力なく俯きに倒れた。燃えさかる凛の屍を見つめながら我に返った一縷、


「えっ?……私 私 何を 凛先……輩? 先輩を斬った? 私 斬ったの?」


呆然と佇む一縷の後ろから今度は……


「一縷」


その声に振り向くとそこには、一縷の親友、田中蘭子が……。


「蘭……子……?」


『なぜここに蘭子が?』そう疑問に思う間もなく蘭子の髪が『ブワッ!』っと逆立ち、瞬で鬼の姿に変わり腰の刀『鬼神刀』を抜き斬りかかってきた。その剣技は、荒々しいものだったが一刀一刀が凄まじく気を抜けば後ろに吹っ飛ばされる勢いだった。


『ガギンッゴギンッ! ガインッ! ギンッギンッギンッ!!』


蘭子は、打突しながら叫んだ。


「月ッ! 姫をッ! 渡せッ!!」


「蘭ッ 子! なん でッ! どう してッ?! 止めて 止めてったら! 蘭ッ 子ぉぉぉ!」 


野弧が斬り向かってきた時と同じで感情など何もなく、無表情に斬りつけてくる、しかしその太刀筋は鋭く、正確に急所めがけて打ち込まれてくる。ついこの間、鬼の力に目覚めたばかりでその強大な力を使いこなせていなかった蘭子。しかし目の前にいるこの鬼、蘭子は、その力を我が物にし、繰り出される怪力は、一縷の神力を凌駕する程だった。


(駄目ッ! 手加減なんかしてたら、こっちがやられちゃう!)


辺りの空氣を巻き込み、蘭子の剛剣が上段から振り下ろされる!


『ガッギィィンッ!』


凄まじい力を刀で吸収しつつ、その太刀筋を右に受け流す。


『ブゥン!』


返す刀が風を激しく巻き上げながら真横から戻り斬って来る! 


『キキィィィンッ!』


その太刀をみねを使い下から跳ね上げる!


思い切り両腕が上がり『万歳』の格好となった蘭子の胴が顕になった、しかし一縷は『親友』蘭子を斬る事を躊躇し刀が一瞬止まった。蘭子は、その一瞬の隙を突き、跳ね上がった刀を手元でくるっと回し、両手で柄を握り直すと切っ先を一縷に向けると、雄叫びを上げながら胸部めがけて刺し突いてきた。


「きぇやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


「蘭子……駄目ッ……駄目ぇぇぇぇ!!」


『キキンッ! ギィィィィィィィッ!!!』


咄嗟に刀を立てその突きを巻きながら受け流し、そのまま真横へ振り抜いた。


『シュパッ!!』


………………一縷の放った一閃は、鬼の……蘭子の首筋を深く……深く斬った……。


『プシュゥゥゥゥゥゥ!!』


斬り口から血飛沫が噴水の様に激しく噴き出し蘭子は、膝を突き前のめりに倒れた。


血の池に浮かぶ様にうつ伏せに倒れている蘭子を、呆然と見つめる一縷。その目は『カッ!』と見開き身体は小刻みに震えていた。


「ら ら   蘭 子。  ら 蘭……子……」


無意識に発する声は、弱々しく親友の名を呼んでいた。そして後から声が来てくる、それは自分の名を呼ぶ声。その声が徐々に近づいてくる。


「い…………いち……一縷…………一縷」


ゆっくり振り返るとその声の主は母、舞だった。


「お……お母ぁ……さん……わた……し、取り返しがつかない事を……取り返しがつかない事を……うっうっうっ……お母さん、私……どうしたらいいの……教えて……お母さん……うっうっううううっ」


優しく一縷を抱き寄せる母、舞。暫くすると頭に顔を寄せこう呟いた。


「大丈夫よ……貴方は悪くないのよ……巫凛を殺した事も……親友、蘭子を殺した事も……そして私を見殺しにした事もね……貴方は全然悪くないのよぉ……フッフッフッ」


不気味なその言葉にはっとした一縷は、母の胸から素早く後方へ飛び離れた。そして、そこで目にしたものは……口から一筋の血を垂れ流す母の姿だった。その背中には深々と剱が刺さっている。それはあの時、自分を庇い背中に剱を受けた母の最期の姿だった。


「一縷……貴方は、私を見殺しにしたおよぉぉ……どうして助けてくれなかったのぉぉ」


「一縷さん……何故私を斬ったのぉぉ……痛いわ……ほらぁこんなに血が出てるぅぅ……」


「一縷、私たち親友じゃなかったのぉぉ……私を守ってくれるんじゃなかったのぉぉ……」


一縷の後ろから、血だらけの巫凛と田中蘭子が恨めしそうに一縷を見つめ訴える。


「い い い……いゃぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」


頭を抱え、髪をくしゃくしゃに搔き毟り、泣き叫びながら跪く。一縷の自我は、崩壊寸前だった。



つづく……

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