其之百拾参話 風神の狼
【仇】
「どうだ狼よ、仇の顔を見る事は出来たのか?」
「ああ……鹿よ……。遠くからだったが、顔を拝む事が出来た……まだ年端もゆかぬ、ただの小娘だった……」
「クックックッ……狼よ……小娘だからといって侮ってはいかんぞ。あの娘は、紛れもなく東城の血を受け継ぐ者。月下の刀だけではなくあの五珠の御魂を持っておる。牛頭、蜈蚣がその力に屈した。その神氣は、お前の想像を超えるほど強力……お主の兄者……雷神の狼を祓う程になぁ」
「ぐぅっ……東城の血を受け継ぐ娘……そして邪刀、月下の刀……必ずや手に入れ我が兄の仇、必ず成し遂げて見せようぞ……」
【異世界決戦】
学校で見た白い犬の正体、それは神面衆の一人、風神の狼だった。一縷の前にその姿を白昼堂々と表したという事は、すぐにでも月下の刀を奪いに来る事に疑いはなかった。
朝、学校へ向かう途中で月姫に疑問に思っている事を問質した。
(ねぇ月姫様……)
(…………なんじゃ?)
(月姫様は、そのぉなんていうかぁ……私とは比べ物にならない位……強い……でしょ?)
(だからなんじゃ……)
(じゃぁ……私なんかが守ってあげなくても、神面衆なんて簡単にやっつけられるんじゃないかなぁと思って……)
月姫は、その問いに暫く黙り込んだ後、こう答えた。
(ふん、そんな事か……。妾は、神面衆には手を出すどころか傷一つ負わす事もできぬ……)
(何故……ですか?)
そう聞き直すとしばらくの沈黙の後に答えが返ってきた。
(それは……今お主が知る事ではない)
(は……はい……ごめんなさい……)
予想外の冷たい言葉に、思わず謝ってしまった一縷だった。
そして、気持ちが落ち込んだまま、学校の直ぐ側、最後に渡る交差点に差し掛かった。正面の信号は赤。その前に立ち止まり、信号が青に変わるのを待つ一縷。の目前を大きな一台の大きなトラックが通り過ぎた、と同時に視線を横断歩道の先に向けるとそこには、長身で白装束、顔には犬らしき半面を付けた長身の男が立っていた。
(一縷……)
虎五郎が静かに語り掛ける。
「うん……分かってる。緋……纏……」
一縷は、その半面の男を見据えたまま、大きく手を広げ唱えると焔の纏を纏い月下の刀を抜いた。
反面の者は、腰の刀を抜いた、それは細く靭やかな白い柄の刀だった。
『シャシュッシュッ!』」
それを、無造作に左右に振り斬った反面の者。すると辺りが急激に変化し始めた。時の流れが止まり男を中心にすべての形ある物の色が抜け、真っ白になった。そして快晴だった青い空は、暗闇に変わり徐々に無数の星が浮かび上がってきた。地上は真っ白な昼の世界、頭上は、星が輝く夜の世界。それは、昼と夜が共存する今までに経験した事がない不思議な世界だった。
(なにこれ……急に息苦しくなった……なんだろう、体も重くなった気がする……)
辺りを見渡す一縷の背後から不気味な声が聞こえてきた。
「クックックッ……小娘……月姫を渡せ、と言ってもお前の命はもうないも同然だけどな、クックックッ……」
その声の主は、鹿の半面を付けた神面衆。腕を組み、気色の悪い声を出し笑いながら一縷を見据えていた。
(野弧の奴、神面衆は、単独行動だ! なんて嘘ばっかりっ! 挟まれちゃったじゃない!)
月下の刀を片手で構え、もう片方の手は、平野藤四郎の柄に手を添える。
「我が名は、狼……兄者の仇、取らせてもらう……」
「仇!? 何言ってんだか分からない、何で私があんたの仇……」
そう反論を返している途中、狼の姿が『ユラリ……』と歪んだ次の瞬間!
『カッ!キィィィィィィィン……』
まるで楽器から奏でられたような甲高い綺麗な金属音が辺りに拡がった。其れは、狼が放った太刀を受け止めた時に放たれた音色だった。
(何こいつ?! 目の前に行き成り現れた……でも動きが全然見えなかった……咄嗟に刀が出て止めたけど、やばいやばいぃ!)
狼の動きを完全に見失っていた一縷。その動きは、正に風神の如く速く鋭かった。鹿と狼に背を向けない方向へ飛び下がり、十分な間合いを取った一縷。狼は、姿勢を正すと真っすぐに一縷を見据え言い放った。
「よくぞ……よくぞ我が一の太刀を止めた……小娘、東城の血を引く者よ。次は確実に斬る!」
そう言いつつ刀を構えた、その構えからは、慈悲の一欠片も感じられず、身体から発する凄まじい殺気を隠そうともしなかった。
(やばい……今度は止めらんない……かも……)
一縷は、覚悟を決めた。しかしそれでも抗う気持ちは多少なりともあ
った。
すると、狼の体がさっきと同じように『ユラリ……』と揺れた……と!
『バァッ!! ババババアァァァァァァンッ!!』
凄まじい轟音と共に二人の間を雷撃が貫き広範囲に渡って土煙が立ち込める。そしてその爆煙の中から母、神舞が姿を現した。
「お母……さん……」
舞は、一縷の前に立つと神楽鈴で狼を指し示し睨んだまま語りかけた。
「一縷……そんな弱気でどうするの? 諦めちゃ駄目、自分の力と五珠の御魂を信じて、立ち向かうのです……」
一縷は、その言葉に頷き、立ち上がると月下の刀を鞘に戻し抜刀の構えをとった。その一縷に舞は言った。
「一縷、貴方は鹿の神面衆を……。この狼は……私が相手をする)
つづく……
ご拝読感謝です
つばき春花