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纏物語  作者: つばき春花
第参章 月姫と月読尊
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其之百拾話 一か八か

(はぁ………………一縷よ、その娘を救う手段がない訳ではない)


「えっ! あるのっ? 蘭子が鬼にならなくていい方法があるのっ?」


そう言いながら立ち上がり、月姫に詰め寄った、と同時に一縷の顔に血色が戻り表情が一気に明るくなった。しかし月姫の表情は硬い。


(救うと言ってもあの娘が鬼になる事は避けられない。要は鬼になっても自我を失わず己の意識下にその鬼の惡氣を抑え込む事だ。うまく抑える事が出来れば鬼の呪縛から逃れられるやもしれん。だが、それが出来るのは、始めて鬼に化ける時だけ。しかし人が鬼の力を抑える事が出来る確率は……万に一つ……)


「蘭子が鬼の力を抑え込めれば……それで、私は何をすればいいの?」


(月下の刀で娘の体内ていうちから湧き出る惡氣を斬り祓うのだ。その氣が弱まれば……あるいは、その娘が残った惡気を抑えられるかもしれぬ。もし抑えきれなかった場合……その娘は鬼と化す。そうなったら……もう手が付けられない。その時は、遠慮なくその鬼を斬らせてもらうぞ)


「わ、分かった。絶対蘭子を鬼にはさせない!」




【鬼の力】


昼休み、一縷は、蘭子を連れて屋上へ上がった。階段を昇り扉を開け歩く一縷の後ろから蘭子が声を掛けた。


「どうしたの、急に話があるって? なんか今日の一縷、絶対変だよ! 黙ってないで何か言ってよっ!」


その言葉に一縷は、立ち止まりくるりと蘭子の方を向いた。そして蘭子の目をじっと見つめながら大きく手を広げ拍を打った。


『パンッ!』


「纏っ!!」


と同時に辺りが真夜中のように真っ暗になり、その空には、青白い月が輝き始めた。その光景に驚いた蘭子が問うてきた。


「えっ?えっ?ななな何々? なんで急に夜になっちゃうの?! こ怖いぃぃ一縷ぅぅ!」


一縷は、ありえない状況に怯える蘭子を見ながら先刻、月姫から言われた事を思い出していた。



(一縷……この娘は、既にかなりの惡氣を発し始めている。もはや鬼になるのは時間の問題。其処でそなたは、神氣を纏うのだ。さすれば娘は、お前の神氣に釣られ鬼の惡氣を解放するであろう)



(ごめん……蘭子。でも私、貴方を絶対鬼になんかさせない、させないんだからっ!)


そう思いつつ腰にある月下の刀を抜き、目の前にいる蘭子にその切っ先を向け言い放った。


「こらぁぁぁ!! 醜い鬼ぃ!! そこから出てきなさいっ!」


突然のその言葉に、蘭子は呆然とし悲しみの表情を浮かべながら呟いた。


「一縷……何言ってるの? 私が鬼? 私の事を鬼だなんて……酷い、酷すぎるよぉ……私は鬼なんかじゃない……鬼なんか…………じゃ…………な……ぃ……」


しかし蘭子の様子が次第に変わってきた。俯き肩を小さく震わせ、発する声がどすの利いた低い声に変わり始め、全身から異様な黒い惡氣が発せられ始めた。やがてそれは形を変え何体もの得体のしれない姿を形成していった。


(一縷、お前の神氣に誘われ、いづる)ぞ……鬼だ……)


「これが……鬼?……」


蘭子の背後に現れた四体の鬼。頭には歪な角を生やし、鋭い牙を有する口は耳まで裂け、真っ黒い眼は、何処に視点を合わせているのか分からない。そして身体は、筋肉隆々で赤黒くその拳からは、メラメラと真っ赤な炎が立ち上っていた。


(来るぞ……構えろ一縷……)


『ゴアァァァァァァ!!』


耳を劈く程の雄叫びと共に、炎拳を振り上げ、鬼が四方から飛びかかって来た。その動きは、巨体からは考えられない程素速い!


『ブォンブォンブォンブォンブォン!!』


瞬で一縷の間合いに入った鬼、その炎を纏った拳を容赦なく打ち込んで来る。


轟音を上げながら空を切る炎拳『一撃でもこれを喰らえばやばい』そう悟った一縷は、拳を躱すと空高く舞い上がった。


(この鬼達、図体の割に動きが速い!……でもこの位なんともない! 力尽くで吹っ飛ばす!) 


「でぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」


気合と共に鬼を真っ二つに斬り裂いた、だが手応えがない。それもそのはず、斬られた鬼は、煙の様にゆらゆらと揺蕩えると直ぐに元の姿に戻ってしまう。


「この鬼……月下の刀でも祓えない?」


(だから言ったであろう……この鬼の実体は、惡氣の塊……斬る事は出来ても完全に祓う事は出来ぬ……幾度となく斬り、その惡氣を少しづつ削いでいくしか方法はない」


「そんな事なら楽勝じゃん! 火焔の炎で包み込んで焼き尽くしてやる!」


そう言いながら大きく手を広げ拍を打ち称えた、しかし、一縷は大事な事をすっかり忘れていた。


「緋、纏!!…………あれ? 纏えない?!」


それは、五珠を家に置いてきた事だった。


「そうだったぁぁ、五珠、家に置いて来ちゃった!! やばいぃぃぃ!」


焦る一縷、鬼斬りの刀でも、流石に実体を持たない惡氣を斬り祓う事は、容易ではなかった。斬っては戻り、戻っては斬りを幾度となく繰り返す。そのうちに一縷に疲労の影が見え始めた。


「はぁはぁはぁはぁ……まだなの? まだ消えないの? はぁはぁはぁはぁ……いい加減疲れてきちゃった……はぁはぁはぁはぁ……」


まるでこのまま無限にこれを繰り返すんじゃないか……そう思い始めていた矢先、少しづつだが惡氣が弱まっていくのを感じた。


「!!! 行ける! あんなに凄まじかった惡氣が少しだけど弱まってきてるっ! よっしゃぁぁ行くよっ!!」


光明が見えた。一縷は、ぐっと刀を握りしめ、自分に気合を入れる。しかし……


(一縷……鬼の一体が娘の精神を乗っ取ろうとしている、早くどうにかしろ……)


(どうにかしろって!?)


立ちふさがる三体の鬼の後方、立ち竦む蘭子の様子がおかしい、天を仰ぎ小刻みに震えている。眼は白目をむき、口を大きく開け涎を垂れ流し、顔は真っ赤に染まり正に『鬼の形相』になりつつあった。  


「うそ……でしょ……蘭子……ちょっと月姫様! 話が違うじゃないですかっ惡氣の鬼が体を乗っ取るなんて聞いてないよっ!」


(そうか……しかし妾にとっては、その娘がどうなろうと知った事ではない。唯……鬼を斬るのみよ)


「冗談じゃない! 蘭子は私の大事な友達、絶対に斬らせない助けて見せるっ!」


一縷は、襲い掛かる三体の鬼を自分の方へ引きつけながら蘭子からできるだけ遠くへ距離を取った。その思惑はこうだ。


(鬼の動きは思ったより素早い。でも私の速さには、及ばない、だから出来るだけ遠くに引き離しそこから蘭子に一気に近づき月下の刀で蘭子の中の鬼を斬る! 惡氣の鬼は斬れないけど蘭子の体の中に入った鬼なら斬れる……かも…………一か八か、やるしかない!)


鬼の攻撃を受け流しつつじりじりと後ろに下がる一縷、そして……


(今だっ!!)


鬼たちの一瞬の隙を突き、鬼の間を縫って蘭子目掛けて駆け飛んだ。そして素早く刀を鞘へ戻し抜刀の構えを取り一瞬にして蘭子の間合いに入り刀を抜こうとした、その時……


『だめよ……一縷』


あの声が頭の中に語り掛けてきた。既の所で抜刀する手を止めることが出来たが真後ろには、既に鬼が追いつき剛拳を繰り出してきていた。一縷は、そのまま真上に飛び上がりその拳を躱した。


「あ……あ……あぁぁぁ……あああああ!!! もぉぉぉぉ!!!どうすればいいのぉ!!このままじゃ蘭子がっ蘭子が鬼になっちゃうぅぅ!!」


半泣きになりながら頭を抱え叫ぶ一縷……しかし、何故か急に落ち着き払い顔を上げると、誰かと会話をするように返事を繰り返し始めた。


「えっ…………うん…………うん…………うん、分かった、やってみる……」 


そして右腰の短刀『平野藤四郎』に手を添え抜刀の構えを取ると、短刀に施してある桜の彫り物に鮮やかな色彩が浮かび上がった。


「櫻華……乱舞」


そう言いつつ三体の鬼に向かって突っ込んでいく一縷。目にも止まらぬ速さで鬼を斬ると同時に、湧き出る桜の花弁が鬼を包み込み、それが鬼の惡気をすべて取り込んだ。すると花弁が鬼と一体となり実態と化した。


「花弁が鬼の姿になった?! よぉぉしっ斬れる!斬れるぞっ! たぁぁぁぁっ!!」


一縷は、あっという間に三体の鬼を斬り祓った。


『 グォ?!ギャァァァァァァァッ!!! ゴギッ?!ギャァァァァァァァァ!! グハァッ?!ギャァァァァ!!』


鬼は、醜い断末摩を上げ灰となって消え失せた。そして蘭子の身体に入ろうとする鬼目掛け電光石火の速さで掛飛び、これを斬った。


『ゴバァ?! ギャァァァァァァァァァ!!』


三体の鬼と同様、灰となって風に飛ばされながら崩れていった。蘭子の身体は力なく膝を付き前のめりに倒れようとした、一縷は、それを正面で受け止めそっと地面に寝かせてあげた。


「蘭子……蘭子……」


一縷の呼びかけに目を開けない蘭子。しかしゆっくりと……静かに息をしているのが見て取れた一縷は、安堵しその顔には、少しだけ笑みが出ていた。そして、ぴく……ぴくっと瞼が動いたと同時に蘭子がゆっくりと目を開けた。


「あれぇ……どうしたの一縷……私の事、鬼と言った……あれは夢じゃなかったの?」


蘭子の目に映る一縷、しかしその目には、見えるはずのない纏を纏った一縷の姿が映っていた。蘭子は、ゆっくりと体を起こすと自分の両手をじっと見つめた、そしてこう言った。



「私ね、頭の中に声が聞こえたの……とても低いおじいさんの様な声でね、誰かに謝るような感じで『すまぬ、すまぬ』って何度も何度も繰り返すの……私が『なんで謝るんですか?』って聞いても『すまぬ』しか言わないの……何だったんだろう……あの声……」


その言葉を後ろに佇む月姫は、黙って聞いていた。そしてゆっくりと口を開く。


(蛇鬼は、村を鬼から救うために鬼となった……元は心優しき男であった。それが自ら……鬼共々村人を喰い尽くしてしまう事になろうとは……愚かな男よのぉぉ……こうなる事は分かっていたのに、一か八かの選択をし鬼となってしまった……その後悔の念が、今となって娘に憑依する時、聞こえたのであろう……)


「蘭子………」


そう呟き、悲しげな表情で蘭子を見つめる一縷、とそこで蘭子が突然くしゃみをした。


「は……はくちゅんっ!」


と同時に蘭子の頭に『ぽんっ』っと二本の白い角が出た!


「いぃぃぃぃぃぃぃ!!!?」


「は……は……はくちゅんっ!」


二度目のくしゃみの後、今度は上口に『にょきっ』と鋭い二本の牙が生えそろった!


「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!?」


一縷は、驚きの余り座ったまま後ろにひっくり返り、声にならない声を上げた。


「どうしたの一縷? くしゃみ位でそんなに驚いて! 変なのぉははははっ!」


一縷を指さし無邪気に笑う蘭子。だが頭には角が生え、口には、鋭い牙。これは正に鬼、鬼の姿である。そして本人は気付いていないようだが、一縷を指し示すその指の爪は、鋭くとがっている。


あわあわと慌てふためく一縷に、月姫が静かに言い放つ。


(この娘……鬼の力……蛇鬼の力を得たかも知れぬ……)



つづく……





ご拝読感謝感謝感謝でございます。私、居住地Kumamotoですが九州各地での豪雨により被害に遭われた方々、心よりお見舞い申し上げます。皆様も連日の猛暑、豪雨等には何卒お気を付けくださいませ。


つばき春花

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