其之百玖話 鬼の怨念
【お姿拝見】
月姫様、貴方の姿がお母さんに見えていません。見えるようにしてくれませんか?
「おおぉ……それは大変失礼な事をした……。どうじゃ、母君、妾が見えるか?」
「あっ……ああ! 見えてきました、姿が見えます」
「これで良いのじゃな童…………私の姿は、見えないのではなく見える事をその者に意識させていないだけじゃ……だが、極、稀に其方……の様な希人に姿を見られてしまう時がある。本来なら、妾の姿を見た者は、連れ去るか消さねばならぬ決まりなのだか……ふふふふっ……お主らは特別じゃ、見逃してしてつかわすぞ、ふふふっ……」
薄い笑みを浮かべながら、さり気なく恐ろしい事を口にした月姫。その月姫の台詞に背筋がぞっとした一縷と舞であった。
【何時もと違う朝】
朝、ベッドから起き上がり『ぼぉぉ……』っとする一縷。朝日がカーテンの隙間から入り、畳のふちを照らす。『ポリポリポリ』と寝ぐせ頭を掻きながら辺りを見渡す。すると……
「あぁぁっ!!!!?」
何かを思い出したかのように叫びながらベッドから立ち上がった。そして慌ただしく部屋を飛び出し、母親が居る台所へ一目散に向かった。
『ガラララララッ!!』
「お母さんっ!!!!」
勢いよく戸を開け母を呼ぶ。するとテーブルの椅子に月姫が腰かけ、両手で湯呑を持ち優雅にお茶を啜っていた。
「『ずずぅぅ……』おぉ、わら、一縷とやら、起きたか。苦しゅうないぞ、そこに座れ『ずずずぅぅ……』」
そう言いながら再びお茶を啜り出した。
「やっぱり夢じゃなかったんだ。月姫様……」
そう言いながら、がっくりと肩を落とした。
昨夜の事、呪木の森で出会った謎の女、その正体は、月姫。その妖麗な姿とは裏腹に内に秘めた神氣は、間違いなく強力、そう感じていた。
一縷は、一旦部屋へ戻り制服に着替え、台所に戻ると月姫の向かいに着席した。そこには何時ものように朝食が用意されており、手を合わせ挨拶を済ませた後、食べ始めた。正面に座る月姫が無言で一縷を凝視し全く食べている気がしない。
「つ、月姫様……食べますか?」
そう言うと月姫の表情がぱっと笑顔になり
「えっ? いいのか? 食べていいのか? それでは……」
そう言いながらまだ一口しか食べていない卵焼きとウインナーの乗った皿と味噌汁が入ったお椀を自分の手元に引き寄せ、満面の笑みで食べ始めた。その光景を舞は、あきれた表情で見ていた。というのも月姫は、一縷が来る前既に同じ献立の朝食を完食していた(しかもおかわり付)。
「い、一縷、すぐ作るから待ってて!」
「あっもう時間ないからお味噌汁だけでいいよ(どうせ作ってもまた食べられちゃう!)」
「一縷とやら大丈夫、妾の腹は、もう腹を満たされておるぞっ! 心置きなく食べるがよい」
「つ、月姫様……勝手に心を読まないで頂けます? ものすごく怖いんですけど……」
「おぉぉぉ、そうだったな、すまんすまん。ところで一縷、その様な着物を着て何処に行くのだ?」
「学校です」
「学校? 学校とは、何ぞや?」
「勉強をする所、分かりやすく言えばぁいろんな事を学ぶところかな」
「ほほぉぉぉぉ……学ぶところねぇぇ……」
そう言いながら月姫の目がきらきらと輝きだした。その表情から悟った一縷が慌てて月姫を諭した。
「つつ月姫様! 付いてこないでくださいよっ! 遊びに行くんじゃないですから!」
「しかし、お前がおらん時に、妾を突け狙う者が現れたらどうするのだ?」
「だだ大丈夫! お母さんとオジイ達がいるから! お母さんこう見えてもすっごい強いんだよ。はい、 お母さん五珠、預けとくね! オジイ達、くれぐれも月姫様の事をよろしくねっ、行ってきまぁぁす!!」
一縷は、早口でそう言いつつ、さっさと家を出ていった。
【鬼の子孫】
学校までの道のり、いつ月姫が現れるか気が気でなかった。歩きながらキョロキョロと辺りを見渡し傍から見れば完全に挙動不審の女の子だった。しかしそんな心配をよそに、何事もなく学校に到着した。
(良かったぁ……このままおとなしく家で待っててくれるといいけどぉ……)
そう思いつつほっと胸をなでおろしていると……
「わぁっ!! おっはよっ、一縷!!」
蘭子がいきなり後ろから脅かしてきた。
「きゃぁっ?! びっくりしたぁぁぁ。……蘭子ぉぉ脅かさないでよぉぉ……はぁぁびっくりした!」
「そんなに驚いたのぉ!? 隙があるぞっ一縷! はははははっ!」
(もう! 今の私には、完全に笑えない! だけど……事情を知らない蘭子には罪はないし、月姫様かと思ったよ、ほんと意地悪なんだから!)
(誰が意地悪なのだ?)
「!!! ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
いきなり真後ろに現れた月姫に大絶叫を上げた一縷。それに登校中の生徒達が一斉に注目した。
「うわっ?! びっくりした、どど、どうしたの一縷?!」
「ああ、ごごご御免なさい! むむ、虫がね、お、お、大っきい虫が目の前に飛んできただけ! なんでもない、は、はははははっ!」
月姫は、笑みを浮かべ辺りを見渡しながら、静々と校内へ向かって歩み始めた。勿論周りの生徒達に月姫の姿は見えていない、校舎に続く通路の真ん中を堂々と歩み進んでいった。
(つ月姫様! どどどちらへ行かれるのです?)
(知れた事……妾は、この学校とやらを見てみたい。一縷、案内いたせ!)
(あのですね……ここは遊ぶ所ではなくて、勉強をする所……あぁぁ!なんて説明すればいいの?! ちちょっとお待ちください、月姫様ぁぁ!)
まるで地上を滑るように歩く月姫。それに必死に喰らい付きながら説得する一縷だったが、聞く耳も持たず、すたすたと歩み逝く月姫。
そこへ、急に早足になった一縷を蘭子が慌てて追いかけてきた。
「ちよっと一縷! 待ってよぉどうしたのっ、急に早足になって!」
蘭子のその声に何故か月姫が、ぴたりと立ち止まった。そしてゆっくり後ろを振り返るとその視線は、蘭子に向けられた。その様子を後ろから見ていた一縷は、何か嫌な予感を感じた。すると月姫の黒い瞳がゆっくりと青く滲み始めた。
(月……姫様?)
そう思ったと同時に頭の中に自分の名を呼ぶ声が響いた!
(一縷っっ!!)
『カッキィィィィン!!……』
金属と金属が交わる甲高い音が辺りに響く……
それは、月姫が帯に潜ませていた脇差と一縷の短刀、平野藤四郎が交わった音だった。月姫が、蘭子の首元を脇差で斬り付けたのを既の所で一縷が短刀で受け止めたのだ。その太刀筋は、まさに電光石火、あの『声』が聞こえていなかったら、その太刀を到底受け止める事は出来なかったであろう、
(月姫様……なんで……なんでこんな事を……)
その問いに月姫は、青い瞳を細め呟いた。
(一縷……妾の太刀を止めたか……。見事、見事よのぉ……)
凄まじい殺氣を放つ月姫の姿と、一縷の持つ平野藤四郎が見えていない蘭子には、一縷が急に自分の前に飛び出てきたようにしか見えていなかった。
「一……縷……ど……どうした……の……?」
唯々驚き、呆然と立ちすくむ蘭子に一縷は、背を向けたまま言った。
「蘭子……私、忘れ物したからちょっと家に取りに行って来る……先に行ってて……」
「う……うん、分かった……」
そして太刀を交えたまま、月姫が一縷に語り掛けた。
(其方……計り知れぬのぉ……面白い童じゃ……)
そう言いながら月姫は、一縷から離れ脇差を柄に戻し着物の帯に仕舞った。一縷も平野藤四郎を柄に戻した。そして学校から出て近くの公園へ向かった。今にも泣きだしそうな悲しい表情で月姫を見つめる一縷に、月姫は、一縷の顔をじっと見つめながら薄ら笑みを浮かべ話を始めた。
(あの娘、お前の友か……。すまなかった、娘を斬ろうとしたのは、あの娘に……鬼……蛇鬼の惡氣を感じてしまったからだ……)
その言葉を聞き、一縷は、野弧が以前行ったことを思い出した。
「月姫様、神面衆から聞いたんです! 蘭子、あの子が蛇鬼の血を受け継いでるって! でも蘭子は鬼じゃない、普通の女の子なんですっ!」
(一縷……それは違う……。鬼と妾達は、幾千年もの間争ってきた。鬼は人を、人は鬼を亡ぼさなければいけない者と互いに思っていた。民を喰らい、神道を忌み嫌い、この日乃本から神を引き摺り下ろし、それになり替わろうと謀る鬼。その鬼、最後の長の名が蛇鬼と言った。蛇鬼は、元を正せば人であった。どこぞの力のある神宮の宮司が欲望と憎悪に塗れたなれの果て……それが蛇鬼。恐らくあの娘は、蛇鬼の血縁者であろう。しかし、一族の中に鬼となる者が出るとどうなるか……血が繋がる者は悉く、その恐ろしい程の強大な呪いに侵され悶え苦しみながら死ぬか……あるいは……その呪われた運命を背負い、いつ鬼に変わり果てるやもしれぬ運命に脅え生きるか……どちらにしても、この者達は、死んでも永遠に地獄で苦しむ事になるのだが……)
「そ……そんな……そんな事って…………。蘭子が、蘭子が鬼になっちゃうの? あの優しい蘭子が……蘭子が……お……鬼に……。ひっく、ひっく……蘭子は……私の……私の友達なの……………………大事な!大切な!友達なのぉォォォ!!うわぁぁぁぁぁぁん!!」
一縷は、拳を握り締め方を震わせ涙を流し始めた。そしてその場に力なく跪き大きな声をあげて泣き叫んだ。
その光景を冷ややかに見ていた月姫は、目を閉じ溜息の様なものをつくと眼下で俯き泣き続ける一縷にゆっくりと語り掛けた。
(はぁぁぁぁ………………一縷よ、その娘を救う手段がない訳ではない)
続く……
お盆です。ご先祖様をお迎えする準備は、整っていますでしょうか?私の家でも既に盆提灯を出し、4年前に虹の橋を渡った名犬ラッシー(ボーダーコリー)を迎える準備が出来ております。7月盆の期間になって何度か黒い影を家の中で見かけているのでもう帰ってきているのかな?