其之百陸話 新月の刀
【蜈蚣】
闇の中から歩み出る神面衆、その面は鼻から上の反面、橙色、歪な虫らしき形の面。頭には、短い触角のようなものに二本の鋭い牙があった。
「神面衆の一人……我が名は、蜈蚣。月下の半刀をもらい受けに来た」
非情にも牛頭を消し去った神面衆、蜈蚣。牛頭は、完全に戦意を失い、月下の刀から手を引くと言い、しかも瀕死の状態だった。その牛頭を消し去った後、まるで裏切り者の様な言葉を吐き捨てた。
蜈蚣に対して、例えようのない怒りが込み上げてきた。いつもの一縷であればここでの台詞は怒りに任せて『おい!お前!』だが、体から湧き出る煮えたぎった怒りとは裏腹に、心は不思議と落ち着いていた。
一縷は暗闇の中、ゆっくりと腰を低く落とし、右腰の平野藤四郎の柄を握り抜刀の構えをとった。
「ほぉぉぉ……荒ぶった心を一瞬にして静としたか……見事よ。だが……まだ甘い……甘いぞ娘。あの程度で一瞬でも心を乱すとは。いくら強大な力を得ようとも、その甘さは、いつか必ず命取りとなる」
その言葉に落ち着いた口調で言い返した。
「甘い? 私は、血の通った人間だ、お前と一緒にするな。それにいくら力があっても無駄な争いなんか私は、したくない。まして戦う気力を無くした者を後ろから斬るなんて……お前は卑怯者だ!」
「クックックッ……言ってくれるねぇ。唯……私は、面倒くさい事と弱っちい大男が大嫌いでね。偶々、小娘にやられた弱っちい大男が、私の目の前にいて邪魔だったので……排除した迄の事よ」
同じ神面衆の牛頭の事を小馬鹿にした様なその台詞に『カチンッ』と来た一縷は、無言のまま『ドンッ!』と地面を蹴り、瞬で神面衆の懐に飛び込んだ。
「ほぉぉぉ……速いな……」
そして、すかさず平野藤四郎を抜刀した。しかしその太刀筋は、見切られ空を切った、と返す刀で神面衆の太刀が一縷の首元を狙い振り下ろされた。
『カッ!!キィィィィ…………ン』
一縷は、左手で月下の刀を抜き、その太刀を首元寸前で受け止め、自分の間合いに入ってきた神面衆の首元を狙い、逆手で平野藤四郎を振り斬った。しかし、またしてもひらりと後方へ下がられ、その太刀を躱された。
すくっと立ち上がり無言で神面衆を睨む一縷。右手に平野藤四郎、左手には、月下の刀を持つ。
神面衆は、一縷の持つ月下の刀に気付くと一瞬、ほんの一瞬、動揺を隠せずピクッ体を震わせた。
「其れは……その左手の物は……紛れもない、月下の刀………………半刀ではない、完全な月下の刀か。…………ふっふっふ……はっははははぁぁ!! 素晴らしい! その身から溢れ出る神とも惡とも取れる氣。その刀は、命を欲している! 私には聞こえるぞっ、お前には聞こえんか?! 『斬れっ!斬って斬って斬りまくれ!そして命を喰らえ!』と! その刀は、人も妖者もありとあらゆる命を欲しているぞっ! はっはっはははははぁぁぁぁ!!」
狂ったように高笑いをする蜈蚣。一縷はその狂気に背筋がぞっとした。そしてすぅっと静まり、手をゆっくりと差し伸べ……
「……その刀は、私にこそ相応しい……。さぁ……渡すのだ、小娘……」
『スゥゥゥ……カチン…………スゥゥゥ……カチン…………』
構えを解き、両刀を鞘に納めた一縷は、蜈蚣に言い放った。
「私の名は、小娘じゃないっ! 神! 神一縷だっ!」
そして大きく手を広げる!
(行くよっ、オジイ達! 力を貸してっ!!)
『パァァァァン!!』
「陰ッ!!」
称えると同時に『ブワァァァ』っと黒焔が一縷を包み込む、これは五珠の裏、即ち陰の焔である。五珠の裏の力……其の惡氣は凄まじく、あの東城舞美でさえその力を抑えきれず、惡醜に侵され、危うく惡鬼になり果てようとした程だった。
そして……その黒焔の中から現れたのは、漆黒の纏に赤い瞳の一縷。体からは、抑えきれない程の凄まじい惡氣を纏い、静かなれど僅かながらの殺気を醸し出していた、しかしその心は穏やかであった
纏い終えた一縷は、一度深く息を吸い込みゆっくり吐き出す、と同時に蜈蚣に向かって一気に突っこんで行く。右の拳を繰り出し左の拳、左の蹴り。右、右、左左、右右左拳、右蹴り左、右左、右左、右蹴り!電光石火の攻撃が続く、何とか耐え忍ぶ蜈蚣だったが、堪らず腰の剣を抜き斬り返し、一縷は素早く躱し一旦身を後方へ退いた。
「はぁはぁはぁはぁ……おのれぇぇぇ小娘……」
蜈蚣にとっては、一縷のこの力は、まったくの想定外であった。ここにきて神面衆の弱さが露呈する。それは、刀の持ち主、一縷と舞の情報の少なさである。神面衆にとって二人は『月下の半刀を持っている小娘達』位の情報しか得ていなかったのであろう。確かに以前の一縷であれば、神面衆の誰一人にも敵わなかったであろう。しかし舞亡き後『強くなりたい、そして母を守りたい』この強い信念があってこそ、この神力を手にする事が出来た。神面衆からしてみればこれほどの短期間で一縷がこれほどの神力を持つ事など想定していなかったであろう。そしてもう一つの大きい誤算、それは、舞の内に眠っていた神守、嫗めぐみの存在だった。
「小娘ぇぇぇ!! 許さんぞォォォ!!」
激高する蜈蚣が振りかぶる異形の剣は、蜈蚣刀。その刃身は、蜈蚣のようにうねり、妖しく黒光りをしている。
「ふぅぅぅんっ!!」
蜈蚣刀を振り降ろすと『ブワワ!』っと激しく風が巻き上がりそれが巨大な竜巻となって一縷に襲い掛かる、更にその渦風の中には、無数の纛蜈蚣が潜んでいた。
(一縷! この渦風、危険じゃまともに受けるんじゃないぞ!)
(うわぁぁぁ!! 風の渦に囲まれたわい! どうする一縷よっ?!)
慌てふためくオジイ達しかし一縷は、落ち着き払い呟いた。
「問題ないよ……」
そう呟くと平野藤四郎をの柄に手を添え抜刀の構えを取り……
「陰……櫻裂烕懐斬……」
そう呟き、目にも留まらぬ速さで抜刀し、再び刀を鞘に戻す、次の瞬間、目の前に迫る渦風が縦横に斬り裂かれ一瞬で消え去った。しかし渦風は消えたが、渦中の纛蜈蚣の群れは消えずに、一縷の頭上から降り注いだ。
(ぎやぁぁ!! むむ、蜈蚣ぇぇ!! 儂は蜈蚣が苦手なんじゃぁぁぁ!!)
「櫻嘩乃舞……」
一縷は、再び平野藤四郎を抜き、それを振り翳しながら、その場で演舞を始めた。その演舞は、とても優雅でそれはそれは、華麗な舞だった。その演舞に合わせ、桜の花びらが一縷の身体を包み込むように湧き上がり、それが風に乗って広範囲に広がった。纛蜈蚣がその花びらに触れると泡のようになって消し飛び、降り注ぐ蜈蚣の群れは花弁に触れ、全て泡となって消え去った。
そして平野藤四郎を鞘に戻すと、次は、左腰の刀に手を掛け、ゆっくりと鞘から抜き、蜈蚣面の者を刀で指し示し呟いた……
「新月の……刀」
その刀は、確かに月下の刀……しかしその様子は、変わっていた。刀身全体が漆黒であり、まるで闇を吸収しているがごとく輝きが見られず、その暗黒の中に溶け込んでいた。
「小娘! お前がいくら強力な刀を持とうとも私のこの剣には、敵わんぞっ! お前がそれを渡さんと言うのなら殺して奪うまでッ!」
そう言い放つと妖しい氣を全身から放ち、その氣がおどろおどろしい二匹の巨大な蜈蚣となった。その口からは、瘴気を吐きちらすと同時に猛毒を含んだ唾液を垂れ流していた。
「こいつらの毒で藻掻き苦しみながら死ねぇぇぇぇっ!! 蜈蚣牙纛轟剣刃っ!!」
正面から巨大蜈蚣が弧を描くように纛をまき散らしながら左右に分かれ飛び掛ってきた!
(クックックッ……小娘……さぁそいつ等を斬れっ! 斬れば蜈蚣の身体に溜まった毒液がお前の身体を侵し、骨も残らぬまで溶かし尽くす……さぁぁぁ斬れ!)
佇む一縷は、一旦鞘に刀を戻すと抜刀の構えを取った、そして……
「なな、なにぃぃぃぃっ????!!!」
蜈蚣は、驚愕した。何故なら六間(11m)の間合いを取っていたはずの一縷の姿が 突然目の前に現れたからだ。
(こ、こやつの動きが私の目に捕らえられないぃ?! そ、そんな馬鹿なっ?!)
慌てて応戦しようと剱を振り下ろそうとするが、両手が何も持っていないように『スカッ』と軽く空を切った。気が付いた時には、両腕が切り落とされ宙を舞いながら後方へ転げ落ちていた。二匹の巨大な蜈蚣も細切れにされ自らの纛に侵されたのか『ブスッ……ブスッ……』と音を立てながら煮えたぎり溶けていた。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! まま待てっ、私はもう戦えぬっ! もう刀は諦める、お前たちの前にも二度と現れぬ、もういいだろう見逃してくれ!」
「そうね……その成りじゃぁもう刀も持てないわね……でも駄目、貴方は生かしておけない。何故なら貴方と同じように言った牛頭を殺めてしまったから……」
「ままままま、待ってくれぇぇぇぇぇ!!!」
一縷は、哀願する蜈蚣の身体を八の字に振り斬った。その漆黒の刀の太刀筋は、暗闇の中に溶け込み蜈蚣の目に映る事はなかったであろう……蜈蚣は、声をあげる事もなく倒れ、紙屑の様に崩れ去った。
「ふぅぅぅぅぅ……」
と息を吐き纏を解くと同時に辺りが明るくなり、元の時間が流れ始めた。
(おい。一縷……少々やりすぎだったのではないか?)
(うぅぅむ……命乞いをする相手を慈悲なく斬捨てるとは……)
(いや、彼奴も同じ事をしたのじゃ! 自業自得と言うものじゃぁ!)
(しかし陰の纏は、余り纏わない方が良いのではないか……やはり惡氣が影響しとるのか力の使い方が乱暴になっておる……)
(余りやりすぎると自我が壊れるやもしれんぞ)
「そんな事ないよっ、私は私! ちゃんと陰の力も使えてたでしょ?! 自我が壊れる事なんて、ないない!!」
そう言いつつも怒りに任せて蜈蚣を斬ってしまった自分に嫌悪感を抱いていた一縷であった。
つづく……
閲覧感謝感謝感謝感謝感謝です。
2日ほど前、PVが行き成り3桁になっていてびっくり! お読みになっていかがでしたか? 『纏物語』今後とも是非御贔屓の程、良しなに。