其之百肆話 神面衆の企み
ある朝、一縷は、校門前に誰かを待っているのかキョロキョロ辺りを見回しながら立っていた。すると待ち人が来たのか、すっと背筋を伸ばし、目当ての人が歩いてくる方へ体を向けた。
一縷が待っていた待ち人、それは凛、巫凛だった。いや……正確に言えば待っていたのは凛ではなく凛に取り憑いている野弧に用があったのだった。
先日の洞窟の件で約束した事を反故にされた事を根に持っていた一縷。その約束事『神面衆』が月下の刀を欲しがる、その理由がどうしても知りたかったのだ。
「凛……先輩……おはようございます……」
「あっ一縷さん、おはようっ! どうしたぁ、ここで何してるの?」
一縷は、凛の顔をじっと見つめた。しかし野弧は、姿を見せない。それでもじっと凛を見つめる一縷。すると凛がぐいっと一縷に近づき、顔をじっと覗き込むように見つめて……
「どうしたの? 私の顔になんかついてる?」
と優しく語り掛けてきた。凛の顔が突然、真正面に近づいてきた事に驚いた一縷は、顔を赤らめながら後退りした。
「あっ……な、なんでも……ないです、すみません……」
「はははっ、顔が赤くなっちゃって可愛いんだからぁ!」
(くっそぉぉぉ馬鹿狐! お前のせいで恥かいたっ! でも先輩と急接近して超うれしいぃ!)
【出て来い! 馬鹿狐!】
それから何日も経つが野弧は、一向に姿を見せなかった。巫凛は、相変わらず可愛いし、一縷を見かけると気さくに声を掛けてくる。その内、凛と蘭子も自然と顔見知りになり何気ない会話をするようになった。姿を見せない野弧に不安を抱くようになった。
(えっ? ひょっとしたら……野弧……凛先輩から離れ行っちゃった?)
その不安が顔に出ていたのだろうか。ある日、廊下を体育館に向かっていると反対方向から凛がクラスメートと何やら忙しそうに走ってきた。挨拶をしようとすると、通り過ぎようとするすれ違いざまに……
「いるから安心して……」
一瞬見せた黄色い眼の巫凛がニヤリと呟いて走り去って行った。その後ろ姿を呆然と見つめる一縷が呟く。
「あのやろぉぉぉ……」
【神使の謀叛】
数日後、クラス委員会の時間が長引き自宅に帰り着くころには、辺りはすっかり暗くなっていた。余談だが、旧家屋が多く建つ自宅前の直線には、電柱が並び立っていた。それには、昔ながらの裸電球の街灯が付き、路地を照らしていた。直線に規則正しく並び照らすレトロな光源は、とても美しく昭和初期の様な情緒があったが、十四歳の一縷がそれをノスタルジックに感じる筈もなく……唯々、通り抜けるだけだった。
その中程の街灯が、真下に佇む学生服姿の女の子を照らしていた。
「野……弧?」
呟く一縷、そこに居たのは……野弧だった。野弧は、一縷に気が付くと体をこっちに向け、軽く会釈をした。
一縷は、ゆっくり野弧近づくと、溜息をつくと野弧に問うた。
「はぁぁ……。野弧、なんで出て来てくれなかったの、何度も呼んだのに。洞窟では、居なくなっちゃうし……どっかに行っちゃったと思ったじゃない」
顎を上げ不敵に笑う野弧。
「ふふっ……心配してくれたの? 一縷さん……」
「べべべ、べ別にあんたの事なんて心配なんてしてないよっ……唯々、聞きたい事がいっぱいあっただけなんだから」
野弧は、一転して無表情になり、うつむき加減で話し始めた。
「洞窟から消えた事は……ご免なさい。情けない事に私、あの場所に長時間居られなかったの、でも月下の刀をこの目で見れて嬉しかった。鬼が作った鬼斬りの刀、あらゆる惡しき者を祓う刀。私達、神面衆は、神に仕える者、正確に言えば各々(おのおの)が仕える神社の守り神……私は伏見稲荷に仕えし神面衆」
自分が相手をしているのは、神の使いと言う事が分かり焦りを見せる一縷。
「貴方達の正体は、神の使い?! 妖者じゃないの?! じゃぁ私は、神様
の使いを祓ったの?! なんて罰当たりな……。でで、でも、そんな神の使いがなんで月下の刀を?! しかも力づくで奪おうとしているの?」
「確かに無理やり奪おうとしているけれど、でもね、私達が突然、貴方の前に現れて『月下の刀を下さい』なんて言ったら素直にくれる? この刀の事をよく知っている貴方達が『はいどうぞ』なんて有り得ないでしょ?」
「それはぁ……そうだけど……」
「神面衆が欲しているのは、夜を統べる神、闇を統べる神を倒し、闇の王となりてこの日ノ本を統べる力を手に入れる事……」
「神を……倒す?」
「そう……夜を統べる神とは、須佐之男命の左目からお生まれになった月読尊。天照大御神の弟神でもありその神力は清く、そして絶大な力を持つ日ノ本三柱神のお一人。しかし……その絶大な力が千年に一度、衰えてしまう……それが今、この年の事。そして……その時に合わせたように今年は、月姫が生まれる年」
「月姫……」
一縷は、その名を聞いて母親との会話の事を思い出した。猿面の者を祓った後、鶏面を付けた者が現れ『月姫をお守りください』と言った事を。
「月姫は、何百年かに一度、満月の光から生まれる妖者。私も見た事はないが、その姿は、妖者らしからぬ、天女の様に華麗な姿。一説に月姫は、神が遣わし者……と言われておりその秘めた神力は凄まじく、森羅万象にも通ずると聞く。神面衆の目的は、月姫を手中に入れ、月下の刀を奪い、月読尊を亡き者にし、日ノ本を闇の國とした後、その国を統べる王となる事」
「月姫を手中ってお嫁さんにする事? でもそれと月下の刀と何が関係あるの? いくら月下の刀でも神様を斬る事は、出来ないよ」
そう迫る一縷。
「月下の刀は、悪しき者だけを斬る刀。しかし元を正せば悪鬼が造った妖刀、いくら綺麗事を言ってもそれは変わらない。実際、それの持ち主だった東城舞美と青井優もその力に侵され鬼と化した……」
静かに正論を述べられ、何も言い返せない一縷。
「神に仕えし者が、邪な心を抱き、悪しき月の力を手に入れ、更に悪しき月の刀を手に入れたとしたら……言っとくけど神面衆は、神に仕えし者。力任せに妖術や剣を振り回すそこら辺の妖者とは格が違う。ある者は、剱や槍を使い、ある者は見慣れぬ武具を使う。素手の者もいれば、術を使う物もいる。特にこの術を使う者は厄介よ」
野弧の話を聞いていると不安は、益々増大するばかりだった。
「神面衆ってそんなに何人もいるの?」
「さぁね、私も他の神面衆の事は、よくは知らないし知ろうとも思わない。他の奴等が殺られようがどうなろうと知った事ではないし、第一私達は、徒党を組まない。だからこの謀反も完全に個人行動、言うなれば早い者勝ち」
一縷は、それを聞いて少し安心した。徒党を組まないという事は、強力な力を持つ神面衆が多勢で来る可能性が少ないと分かったからだ。
一縷がそう考えているのが分かったのか、野弧がにやにやしながら問うてきた。
「あぁ!? 一縷さん今『あいつら多勢で来ないから何とかなるなる!』……って思ったでしょ?!」
「?!!! そそそそそんな事、かかかかか考えてないもん!」
見事に当てられてしまった一縷は、顔を赤らめながら否定した。そして問い返した。
「野弧は、どうするの? この月下の刀と月姫を手に入れて月読尊を倒して闇の王になりたいの?」
「冗談!! 洞窟での一縷さんを見て、その気は失せたわよっ! 特にあの青井優! 彼女が刀に触れた時、私祓われちゃうって思わず逃げ出しちゃった! 私は無駄な争いはしたくないし、この騒ぎに乗じて神面衆から身を隠し、残りの人生、この世界で面白おかしく謳歌するのよっ!」
野弧の真意は、分からないが悪い奴ではないらしい。しかし安易に心を許してはいけないとは、分かっていた。そして野弧と別れ、もうすぐそこにある家に向かって歩き出した時、突然大きな声で野弧が一縷を呼び止めた。そして一縷にとって、衝撃的な一言を放った。
「ねぇ一縷さん! 蘭子の事だけどさ! 彼女、蛇鬼の血を引いてるよ!」
つづく……
お目通し、感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝です。一縷の味方増産中、目標セー〇ーム〇ンS位、無理ですけど……PV1日1回も無理、せめて2回……いや4回……。明日は土曜日、執筆休です、また月曜日にお会いしましょう。