其之百弐話 真真(まことまことし)月下の刀 六之話
岩塊から刀を抜いた悪しき者。その身が眩い晄に包まれた。
そしてその晄の中から現れた姿は……白銀の纏を纏い、背には大きな純白の羽を広げ、自身から溢れ出る神氣に伴う風に、銀色の長い髪が靡く。そして頭には、歪な白い二本の角を生やす……そう、この妖者の正体は……鬼。
(ほぉほぉぉぉぉ……この鬼……。道理で何処かで感じた事がある気配だと思っとったわい……)
(嘘つけ! さっきまで敵わんだの裏返っただの大慌てしておったくせにっ!お前が気づておる訳なかろう)
(なななんだとぉぉ?!お前こそなぁ!!)
(ここで、またお目にかかるとはのぉぉ……あのよみがえりしお……)
オジイ達がそう話していると、熱り立った一縷は、平野藤四郎を握り締め、鬼めがけて一目散に斬り掛かって行った。
「鬼だろうが何だろうが関係ないっ!! お前は私が祓うって言ってんだよぉぉぉぉ!!」
絶叫しながら一気に間合いを詰め、大きく振りかぶり、斬りかかる一縷!
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
(うわわわわぁぁぁぁ?! こらぁぁぁ一縷!! 止まれっっっ! 止まるのじゃぁぁぁぁ!!)
それを制止しようとオジイ達が叫ぶが……時すでに遅し……
『ごつっ……』
鈍い殴打音が聞こえたと同時に……一縷の記憶はここで途絶えた。
【鬼の正体】
どれ位の時が過ぎただろうか。鬼の僅か一撃で気を失ってしまった一縷が、目を開けるとオジイ達が心配そうに顔を覗き込んでいた。
(おう、一縷、気がついたか……)
(全く無茶しおって……)
(こういう無鉄砲な所が母親の若い頃にそっくりだと聞くぞ)
「う……うぅぅん……あ……あ……れぇ? ここ……何処だっけ?……確か……お母……さん……が倒れて……妖者が来て……そうだっ! お母さん……お母さん何処?! 鬼っ!!鬼はっ?!」
正気を戻した一縷は『ガバッ』と起き上がり彦一郎を掴むと母親と鬼の事を問い詰めた。
するとオジイ達が一斉に同じ向きへ視線を向ける、一縷もその方へ視線を向けるとそこには、舞が座っていた。
「お母さんっ?! 良かったぁ……無事だったんだ! 怪我は?」
「あ、う、うん大丈夫! 全然何ともない!」
ちょっとはにかみながら答える舞。(なんかおかしい……)そう感じた一縷。
よく見るとあれだけ出血していた腕の傷がない……確かに纏は破け汚れているが体はピンピンしている。
とその隣には、見慣れぬ女性が申し訳無さそうな表情を浮かべ座っていた。髪は、長くて真ん中分け、目鼻立ちが綺麗に揃っていて美人と言うより可愛いと言った感じの女性。
(この人……誰? 可愛いなぁ……ん? この白い纏……何処かで……見たようなぁぁぁ……………………えっ?!)
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! おおお前は、おおおおぉぉぉ鬼ぃぃぃぃぃぃ!!」
恐怖の余り、叫び声を上げながら背面のまま後退りする一縷。その姿にオジイ達と舞が爆笑する。
(ぎゃぁははははははははっ!! 一縷っなんじゃその顔はっ?!)
(驚くのも無理はない! 手が出るどころか、僅か一手で気を失わせられた相手なのじゃからな!)
一通り笑い終えた後、舞とその女性が立ち上がり一縷の元へ歩み寄ってきた。
「一縷、紹介するわね。この方は、青井優……さん。熊本から貴方に会いに来てくれたの」
「あおい……青井ぃぃ……優……? えっ?! あああああっ?! 知ってるっ! お母さんと神酒美月さんと一緒に私の夢に出てきた人だッ! という事はぁ……あの黒鬼を祓ったあの……あの鬼姫の青井優さん?!」
優は、軽く頷き、はにかみながら話し始めた。
「一縷さん、意地悪して御免なさい。どうしても貴方の神力を見たかったから……少し手荒になってしまったの。それに本当はね、私、月下の刀を抜くつもりはなかったんだけど、貴方の裏の力に押されてしまって……つい、焦って抜いちゃった」
(そうじゃ、儂等も五珠の力が裏返った時は、どうなる事かと思ったが……)
(儂は、あの時の事を……舞美が鬼になりかけた事を思い出してぞっとしたぞ)
(しかし、あの力を我が物にするとはのぉ。あの凄まじい惡氣を力ずくでねじ伏せたばかりか、それを己の力とするその神力……舞美とは、違うその神氣、見事としか言えん)
(しかしその力をもってしても、優には、手も足も出んかったとは……恐るべし青井優……恐るべし鬼の力よ……)
「ふふっ、でも、私にはもう少し手加減しても良かったと思わない? いくら何でも岩壁に叩き付けるなんて……相当痛かったわ……」
「ごめんなさいめぐみさん、手加減したつもりだけど、つい熱くなってしまって……」
めぐみ(舞)と優、ふたり微笑み合いながら話している間に一縷が割って入り、問いかける。
「優さんっ! その鬼姫の力で私に稽古を付けてくれませんか? 私……私! 優さんみたいに強くなりたい! 優さんみたいに皆を守れる力が欲しいんです!」
その言葉を聞いた優は、少し困惑した表情を浮かべながら一縷に語りかけた。
「それは出来ないの、ごめんね、一縷さん。私が鬼になれたのは、美月が作ってくれた、このお札のお陰、それは満月の夜だけ今夜一回限りのね……」
そう言いながら右手の人差し指にまいてあるお札を見せた。優が続ける……
「貴方は、私が手を貸さなくても十分強い、技だけではなく精神的にもねっ。でも……『もっと強くなりたい』気持ちはわかるけど、焦っては駄目。何故なら、そう思う時に、己の心に必ず隙が出る。妖者はその時をここぞとばかり、甘い言葉で漬け込んでくる。一縷さん……その清い力があれば強くなくても……どんな時も、どんなに強い妖者が来ても、焦らず、自分と仲間を信じていればきっと何とかなる。そして……貴方が迷った時には、きっと舞美おばあちゃんと、この月下の刀が、貴方に力を貸してくれる!」
そう言いながら優は、腰に挿していた月下の刀を抜き取り、一縷に向かって差し出した。
右手で月下の刀を受け取った一縷。それは、ずっしりと重く冷たく、そして青白い光を発しているかのように輝いていた。
「これが……真真月下の刀……なんて綺麗な刀……」
「そして……私から一縷さんにお願いがあるの……」
そう言いながら一縷の右手の人差し指に指輪を通し、その手を両手で包み込み、優しく握り締めた。それは何の変哲もない銀色の指輪だった。
「これは?」
一縷が問う。
「これは……私の祖父、涼介おじいちゃんの……形見。本当は、青く輝く綺麗な指輪だったけど……私が未熟だったせいで……ただの冷たい指輪になってしまった。でも、せめて……せめて舞美おばあちゃ傍に居させてあげて欲しいの」
優は、一縷の目を見つめ哀願した。
「お願い……できますか?」
「もちのろんだよ優さん! この指輪は、ずっとずっと櫻嘩の指輪と一緒だよっ、私が保証するっ!」
優は、安堵の表情を浮かべ一縷をしっかりと抱きしめた。その後ろで舞が何かを思い出したように呟いた。
「そう言えば……狐の姿が何処にも見当たらないけど……」
「あぁぁぁぁぁっ! 彼奴、妖者が月下の刀を欲しがる目的が何なのか教えるって言ってたのにっ、逃げたなぁ!!」
因縁の洞窟で、新たな力『五珠の表裏』を習得したばかりか、すべての悪しき者を祓う鬼斬りの刀『真真月下の刀』を手に入れた一縷。
しかし、今この時にも日ノ本を我が物にせんと目論む者が早々に迫っている事を……一縷達は、まだ知る由もなかった。
つづく……
真真月下の刀編、今話で終話。ネタが尽きそう……どうしましょう?